Jan. 14 〜 Jan. 20, 2013

” Lie Strong ”

今週は、ニューヨーク州で 銃規制に関する厳しい法案が可決された一方で、オバマ大統領も 銃規制に関する4つの議会法案と、23のエグゼクティブ・オーダー(議会決議なしで施行できる大統領命令)を 発表し、銃規制に対する かつて無い 前向きな姿勢を見せていたのだった。
でも、メディアの報道が集中していたのは写真上、ニューヨーク・ポスト紙の表紙になっている2つのニュース。

まず1つ目は、ドーピングでツール・ド・フランス7連覇の栄誉を剥奪されたランス・アームストロングが、 オプラ・ウィンフリーとのインタビューに応じて、そのドーピングを自ら初めて認めたというニュース。
写真上左のニューヨーク・ポスト表紙には、 彼がスタートした がんチャリティ、「Live Strong / リヴ・ストロング」のシンボルで、世界中で 何千万ユニットをも販売した ラバー・ブレスレットの文字が 「Lie Strong / ライ・ストロング」にフォトショップで修正されて フィーチャーされていたけれど、実際、今もこのブレスレットをつけている人は、 「Live」の「v」の文字を消して、「Lie(ウソ)」に書き換えているケースが少なくないという。
ランス・アームストロングのインタビューは、月曜に収録され、 今週の木曜と金曜の2日に分けて、オプラ・ウィンフリーがスタートしたケーブル・チャンネルで 放映されたのだった。

でも、そのランス・アームストロングのインタビューが放映された当日の新聞で、 彼を押し退けて、見出しのトップを飾ったのは、ノートルダム大学フットボール・チームの ラインバッカー、マンタイ・テオの 死去したと思われていたガールフレンドが、 実際には 実在さえしていなかったというスキャンダル。(写真上、右側のポストの記事)
アメリカでは、今やメジャーリーグ・ベースボールよりも大きな スポーツ・フランチャイズになろうとしているのがカレッジ・フットボールであるけれど、 今シーズン、負け知らずの快進撃を見せていたのがノートルダム大学。 中でも特に脚光を浴びていたのが、9月に祖母とガールフレンドが死去した ショックを乗り越えて、大活躍を見せたスター・プレーヤー、マンタイ・テオ。
彼は、カレッジ・フットボールの最優秀プレーヤーが受賞するハイズマン・トロフィーの 候補になり、投票結果で次点に終わっているけれど、 彼の活躍を語る際に 必ずと言って良いほど 飛び出していたのが、 ガールフレンドを白血病で失った”お涙頂戴”の美談。
ところが、水曜にウェブサイト”デッドスピン・ドット・コム”が ガールフレンドが実在しなかった事実を暴き、それが木曜の朝には ランス・アームストロングのニュースより、遥かに大きな報道になっていたのだった。



ランス・アームストロングのインタビューについては、事前に憶測を呼んでいたのが、 何故 彼が今になってドーピングを認めるのか?ということ。
この告白インタビューで、彼が刑事訴追を受けることは無いものの、 民事訴訟を起こされて、大金を失う可能性は非常に高く、 メディアでは 「ランス・アームストロングが やがて一般大衆が 彼を許してくれることを望んでいる」、「再び競技スポーツにカムバックしようとしている」 といった憶測が飛び交っていたのだった。

インタビューに応じたランス・アームストロングは、 オプラ・ウィンフリーが 「周到な準備をして臨んで来た」と語る通り、 事前に尋ねられるであろう質問を予測して、そのメディア・トレーニングを行なったのが 見て取れる落ち着いた語り口。 ドーピングや、彼のウソを認めながらも、同情を買う訳でもなく、 謝罪をする訳でもないという、不思議なニュートラル・ポジションを作り出していたのだった。

ランス・アームストロングによれば、彼がインタビューでドーピングを認める決心をしたのは、 彼の息子が自分の不正を弁護する様子を聞いて、 子供達が自分のウソの影響を受けながら成長して欲しくないと思ったためとのこと。 彼は、それを語っている際に 初めて言葉に詰まって、涙ぐんでいたのだった。

