Nov. Week 4, 2015
★ Why Jerks Are Successful?
能力がある人や、人望が厚い人は、何故上に立てないのでしょうか?


秋山様、過去10年以上、キューブ・ニューヨークをずっと愛読してきました。
特に秋山さんが書くコラムが好きなので、キャッチ・オブ・ザ・ウィークは 多分最初から全部読んでいると思いますし、 このコーナーやフェイバリット・オブ・ザ・ウィークも欠かさず読んで、情報を得たり、参考にしたり、秋山さんの意見や知識に感心してきました。
今日 アドバイスをお願いしたいと思ったのは、以前からずっと考えていたことなのですが ここへ来て自分の中で納得できない思いが高まって イライラしたり、情けなくなったり、未来に悲観的になってしまうことが多くなってしまったので、思い切ってメールをすることにしました。 取り止めなくて、下らない質問だと思われたら、ごめんなさい。

先日、私の職場で突然の人事移動がありました。それは予期していたことだったのですが、全く予期していなかったのは、 どう考えても能力があって、人望が厚い人物ではなく、いつも偉そうにしている割には、何も仕事をしない人が 職場の上のポジションに就任したことです。 皆、顔や口に出さなくても、「どうして?」というような意外な人選で、職場の中には「あんな奴の下で働きたくない」と はっきり言う人までいるほど、嫌われていて、仕事も出来ない人が出世してしまったんです。
私達が そのポジションに就くと思っていた能力のある人は、別の格下げ部署のトップになってしまって、それも本当にショックでした。 その人事を決めた人の目が”節穴”としか考えられないことが起こって、皆ガックリしてしまっていますし、 その後 職場の人たちと飲みに行ったときに、転職を考える人まで居て、失望と腹立ちで一杯です。

そういう人事は今回に限ったことではなくて、私もこれほど酷くない例でも、「何であの人が?」という人が偉くなっていたり、 その人がまた 全然能力のない人をひいきにしたり、という例はいくつもあって、 それは友達の勤める会社でも同じようです。 先日、父に愚痴ったら、そんなのは父の時代からもそうだったと言われましたが、 どうしても腑に落ちないのが、何故、本来人の上に立つべき人が世の中から軽視されて、 能力が無くて、人柄も尊敬できない人ような ずるい人が出世するんでしょうか?
何となく、努力したり、頑張ったりしても仕方がないような気がして 情けなります。 どうして職場の皆が分かることが、人事の決定権がある人には分からないのでしょうか。 もちろん、世の中には偉くなるべくして偉くなっている人は沢山いると思いますが、そういう例より 逆の例の方が多いように思えてなりません。
これが変えられないことだとは分かっていますが、何か割り切ることが出来ればと思って秋山さんにご相談しています。 こういう世の中のどうしようもない状況を、どう割り切って生きれば良いのでしょうか? 変な質問でごめんなさい。お返事くださったら嬉しいです。

ニューヨークはこれからどんどん寒くなると思いますので、秋山さん、キューブ・ニューヨークの皆さん共々、くれぐれもご自愛なさって お過ごしください。これからもずっと応援しながら、サイトを読み続けます。

−E−





Eさんが書いてくださったことは、私自身も友人などから頻繁に聞くことですし、私も実際に仕事がさほど出来ない人が優遇されるケースは 随分目撃してきました。
上に引き立てられる人間というのは、往々にして 上の人間の忠実な手先(手下)になってくれると同時に、脅威を抱く必要が無い存在です。 上に立つ人物より人望が厚い人や、周囲が自分より能力があると見なすような人には 脅威だけでなく、ジェラシーも抱くので、 その人がどんなに上を蹴落とそうというような野心など無く、単に与えられた仕事を一生懸命にやっているだけでも、 厄介者扱いで 冷遇されることは珍しくありません。

またどんな世界においても、必ずしも最も能力がある人が有名になったり、最高峰と見なされる訳ではありません。
例えば 観光地で全く同じ地元の料理を食べさせる店があった場合、たまたまメディアに取り上げられた店が大行列の繁盛で、 それよりも美味しくて 安い店が閑古鳥ということは珍しくありませんし、有名なアート・ディーラーに見込まれた画家が有名になって、 美大に在学中は彼よりも才能が認められていた画家が 美術の教師に甘んじてしまうケースもあります。
フォトグラファーでもグラフィック・アートのデザイナーでも、フリーランスで働いている人は その能力よりも、 一緒に飲みに行くことが多い等、個人的な付き合いで 仕事を獲得するケースは多いですし、 真面目でよく働く 可愛げが無い人よりも、見た目に可愛くて 愛嬌があって、ちょっと抜けている人の方が、常に失敗が許される上に 優遇されるというのは ありがちなシナリオです。
「何故 能力があるの人が上に立てないのか?」と疑問を感じていらっしゃるEさんご自身も、 能力より愛嬌やルックスを優遇したことがおありではないかとお察ししますが、 それが世の中というものであったりします。

すなわち実力が問われるケースでも、 ルックスや人柄のライカビリティ(好感度)や、その人が放っているオーラや雰囲気、 ファッション・センスやユーモアのセンスなど、実力以外のもので判定や評価が決まってしまうケースは非常に多いのです。 要するに決定権を持つ側に気に入られる何かを持っているかで 勝敗や運命が決まると言っても過言ではなかったりします。
それがアンフェアと思われるケースでは、Eさんが書いてくださったように「何故、本来人の上に立つべき人が世の中から軽視されて、 能力が無くて、人柄も尊敬できない人ような ずるい人が出世するんでしょうか?」、 「何となく、努力したり、頑張ったりしても仕方がないような気がして 情けなります」 というお気持ちを抱かれることがあっても然りと思います。

