July Week 5, 2016
★ "Torn Down Your Sex Appeal! "
セクシーさを押し出してくる友達に自粛してもらうためには?


秋山曜子様、
始めまして。キューブさんのサイトは もう10年くらいアクセスしていて、お買い物もさせていただいている大好きなサイトです。 特にこのコーナーが好きで、毎週欠かさずに読んでいますし、気に入ったアドバイスはプリントアウトしているほどです。 いつも力強くて、元気が出るようなスパッとしたアドバイスをありがとうございます。
私も、アドバイスをいただきたいと思ってメールしてみました。 もっと深刻な悩みの方がいらしたら、そちらを優先させていただいて大丈夫なのですが、アドバイス頂けると嬉しいです。

それは私の友人の女性のことです。 その人は、大学時代に外国生活をした経験があって、その時にセクシーさをアピールすることは熟女の特権だということを学んだそうで、 私がその人に初めて会った時も身体にピッタリの服を着ていて、 「自分に自信がある人なんだな」と思ったのを覚えています。
それからもう何年も経過して、その人も含めて 友達もみんなママになっていて、 そろそろ年相応の服装をすべきと思うのですが、その人は若い女性でもあまり着ないような肌を露出した服装をしたり、 ボディラインがくっきり出るような服を着ます。 以前は今より若かったのと、痩せていたので まだ良かったのですが、 今はその人も子供を産んだ後、体重が増えたので、そんな格好をすると正直言ってみっともない感じです。
本人は体重が増えたのを認めたくないようで、ただでさえボディコンな服を ますますパチパチの状態で着て「この服が着れるうちは、私の身体もまだまだ現役!」などと言うのですが、 誰の目にもキツすぎてみっともない感じです。

その人は、言葉でも自分をセクシーだと思っているのを押し出してくるタイプで、 自分の水着の露出が過激なのを自慢したり、自分がモテた話をするのが好きで、 時々、男性も居る集まりの場で「私、下着はつけなから」などと大胆なことを言ったりもします。
周りの友達は 「XXXさん(その人のこと)、セクシーだから」と本人の前ではおだてています。 でも、本人がいないところだと「もっと年相応の格好をするべき」とか、 「夫がXXXさんの格好を見て呆れていた」などと言われています。 他の人のご主人には「あんなに露出しているとかえってセクシーに見えない」とも言われているので、 男性もその人の服装について話題にしています。

それでも本人は自分がセクシーで、それが良いことだと思っているので、 友達や私に 「アナタたちも もっとセクシーな格好をしないと、女性だと扱われなくなるわよ」とか、 「たまにはご主人を目で楽しませないとね」 と言ってきて、ウンザリしている人もいます。 そこで、友達とその人に忠告しようということになったのですが、なんて切り出したらよいかとか、 どう言ったら気分を害すことなく、服装とかにもっと気をつけるようになるかがわかりません。
その人は自分がセクシーに見えるように着ている服や、言っていることが かえって逆効果で、 年齢相応にした方が良いということを どうやって上手く伝えたら良いでしょうか? 本人のためと思って忠告しようとしているので、逆恨みされるようなことになりたくありません。 何かアドバイスをして頂けるでしょうか。
よろしくお願いします。他の方の悩みに比べると些細なことで申し訳ないのですが、 いつもこのことが話題になって、不愉快な思いをしている友達が多いので、ぜひお願いします。
これからも応援しています。

- W -




私はアメリカでの生活が長いせいで、表現と言論の自由を重んじる主義が身についてしまっているので、 基本的には 人が何を着ようと その人の好みや個性、主義、主張を尊重する立場です。
世の中はいろいろな人が居るから面白い訳ですし、人と異なるスタイルを持つことは、 アメリカのような社会では たとえ突飛なスタイルであっても武器と見なされるケースが多いのです。 またニューヨークでは パーティー等に出掛けて、ゲストが無個性で 似たような格好をした人ばかりの場合、 そのパーティーは退屈と見なされますし、それをホストしているのが個人であれば「友人のジャンルが狭い」とジャッジされたり、 それをホストしているのが企業であれば 「ろくなパブリシストがついていない」と思われてしまうのがオチです。

なので、私は人の服装について忠告するというのは基本的に好みませんし、 それはアメリカの社会も然りなのですが、 2つ例外があって その1つは過激なグラフィックやメッセージがフィーチャーされた服装、そしてもう1つが肌の露出です。
日本はそもそも服装がコンサバな社会ですが、アメリカとて正義感の強いキリスト教国家なので、 コンサバであるべき場所で、それらの服装をしていたら、 その場で注意や批判の対象になりますし、教会や裁判所であれば 退席させられることは珍しくありません。 そもそも欧米の方がドレス・コードという意識が強いので、コード破りはルール違反として扱われるのは 誰もが理解・納得していることでもあります。 またホームパーティーで、ホストにとって好ましくない服装をしていた場合、過激なグラフィックや露出をジャケットなどでカバーアップするように言う権利や 退席を要求する権利がホスト側にあります。

