Jan. 19 〜 Jan. 25 2009




” I am proud of my country! ”



今週の最大の話題は、今更言うまでも無く 1月20日、火曜日に行われたオバマ大統領就任式。
”モール” と呼ばれるキャピタル前で就任式に立ち会った人々の数は史上最高の180万人。 加えて この日は、視聴率の調査機関として知られるニールセンによれば、アメリカ国内だけで6000万人が TVで就任式の模様を見守ったとのことだけれど、ニールセンの視聴率には、 全米のウォルマート店内のTVで この様子を見入っていたと言われる140万人や、 タイムズ・スクエア、ハーレムのレストラン、全米の学校や大学、オフィスなどで見ていた人々の数は含まれて居ないという。 更にこの就任式はインターネット上でライブ放映されていたため、コンピューターや携帯電話で見た人々もおり、 こうしたメディアの多様化によって、果たして正確に何人のアメリカ人が就任式を見たかは非常に把握 し難くなっているのだった。
今年は数分の遅れがあったものの、就任式は正午に大統領の宣誓、 その後 新大統領のスピーチが行われるのが通例で、 仕事をしている人でもランチタイムにこの様子が見られるようになっているけれど、 今回の就任式は歴史的に最も意味深いもの と言われただけに、全米の企業の5%が昼休みに限らず、 就任式の様子を見ることを許可していたことが伝えられていたのだった。

この日は人々の関心がすっかり大統領就任式に集中していたため、 デパートや道はガラガラであったというけれど、小売店側にしてみればそれが危機感になったようで、 オバマ新大統領のスピーチを私がTVで見ている最中に、サックス・フィフス・アベニューとバーグドルフ・グッドマンから それぞれ売り込みの電話が掛かってきて、どちらも長々と留守電にメッセージを残す上に、窓の外では セカンド・アベニュー・サブウェイの工事のために道を掘るドリルの音がガンガン鳴り響いているという有様。 このため肝心のスピーチが聞き取り難い思いをした私は、「この人達に一体愛国心はあるんだろうか?」 と 真剣に思ってしまったのだった。
でも この日、大統領就任式に関心を払わない僅かなアメリカ人の存在を確認したのは、私くらいなもの。 その後出掛けたミーティングでも、その後のフランス語のクラスでも話題は就任式のことばかり。 特にフランス語のクラスでは、就任式前の週末にワシントンで行われた 「We are one」のコンサートに 行ってきた クラスメートが、「寒いのに 寒さを全く感じなかったほどに、その場の観衆が物凄いエネルギーを発していた」 ことを 熱っぽく語ってくれたのだった。

そのエネルギーは、モールに集まって 厳寒の中でアメリカ国旗を振り続けていた 180万人の人々からも 感じることが出来たけれど、この様子はスティーブン・スピルバーグ監督が 「CGじゃなくて 本当に これだけの人が 旗を振っているなんて・・・」 と感動したほどの光景。
ふと考えると こうしたアメリカ人の強烈な愛国心を見るのは 9/11のテロ以来であったりするけれど、 当時の愛国心が ”外敵に対して1つに纏まろう” とするものであったのに比べ、今回の就任式での愛国心は ”信頼できるリーダーを迎えて、新しいアメリカを築き直そう” という希望に満ちたもの。
私は就任式の夜には アメリカ人の友達がホストするイナギュエーション(就任式)・ウォッチ・パーティーに 出かけていたけれど、ここでも オバマ大統領夫妻のファースト・ダンスを見ながら 皆が涙して、 口々に 「I am so proud of my country!」 と アメリカを誇りに思う気持ちを 語っていたのだった。

