Nov. Week 3, 2015
★ When Friends Disagree on Terror…
テロの意見で馬鹿にしてくる友達をかわすには?


Yoko さま、長年のキューブさんの大ファンで、9・11のテロの時にはNYに住んでいました。
今週の キャッチ・オブ・ザ・ウィークでYokoさんが書いていらした9・11についての文章を読んで、 その時のことを 忘れてはいなかったものの、ふたたび まざまざと思い出して 涙が出てしまいました。
あの日は、Yokoさんが書いていらしたように、私のこれまでの人生で最も長い日で、あの日のことは生きている限り忘れないと思います。

私は、今は夫の仕事の関係でニューヨークを離れて、ヨーロッパに住んでいます。 今回を含めてパリで今年2回起こったテロも、私にとってはとてもショックで、Yokoさんがコラムに書かれていた、 「規模や街が違っても 住む人間が味わうトラウマが同じ」という部分を痛感しています。
私が、今日 どうしてもYokoさんにメールでお伺いをせずにはいられなくなったのは、 日本人の友達と電話をしていた時に、日本の一部で噂として流れているらしき 「パリのテロが偽装だ」という説についていろいろ言われて、「テロが起こっている場所の近くに居ると、逆に何も分からないんじゃないの?」 「9・11の時も、テロが何時までもヤラセだって気づかなかったのは、ニューヨークに住んでいた人たちだけじゃないの??」 「世の中を見回して、日本で報じられていることとかもちゃんとチェックしてみたら」みたいに言われて、 悔しくてたまらなくなりました。

私は今回のパリのテロの日本の報道は観ていたわけではないので、日本で具体的にどんなことが言われていたか分かりませんが、 でも日本という国は、翻訳とメディアの編集という2つのフィルターが入るので、他の先進国に比べて情報が1タイミング遅くて、その量も限られていると私は思うんです。 恐らく、その理由の1つは日本人の関心が外国よりも日本国内の方に行っていることもあるかもしれませんが…。
パリが偽装テロだという友達の言い分は、私がヨーロッパで観ているニュースの内容からは考えられないことで、 例えば「犠牲者の写真の後ろに犬がいるのがおかしい」そうですが、今回のテロでは 警察犬も犠牲になりましたよね。フェイスブックでもその犬への追悼メッセージが 大々的に支持されていました。ですから他の警察犬が現場に居ても、その何がおかしいのでしょうか?
「コンサート会場が暗いはずなのに、どうして犯人のことを生存者が目撃できたのか?」とも言われましたが、これにしてもコンサート会場では 人質にとられて人間の盾にされていた人たちに向かって 犯人が自爆ベルトのことを話したり、「お前達の中で生き残った奴はこの場のことを世界に伝えろ」とか言った事は人質の生存者の何人もが証言したと こちらのニュースでは報じられていました。バンドのボーカルが「逃げろ!」って叫んだすぐ後には。 照明がついていたとも言われてます。
こちらのニュースを観ていたら 沸かない疑問を取り出してきて、まるで私の方が何も分かっていないかのように言われてしまい、 話している間に、喧嘩のようになってしまいました。 最後には、「フランスは皆が憧れる国だから、人が120人死んで ”テロ”だなんて騒いでもらえるけれど、アフガニスタンやイラクなんて、 もっと多くの罪も無い市民が殺されても、誰もテロだなんて言われないのは人種差別だ」とも言われたので、 「もう話すのに疲れたから」といって電話を切ってしまいました。

9・11の時も似たような思いをしましたが、情報局員でも無い一般人が 「自分はお前の知らない情報を知っている」みたいに テロのことを語る例は、イギリス人やアメリカ人にはそうそう見られません。私の周りだけに たまたまそういう日本人がいるのかも知れませんが、 こういう島国っぽい意識の人には、どんな風に対処したら良いのでしょうか?
もちろん、私の周囲にはそんな態度を取らずに、テロについてまともな会話をする人は沢山居ます。 でも、一度スイッチが入った時に「お前は外国に住んでいるから、外国のメディアに翻弄されて、世界で何が起こっているか分かってない」みたいに言って来るのは 日本の知り合いだけです。こういう人って日本人至上主義みたいに思えて、 私は逆に危険な思想だと思えてしまいます。 確かに日本は素晴らしい国ですが、言葉の壁も厚いだけに 世界の裏情報が集るような国ではないと思います。

秋山さんは、9・11のテロの話を日本のお友達や知り合いとしていて、そんな思いをされたことは無いですか? もしありましたら、ご経験も含めて、対処法を教えて頂きたいです。
これからも、ずっと秋山さんとキューブNYを応援しています。クリスマス・ツリーが運び込まれたことをコラムで拝見して、あの巨大で美しいツリーが眺められる ニューヨーカーが羨ましくて仕方ないです。少し早いですが、素敵なクリスマスを!

