May Week 3, 2016
★ I Want a Divocrce
離婚したくてたまりません


秋山様、初めまして。
このコーナーが大好きで、毎回読み続けるうちに 何度もメールでご相談したくて、 メールを書きかけては思いとどまっていましたが、とうとう勇気を出してアドバイ スをお願いすることにしました。 よろしくお願いします。

私は不本意な結婚をしてしまいました。
20歳の時にあるコンテストで優勝したこともあって、自分が他の人よりきれいだという自信がついてしまいました。 仕事もいきなり重役秘書になってしまい、職場でも私生活でもチヤホヤされてきました。 そのせいで理想も高くなって、自分の理想に見合う男性と思えない人とはプロポーズされてもお断りしてきました。
やがて周囲がどんどん結婚していって、私は独身で取り残されるような年齢になってきて、 以前ほどはチヤホヤされなくなってきたような気がしたので、 ずっと私のことを追いかけていた男性と気が乗らないままデートを続けました。 それが今の夫です。

夫ははっきり言って見た目が悪く、もっとハンサムな彼と付き合っていた頃の私は 相手にもしませんでした。 でも、熱心に追いかけてくれる男性が彼しかいなくなってきたので、 今から思うと自尊心のために キープしていたような感じでした。
職場では後から入った若い女性たちの方がチヤホヤされるようになっていき、 「きれいだからっていって、売り惜しみしてると、買い手がいなくなるよ」なんて 言われると、どうしても不愉快そうな態度をとってしまうので、 ある時 次の人事異動で私が別の部署に移動になるという噂を耳にしました。
それは私にとって 格下げ以外の何物でも無かったので、 そんな惨めな思いをして勤め続けるよりもと思って、今の夫のプロポーズを受けて、 見せびらかせるくらいの大きめのダイヤの婚約指輪をもらって退社をしました。
今から思うと、あの時どうしてあんなに結婚したがっていたのか自分でもわかりません。

しばらくは結婚生活に慣れようと 自分でいろいろ努力しましたが、 イライラするようなことが多く、結婚して楽しそうにしている友達をうらやましく思う毎日でした。 友達に、「夫とどうして結婚してしまったのか 分からない」とこぼしたことがありますが、 友達にも「本当は私たちも、どうしてあなたが ご主人と結婚したのか不思議がっていたのよ」と言われてしまい、 周りからも 私たちが吊り合わない、お似合いではないカップルだと思われていたことに気付きました。

本当に離婚をしたいと心から思ったのは、夫婦喧嘩をして仲直りをしかけた時に、夫に 「子供を産んで欲しいし、両親が年をとってきたら、 面倒を見てやってほしい」と言われた時でした。  私のことを何だと思っているんだろう、私も この人を特に愛してはいないけれど、 この人も私のことを子育てや親の介護に利用したいだけなんだ、と思って そんな夫と結婚したことを心から後悔しました。
「離婚したい」と両親に言ったら、結婚の時は「本当にあの人で良いの?」などと 言っていたのに、「もう少し我慢するべき」とか、「子供ができたら、 子供に愛情が注げるようになる」といって 思いとどまらせようとしてきました。
私も子供は1人は欲しいと思っていて、だんだん時間が限られてきている焦りがありますが、 どうせ産むのなら夫の子供ではなくて、ほかの男性との間にできた子供を育てたいという気持ちになっていた時に、 妊娠してしまい、1週間も経たないうちに流産しました。 夫には妊娠を話していなかったので、知らない間に妊娠して流産したことにしました。 突然のことだったので、それほどショックではなかったんですが、それよりも両親の態度が同情的になったので 「離婚するなら今しかない」という気持 ちが高まっています。

長くなって申し訳ないのですが、秋山さんにアドバイスをお願いしたいのは、 秋山さんの目からは私が離婚するべきでしょうかということです。 自分ではずっと離婚したいと思っていたので、気持ちはほぼ固まっていますが、 結婚が失敗だったので、離婚まで失敗を繰り返したくありません。
もし秋山さんが結婚を続ける方が良いと考える場合、 愛情が持てない夫と これからどうやって暮らしていったら良いのかも 一緒にアドバイスをしていただけたら うれしいです。 友達や家族には相談できないことですので、 よろしくお願いします。