でもワシントンが新大統領の誕生でエキサイトしている間に、ウォール・ストリートでは この日 ダウ平均が332.13ポイントも下落。
そもそも大統領就任式の日は、どの大統領が就任しても株が下がる日となっているけれど、この下げ幅は史上最高のもので、 原因は 金融機関の経営悪化によるもの。実際この日、金融銘柄は15%以上の下げを見せていたのだった。
さて、ほどなく9%に達することが見込まれるアメリカの失業率であるけれど、今週も先ず火曜日に ワーナー・ブラザースが850人、クリア・チャンネルが1850人の解雇を発表したのを始め、インテルも経営再編成のために オレゴン、カリフォルニア、マレーシア、フィリピンにある工場やテスト・ラボを閉鎖することを決定し、 その結果 6000人の解雇が見込まれているという。
でも今週最もショッキングに受け止められていたのは、マイクロソフト社の第4四半期のセールスが23%、利益が90%ダウンし、 これを受けて工場閉鎖を決定したニュースで、これによって5000〜6000人が解雇されることになっている。
この他、バイクのハーレー・ダビッドソンも第4四半期に利益が58%ダウンしたことを受けて、 1000人の従業員の解雇を発表しているけれど、 解雇はしなくても 業績悪化のニュースは後を絶たず、コーチも今四半期の売り上げが14%ダウン。 オークション・サイト、Eベイも1995年の創設以来初めての 31%の減益を発表。
また業績は明らかにされていないものの、業界関係者が 年間売り上げ 約27%ダウンを見積もっているのが バーニーズ・ニューヨーク。 そのバーニーズは、同社を傘下に収めるドバイのイスティスマー(アラブ首長国連邦の政府系投資会社)が 2007年に、 日本のファースト・リテーリングに競り勝って、$942ミリオン(約850億円、当時の為替換算だと1000億円以上)で、 ジョーンズ・アパレル社より買い取ったのは未だ記憶に新しいところ。 でも、昨今の業績不振を受けて イスティスマー が バーニーズを売りに出すことが確実視されているのだった。 しかも、現在のバーニーズの経営状態では $300〜400ミリオンでしか買い手がつかないことが見込まれているから、 イスティスマーの同社買収は大失敗と言われても仕方が無いものとなっている。

でもイスティスマーのバーニーズ買収などとは比較にならない、 桁違いの大失敗となっているのが バンク・オブ・アメリカによる メリル・リンチ買収。
今週木曜には、9月にバンク・オブ・アメリカに メリル・リンチを買収させて、 事実上メリル・リンチを救ったと言われた CEO、ジョン・セインが退職に追い込まれているけれど、このジョン・セインという人物は 蓋を開けてみれば とんでもない ”大悪党” であったことが 彼の退職と共に報じられていたのだった。
彼はメリル・リンチの経営悪化ぶりを事実上 隠してバンク・オブ・アメリカによる買収を進めていただけでなく、 メリルが第4四半期に153億1000万ドル(約1兆3779億円)という とんでもない損失を出していたにも関わらず、 買収がファイナライズ(完了)する直前にメリル・リンチのスタッフのボーナスを30〜40億ドル(約2700〜3600億円)を 時期を繰り上げて確保していたという。
現在このボーナス についてはニューヨーク州の司法長官が調査に乗り出していることが伝えられているけれど、 同じ頃、バンク・オブ・アメリカのCEO、ケン・ルイスは政府に対してメリル・リンチの買収を終えるためのベイルアウト・マネー を要求していた訳であるから、もしこのメリル・リンチのボーナスがそのまま支払われることがあれば、これは100% 国民の税金によって賄われていると言っても過言ではないもの。
しかも、ジョン・セインは経営が悪化する中、自らのオフィスをデコレートするために、 1億1000万円の社費を投じており、その内訳は 絨毯だけで約800万円。テーブルが約230万円、ゴミ箱が12万円、 カーテンだけで250万円以上という ヴェルサイユ宮殿のようなお金の掛け方。
またジョン・セイン自身は、メリル・リンチからは50億円を超える給与パッケージを受け取っており、 その上に今年も10〜25億円のボーナスを受け取る要求を出していたというけれど、これは取り下げざるを得ない状況に追い込まれている。 ちなみに、彼は自分の専属ドライバーに、年間 23万ドル(約2070万円)の給与を支払っており、 この金額は 大企業エグゼクティブのお抱えドライバーの2倍以上に当たるという。

そもそも 2008年9月にリーマン・ブラザースが倒産に追い込まれ、同時点で 「リーマンよりは経営状態がマシ」 と 言われていた メリル・リンチの買収に バンク・オブ・アメリカが 踏み切った その価格は500億ドル(約4兆5000億円)。
「放っておけば潰れるのは時間の問題」と 言われていたメリル・リンチを そんな大金で買い取ること自体、 常識がある人間からみれば 馬鹿げているように思えるけれど、その判断を狂わせたのは ”買収に 政府からのバックアップが望める 千載一遇のチャンス” 的な見通し。
しかしながら その後両社の株価は下がり続け、今や2社を合わせた企業価値は 僅か400億ドル(約3兆6000億円)。 にも関わらず、損失を出し続ける メリルリンチを 500億ドルで買収しようとするのは、CEOの自殺行為とも言えるもの。
当然のことながら、”こんなに経営が悪化しているとは知らなかった” としてメリル・リンチの買収を遂行した バンク・オブ・アメリカのCEO、ケン・ルイス(写真左、右側)は今週、自ら 15分のミーティングでジョン・セイン(写真左、左側)のクビを切った後、 来週は自分の首の行方を心配しなければならない状態。
そのケン・ルイスはバンク・オブ・アメリカを アメリカ最大の銀行にした立役者と言われていた人物で、 2008年にはメリル・リンチだけでなく、経営が悪化した住宅ローンの大手カントリーワイドを買収。 同年の”バンカー・オブ・ジ・イヤー”に選ばれ、報道番組のインタビューで 自らを ” メリルとカントリーワイドを救った 愛国者 ” と語っていたのだった。

