Meg Ryan, Change Of Her Face
2016年トニー賞授賞式で人々を驚かせたメグ・ライアンの変貌振り!
その移り変わりをタイムラインでフォローアップ




2016年6月19日、日曜日に行われたのがブロードウェイのオスカーこと、トニー賞の授賞式。 そこにプレゼンターとして登場したのが、かつては「アメリカズ・スウィートハート」と呼ばれたメグ・ライアン。
その途端にソーシャル・メディア上でバズが繰り広げられたのが 彼女の変貌振りについて。 メグ・ライアンと言えば、南部系の明るい女性が好きなアメリカ男性にとっての理想像と言われた存在。 その彼女は、2000年代半ば頃から徐々に整形手術の失敗が指摘され始めるようになり、 特にその口元は、ジャック・ニコルソンが映画「バットマン」で演じたジョーカーに例えられて久しい状況。 ハリウッドでは、レネー・ゼルウェガーと並んで、美容整形でエイジングに拍車をかけたと言われる存在になっています。
そのメグ・ライアンは、90年代後半、デニス・クウェイドとの離婚の直後からアッパー・イーストサイドのソーシャライトをこぞってクライアントにしていた、 美容整形医、ドクター・ダニエル・ベーカーによる施術を受け、大幅な若返りに成功しましたが、 その後 ドクター・ベーカーが死去し、美容整形医を替えざるを得なくなってから、医師に恵まれなかったのが 現在の変わり果てた変貌の要因という声も聞かれています。
以下では、そのメグ・ラインのルックスの変化をタイムラインでご紹介します。



写真上は、左より、1987年、1988年、1989年のスナップ。
左は 映画「トップガン」に出演した直後の1987年のスナップ。 中央は1988年、彼女の出世作となった「ホエン・サリー・メット・ハリー(恋人たちの予感)」の撮影中のスナップ。
右は同作品ですっかり知名度を高めた後の1989年のスナップ。



写真上は、左より、1990年、1991年、1992年のスナップ。
左は、初めてトム・ハンクスと共演した1990年公開の「Joe Versus the Volcano」からのスナップ。
中央は1991年公開映画「ドアーズ」で、ヴァル・キルマー扮するジム・モリソンのガールフレンド役を演じた際のスナップ。 右は1992年のスナップで、前年に結婚した俳優のデニス・クウェイドとの間に子供が生まれた頃。



写真上は、左より、1993年、1994年、1995年のスナップ。
左はメグ・ライアンの代表作である「スリープレス・イン・シアトル(めぐり逢えたら)」公開直後の1993年。
中央は、イメージ・チェンジを試みて 映画「When a Man Loves a Woman」でアル中の妻を演じた1994年。
右は、映画「フレンチ・キス」に出演し、プロデューサーも務めた1995年。様々な賞を受賞し、人気がピークに達してたのがこの頃。





写真上は、左より、1996年、1997年、1998年のスナップ。
写真左、映画「Courage Under Fire (戦火の勇気)」が公開されたのが1996年。この頃から「スリープレス・イン・シアトル」の スウィートハート・イメージを払拭しようという試みがどんどん高まってきた時代。
中央は、アニメ「アナスターシャ」で、吹き替えに挑戦しする一方で、ニコラス・ケイジと共演した映画「シティー・オブ・エンジェル」を撮影中であった1997年のスナップ。
右は1998年で、映画「ユーブ・ガット・メール」でトム・ハンクスと3度目の共演をした時代。



写真上は、左より、1999年、2000年、2001年のスナップ。
ラッセル・クロウとの共演映画「プルーフ・オブ・ライフ」の撮影をしていたのが1999年。
中央は、その 「プルーフ・オブ・ライフ」が公開された2000年で、この頃にはラッセル・クロウとの交際をスタート。 デニス・クウェイドとの不仲が囁かれ始めた頃。
右は、デニス・クウェイドとの離婚が成立した2001年のスナップ。この頃までには既に美容整形を始めていたと言われています。



写真上は、左より、2002年、2003年、2004年のスナップ。
徐々にヘア・カットがモダンになってきた2002年。中央の2003年のヘアは、当時最もビューティー・サロンで リクエストが多いヘアの1つになっていました。
右は女性ボクシング・プロモーターを演じた「アゲインスト・ザ・ロープ」出演の時代で2004年。 この年の大統領選挙では、ジョージ・W・ブッシュに敗れた現在の国務長官、ジョン・ケリーを支持して、いました。




写真上左より、2005年、2006年、2007年のスナップ。
2005年はハリウッドのプロジェクトから遠ざかっていた年で、2006年には 「イン・ザ・ランド・オブ・ウィメン」の撮影に入り、2007年に公開されますが、興行成績としては 全くの不振。 美容整形医が変わったのもこの頃を前後してのこと。既に大きく微笑んでも上の歯茎が見えないように美容整形が施されています。
2006年には養子縁組で女児を貰い受けています。



写真上は、左より、2008年、2009年、2010年のスナップ。
2008年に「ザ・ウィメン」、2009年に「シリアス・ムーンライト」が封切られますが、いずれも惨憺たる興行成績。 この後、20015年に封切られた「ファン・ガール」まで映画には一切出演せず、唯一出演したのがTVのプロジェクト。



写真上は、左より、2011年、2012年、2013年のスナップ。
ヘア・スタイルがブロンドのウェイビー・ショートヘア一辺倒になってきたものの、 このヘアスタイルは、50代を過ぎたメグ・ライアンにとっては老けて見えるチョイス。
加えて髪質が若い頃に比べて衰えてきたことも見て取れます。 フィラーを注入して年齢が若い時代よりも頬骨にボリュームを出しているのが見て取れます。



写真上は左より、2014年、2015年、2016年のスナップ。
2014年は2015年は、2015年に公開された初の監督作品「Ithaca / イサカ」の撮影で忙しかった時代。 でも2014年からシンガーのジョン・メレン・キャンプとの交際がスタートしています。
右のスナップは、高視聴率を記録した2016年のトニー賞で、視聴者を驚かせた彼女の変貌振り。 時代を追って見ると、僅かな変化の繰り返しですが、多くのアメリカ人にとってメグ・ライアンと言えば、 「恋人たちの予感」、「めぐり逢えたら」のイメージ。 いくら時代が経過しているとは言え、それからかけ離れたルックスで登場したことで、 人々にショックを与えると同時に、ソーシャルメディア上で、大きなバズを生み出していました。

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