-M-




メールを拝読した私の第一印象は、Mさんがご自身でおっしゃる通り、不本意な結婚をされてしまったということでした。
お綺麗で プライドも高く、高い理想を掲げて 男性からのプロポーズを断ってきたMさんに 結婚を決心させたのは、 愛情や 相手に対する敬意と信頼、 一緒に幸せな家庭を築いて行きたいという希望や将来設計ではなく、 職場で婚期が遅れた扱いを受け、 「花形のポジションを追われてまで務めたくない」、「体裁良く職場を去りたい」という気持ちに駆られての ものだったとお見受けした次第です。

それだけに、最後の私への質問の文章の中に、 「もし秋山さんが結婚を続ける方が良いと考える場合、愛情が持てない夫とこれからどうやって暮らしていったら良いのかも 一緒にアドバイスをしていただけたらうれしいです」 というセンテンスを見て、少々驚いたのが実際のところです。
このセンテンスに到達するまでは、ずっと「最初からこの結婚は間違いだった」、「周囲の目から見ても私と夫は吊り合わない」、 「自分はもう離婚すると決めている」と 言わんばかりの文面でしたので、未だMさんの中に 結婚生活を続けるという選択肢があるかのようなこの文章には 逆に私が混乱してしまいました。

そこで考えたのは、「何がMさんにこのような後ろ髪を引かれるような思いをさせているのか?」ということでした。 流産の後、離婚を反対していたご両親の態度が軟化して 離婚の障壁がなくなったために、 逆に二の足を踏んでいるのでしょうか?、 それとも これまでの結婚生活の中で、「離婚したい」という気持ちが Mさんにある種の目的意識を与え続けてきただけに、 いざ離婚をした場合、その後の身の振り方や当座の目標を失う状況を心配していらっしゃるのでしょうか? もしくは 離婚をすれば、子供を作るために 再び結婚というものを一からやり直すことになるので、 それに対してMさんの中で何らかの抵抗や不安、もしくは倦怠感があるのでしょうか? あるいは、たとえ”不本意な結婚”であっても、 時には楽しい事や 「それほど悪くない」と思えることがあって、それが潜在意識的なブレーキになっているのでしょうか?

この最後の質問のセンテンスに到達するまでは、Mさんが100%離婚を望んでいらっしゃるとしか思えない部分ばかりが 目に付きました。
例えば、ご主人が「子供を産んで欲しいし、両親が年をとってきたら、 面倒を見てやってほしい」とおっしゃったことに対して、Mさんは「私のことを何だと思っているんだろう、 私のことを子育てや親の介護に利用したいだけなんだ」と書いていらっしゃいましたが、 夫婦間であれば ご主人がそう考えていらっしゃるのは、極めて常識的なことだと思います。 Eメールには Mさんが結婚後お仕事をされているのか、何年ご結婚されているのかについては 記載がありませんでしたが、Mさんご自身も、「子供が1人は欲しい」と書いていらっしゃいましたし、 Mさんのご両親が 今後お年を召した場合、ご実家に出向いてある程度の面倒を見ることは 娘として当然ではないかと思います。
ご主人がどういう状況で、そうおっしゃったかが分からないだけに、 何故 Mさんが 「私のことを何だと思っているんだろう」という反応を示されたのかは分かりませんが、 「子供を産んで欲しいし、両親が年をとってきたら、面倒を見てやってほしい」というセンテンス自体は、 それを言われた妻側が腹を立てるようなものではないと感じました。

それとは別に 結婚直後から 「イライラする事が多い」とメールに書いていらしたり、結婚前のご主人について 「もっとハンサムな彼と付き合っていた頃の私は 相手にもしませんでした」 と書いていらっしゃいましたが、そこからは Mさんのご主人に対する見下し目線的なお気持ちが汲み取れた次第です。 したがって、そんな気持ちが たとえ潜在意識でも あった場合には、 「子供を産んで欲しいし、両親が年をとってきたら、面倒を見てやってほしい」というご主人の言葉が、 自分勝手で、Mさんを利用しているかのように聞こえても不思議ではないようにも思われました。