こんな金融がメチャメチャな状態で、国民からの信頼を失っている中、 オバマ新政権は一刻も早く経済政策を推進しなければならない状態であるけれど、 その足かせになっているのが 財務長官ポストが 未だに議会から承認されていないこと。
同ポストには、ティム・ガイズナー NY連銀総裁が任命されているけれど、 子供の世話役として不法移民を雇っていたことが発覚した上に、個人所得の税金を数年分 支払っていなかったことが明らかになっており、今週はこれを聴聞会で厳しく追及されていたのだった。 恐らくガイズナー氏は来週にも財務長官として承認される見込みではあるけれど、 今回発覚した脱税問題については、「彼はもっと利口な人間だと思っていた」 などと 早くも失望の声が ウォールストリートから聞かれていたのだった。

アメリカでは、要職に付く時点の審査で、税金問題や ナ二ー(子供の世話役)やハウス・キーパーに不法移民を 雇っていることが問題になる例は 過去にも多々あるけれど、今週それが理由で ヒラリー・クリントンが国務長官になった後、空席となったニューヨーク州上院議員の候補から 自ら 身を引いたと言われているのがキャロライン・ケネディ。(写真右、左側)
そもそも政治経験も選挙に出馬した経験も無く、スピーチも下手なことで知られる 彼女が アラスカならまだしも、 ニューヨークの上院議員に名乗りを上げること自体に、メディアや世論からかなりの風当たりがあったのは事実。 本人曰く、 候補辞退について は「個人的な理由」 とだけ説明しているけれど、 メディアでは その理由について、税金と不法移民のナ二ーに加えて、彼女の夫婦関係が上手くいっておらず、 不倫も噂されているために、「スキャンダルを避けるための辞退」 との指摘がされているのだった。
これに対してケネディ側では、就任式のランチョンの際に倒れた、伯父のテッド・ケネディの健康を気遣ってのこと とも説明しているけれど、テッド・ケネディの脳ガンは夏の時点から発表されていたことだけに この説はかなり弱くなっていたのだった。
結果的にヒラリー・クリントンの後釜に選ばれたのは 未だ42歳の民主党の下院議員、クリスティン・ジラブランド(写真右、右側)。 ブロンドで、非常に野心的と言われる彼女は、ケネディの名前しかアピールするところが無い キャロライン・ケネディよりは遥かに敏腕な女性であるのは 紛れも無い事実であるものの、 銃規制に反対し、極めてコンサバ という ニューヨーカーが嫌う要素を多々備えているだけに、”人選ミス” との 指摘も聞かれる 賛否両論のチョイスになっているのだった。

さて大統領就任式に話を戻すと、今週 オバマ大統領が就任して、最もオバマ効果の恩恵を受けた存在と言えるのはJ.クルー。
就任式前は、ミッシェル夫人の就任式や晩餐会のアウトフィットを手掛けたデザイナーが 恩恵を受けると見込まれていたけれど、確かにそれぞれのデザインを手掛けたイザベル・トレド、ジェイソン・ウーは、 今週盛んにメディアに取り上げられていた存在。でも、どちらもこの就任式がきっかけで知名度はアップしても 売上が爆発的に伸びることは期待できないのが実際のところ。
それよりも、ビジネス的に恩恵を受けていたのが ファースト・ドーター、マリア&サーシャのアウトフィットを手掛けたJ・クルーで、 同社ウェブサイトは、今週2人のアウトフィットを手掛けたことが発表されてから アクセスが殺到してクラッシュしたことが伝えられており、 週末に行われた同社のサンプルセールにも長蛇の行列が出来ていたことが報じられていたのだった、
逆にマリア&サーシャ を商品化して 顰蹙を買ったのが、ビー二ー・ベイビーズで知られるタイ・インク。 同社は「 マーヴェレス・マリア&スウィート・サーシャ 」 (写真左)という人形を手掛けているけれど、 これを知ったミッシェル・オバマ夫人は、一般市民(マリア&サーシャ)をモチーフに商品を製作するのは不適切と コメントしているという。 これに対して、タイ・インクは 「 マーヴェレス・マリア&スウィート・サーシャ 」 は 「オバマ大統領の娘のことでは無い」 と反論しているとのこと。