同様のことは、人の発言にも言えることです。 たとえ言論の自由が約束されている社会でも、特に子供達の前で不適切と言えるような過度に性的、もしくは暴力的な発言、 人種差別、性差別など、ありとあらゆる差別的な発言については、黙って聞き流して 後から本人が居ないところで 文句を言うのではなく、その場で異論を唱えて 決して同調しない姿勢を取るのがアメリカ社会です。
そういう場合、フレンドリーに言うケースでも、そうでないケースでも 単刀直入に短時間であっさり済ませるのが その場の雰囲気を壊さない最善策であることは 大人の間では常識的に捉えられています。

日本の社会でそれが通じるかは別として、私は社会的なガイドライン、すなわち一般の大人が常識的に考えて 許容範囲内と見なす服装や言動については、注意をしたり忠告をするのは、一歩間違えば顰蹙を買うだけですし、 見方を変えれば 単なるお節介のように思えます。 でも明らかに一線を越えている場合には どうやって言うかなどを深く考えずに、その場ではっきりと正直に、説明や前例などを全く交えずに、端的に短く助言をすれば、 それが最も相手にストレートに伝わる方法です。

むしろこのケースで私がクレームや批判をするとしたら、その女性が「アナタたちも もっとセクシーな格好をしないと、女性だと扱われなくなるわよ」とか、 「たまにはご主人を目で楽しませないとね」などと言ってくることです。 Wさんやお友達は少なくとも現時点では、その女性のパーソナル・スタイルや 自分をセクシーだと思うその女性の発言に何も文句を言わずに聞いてあげている訳で、 それは意図する、しないは別として、相手の言論と表現の自由を尊重していることなのです。
にもかかわらず、その女性が一方的に 明らかに自分とテイストが異なるWさんやお友達に対して、 押しつけがましいアドバイスやお説教めいたことを言ってくるということは、その女性が自分が一番だと思っていて Wさんやお友達の服装やライフスタイルを見下している、もしくは批判していると受け取れるものです。 ですので、私の見解ではWさんが忠告や抗議をすべきことがあるとすれば、 Wさんやお友達が その女性のスタイルに何も批判や口出しをしていないのですから、 その女性もWさんやお友達のスタイルについて口出しや意見をするべきでないということです。

私の考えでは、その女性が余計なお説教さえして来なくなれば、彼女はパーティーのワースト・ドレッサーにありがちな話題の提供者であり、 もし彼女が普通の服装でやって来るようになれば、皆が心穏やかになるかと言えば、決してそうではないのです。 話のネタが無くなって寂しがったり、「今日はどんな格好で来るかを せっかく楽しみにしていたのに」と残念がる人が出てくるものです。 世の中というのはそういうものなのです。
だからこそアカデミー賞のレッド・カーペットファッションで、誰も昨年のベスト・ドレッサーを覚えていなくても、 90年代にビヨークが着用した白鳥の首がついたドレスを、20年近くたった今も オスカーの度に人々が話題にするのです。
周囲に不愉快な思いをさせない範囲で人と違うことをしたり、人と違うルックス、人と違う発言や物の考え方をする人というのは、 実は脳を活性化してくれる存在なのです。 ですからその女性の個性を尊重し、相手にもWさんやお友達のスタイルを尊重してもらう形で、 お互いがお互いに心地良い状況で共存するのが このケースにおける最善の解決策だと私は思います。

最後に私は、年齢相応というコンセプトに反対する立場なので「年相応の服装をするように」という忠告には賛成できません。 肌の露出はさておき、女性でも男性でも 自分がベストに見える装いをするべきで、 年齢に合わせた服選びをする必要などありません。 私は高齢者ほどモダンなアウトフィットを着用した方が社交面でのメリットが大きいと思いますし、 地味でプレーンな服は若いからこそナチュラルに着こなせると考えています。
年齢相応というコンセプトは、世の中の既成概念の中に自分を閉じ込めるものですので、そんな考え方をしていたら 人と同じように年をとって、病気になって、死んでいくような人生を自分でデザインするようなものです。 人間は生きている限り、年齢に関係なく 自分のためのベストを追及するべきで、年齢に合わせて生きる人生はもう時代遅れなのです。

Yoko Akiyama

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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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