Jan. 12 〜 Jan. 18 2015

” The Price of Privilege? ”
NYハイソサエティ親殺しに見るリアリティ


今週のアメリカは特に大きなニュースが無かったこともあり、先週末のゴールデン・グローブ賞のキャッチアップ報道、 木曜に発表されたアカデミー賞 ノミネーションに関する報道にかなりの時間が割かれていたのだった。
中でもソーシャル・メディア上で物議を醸していたのが、今年のオスカーの演技部門のノミネーションが全員白人であるということで、 これは、「タイ タニック」が作品賞を受賞した1997年以来のこと。 今回のオスカーで、唯一黒人俳優でノミネーションの可能性があったのは、「セルマ」でマーティン・ルーサー・キング・ジュニアを 演じたデヴィッド・オイェロウォであったけれど、彼がノミネーションを逃した主演男優部門は 今年一番の激戦区。 彼がノミネートされなかったとしても 不思議ではないラインナップであるのが実際のところ。 それよりも、マイノリティ・アクターがオスカー候補になりうるような作品がハリウッドから生まれていないことが問題視されていたのだった。

1月のアメリカは例年、スロー・ニュース・デイ、すなわち大きな報道が無い日が多いのが常。 それだけにローカル・ニュースが大きく取沙汰される ことが多いけれど、その1つと言える報道が 裕福な家庭に育ったエリート学歴の息子が ヘッジファンダーの父親を自宅で射殺し たというニュース。
同事件は 父親、息子ともにニューヨークのハイソサエティのメンバーであったこともあり、今日、1月18日付けのニューヨーク・タイムズ紙の スタイル・セクションで 「The Price of Privilege / ザ・プリンス・オブ・プリヴィレッジ (特権階級のプリンス)」というタイトルで、 その事件の背景がレポートされていたのだった。

射殺されたのはトーマス・ギルバート(70歳、写真上右側)で、 彼はイースト・ハンプトンのメイドストーン・クラブ、マンハッタンのリバー・クラブといった プレステージの高いプライベート・クラブの長年のメンバー。 ニューヨークのソサエティでは、フレンドリーで、マナーが良く、気品に満ちたジェントルマンとして知られた存在。
テキスタイル・マシーン製造業のCEOの息子として生まれた彼は、 名門 プリンストン大学を卒業後、ハーバード・ビジネス・スクールに進み、 その後 ウォール・ストリートで 40年以上に渡って ファイナンスの仕事を続けてきたビジネスマン。 2011年に自ら立ち上げたヘッジファ ンドを、いずれ10億ドルの投資規模にするという アグレッシブな目標を掲げて、高齢にもかかわらず、1日12時間は働いていたというハードワー カー。 余暇にゴルフやテニスをプレーする以外は、ほとんどバケーションも取らずにいたという。




彼を射殺した容疑で逮捕された息子、トーマス・ギルバート・ジュニア(写真上)は、 トミーの愛称で知られる30歳。
ニューヨークのバックレー・スクール、ディアフィールド・アカデミーを経て、父親同様、プリンストン大学に進んだ彼は、 申し分の無いエリート学歴の持ち主。しかしながら プリンストン卒業には6年を要し、2009年に同大学を卒業以降、 まともな仕事には一切就いていなかったという。
その代わりに彼は、スポーツとワークアウト、そしてパーティーに明け暮れていたとのことで、 常にスタイリッシュに装い、188pの長身、ブロンド・ヘア、グッドルッキングな彼は、女性に好かれてはいたものの、 そのパーソナリティの問題から長い交際に至ることは無かったという。
彼は常軌を逸した振る舞いで知られており、時に周囲を拒絶するかのように物静かであったかと思えば、 突如怒りに任せて親友をなじったり、プライベート・クラブでそのスタッフを怒鳴りつけたり、 女友達に対して執拗に迫るなど、フレンドリーなジェントルマンとして知られる父親とは正反対の印象を 周囲に与えていたのだった。
そのトミー・ギルバートは、家賃2400ドルのチェルシー地区のパッとしないアパートに暮し、その家賃を払っているのは父親。 しかも 父親から与えられる1週間 約800ドルの”お小遣い”が生活費になっており、30歳にして 父親から受け取る毎月総額、約5600ドル(約66万円)が収入源という状況。 父親射殺の動機は、「父がその”お小遣い”の金額を200ドルカットすることにしたため」と、事件直後には報じられていたのだった。

父親を射殺後、自宅のアパートで逮捕された彼は、第二級殺人罪に問われているけれど、 ニューヨーク・タイムズ紙、及びニューヨーク・ポスト紙が報じた彼の元ガールフレンドの証言では、 同事件は、200ドルのカットをめぐった口論の果てという訳ではないようで、その背景には 長年に渡る親子の確執があったことが指摘されているのだった。
父親であるトーマス・ギルバートは、息子のトミーにエリート学歴を与えるだけでなく、 イースト・ハンプトンのサマー・ハウスやアッパー・イーストサイドの邸宅での 何不自由の無い生活を提供し、加えて精神不安定な息子に ありとあらゆるセラピーやメディカル・トリートメントを受けさせてきたとのこと。 ちなみに、こうしたハイソサエティの家庭では、子供達が両親の離婚等を機に、 セラピーやカウンセリングを受け、うつ病治療薬を処方されながら育つというのは、決して珍しいことではないもの。