−S−





実は今週は、別のご質問を取り上げる予定だったのですが、タイムリーなトピックかと思いましたので Sさんのご質問を先に取り上げることにしました。
私は日本のニュースでは今回のパリの事件の報道は観ていませんが、Sさんが書いていらしたことはアメリカのメディアでも報じられていましたので、 Sさんのお友達と電話でお話しているのが私だったとしても、Sさん同様に 日本ではあまり詳細の報道がされていないのかな?と考えたかと思います。

また”テロ”という言葉については、「平和な状況下において人々の恐怖を煽るようなヴァイオレンス、特に政治的意図や宗教思想に基づいて 行われるもの」というのが、英語の辞書に記載される定義ですので、戦争下の国における一般市民の犠牲に対しては、 たとえその攻撃が軍隊とは無関係の居住区であったとしても、テロという言葉をメディアや一般の人が使うことはありません。 先週末のフランスの出来事や、ニューヨークの9・11、ボストン・マラソンの爆弾事件がテロと騒がれるのは、それが本当にテロとカテゴライズされる犯罪であるためで、 アフガニスタンやイラクで一般市民が西側諸国の軍隊の攻撃で命を落とした場合に その人数に関わらず、それがテロと騒がれないのは、 それがテロという行為にカテゴライズされないためで、人種差別だからではありません。

今回のフランスのテロについては 起こったばかりで、私は未だ友人などと特に意見を交換したことは無いですが、 さすがに9・11の際にはありとあらゆる偽装説や陰謀説、様々なシナリオを聞かされましたし、 陰謀説検証のTV番組やドキュメンタリーなども何本も観せられて、その時は納得して観たものもあったと記憶しています。
でもテロから14年が経過して振り返ってみると、何時に何が起こったというような 確実に記録されている事実以外は、 どんなに現実的で、具体性があっても それらが ”信憑性のある仮説に過ぎない”ということが良く分かります。 事実と認識されないものは全て仮説ですので、 それらは歴史に刻まれることなく 時間の経過と共に消えて行くものだと思いますし、 私自身、以前観たり、読んだりした陰謀説の詳細は殆ど忘れてしまいました。
そんな説を信じる、信じないは、思想や宗教と一緒で個人の自由ですが、宗教同様に強く信じている人ほど ”布教活動”をする、すなわち ”自分の信じるものが正しい。貴方もこれを信じるべきだ”というアプローチをしてくる様子は随分見てきました。
でもそう説く人は、 Sさんもメールに書いていらしたとおりに、CIAのスペシャル・エージェントでもなければ、政府のクラシファイド・ファイルにアクセス出来る人物でもなく、 ごく普通に 誰にでも見られるインターネットの情報を読んだり、”今その真相が暴かれる!”というようなドラマティックな見だしやタイトルが踊った TV番組や出版物を観たり、読んだりして、それらの情報を繋ぎ合わせたウケウリ説である場合が殆どのようです。
多くのニューヨーカーは、誰もが過去にそうした説を聞かされていますが、私が記憶している知人の意見で「後から検証した説は、 筋道が通り過ぎていて、信憑性が無い」というものがありました。 英語には「Truth doesn't have to make sense / 真実が意味を成す必要は無い」という言葉がありますが、 確かに あれほど壮絶な複数の出来事に、完璧に筋道が通る説があるとしたら、それはフィクションのように思えるのが正直なところです。
また別のアメリカ人の友人は、「JFKの暗殺でさえ、50年が経過しても真相が分からないのだから、9・11の真相がそんなに簡単に明らかになるはずが無い」 と言っていたことがありますが、私もそれには全く同感の思いです。

