Jan. 9 〜 Jan. 15, 2012

” Those Who Believe Shall Be Saved? ”


今週のアメリカでは、経済の世界では週末にS&P(スタンダード・アンド・プアーズ)がフランス、イタリア、スペインを始めとするユーロ圏9カ国の 長期国債の格付け(英語ではクレジット・レーティング)を引き下げた事が最大のニュース。
とは言え、この格下げは S&Pが12月から警告していたことで、市場にインパクトを与えるというよりも、現在のユーロ圏を象徴する動きと捉えられていたのだった。

でも今週、報道時間が最も割かれていたのは、1月7日にビヨンセ&ジェイZの間に誕生した女児、ブルー・アイヴィーに関するニュースと、 今年のNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)の大センセーション、デンバー・ブロンコのクォーターバック、ティム・ティーボー / Tim Tebowが、 今週末のディビジョン・ファイナルの試合で、奇跡を起こすことが出来るか?という報道。
ティム・ティーボーは、今シーズン途中からスターティング・クォーターバックになった24歳のプレーヤーで、未だプロ2年目。 でも彼がクォーターバックを務めるようになってから、デンバー・ブロンコが突然勝ち始めたのに加えて、 彼は 結婚するまでヴァージンを貫くという 非常に敬虔なクリスチャン。 その彼がタッチダウン・パスを決める度に、ひざまずいて神に感謝する姿が、 キリスト教徒のフットボール・ファンに大ウケしたことから、突如メガ・スターになってしまい、 今シーズンのデンバー・ブロンコの試合は、高視聴率を獲得し続けることになったのだった。

彼のファンはティーボーマニアと呼ばれ、彼のひざまずいて祈る行為は、 ティーボーイング / Tebowing、 ティーボード / Tebowed、という動詞になってしまったほど。
当然のことながら、Tシャツやグッズなども売り出され、 ネット上には、アメリカ国内のみならず、中国やイギリス、フランスでも人々がティーボーイングしている写真や ビデオが溢れ、オバマ大統領でさえ 執務室のデスクの上でティーボーイングしている姿を公開しているのだった。(写真下段、右側)
でも大統領がこの姿を公開したのは、ユダヤ教のイベント、ハヌカの際で、この宗教違いのユーモアは ユダヤ教の人々から逆に顰蹙を買っていたのだった。




今週金曜には ニューヨーク・タイムズ紙でさえ、 彼に関する記事を第1面に写真入りでフィーチャーしたほどであったけれど、 特に今週、ティム・ティーボーにメディアの注目が 集中したのは、先週末のプレー・オフで、オーバータイムの接戦の末、彼が神がかりと言える奇跡のタッチダウンを決めたため。 なので 果たしてティム・ティーボーが今週末、トム・ブレイディ率いるニューイングランド・ペイトリオッツを相手に、 再び奇跡を起こすことが出来るか?というのが その報道のポイントになっていたのだった。
トム・ブレイディといえば、既にスーパーボウル・チャンピオンに3回輝いている、殿堂入り確実の名クォーターバック。 スーパーモデル、ジゼル・ブンチェンの夫としても知られているだけに、 果たして勝利の女神が、ジーザスを味方につけたティム・ティーボーに微笑むか?、それとも天下のスーパーモデル、ジゼルがついている トム・ブレイディに微笑むか?といった ふざけたコメントも聞かれていたのだった。

人々が、ティム・ティーボーのプレーに神がかりの奇跡を見出すのは、ティム・ティーボーというプレーヤーが それほど卓越したクォーターバックではないだけに、”神の見えざる手”によってパスを決めたり、勝利を収めているという印象を与えるため。
なので、もし今週末に ティーボー率いるデンバー・ブロンコが、 実力では格段に上の ペイトリオッツを下すようなことことがあれば、 「改宗を考える」という ユダヤ教徒の友人さえいたけれど、 蓋を開けてみれば試合は 最初からペイトリオッツのワンサイド・ゲーム。 最後まで 神が奇跡を起こすことは無く、45-10という大量得点差でペイトリオッツが圧勝したと同時に、 トム・ブレイディが 駆け出しのティーボーとは役者が違うことを見せ付ける結果に終わったのだった。

