July Week 2, 2016
★ "Should I Choose Friends? "
友達は選ぶものなのでしょうか?


Yoko Akiyamaさま、
いつもとても楽しくサイトを拝見していて、特にこのコーナーを毎週楽しみにしています。 皆様のお悩みを楽しみにしているという意味ではなくて、それにお答えしているYokoさんのアドバイスが大好きだからです。
私も迷った挙句、Yokoさんにご相談をお願いしたいと思ってメールをしています、 お時間がある時に、お答えをいただけたら これほど嬉しいことはありません。

私は、周囲からは明るい人柄と言われて、人見知りをしないので、直ぐに友達ができるタイプです。 友達は多い方ですし、社交的だとも言われます。
でもしばらく仲良くしていた友達が 些細な事や、自分では分からない原因で、仲たがいをすることになることが人よりも多いように思います。 しばらく会わずに居る間に、友達が私の悪口を言っていたことを共通の知り合いから聞かされることもあります。 自分で原因が分かっている場合で 仲たがいをしてしまうのは どんな理由かと言いますと、 私が友達の誕生日会をやってあげて、それに文句を言われているうちに仲が悪くなったこともあったのと、 友達数人と食事をしていた時に、突然私が以前酷いことを言ったと 自分では思い出せない発言に文句を言われたわれたこともあります。

誤解されて仲が悪くなってしまうことも時々あって、例えば友達数人と ある有名なレストランに行きたいと話していて、 私が頑張って予約を取ったのですが、その話していたメンバー全員分の予約が取れなかったので、 適当に声をかけて そのレストランの食事に誘ったのですが、 まるで私が誘わなかった人を意図的に仲間はずれにしようとしたかのように思われてしまって、 そのあと復讐するかのように、私を外して食事の会をされて、それでこじれたことがあります。

少し前のことで 凄くショックだったのは仲良くしていた友だちが売れなくて困っているチケットを 私が自分の友達に働きかけて売ってあげたのですが、そのチケットを買わされた友達が私に腹を立てるならまだ分かるのですが、 一生懸命チケットを売ってあげて、本当だったら感謝してくれるはずの友達に文句を言われてしまい、 絶交することになってしまいました。私はチケットに利益など乗せていませんし、困っている 友だちのためにチケットを売ってあげたのに、逆恨みされた気分です。
私が紹介した友達同士が、私のことを悪者にして仲良くなっている時もありますし、 私が友だちが嫌っている人と たまたま仲良くなってしまい、その人の面倒を見てあげたせいで私が嫌われたこともあります。

母や姉に相談すると、そうなってしまうのは私が友達を選ばないからだと言われます。 考えてみると、私は誰とでも友達になってしまって、短期間に凄く仲良くなって、 しばらくすると恋が冷めるみたいに 友だちじゃなくなってしまうことが少なくありません。 中には一緒に旅行まで出掛けて、旅行中に一度も喧嘩などしなくて、本当に楽しい思いをして 「こんなに気が合う友達が直ぐにできるなんて」って お互いに喜んでいたのに、突然仲が悪くなってしまった友だちもいます。

友だちが去っていても、私は別の友達が居ますから、孤独ということではありません。 でも、まるで裏切られるみたいに友達と離れることになると、とても傷ついて、悲しくなりますし、人間不信になりそうな思いをします。 その度に、傍にいる家族にも迷惑を掛けます。
「友だちを選ぶ」っていうのは、友だちになる時にもっと注意をしろという意味だと思うんですが、 最初のうちは皆んな、悪いところなど見せないで、 私にはどんな基準で友だちを選ぶべきなのか分かりません。
友だちを選ぶって、どうやることなのでしょうか? Yokoさんはそれが良い事だとか、必要なことだとお考えですか? 私は誰とでも友達になるべきだと思うのですが、それは間違えなんでしょうか? お知恵を授けていただけると嬉しいです。 よろしくお願いします。
これからもずっと応援して、このコーナーを読み続けます。 勝手なリクエストですが、私は本が好きなので、このコーナーが1冊の本に纏まってくれると嬉しいです。

