Mar. Week 4, 2017
★ "Why is Abortion Still an Issue"
何故アメリカでは妊娠中絶が今も大きな問題なのでしょうか?



Yoko Akiyamaさま、
いつも楽しくサイトを拝見しています。
このコーナーとYokoさんのコラムが大好きで、毎週欠かさず、もう何年も読んでいます。 特に不法移民についての質問に対する秋山さんの回答は、 アメリカに住んでいらっしゃる方でなければ語れない力強いメッセージで、深く感銘を受けました。

その時のこのコーナーを読んで、以前から不思議に思っていたことを是非秋山さんにお伺いしたいという気持ちになりました。 それはアメリカという国で、どうして中絶が大統領選挙の時の争点になったり、トランプ大統領になったら 中絶が禁止されると騒がれたりするのかということです。
同じ質問をアメリカ帰りの友達に尋ねたら、「キリスト教で中絶が禁止されているから」と説明されたのですが、 アメリカには別の宗教の人も居るはずだと思うので、その説明ではピンと来ませんでした。 それに私の知り合いのアメリカ人はキリスト教ですが中絶を支持しています。 その友達によれば、保守的な人が中絶を人殺しだと思っているからだと言われたのですが、 子宮外妊娠とかはどうなるんだろうとか考えてしまいました。

アメリカ帰りの日本人の友達には、アメリカには養子縁組をしたがっている人が沢山居るので、 貧しい女性が妊娠したら、そういう女性の出産費を養子縁組したがっている人が払うので、 貧しい女性が子供を産んだり、育てたりするお金が無いからといって、中絶するべきじゃないという話も聞きましたが 何となくそれもすごく変な話だと思えてしまいます。 高校生の妊娠だったら映画の「ジュノ」みたいで まだ分かりますが、大人の女性の場合はそうは行かないように思います。
アメリカというと、いろいろな意味で世界をリードしている国というイメージが強いだけに、 中絶については昔のしきたりのようなものに捉われている様子が不思議でならないのですが、 実際のところは どうしてアメリカで中絶について意見が大きく分かれてしまうのでしょうか。
秋山さんなら納得がいくご説明をしてくださるかと思ってメールをすることにしました。 国によって日本とは違う価値観があるのが分かるだけに、 日本人の思い込みではないレベルで理解出来たらと思っています。よろしくお願いします。

これからも応援していますので、頑張って下さい。

- F -





アメリカでは人工中絶が1973年に最高裁判所によって合憲とされていますが、それ以降も大統領選挙で 必ず争点の1つになってきたのが人工中絶です。
南部、中西部の共和党支持者が多い州では、現在中絶に制限を付けているところは少なくありませんし、 中絶を行うクリニックの運営に厳しい規制を設けて、その経営を難しくすることによって、たとえ合法でも 中絶が行えないようにする州政府もあります。

アメリカでは人工中絶に反対する考えを、命を重んじるという意味で「Pro Life / プロ・ライフ」と言いますが、 こうした人々の殆どはキリスト教、それもキリスト教右派の人々で、政党では共和党を支持し、 2016年の選挙ではドナルド・トランプに投票した人々でもあります。 プロ・ライフのアクティビストは、過去に中絶クリニックの医師の暗殺リストをインターネット上で公開し、 実際にドクターの射殺事件が何件も起こりましたし、 全米の中絶クリニックは 過去に何度も放火の被害に見舞われた記録がありますので、胎児の命を守るためという名目で 人の命を奪う、もしくは命を脅かすような行為が行われてきた歴史があります。
プロ・ライフの人々の中に脈々と生きているのは 今も「女性は結婚し、家に居て、子供を産んで育てるべき」という昔ながらの男女の役割意識です。 したがって、バリバリのキャリア・ウーマンがプロ・ライフということは まずありません。 プロ・ライフの中にも、レイプと母体に危険がある場合は例外的に中絶を認めるという意見と、例外無しに中絶を認めないという 強硬派が存在していて、保守的な人々ほど強硬派、すなわちレイプでも 母親の命と引き換えでも 胎児を守るべきという考えが強いようです。

一方、人工中絶を支持する考えは、妊娠に際して女性に選択権が与えられるべきという意味で「Pro Choice / プロ・チョイス」と呼ばれます。 プロ・チョイスの人々の中にも、「中絶は出来る限り避けるべき」という考えは強いですが、 女性が妊娠した場合に 経済状態、人生設計、健康状態に関わらず子供を産まなければならない状況が、社会における男女不平等と 見なされるため、女性に選択を与えるべきというのがプロ・チョイスの考えです。
また女性にとって妊娠という最もプライベートかつ、センシティブな問題について、政府が介入すべきではないという意見も非常に多く、 民主党の政治家は通常プロ・チョイスですし、その支持者および、リベラル派と呼ばれる人々もプロ・チョイスです。