ところで、ランス・アームストロングのインタビューの放映で、もう1つの関心事になっていたのが、 彼のインタビューが視聴率低迷で苦しむオプラ・ウィンフリーのケーブル・チャンネル”OWN”を 救えるか?というもの。
4年前の今頃は、オバマ大統領当選の立役者として、特に主婦層を中心に 大きな影響力を持っていたオプラ・ウィンフリー。今も彼女はエンターテイメント業界で、 最も稼ぎが多いセレブリティには変わりが無いけれど、 当時彼女のトークショーを放映していた3大ネットワークの1つ、ABCを離れて、 自らのケーブル・チャンネルをスタートしてからは、 多くの人々が、OWN が何チャンネルで放映されているかも知らないような状態。
昨年 OWN が最高視聴率を得たのは、ホイットニー・ヒューストンの死去後、 彼女の娘であるボビー・クリスティーナの独占インタビューを放映した際。 突然の死を遂げて、昨年最もグーグルされたセレブリティとなったホイットニーの 娘のインタビューとあって、430万人の視聴者がチャンネルを合わせたのだった。

そもそもオプラ・ウィンフリーがエンターテイメント界で大きくのし上がったのは、 その消費者への影響力もさることながら、 他のトークショー・ホストが獲得できない大物との独占インタビューを 獲得できるため。セレブリティがスキャンダル後のイメージ回復に インタビューを受ける場合、 オプラ・ウィンフリーをインタビュアーに選択するのは ハリウッドのお決まりのシナリオ。
過去には幼児虐待スキャンダル後のマイケル・ジャクソンも 彼女とのインタビューに応じ、それはABCのプライムタイムに放映されて、 高視聴率を獲得しているのだった。

私は、金曜、木曜のインタビューをどちらも録画で見たけれど、 オプラ・ウィンフリーのインタビューは、ランス・アームストロングのキャリアを 十分リサーチした上で、淡々とした口調ながらも、 核心に切り込んでいく質問の連続。
なので、多くのメディアやネット上の書き込みでは、 オプラのインタビューぶりは非常に高く評価されていたのだった。



とは言っても、もう一方の渦中の人、ノートルダム大学のマンタイ・テオのスキャンダルの方が、 ストーリーとしては面白いというのは、誰もが感じるところ。
先述のように、彼はカレッジ・フットボール・シーズンが始まったばかりの9月に 祖母と、ガールフレンドを同じ日に失ったと報じられ、その悲しみを乗り越えての 大活躍で大きな脚光を浴びた存在。
彼はインタビューに登場しては、白血病で死去したというスタンフォード大学の 美貌のガールフレンド、レネー・ケクアについて、目に涙を浮かべながら語っていたのだった。

しかし、それを暴いたのがデッドスピン・ドット・コムで、同サイトには この美談がウソで、ガールフレンドが実在しないという匿名のEメールが寄せられたという。 そこで同サイトが調査を開始したところ、レネー・ケクアがスタンフォード大学に在籍した記録はなく、 彼女の死亡届けをリサーチしようとしたところ、メディアに掲載されていた彼女の死亡日はまちまちで、 デッドスピンでは報道された死亡日、全6日を調べたものの、一切死亡届が出されていないだけでなく、 出生届けも探せない状態。
インターネット上には、フェイスブックのページと、彼女に関する「マンタイ・テオの死去したガールフレンド」の 記載以外、何も見当たらなかったという。
さらにデッドスピン・ドット・コムは、 レネー・ケクアという フェイスブック上のフェイクIDに画像を使われていた女性 (一番上右のニューヨーク・ポスト紙の表紙にフィーチャーされている女性)の身元も割り出し、 水曜に このニュースを発表したのだった。

これを受けてノートルダム大学、及びマンタイ・テオは、彼がインターネットを通じた フェイクIDで 恋愛相手を装った悪戯の犠牲者であるという立場を貫いており、決してメディアや一般の人々の同情を集めるための 偽装ではないと発表。 スキャンダルが明らかになった翌日、木曜には、レネー・ケクアのフェイクIDをクリエイトした、 ロネイア・トゥイアソソポが 謝罪をしているけれど、彼はマンタイ・テオの友人で、 テオはその後、彼のツイッターからロネイア・トゥイアソソポに関するツイートを削除しているのだった。