個人的に、偽装テロ説をとなえる方達が理解しておくべきと考えるのは、”たとえ偽装であってもテロはテロ”だという事です。
平和な状況下で、人々の恐怖心を煽るようなヴァイオレンスを政治目的で企てた場合は、それを行なっているのがISISであろうと、 それ以外の政治団体や国の政府、西側諸国に支配力を持つ特定のグループであったとしても、テロには変わりないのです。 そしてそれによってもたらされた犠牲というのは、テロを企てたのが誰であろうと軽減されるものではないこともまた事実です。
先週末のコラムで、「9・11のテロで人生観が変わったニューヨーカーが多かった」と書きましたが、 あの時にニューヨークに居て、テロに遭遇した人々は 「平穏な生活なんて何時崩れるか分からない、明日死んでも後悔しない人生を生きなければ!」 という気持ちになった人が非常に多かったのです。
Sさんもきっと当時のニューヨークにいらして それを実感されたことと思いますので、その気持ちを常に思い出して 「明日死んでも後悔しない人生」を毎日のプロジェクトになさっていただきたいと思います。 それを心掛けると、建設的ではない議論には時間を割くべきことではないことを肝に銘じることが出来ると思います。

以前このコラムにも書いたことがありますが、人間は自分が信じたいことを信じる生き物です。 それが事実でも、虚偽でも 信じたい人にとっては それが真実で 正しいことであって、それを覆そうとすれば 怒りや反感、恨みさえ買う場合もあります。 方策やプランには妥協点が見出せても、お互いが信じるものについては妥協点は見出せないものなのです。 最初から妥協点が見出せない議論というのは、言葉による争いや、お互いに対する侮蔑で終わってしまうケースが殆どです。
相手が説得できない時、説得しても仕方がない時は、一歩引いて相手の勢いをそらして、議論を避けた方が、 Sさんも後から悔しい思いなどをしないで済むと思う次第です。テロの議論に限らず、世の中には とことん語り合った方が良いケースと そうでないケースというのがあるものなのです。

Sさんのお友達に限らず、テロが起こる度に 世の中の人々のリアクションや、メディアの報道内容など、 様々なことについてネガティブな発言や批判をしたり、犠牲者の数でテロの規模をジャッジする人は少なくありませんが、 私はその内容が正しい、正しくないは別として、 事実関係以外のそういう意見にあまり耳を貸したくないと思うのは、 人々が思いやりをもって支えあうべき時に、人々を分断させるような意見や人を見下したような主張を聞くと、 テロリストが勝利しているような気分を覚えてしまうためです。
テロの目的は人々の恐怖心を煽ることだけでなく、平和な世界に不協和音をもたらすことでもある訳で、 9・11直後のアメリカでは ジョン・レノンの名曲「イマジン」でさえ、その歌詞の一説から愛国的ではないと 批判されていたような有り様でした。また人々が細かい1センテンスまで過敏に「愛国的でない」などとジャッジする傾向があったので、 テロ直後のトークショーには 言動を批判されるのを恐れるあまり 出演したがるセレブリティが居なかったほどで、自由の国アメリカから 言論と表現の自由が テロによって奪われかかっていたことを 今でもはっきり記憶しています。

今回のパリのテロについても、2013年のボストン・マラソン爆弾事件の際も、ソーシャル・メディア上でヴァイラルになっているのは、 もっぱらポジティブなメッセージ。 昨日にはフランスの報道番組 ル・ぺティ・ジャーナルで放映された以下のビデオが、 フェイスブック上で 僅か1日で1300万回以上シェアされて、アメリカのメディアも こぞってこれを報じていましたが、 同ビデオはアジア系フランス人の親子に対するインタビュー。 以下はYouTubeに英語字幕付きで公開されたものですが、 私がフランス語で聞いて意味が分かるほどシンプルな会話なので、まずは英語字幕でご覧下さい。 ( 和訳は、ここのページで公開されています)


このビデオを観て、多くの人々が「テロという犯罪と どう向き合ったらよいかを学んだ」と 語っていましたが、後半の男の子の薄っすら微笑んだ笑顔を見て、涙すると同時に希望を見出した人々が どんどんシェアの輪を世界中に広げたのが同ビデオで、テロ後のショックに見舞われた人々の間で、こうしたビデオが ヴァイラルになる限りは、世界がテロに屈することは無いと確信できるように思います。
ネガティブな批判や理論の押し付けは、人の心をネガティブにして 言葉の戦争をもたらしますが、 どんな状況でもポジティブなメッセージは人の心を開いて、和をもたらすものです。 私の尊敬するベンジャミン・フランクリンの言葉に、 "There was never a good war, or a bad peace. / 世の中には良い戦争はない、悪い平和もない" というものもありますが、 それは1人1人の人間の間にも言えることだと思います。

Yoko Akiyama


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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