でも実際には人工中絶の合憲、違憲には、そんな政治および、宗教上のポジション以上の問題が絡んでいます。
例えば、アメリカでは1990年代以降、全米で犯罪件数がどんどん減少傾向を辿るようになりましたが、 これは妊娠中絶が合法化された17年後から顕著になったものです。青少年が犯罪を犯す年齢は16歳以降と言われていますが、 人工中絶によって親に望まれない子供が生まれてこなくなった結果、その17年後から犯罪件数が下降線を辿っているというのは 決して偶然ではありません。特に1990年代以降に警察の体制が強化された訳ではないという事実を踏まえると、 人工中絶によって未来の犯罪者が減っているのは否定できない事実なのです。
また女性の社会進出が顕著になったのも1970年半ばですので、望まない妊娠、タイミングの悪い妊娠が、 それまでいかに働く女性の足かせになってきたかも理解できるところです。 したがって中絶合法は 治安維持と女性の地位向上において、重要な要素になってきたのです。

逆にプロ・ライフの背景に見え隠れするのは人種問題です。というのは中絶が合憲になったところで、 それを受けるのはもっぱら白人女性であり、黒人&ヒスパニック層の女性達は経済状態などをさほど深刻に捉えずに 子供を何人も産む結果、白人層が減少し、黒人、ヒスパニック人口が増え続けているのはアメリカの国勢調査の数値にも表れている事実です。
数年前にはアメリカのケーブル・チャンネルで、白人のティーンエイジャーが出産して母親になる リアリティTV、「ティーン・マム」が プロパガンダの役割を果たし、白人女子高校生の間で妊娠願望が高まったことがありましたが、 これはティーンエイジャーでの妊娠・出産が決して珍しいことではない黒人&ヒスパニック層では リアリティTVにはなり得ないコンセプトです。
また黒人&ヒスパニック層は圧倒的に民主党支持者が多いので、 共和党側にとっては黒人&ヒスパニック層が増えることは、その政治的支持基盤を失うことを意味します。

このような妊娠中絶を巡っては、様々な政治的、社会的思惑が絡んでいる訳ですが、 このことはアメリカにおける殺人事件の取り扱いにも影響を及ぼしています。 アメリカでは妊娠した女性が殺害された場合、お腹の中の子供を含めた2人分の殺人と見なすか否かが 過去に何度も問題になってきましたが、もし2人を殺害したと見なされた場合、 それは胎児を人間として認める判例になりますので、それが引き金になって「人工中絶は殺人行為」という 見解が下されたと解釈されてしまうのが、アメリカの法律の世界です。
そのため、こうしたアメリカの殺人事件に中絶問題のアクティビストが絡むケースは珍しくありません。

アメリカは国土が広いので、Fさんご指摘のように ニューヨークやロサンジェルスなど、世界をリードする存在の街もありますが、 ケンタッキーやアラバマなどの保守的な州では、グローバル・ウォーミングを信じないだけでなく、 ダーウィンの進化論さえキリストの教えに背くとして教科書から削除させようとするほど、 科学を否定してまで 宗教を重んじる人々が非常に多く、そのギャップには驚くものがあります。
ちなみにニューヨークは、最高裁で人工中絶が合憲と見なされる3年前の1970年に、 全米で最初に中絶を合法化した州です。そのニューヨークではトランプ氏の政策に関わらず、 女性の中絶の権利を保護することを州知事が宣言していますが、 ”United States of America=アメリカ合衆国” というネーミングの通り、 地方自治体(States)が合体したのがアメリカという国な訳で、 それぞれ異なる50もの州を一括りに考えようとするのには無理があると思います。

アメリカでは、今もトランプ支持派とアンチ・トランプ派の埋まらない溝が深まる一方ですが、 そのことは中絶問題、環境問題、移民問題、同性婚を含むLGBTの権利等、全ての問題における 世論が両極化していることからも見て取れます。
中でも人工中絶については、過去40年以上合衆国憲法で合法とされてきたことを、 共和党&保守派が今さら覆そうとしている訳です。したがって前述の理由に止まらず、 アメリカ社会がこの問題に対して非常に感情的になっていることも考慮する必要があると思います。

Yoko Akiyama

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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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