ところで就任式を前後して、オバマ大統領についての様々な情報が公開されているけれど、 それによれば、オバマ氏はティーンエイジャーの頃、バスキン&ロビンス(日本では”サーティー・ワン”)でアルバイトをしたことがあり、 それがきっかけでアイスクリームが大嫌いになったとのこと。 でもミッシェル夫人とのファースト・キスをした場所は、シカゴのバスキン&ロビンスの前。 彼はコーヒーを一切飲まず、お酒は時折たしなむそうで、タバコは止めようとしてもなかなか止められないという。
靴のサイズは11で、ポーカーとスクラブル(文字を組み合わせて言葉を作るゲーム)の達人。 好きな映画は 「カサブランカ」 と 「カッコーの巣の上で」。好きな画家はパブロ・ピカソ。 スポーツ好きな大統領はホワイト・ハウスにバスケットボール・コートを作る計画をしており、ジムではベンチプレスで200パウンドを 持ち上げるという。ヘアカットは週に1度で、スペイン語を流暢に話し、好きな小説は ハーマン・メルヴィル著の 「モビー・ディック (白鯨)」。 シークレット・サービスの間でのオバマ大統領のコードネームは 「Renegade / レネゲード」。 彼のファースト・ネーム 「バラック」 はスワヒリ語で 「祝福されるもの」 という意味であるという。

最後に今週は大統領就任式のせいで、何度と無くアメリカ人が 「I am proud of my country!」 と語るのを耳にしたけれど、 「Pride of My Country」という言葉は、2週間前に行われたゴールデン・グローブ賞で、インドのムンバイを舞台にした映画 「スラムドッグ・ミリオネア」 を紹介するためにステージに上がったインド人の主演女優、フリーダ・ピントの口からも聞かれていたもの。
私が知る限りあまり日本人の口からはこうした言葉が聞かれないので、今週アメリカ人が本当にハッピーそうに こう語っていた様子を ちょっぴり羨ましく思ってみていたけれど、 私だけでなく、外国に暮らしている日本人の多くが認識しているのが、「外国に出てからの方が 自分が日本人であることを 常に認識させられるだけに、愛国心が強くなった」 ということ。
そもそも外国に暮らしている日本人は、日本を良く思ってもらおうと努力している人が多く、 それだけに、日本人の友人が居る外国人は往々にして そんな個人的な交友関係を通じて 日本に対して興味や好感を抱いていてくれるものである。 もちろん、日本を旅行した際に人々が親切だったからといって日本を気に入ってくれる外国人も多いので、 特に外国に住んでいる人間だけが日本人のイメージアップに貢献しているとは決して思わないけれど、 外国に暮らしている方が、自分のアイデンティティの中に占める日本人という意識が大きくなるのは事実だと思えるのだった。
そんな私でも、最後に何時 「I am proud of my country!」 と言ったかは はっきり思い出せないけれど、 ふと考えると 「I am patriotic」 (私は愛国心がある、もしくは愛国者である) とつい最近宣言したことがあって、 それは年末にラージ・スクリーンTVを買いに出掛けた時のこと。 私の場合、家電製品は自分と相性が良い特定のブランドを買わないと ことごとく壊れるというジンクスがあるので、 ブランドをソニーに絞って買いに行ったのだった。 ところが大手家電チェーンのベストバイの店員は、何故か値段の安いサムスンのTVを 薦めてきて、「ソニーとサムスンは同じ工場を使っているんだから、わざわざ高いソニーを買わなくても・・・」 と説得に掛かってくるのである。でもサムスンのDVDプレーヤーが原因不明で突然動かなくなった思いをしている私は、 「サムスンと相性が悪いから買いたくない」などといちいち説明するのも馬鹿みたいだと思ったので、 「I am Japanese and I am patriotic」 と言って 店員を黙らせたのだった。
その後、友達にラージ・スクリーンTVのお披露目をした際、SONYのロゴに気づいた友達にも 「Oh, you're patriotic!」と言われて 「Of course !」と答えてしまったけれど、こんな小さな日々の出来事も 自分の愛国心を感じるきっかけとなるもの。
その私と相性が良いソニーも今週 減益を発表していたけれど、ベスト・バイの店員の販売姿勢を見ている限り、 アメリカでのラージスクリーンTVのシェアをサムスンに奪われてしまうのは仕方が無いように思えてしまうのだった。





Catch of the Week No. 3 Jan. : 1 月 第 3週


Catch of the Week No. 2 Jan. : 1 月 第 2週


Catch of the Week No. 1 Jan. : 1 月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Dec. : 12 月 第 4 週







執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。