Jan. 21 〜 Jan. 27 2008




” Dark Blue Tuesday ”




イギリスのフィロソファーによれば、今週の月曜、すなわち1月4週目の月曜日は人々が1年で最も精神的に暗くなる日だという。
理由は、ホリデイ・シーズンのクレジット・カードの請求書が送られて来る頃なのに加えて、外は寒いし、 ニュー・イヤーを迎えたフレッシュな気分が薄れて、ニューイヤー・レゾルーション(タバコを止める、エクササイズを始めるなどの新年の目標) が続かなくなって、その挫折感を味わうのがこの時期だそう。中でも月曜というのは心臓発作を起こす人が最も多い曜日であったり、 「ブルー・マンデー」という歌があることからも分かるように、多くの人にとって これから長い1週間が始まるという 「嫌な日」なのだそうである。
その1年で最も暗いはずの今週月曜は、アメリカはマーティー・ルーサーキング・デイのホリデイ。 加えてニューヨークでは、前日に ニューヨーク・ジャイアンツが予想外のスーパーボウル出場を決めたことで、その お祭り気分が続いており、少なくともニューヨークに住んでいる限りは、この日はそれほど暗い1日では無かったのである。

でも月曜の夜には 欧州とアジアで株の大暴落が起こっていることがニュースで報じられ、 インターネット上には 「ヨーロッパの大手ヘッジファンドがトラブルに陥って株を投げ売りしているらしい」という噂話が 溢れており、ニューヨーク市場の週明けも大波乱が予想されていたのだった。
蓋を開けてみれば この大手ヘッジファンドと噂されたのは 金融界で ”SocGen / ソックジェン” の通称で呼ばれる フランスのソシエテ・ジェネラルで、同社のローレベルのトレーダー、ジェローム・ケルビエル(31歳)が不正取引によって、金融史上最悪記録となる 49億ユーロ(約$7.2ビリオン=約7700億円)の負債を出していたことが メディアで報じられたのは木曜のこと。 結局 ソシエテ・ジェネラルが月曜、火曜に巨額の株式を処分していたことが、週明けの世界的な株安の原因だったことが指摘されていたけれど、 この危機的状況を受けて 米国市場の週明けにあたる火曜の8時30分、市場がオープンする1時間前に FRB(連邦準備制度理事会)が突如発表したのが 0.75%という大幅な利下げ。
なので メジャー・ネットワークは早速 このニュースを緊急速報として大きく伝えたけれど、奇しくも今週の火曜日の東部時間の午前8時半、 西部時間の午前5時半と言えば、今回で第80回を数えるアカデミー賞のノミネーションが生放送で発表される時間。 例年ならば、メジャーネットワークが 何を置いても優先して割り込ませるのがオスカー・ノミネーションの発表であるけれど、 今回に関しては、このFRBの大幅利下げのニュースの方が 当然のことながら優先されて、ノミネーション発表の最初の部分が 放送されなかったネットワークもあったほどだった。
でもこの利下げのニュースが効力を発揮する以前に、ニューヨーク株式は465ポイントも下がってオープン。 その後どうなるかと懸念を呼んだ市場動向であるけれど、株価は300ポイント以上戻し、この日の終わりでは128.11ポイント・ダウンという それほど驚きを伴わない下げ具合に止まったのだった。

むしろ、そんな株のローラー・コースター乱高下よりも この火曜日に 人々を驚かせたのは、 ソーホーの自宅アパートでヒース・レジャーが死亡していたというニュース。
彼の死亡確認直後から、このニュースは様々なメディアで報じられていたため、彼の遺体がボディ・バッグに入れられて運び出される時点では、 ブルーム・ストリートの彼のアパート前は一時通行止めになるほどの黒山の人だかりが出来ていたのだった。
彼の死因は死亡解剖では確定さなかったため、現在は詳細の検査結果を待っている段階であるけれど、 彼のアパートからはヴァリウム、アンヴィアンといった睡眠薬と、ザナックスを始めとする抗欝剤、計6種類の処方箋薬が発見されたことから、 これらのオーバードース(過剰摂取)による死亡という説が現時点では最も有力になっている。
とは言っても、現在 成人人口の40%が不眠症や睡眠障害に悩んでいると言われるアメリカでは、これらは ごく一般的に処方されている薬品。 副作用は認められても、多少の過剰摂取では死に至るとは考えられない薬品ばかりで、医師や専門家は、 「一度に10錠纏めて服用しない限り、死亡する可能性は無い」、「自殺しようと思わない限り、誤ってこれらの薬品を10錠飲んでしまう可能性は無い」と 指摘して、アクシンデンタル・オーバー・ドース(誤って過剰摂取すること)の死因説を否定する声も聞かれている。

いずれにしても これらの薬品で不眠症対策をしながら 株に投資をしていた人々にとっては、株式市場への不安感と、ヒース・レジャーの死は ダブル・パンチだったようで、「株式市場の先行きを考えると益々不眠症が酷くなるけれど、ヒース・レジャーのことを思ったら、睡眠薬の量を増やす訳にも行かない」とか、 「これまでは眠れないことが怖かったけれど、ヒース・レジャーのせいで眠るのも怖くなった」といった 嘆きの声が聞かれていたりする。
その一方で、ヒース死亡後は生前の彼を知るという人々が、タトゥー・アーティストから始まって、 彼の死亡日に会う約束をしていたと名乗り出た元スーパーモデルのヘレーナ・クリスチャンセンまで、 一生懸命に彼との関わりを強調するコメントをメディアに対して していたけれど、 これは本人同士しか知らないような関係をでっち上げれば、相手が死亡しているから 「死人に口無し」 の ”言った者勝ち”状態で、非常に空虚な印象を与えていたのだった。
でも、ヒースに最も深く関わっていた元フィアンセで、彼の1人娘の母親である女優のミッシェル・ウィリアムスは一切のコメントも出していないし、 死体発見者のマッサージ・セラピストが先ず電話をしたヒースの交際相手、メアリー・ケイト・オルセンもメディアを避けている状態を思えば、 人の死亡直後にメディアに進んで登場してコメントをするような人間が、実際には本人にどれだけ近い存在であったかは非常に疑わしいものである。