でも それよりも私が Mさんの離婚願望を強く感じたのは 「どうせ産むのなら夫の子供ではなくて、ほかの男性との間に出来た子供を育てたいという気持ちになっていた時に、 妊娠してしまい、1週間も経たないうちに流産しました」というセンテンスです。 前半の”他の男性との間に出来た子供を育てたい” という部分もさることながら、 ” 妊娠してしまい、1週間も経たないうちに流産しました”という部分が 私にはかなり引っ掛かりました。
というのは、まるで妊娠したことが災難かトラブルのように表現されていたためで、 普通ならば、「妊娠したものの、1週間も経たないうちに流産してしまいました」などと、 妊娠よりも 流産の方を災難やトラブルとして捉える言い回しをするものだと思います。
私はこのセンテンスから、Mさんは子供は欲しいと考えていても、ご主人の子供を妊娠したと知った時は 「これで離婚が難しくなる」、もしくは「ご主人との間に子供を産む気持ちの準備が出来て居ない」などの考えが巡ってきて、 あまり嬉しくはなかったかのようにお察ししました。 そしてMさんが流産された時は、妊娠を知ってからの時間が短かったこともあり、 また以前と同じ状態に戻れた安堵感のようなものが少なからずあったようにも感じらました。
要するにこのセンテンスには、 ”ご主人との間に子供を作って、一緒に育てて行くほどは 結婚生活にコミットできない” というMさんの心理が現れているように感じられたのが正直なところです。

もう10年以上前に、あるアメリカの心理学者が、「会話の中に”怒り”、”見下し”、”侮辱”、”皮肉”の要素が頻繁に 登場するカップルは 4年以内に必ず離婚する」というセオリーの本を書き、それが報道番組のトライアルとフォローアップで 100%正しいことが立証されたことがありました。 結婚直後に それを指摘されたカップルは全て、自分たちの会話にそんな要素が含まれていることには全く気付いておらず、 「自分たちが4年で離婚することなど有り得ない」と断言。 中には「心理学者が間違っていることを立証してみせる」とまで宣言するカップルもいましたが、 フォローアップの結果、その全てが4年も経たないうちに離婚をしていました。
それほどまでに 言語には潜在意識が反映されるものなので、 私は 「日頃普通に喋っている言葉にカップルの将来が現れる」という この心理学者の説は正しいと思っていますし、 同様のことは カップルが相手について 書く文章についても言えるものです。
Mさんとご主人が 日頃 どのような口調で会話をされているかは分かりませんが、 Mさんのメールからお察しした限りでは もし今 離婚を止まることがあったとしても、 現状を維持する限りは、いずれ起こるべき事態を 先送りをしているだけに過ぎないというのが率直な見解です。

そもそも人生というのは、そんなに平坦で楽なものではありませんので、男性が仕事が終わって疲れて帰宅した時に、 自分をサポートして、安らぎを与えてくれる妻の存在はとても大切です。 それが家の中で得られなければ、Mさんがどんなに”高嶺の花”の結婚相手だったとしても ご主人の気持ちが冷めてしまったり、離れていってしまっても不思議ではありません。
もちろん Mさんにそれを繋ぎ止めたい気持ちが少しでもあれば、Mさんがご自身を変えることによって 夫婦仲を改善することは可能だと思います。 ですが、それにはMさんの「結婚が不本意なものだった」という気持ちを払拭しなければなりませんし、 愛情が抱けないのならば、せめて人生の良きパートナーとしての意識を持つべきです。

メールから拝見した印象では、少なくともこれまでのMさんは、 大変失礼ながら、 ご自分で人生をコントロールするタイプではなく、 自分が招いた状態に追い詰められて動くというタイプとお見受けしました。 人生の大切な決断が自分が求める物の追求よりも、自分が招いた状況からの脱出手段になっているのはそのためだと思います。 したがって、もしこのまま離婚をしても また次の男性と違う形で 同じ状況に陥って、またそこから脱出しなければならない という事態になりかねないと思います。

私は、Mさんに 離婚を決断する前に 口先だけでも良いので せめて2週間だけ、それが長すぎるなら1週間だけでも ご主人に優しく接することをお薦めします。 これが最後だと思って、優しくするのでも構いません。
それに対して、ご主人が何も応えてくれず、Mさんが引き続きイライラするようなことが続くようでしたら、 割り切って離婚するので良いでしょう。 でも もしMさんの言葉や態度の違いにご主人が応えてくださって、それに対してMさんの心に何か変化が起こった場合は、 そこから夫婦関係が大きく変わるということもあるのです。 前述のように言語には夫婦関係の実態とその未来が現れますが、言語を変えれば Mさんの態度や表情も変わりますので、 それによって夫婦関係も変えることも出来るのです。
同じ離婚をするのなら、Mさんがコンテストで優勝するほどの美貌の持ち主でありながら、婚期が遅れて ご主人と一緒になったことが、 Mさんにとって”望まざる状況からの逃避”であったのか、それとも ”運命”であったのかを 見極めてからするべきです。 今までの結婚生活を”人生の無駄”にしないためにも、ぜひこれをトライすることをお薦めします。
そうすれば どちらに転んだとしても、決して悔いの残らない決断が出来るはずです。

Yoko Akiyama

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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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