しかしながら トミー・ギルバートの場合、同事件の前にも ハンプトンにある長年の友人宅の放火の容疑で取り調べを受けており、 射撃の練習にも余念が無かったことが伝えられているのだった。 彼と1年前に3ヶ月ほど交際した、同じくハイソサエティに属するアナ・ロスチャイルドによれば、 トミー・ギルバートは 常に父親に対する不満を語っていたとのことで、 「自分が何をしても父親に満足してもらえない」、 「父親が自分の人生をコントロールし過ぎる」というのが彼の言い分であったという。

そのトミー・ギルバートは、過去2〜3ヶ月、特に非社交的になっていったことが 周囲の証言から明らかになっているけれど、 それは彼が自分のエリートの友人達との生活レベルのギャップを埋めるプレッシャーを感じていたためとのこと。
幼い頃からニューヨークのハイソサエティの子女を交友関係に育った彼は、友人達が徐々にウォール・ストリートで 頭角を現し始め、親のコネクションやサポートを使って、どんどん財産を築いていく様子を見て 焦りを感じていたという。 その彼は、自らのヘッジファンドを立ち上げるための書類を申請したばかり。 でも その立ち上げに際して、父親からのサポートが得られず、 フラストレーションを感じていたそうで、 その事と長年に渡る親子関係のもつれが今回の事件の要因になっていると指摘されているのだった。

とは言っても、父のトーマス・ギルバートが有り余る資産を擁していたかと言えば、決してそういう訳ではなく、 彼の死後、家族に残した遺産総額 は1億8000万円程度。 彼のヘッジファンドが、2014年運用していたのは700万ドルで、これは金融の世界ではかなり小規模なビジネス。 トーマス・ギルバートと夫人は、ハンプトンのサマーハウスを売りに出す一方で、 長く暮らしたアッパー・イーストサイドのタウンハウスから、 殺人現場となっ たアパートメント・ビルディングのレンタルに切り替えるというダウンサイジングを 行っていた真っ最中なのだった。
ニューヨーク・タイムズ紙の記事には、「この事件を小説にするとしたら、 どんなタイトルにするか?」と尋ねられた ウォールストリートのバンカー出身の小説家、 マイケル・M・トーマスが 「Orphans With Families(家族の居る孤児)」とコメントしたことが掲載されていたけれど、 確かに親の愛情を受けていなかったら、たとえ一流のプライベート・スクールに通っていたとしても 孤児も同然と言えるのだった。




私がこの記事を読んで思い出したのが、 「Freakonomics / フリーコノミックス」という数本の短編から構成されたドキュメンタリー映画。 この映画の中の1編によれば、1980年代のアメリカで増え続ける一方と見込まれた犯罪率が、 1990年代に入って突然下がり始めた理由は、1973年に最高裁によって中絶が合法化されたため。
ニューヨークでは、90年代に入って犯罪率が50%、殺人件数が55%もダウンし、 それがジュリアーニ市長の功績のように讃えられてきたきたけれど、 犯罪率の低下はニューヨークに限ったものではなく、その他の州でも30%前後 の低下が見られていたとのこと。 またジュリアーニ市長が就任する以前のニューヨークでも、既に犯罪率は20〜30%の減少傾向を見せていたという。

この犯罪率低下の要因として、これまで一般的に指摘されてきたのは、 クラックの取り締まり強化、景気の上昇、警察力の強化等であったけれど、 これらが実際に犯罪率の低下に貢献しているのは約50%程度。 残りの50%の要因を握っているのが、1973年の中絶の合法化であるというのが同映画の主張。 これによって、親が望まない子供が生まれなくなったため、その約20年後、 すなわち青少年が犯罪に手を染める年齢に達する段階で、 それが犯罪者=犯罪率の低下となって数字に表れてきた というのがそのセオリーなのだった。
事実、最高裁の判決の3年前に中絶を合法化した州では、犯罪率の低下が他州より 3年早くスタートしていることが指摘されているのだった。

要するに、親が愛情を注がない子供は 犯罪に走る傾向が強いと考えることができるけれど、 実は、私が人間性の信頼の指針にしているのも「成長過程で、例え親で無かったとしても、誰かに愛情を注がれてきたか?」ということ。 愛情を注がれずに育った人というのは、平気で人を裏切ったり、どんなに人に良くしてもらっても、それに感謝しない等、 自分本位で、薄情な行動に出るので、一緒に仕事をするのはもちろん、交友関係を築くのも不可能な場合が多いのだった。
私が愛情を受けて育った人と、そうでない人を見分けるポイントにしているのは その人の笑顔。 笑顔の感じが良い人、心から笑っている笑顔になる人は、往々にして愛情を受けて育っているもの。

逆に 愛情を受けずに育った人は、口は笑顔になっていても 目が笑っていないなど、 何処か心が許せない不確定要素や人間的な怖さ、その人が何をしても不思議ではないような二面性を秘めた 笑い顔になるのだった。 そういう笑顔をする人は、人当たりが良く、社交的な場合も多いけれど、 笑顔になる前に0.5秒程度のタイムラグがあったり、リアクションが大袈裟であったり、 白々しいという形でボロを出すケースも少なくないのだった。
俳優の間でも、「演技の中で最も簡単なのが怒りで、最も難しいのは心からの笑顔や笑い」と言われるように、 プロのアクターでさえ 演じるのが難しいのが笑顔。
私の意見では、笑顔というのは単なる顔の表情ではなくて、その人が生きてきた 人生を映す鏡のようなもの。 レジュメを読んでも分からない人柄が、確実に表れるのが笑顔だと思うのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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