さて、ヒース・レジャーと共に今週一躍メディアに取り上げられたのが、先述のソシエテ・ジェネラルのトレーダー、ジェローム・ケルビエル(写真右)。
彼は1月26日、土曜日に 自ら警察に出頭したそうで、今後はこの不正取引が彼の単独犯であったかを焦点に 取調べが行われることになっているという。 でも木曜の時点では、ソシエテ・ジェネラルの発表通り、ジェローム・ケルビエルの単独犯行と報じていたメディアも、 金曜の時点では、フランスで囁かれている「ソシエテ・ジェネラルがジェローム・ケルビエルをスケープゴートにして、 他の負債を揉み消そうとしている」という説を伝え始めており、その裏づけとして、同じソシエテ・ジェネラルのトレーディング・ルームで ジェローム・ケルビエルと働いていた同僚の「彼は頭は悪くないが、コンピューターの知識は優れているとは言えない」というコメントや、 彼の出身校、ユニヴァーシティ・ルミエール・リオンの経済・金融エンジニア部門は決して野心や能力がある人間が通う学校ではないという 学校関係者のコメントなど、その人柄はさて置き、「彼が 能力的にこの犯罪を行えるとは思えない」という証言を集めて報じていたのだった。
実際ジェローム・ケルビエルは 6年間柔道をやってもグリーン・ベルト止まり。 学校の成績は悪くないけれど、特出して良い訳でもなく、 誰もが「バックグラウンドに消え入るタイプ」と語る ”ミスター・アヴェレージ”。 でも彼は身なりはきちんとしていて、人当たりも良く、近所の人々にも愛想良く挨拶をしたり、子供に柔道を教えたりといった 人並みの社交性を持ち合わせた人物だそうで、一部の人々は彼を 「若い頃のトム・クルーズに似ている」 とも表現しているのだった。
こういう謎めいた事件が起こると、唯一真実を知りうる人間が謎の失踪や自殺を遂げて、 「死人に口無し」の迷宮入りになってしまう場合が多いけれど、こうしたコンピューターが絡む犯罪だと、 本人が知らないところで黒幕が関与している可能性もある訳で、時代と共に犯罪も複雑になっていく一方である。

ところで、今回の株安で益々深刻になった と言われるインベスターの不眠症だけれど、この解決策として最も適切なのは、 薬に頼るよりもエクササイズ。寝不足だと、とかく体力を温存しようと思って エクササイズをサボったり、全く行わなかったりする人が多いけれど、実際にはエクササイズをすることによって 抗ストレス・ホルモンであるエンドーフィンが脳に発せられて それがストレスを緩和するのに加えて、身体が心地よく疲労するので、 自然な眠りを誘発できるという。
睡眠薬はだんだん効かなくなってくる上に、特にヒース・レジャーがインタビューで摂取していることを認めていたアンビアンは 習慣性があるのはもちろん、夢遊病が副作用と認められている処方箋薬。 その夢遊病で最も多いケースが 夜中に冷蔵庫の食物を大食いしてしまい、朝起きた時には覚えていないけれど、 知らない間に体重が増えているというもので、 これは 私に言わせれば”世にも恐ろしい副作用”である。 ヒース・レジャーの死因が何と確定されようとも、これがきっかけで少しでも多くの人々が睡眠薬の危険性に目覚めるべきだというのが 私の考えである。

最後に、私はヒース・レジャーという俳優については、彼の死後に人々が大絶賛するほど素晴らしいアクターだと思ったことはないけれど、 「モンスターズ・ボール」(邦題:チョコレート)で演じた、ビリー・ボブ・ソートンの息子役については 「 センセーショナルに凄い! 」 と思って見たのを覚えていたりする。 私の意見ではこの作品の中のヒースの助演の演技は、同作品でオスカーの主演女優賞を獲得したハリー・ベリーよりも ずっとインパクトが強いものだったけれど、このコラムを書いている最中に放映されていたスクリーン・アクターズ・ギルド・アワードで 主演男優を獲得したダニエル・デイ・ルイスが、彼にインスピレーションを与えた他の俳優の演技として ヒース・レジャーの「モンスターズ・ボール」の演技を挙げていたので、妙に納得してしまったのだった。
ヒースのファンによる インターネット上の書き込みには、盛んに 「R.I.P.」 という文字が登場しているけれど、 これは 「Rest In Peace / レスト・イン・ピース (安らかに眠れ)」の略。 そんな安らかに眠って欲しいと願うファンの気持ちとは裏腹に、その死因を含む、彼の死に関するメディア・サーカスは まだまだ収まりそうにない気配である。





Catch of the Week No. 3 Jan. : 1 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Jan. : 1 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Jan. : 1 月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 Dec. : 12 月 第 5 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。