でも見方を変えれば、こうした世の中の傾向は「誰にでもチャンスがある」ということも意味するものです。 世の中には優れた人は沢山居ますが、必ずしも実力だけでジャッジされる訳ではないのですから、 やり様によっては誰にでも成功を収められるということなのです。
また本人は同じことだけをやっていても、時代や周囲の環境が変わることによって 突然 上から引き立てられたり、 自分の功績が認められたり、人気が出ることもあるのです。

私はこのコーナーで何度も書くように、母が占い師をしている関係で、運の流れ=人生という見方を学んできましたが、 誰一人として一生を通じて幸運で過ごすことは無い代わりに、誰でも健康で長生きさえしていれば、生涯に1度は幸運期に恵まれるものです。 20歳までに成功を収めている人が居れば、その人は若年運と思われますし、 中年期で運が開く人もいれば、晩年運の人もいます。
「あんな人が出世して・・・」という人は、往々にしてその時に運が花開く順番が回ってきた人ですので、 不満を抱いて悲観的になるよりも 「そのうち自分にも順番が回ってくるはず」という勝算を抱いて生きる方が、 遥かに明るく幸せな人生になるだけでなく、自分に巡ってくるはずの”運”を確実に意識して、それを大きく利用することが出来ます。
幸せな運気は、「自分には引き立てが無い」、「自分はそんなにラッキーじゃない」などと考えていたら、 巡ってきても気づかなかったり、有効に使えずに過ごしてしまうことさえあります。

人格的に尊敬できない人が出世して高いポジションに就くケースはアメリカでも多いので、 「威圧的な態度の方が、指導力があると見なされる」などの分析も見られますが、 実力が無いのに 威圧的な態度をとって 相手にされない人も沢山いますので、そうした人柄の分析よりも 「出世する運気にあるに違いない」と考えた方が 簡単に割り切ることが出来るように思います。
そして世の中というのは1人1人の運が絡み合っているだけでなく、トップに立つ人間の運が、 企業や地方自治体、国といった様々なレベルの組織や団体の運命にも影響を与えているのは言うまでも無いことです。

私にとって これまでで アメリカ社会に最も失望した2つの出来事が、1995年にO.J.シンプソンが妻とその友人殺害の容疑で無罪となったこと、 そして2004年にジョージ・W・ブッシュが大統領に再選されたことでしたが、 今から思えば これらは どちらも彼らの運気に見合った結果であったと同時に、 アメリカの歴史に大きな影響を与えたのは その後の事実が立証する通りです。
O.J.シンプソンの無罪が言い渡された時には、私は膝の力が抜けるほど愕然としたのを今でもはっきり覚えていますが、 あの時、法廷で抱き合って喜びを分かち合っていた弁護士たちは、その後若くして死去したり、弁護士資格を奪われたり、 息子がドラッグ中毒で死亡するなど、ほぼ全員が不幸な状況に陥って、O.J.シンプソン本人も 2007年に自らのメモラビリア・ビジネスを巡る 強盗、誘拐等の罪で逮捕され、現在服役中の身。 あの裁判の時点が 彼らの運のピークだったという印象が否めませんが、 アメリカの裁判が エンターテイメントのように扱われるようになったも、このO.J.シンプソン裁判がきっかけでした。

またジョージ・W・ブッシュが再選された際には、ロンドンのデイリー・ミラー紙が ブッシュ大統領の写真とともに、「どうして5901万9508人(ブッシュ大統領に投票した人数)もの人間がこんなに馬鹿になれるのか?」という 大見出しをフィーチャーしていましたが、私自身、その時の失望を割り切るために その週の「キャッチ・オブ・ザ・ウィーク」の最後に書いたのが以下の文章。
「私は個人的に、国というのも運命を背負っているものだと考えていて、今回ブッシュ大統領が再選されたのも アメリカという国の運命に従って、世の中が動いた結果だと考えていたりする。 だから、今後ブッシュ政権下で、アメリカが今より悪くなっても、良くなっても、それがアメリカの運命であると思うし、 それによって日本や諸外国が影響を受けることがあれば、それもその国々の運命なのだろうと受け止めている。 そしてその国の運命が、その国民1人1人の生活に何らかの影響を与えることになる訳であるけれど、 それもまた、人それぞれの運命なのだと思う。」

私はブッシュ大統領が再選されていなかったら、オバマ大統領は誕生していなかったと思いますし、2008年のリーマン・ショックや 現在の貧富の差が大きく開くアメリカ、人種問題が再び取り沙汰される状況などもブッシュ再選で敷かれたレールに導かれて 辿り着いた状況だと思っているだけに、全てがアメリカという国の運命であったと、 今 振り返って改めて痛感しています。

何となく話が大きくなり過ぎてしまいましたが、自分の周りで起こっている理解に苦しむこと、納得できないことは、 個人の利益や特定の人々の選択や思惑で行われていると考えると 腹立たしく感じたり、失望を禁じえない場合が多いですが、 それがもっと大きな運命の流れの一部だと思って、その意味合いに目を向けると、違う物の見方や考え方が出来るようになります。
大切なのは、自分の周囲や世の中で 何が起こっても、どんなにアンフェアな判断が下されても、それに動じず 常に自分を信じること、 自分が幸せになれると信じること、自分が幸せになるための努力を怠らないことだと思います。

Yoko Akiyama


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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