-J-




Jさんのメールを拝読した第一印象は、”友達”というのは とてもファジーな言葉だというものでした。
世の中には、単なる顔見知りや、職場仲間、知り合いという間柄の人でも 全て”友達”という言葉で一括りにする人が少なくありませんが、 私がJさんのメールから受けた印象も Jさんが友達と呼んでいらした人達の多くは、実は友達ではなくて、むしろ単なる知り合いや、 単に交友関係や時間をシェアした人々ではないかという事でした。 そういう人達は、人生において 現れては消えていくためにデザインされている存在ですので、 去って行ったとしても不思議ではないのです。

それよりも大切なのは、Jさんがそうした1つ1つの人間関係から、本当の友情というものを学ぶことで、 どういう人と自分が上手くやっていけるのか、どういう言動をする人が自分を裏切るのか、 どういう人が表面では穏やかに振舞っているけれど、陰で自分を悪く言ったり、 友達同士を仲たがいさせるのか?などを心に刻み付けることです。 そして学んだ経験を生かして、本当に価値ある友達を大切にして、 そうでない”フェイク・フレンズ=単なる知り合い”とは 適度に距離を置いて、あえて親しくなり過ぎないようにしながら付き合うべきなのです。
恐らくお母様やお姉さまが「友達を選ぶように」とおっしゃるのも、そういう意味だと思います。

残念ながら、人間というのは誰とでも友達になれるようには出来ていないのです。 もしJさんが「自分は誰とでも友達になれる」と思っていらっしゃるのでしたら、 友達になるお相手の方がそのように出来ていないと考えるべきです。
人間であれば 誰にでも どう頑張っても上手く行かない人、どんなにコミュ二ケーション試みても誤解する人や理解しない人、 そもそも価値観や考えが異なる人が居るものです。 その一方で、知り合ったばかりの頃は上手くやっていても、 親しくなればなるほど 身勝手や我がままを押し付けてくる人、 競争心やジェラシーを出してくる人、 陰で悪口を言うようになったり、見下す態度を取る人も居ますし、 自分の派閥を作って 人間関係をコントロールしようとする人、そのために噂や情報を操作したり、ウソをつく人も居るものです。
Jさんは、これまで 裏切られたと思う”友達”、理由も無く音信普通になった”友達”などの中に、 これらの片鱗を見ることは無かったでしょうか? こうした人達は、Jさんだけでなく、誰にとっても本当の友達にはなれない人達ですし、なる努力すらするべきでない人々、 すなわち友達にならない方が良い人達なのです。
こうした人々と友達になろうと努力をして、時間やエネルギーを無駄にしていたら、 本当の友情がどんどん通り過ぎて行ってしまうだけです。

新しい人に出会う度に すぐに友達になるJさんは、お友達のために バースデー・パーティーをアレンジしたり、売れないチケットの面倒を見てあげるなど、 世話好きとお見受けしました。恐らく ”友達”のために いろいろな事をしてあげて、 最初のうちは感謝されると思いますし、それがきっかけで急速に交友関係が深まるかも知れません。 もちろん それが悪い訳ではありませんし、人に良かれと思うことをしてあげるのは良いことです。