しかしながら、この事件はマンタイ・テオが偽装恋愛の被害者という言い分では納得出来ないことばかり。
というのも、マンタイ・テオはガールフレンドとの出会いについて、2つの異なる説を展開しておきながら、 事件が明るみに出てからは「彼女とは一度も会ったことが無い」と証言。 これについては、2年もEメールと電話で交信しながら、「彼女が白血病になっても会いに行こうとしないなんて あまりに不自然」というのが 事件のコメンテーターのリアクション。
その一方で、ハワイに暮らす彼の父親は、ガールフレンドが何度も 彼を訪ねてハワイにやってきたと語っており、 父親はそれ以外にも、ガールフレンドの実在をほのめかす発言をインタビューで繰り返していたのだった。
またマンタイ・テオは12月始めに大学側に、ガールフレンドが実在しない可能性を示唆しているけれど、 その後もインタビューでガールフレンドについて語り続けていたのだった。

世論の多くは、マンタイ・テオが このフェイクIDの ”お涙頂戴シナリオ”に加担していると見る声が殆どであるけれど、 「会ったこともなく、キスをしたことも無い女性をガールフレンドと呼べるのか?」という ジェネレーションY世代の恋愛観や、 インターネットを通じて出会った恋愛相手に騙される事件が増え続けている実情など、 同スキャンダルを通じては、様々な社会的側面にもスポットが当たっているのだった。

このマンタイ・テオも今後、メディアのインタビューに応じることになっているけれど、 彼のエージェントがインタビュアーに選んだのは、ケイティ・コーリック。
かつてモーニング・ショーのホストとして史上最高のギャラを受取ったものの、 その後、イヴニング・ニュースのキャスターに転身してからは視聴率が取れず、 現在 午後のトークショーをホストしている彼女は、 2008年の大統領選挙の際に、当時の共和党副大統領候補、 サラー・ペイランを質問攻めで追い込んだのが、最も有名なインタビュー。
それだけに、既にマンタイ・テオがインタビュアーの人選を誤ったのでは?との声も聞かれているのだった。

マンタイ・テオが、メディアのインタビューに応じるのは、彼が これからNFL(プロフットボール・リーグ)入りして、 多数のスポンサーが付くスタープレーヤーとしてのキャリアを歩むための イメージ作りのために他ならないけれど、インタビューというのは 必ずしもイメージのプラスになるとは限らないこと。
今回のランス・アームストロングにしても、インタビューを見て、彼に騙され続けた怒りを新たにしたファンは 少なくないと言われているのだった。

とは言っても、ランス・アームストロングのように世界中のメディアに対して徹底して、そして長年に渡って一貫した ウソを通し続けるというのは、並大抵の精神力では出来ないこと。
インタビューの中で ランス・アームストロングは、彼のツール・ド・フランスの最後の2回の勝利には、 一切ドーピングが絡んでいなかったと語っていたけれど、 ドーピングがあったとしても、ガンを克服して ワールド・クラスのアスリートに復帰するというのは大変なこと。
自分をドーピングで告発した人々を告訴するなどして、彼らの人生を踏みにじってまで、 自分の勝利と エリート・アスリートとしてのキャリアに固執した彼の猛然たる姿勢をインタビューで垣間見て、 私は、ランス・アームストロングがウソを貫き続けた強さについては、妙に納得してしまったのだった。
実際、インタビューで事実を認めているランス・アームストロングよりも、 ドーピングを否定してウソをついていた時の彼の方が遥かに自信に満ちて、 堂々と見受けられたというのが、私の偽らざる感想。

もちろん 長年ウソをついて、そのウソに慣れてしまえば、嘘発見器でも判別が不可能になってくるけれど、 個人のレベルでも、学歴や恋愛歴などのウソをついているうちに、それが自分でも ウソであるのを忘れて、普通に語るようになるケースはあるもの。
他人がその経歴をグーグルをするなどして バレるまで、 ウソが自分の中で事実になってしまっても、決して不思議ではないのである。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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