私がこの試合結果にちょっと安心したのは、スポーツの世界に宗教が入りすぎるのはどうかと思うため。
アメリカは大統領選挙にも宗教が深く関与していて、共和党候補で先週ニューハンプシャーの予備選挙に勝利した ミット・ロムニーが、今ひとつ共和党支持者の票を集められないのは彼が キャラクター的に退屈なこともあるけれど、 基本的には彼がモルモン教徒であるため。
特に中西部、南部では、優れた経済政策よりも 妊娠中絶の禁止やゲイの婚姻を認めないことの方が アメリカ社会にとって大切だと考える キリスト教右派、キリスト教福音派 (Evangelical Christian / イヴァンジェリカル・クリスチャン)の人々が多く、 こうした人々は、聖書の教えに背くとしてダーウィンの進化論を教科書から排除するよう主張するなど、 何においても宗教観が最優先。 科学や経済は2の次、3の次という価値観なのだった。
もちろんティーボーマニアの中にも、こうしたエヴァンジェリカル・クリスチャンが非常に多く、 ティム・ティーボーが ”奇跡の勝利” を収め続けた場合、キリスト教右派が勢いをつけて 大統領選の行方に影響を与えるのは十分に考えられる状況。
アメリカの大統領選挙の行方というのは、時代の波やカルチャーを反映するもので、 そもそも政治経験が乏しいオバマ氏が2008年に大統領に選出されたのも、 それらを巧みに利用して行なったキャンペーンが効を奏したためなのだった。




さて、今週もう1つ大きな話題になっていたのが、先に述べた通りビヨンセ&ジェイZの間に 生まれた女児、ブルー・アイヴィー。 おめでたいというセレブレーション報道だけではなく、様々な物議をかもしていたのがこのニュースなのだった。
まず問題になっていたのが、ビヨンセ&ジェイZと時を同じくして 子供が生まれたカップルが 病院内で冷遇されたという報道。これは分娩フロア全体がビヨンセとジェイZのために貸切り状態になっていた上に、 彼らのプライベート・セキュリティが 現場を仕切っていたため と言われているのだった。
加えて、明らかになったのが ジェイZが130万ドル(約1億250万円)を投じて、病院のフロアを改装したというニュースで、 そのディテールは防弾ガラスのドアに始まり、分娩スウィート・ルームは4つの巨大なフラット・スクリーンTV, プライベート・キッチン、ゲスト・ベッドルームなどが完備された非常に贅沢なもの。(写真上はTMZが公開したそのスウィートルーム)
さらに、ブルー・アイヴィーが誕生後4日間で受け取ったギフトの総額は、何と150万ドル(約1億2000万円)。 その中にはジェイZがプレゼントした60万ドル(約4730万円)の黄金の揺り木馬ならぬ ”揺り金馬”も含まれているのだった。 ちなみに、こんな成金趣味のものを何処から探してきたのかと思ったら、銀座の田中貴金属で製作されたものとのこと。

またジェイZは、ブルー・アイヴィーが生まれたその日のうちに、彼女の誕生を謡ったラップソングを公開しているけれど、 その歌詞の内容から明らかになったのがビヨンセが一度流産していたということ。 そしてブルー・アイヴィーが、ビヨンセ&ジェイZがパリに滞在した際に出来た子供だということ。
でもジェイZの愛娘に対するメッセージがこめられたラップソングがヒットチャートを上昇すると同時に聞かれ始めたのが、 「これだけ一般の人々が生活に困っているときに、子供の出産ごときで贅沢をしすぎる」という批判。 「ゴールドの価値が分からないような乳児に 60万ドル金塊を買い与えるよりも、 チャリティに寄付して、恵まれない多くの子供達を救済するべき」といった批難が様々なメディアに寄せられていたのだった。