でも もし人のためにしてあげたことが Jさんにとって何らかの負担になっていて、 自分で意識しないうちにそれが言動に表れていたり、自分への評価や感謝を催促するような態度を取るようなことがあれば、 たとえJさんがどんなに苦労をして やってあげたことでも、 それが悪口のネタを提供する結果に成りかねないことを理解しておくべきです。
特に薄情な人ほど、自分が受けた恩を忘れたり、過小評価する反面、 たとえJさんが何も口に出さなくても、感謝や評価を催促されたという気持ちを抱けば、 その恩着せがましさだけを覚えていて、それを周囲に悪く触れ回るケースは決して少なくありません。
またJさんとて、もしその”友達”のために苦労をして何かをやってあげたのに、 何の感謝も無かったり、自分の努力に見合う感謝や評価が得られなかった場合には、 その報われない気持ちから、共通の”友達”などに その恩知らずぶりを愚痴りたくなったところで不思議ではありません。 でも誰かが語ったJさんの悪口が 人ずてにJさん本人の耳に入って、Jさんが気分を害す状況と同様のことが、 Jさんの愚痴の対象にも起こっているはずと考えるべきです。 したがってJさんは「自分にとっての正論」として 愚痴ったことでも、相手の耳に入る時には 違うアレンジが加わっているはずなのです。

人が言っている自分の悪口が自分の耳に入り、自分が言った誰かに対する愚痴や批判もその相手の耳に入るという人間関係に囲まれていると、 どんなに穏やかな心の持ち主でも、他人の詮索をしたり、競争心やジェラシーが高まる一方で、被害妄想意識も強くなってしまいます。 要するに、それは良い人間関係ではないのです。
そもそも人間関係というのは、人生の毒にも薬にもなるものですが、人間というのは誰かの悪口を言っている時に 優越感と連帯感を味わうものなので、悪口をシェアする関係を毒と認識せずに続けている人は少なくありませんし、 そういうグループほど人の噂話をするために頻繁に連絡を取り合うので、それが自分の一番近しい友人関係だと勘違いしているケースさえあります。
私も、一時期そういう人間関係に囲まれて本当に嫌な思いを味わった経験があるので、 今ではそういう人とは関わらないと決めていますが、そんな人間関係に囲まれている時には それがいかに自分のストレスになっているか、 その人達がいかに自分の人生に毒を盛っているかは距離を置いてみるまでは分かりませんでした。
ですので、”人間関係の毒”を肝に銘じるために、一時的にトキシックな交友関係に身を置く経験は役に立つ場合もありますが、 それを続けていたら 何時までたっても裏切られたり、傷ついたりの人間関係しか得られません。

私がJさんにお薦めするのは、 「Being Friendly」 と 「Becoming Friends」の違いを認識することです。 これまで通り友好的に振舞っても、誰でも彼でも自分の友達だと考えずに、 ゆっくりと相手の人間性を見極めながら、徐々に交友関係を深めていくべきです。 そのためには、自分が無理なく出来る親切はやってあげるべきですが、自分に負担になる親切は控えて、 Jさんが何の持ち出しも無く 親しく付き合っていける関係を保つべきですし、利害関係が生じるようなことや、 お金のやり取りなども避けるべきです。

また会話をしていて自分の考えをはっきり言う人は信頼できる人が多いですが、 自分の考えは言わず 人の意見にだけに同調する人、「誰かがこう言っていた」としか言わない人、 どんな話題についても反応が消極的であったり、否定的な人は信頼に値しない場合が多いものです。
さらに会話に競争心、人を見下すような意見や指摘を持ち込む人、他人のプライバシーを根掘り葉掘り尋ねる人も 要注意人物です。 加えて良い友達に恵まれるためには、人の噂話や悪口を言う人とは付き合わない、自分も言わないという姿勢を貫くことがとても大切です。

本当の友達というのは、音信不通の時期があっても 一度再会すると、全くタイム・ラグが無かったかのように 付き合えるもので、知らない間に自分のことを嫌いになっている人ではありません。 その意味で、今までJさんから去って行った”友達”というのは、本当の意味での友達ではなかったのだと思います。
ですので今までの人間関係は レッスンだったと割り切って、今後は量より質の交友関係を ゆっくり構築することを心掛けてみてください。 そんな習慣をつけるだけで、自分を取り巻く人間関係の質が向上するはずですし、 それによって良い友達が出来れば、その友達を通じて別の良い友達に出会うことが出来るはずです。

Yoko Akiyama

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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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