私の友達は、「ブルー・アイヴィーが学校で誰かに意地悪されるようなことがあったら、ジェイZのボディガードがその子を銃で撃ち殺しそう!」 などと言い、別の友達は「ブルー・アイヴィーと自分の子供が学校で同じクラスになったら、たとえ何を子供に買い与えても、子供のために どんな経済的な無理をしてあげても、ブルー・アイヴィーが受ける待遇と比較されて、決して子供が感謝しないと思う」などと言っていたのだった。
確かに、生まれたばかりの時点で150万ドル相当のギフトを受け取ったほどであるから、 今後も ブルー・アイヴィーは 一流の家庭教師や、一流のヘアスタイリストがついて、何不自由のない生活を送るであろうことは目に見えているのだった。
でもだからといって彼女が世界一幸せになったり、英才教育のお陰でスーパー・サクセスフルな人生を送るかと言えば、必ずしもそうとは限らないもの。
現在のビリオネア(10億ドル長者)の殆どは、ミドルクラスから1代でビリオネアになっているし、 どんなに恵まれない境遇でも、本人の努力次第で 才能や能力が認められて、成功を収めることは少なくないもの。
その好例と言えた今週の報道が、両親が自動車事故で働けなくなり、家を差し押さえられて ホームレス・シェルターで暮らしていたティーンエイジャー、 サマンサ・ガーヴィーが、アメリカで最もプレステージの高い奨学金コンテスト、インテル・サイエンス・タレント・サーチの最終選考に残ったというニュース。 将来 海洋学者になることを夢見ている彼女は、努力次第で人生が切り開けることを信じて研究を続けたというけれど、10万ドルの 奨学金を受け取るコンテストの勝者が発表されるのは1月末。でもこの報道がきっかけで、彼女の家族には低家賃の借家があてがわれることになり、 苦しい生活の中で彼女が学業に注いだ情熱が、 家族を救う結果をもたらしているのだった。

ところで、私が今週見ていたTVでは、子供のサッカーの試合が原因で、試合後に母親が殴り合いの喧嘩になり、 それが裁判になっていたけれど、アメリカでは子供のスポーツの試合で、 自分の子供をベンチに下がらせたことに腹を立てて、コーチに殴りかかる父親が居るなど、子供のスポーツに親が熱くなり過ぎる問題が 指摘されて久しい状況。
これに象徴されるように自分の子供を特別だと信じて、異常なまでの愛情や期待を注ぐ親達は決して珍しくないけれど、 子供のパフォーマンスがそれに伴わないケースが出てきてしまうのは仕方が無いこと。

私がそんな親達に薦めるのが、ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンが その著書であり、ベストセラーである、 「Thinking Fast And Slow / シンキング・ファスト・アンド・スロー」の中で紹介している4歳児を対象にした実験を試してみること。
この実験では4歳の子供にクッキーを1つ与えるけれど、 それを食べたがる子供に言い渡されるのが、15分間食べるのを我慢していたら クッキーがもう1つもらえるということ。 その後子供は、玩具やTV、本など、気を紛らすものが何も無い部屋の中で クッキーを眺めて過ごすことになるけれど、 そのうち誘惑に負けてクッキーを食べてしまうのは約半分の子供達。 残りの半分の子供達は15分間、主にクッキーから気をそらすことによって我慢をするとのことなのだった。

これはセルフ・コントロールの実験で、15分だけ我慢すれば メリット(この場合クッキー)が2倍になることを理解していて、 その我慢が出来るか、出来ないかという 至ってシンプルなコンセプト。
でも、こんな簡単な実験において クッキーを食べた子供と、食べなかった子供とでは、15年前後が経過して ティーンエイジャーになった時点で大きな差が出てくるという。 ドラッグに手を出すなどのトラブルが無く、しかも学業の成績が良いのは、当然のことながらクッキーを食べなかった子供達。 すなわち4歳児の時点で自己制御が出来た子供達。
要するに人間の資質というのは、かなり幼い時点で決まっているとも言えるけれど、 自己制御が出来るということは、キャリア・ライフや金銭管理において大きなメリットをもたらすもの。 逆に自己制御が出来ないということは、肥満、アルコール&ドラッグ中毒、浮気、ギャンブル といった 問題を抱える可能性が高いだけでなく、怒りが抑えられず暴力行為に及ぶといったリスクも否定できないのだった。

しかしながら、たとえ自分の子供が15分我慢できずにクッキーを食べてしまったとしても、親というのは「自分の子供は特別」と思って、 事実を直視しない場合が多いもの。 そうした親馬鹿な思い込みというのは、科学よりも聖書の教えが正しいという盲目的な宗教信仰に通じるものがあるけれど、 結局のところ、人間というのは信じたいものを信じる生き物。
世の中を見回してみると、客観的に正当な判断を下せる人々というのは、必ずしも大金持ちの成功者ではないけれど、 人が信じたいものを信じさせるビジネスをしている人は、往々にして宗教でも、子供の才能でも、自分の美しさでも、信じて疑わない人々を相手に 大儲けをしている場合が非常に多いのだった。
そう考えると、「信じる者は救われる」と一般に言うけれど、実際には「信じる者は払わされる」というのが適切な表現と言えるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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