Jan. 30 〜 Feb. 5
Olympic As Fashion Runway
私がこのコラムを書いている2月5日は、スーパーボウルが行われるスーパー・サンデー。
スーパーボウルの放映は、常にアメリカの年間視聴率No.1の番組であると同時に、アメリカ国内だけで10億ドル(約1160億円)の
経済効果をもたらすメガ・ビジネス・イベントといわれるものである。
しかしながら、スーパーボウルにはマイナスの経済効果もあり、オフィスで社員がスーパーボウルの予測談義に興じたり、
勝敗の賭けをしたり、インターネットでスーパーボウルの関連サイトをブラウズしたり、
スーパーボウル・パーティーの計画を立てるといったことを勤務中に行い、スーパーボウルの翌日には、試合の話でもちきりになったり、
2日酔いのため、少なくとも午前中は殆ど仕事にならないオフィスが多いことは、アメリカ人なら誰もが知るところである。
これによって失われる生産効率は、どうやって見積もっているのかは不明であるものの、全米で$750ミリオン(約870億円)と言われるほど 大きなものなのである。
さて、今年そのスーパーボウルが行われたのはデトロイト。国歌斉唱には、その土地柄を反映して
往年のモータウン・レコードのスター、アレサ・フランクリンが起用され、ハーフタイム・ショーのパフォーマンスには
ローリング・ストーンズが登場していたけれど、2年前のジャネット・ジャクソンの「ワードローブ・マルファンクション(”衣装の不具合”
という言い訳であまりにも有名になった胸露出事件)」のインパクトが未だに大きく、一般視聴者からの非難や、
連邦通信委員会から課せられる億円単位の罰金を恐れる放映局とNFL(ナショナル・フットボール・リーグ)側が、
「型破りなことをやらかしそうな若手のアーティストを起用したくない」 と考えていることが見て取れるキャスティングになっている。
余談ではあるけれど、「モータウン・レコード」の「モータウン」とは、デトロイトのシティ・ニックネーム。
アメリカではギャンブルのメッカ、ラスベガスを「シン・シティ(罪な街)」、ロサンジェルスを「シティ・オブ・エンジェル」、
シカゴを「ウィンディ・シティ(強風の街。冬にシカゴを訪れれば意味が分かります)」、そしてニューヨークを「ビッグ・アップル」
というように、街や州にニックネームがついている場合が多く、自動車産業が盛んなデトロイトは
「Motor Town / モーター・タウン」を縮めた「モータウン」がニックネームなのである。
そのデトロイトが発祥地の「モータウン・レコード」は、幼い頃のマイケル・ジャクソンをメンバーにしたジャクソン・ファイブを始め、
スティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・ロス等、数多くの黒人アーティストを生み出したレコード会社。
同レーベルの勢いが衰えてからも、デトロイトはラップ・ミュージックのメッカとなっており、
この地が生み出したメガ・ラップ・スターが他でもないエミンネムである。
このため、今年のスーパーボウルの放映局であるABCのポスト・スーパーボウルのトーク・ショーには、エミンネムが珍しく出演し、
視聴率の獲得に一役買っていたけれど、通常スーパーボウルはフロリダやアリゾナ、ニュー・オリンズといった気候が暖かいロケーションを選んで行われるもので、
デトロイトのようなこの時期の気候が氷点下となるような場所を選んで開催されたのは40年のスーパーボウルの歴史上初めてのこと。
それだけに、通常なら 開催地は、観戦に訪れた人々やメディア、スポンサー絡みでやって来るセレブリティなどで賑わい、
スーパーボウル・ウィークは1週間のお祭り騒ぎになるものだけれど、今回のデトロイトは 寒さのため屋外のフェスティバル的イベントが控え目になる分、
地味な開催となっているし、当然 スーパーボウル開催地として得られる収入も 例年より少ないものが見込まれているのである。
今年のスーパーボウルが若干「貧乏クジ」的なイメージがあるのは開催地だけでなく、放映局にとってもで、
例年のスーパーボウルであれば、試合時間中のTVCMの放映料は、30秒のコマーシャルで1億7000万円〜2億5000万円ほど。
そして、そのCMの放映スポットは1週間前には80〜90%は埋まっているというのが通例であるけれど、
今年に関しては放映局のABCは、事前にどの程度のCMスポットが埋まっているかは明らかにしておらず、
その一方でスーパー・サンデー前に毎年報道機関を通じて行われるスーパーボウルCMのプレビューは殆ど見られない状態で、
スポンサー側が今年のスーパーボウルの広告に、例年のように特別な予算を割いて、特別なCMを制作していない傾向が
見え見えの状態となっていたのである。
では、どうして今年に限ってこれだけスーパーボウルの広告熱が冷めているかと言えば、それは2月10日から行われる
トリノ・オリンピックに多くのスポンサーが広告バジェットを割いているためで、
中でも毎年スーパーボウルに多額の広告費を投じているナイキは、前回の冬季オリンピックで、カナダのアパレル、ルーツに
ユニフォーム・ビジネスの美味しい部分を全て持って行かれた汚名挽回とばかりに、
トリノ・オリンピックに焦点を合わせて多額の広告費と、商品開発費を投じてきたことが伝えられているのである。
さて、そのトリノ・オリンピックであるけれど、オリンピックと言えば、今やスーパーボウル同様、スポーツの祭典であると同時に、
多額の利益をもたらすビジネス・イベント。IOCは、オリンピックのメディア放映権料と共に、企業がオフィシャル・オリンピック・スポンサーとして
そのプロダクトにオリンピックのロゴを使用する度に利益を得ていることは周知の事実である。
ことにアパレル業界では、前回のソルトレイク大会で、カナダのアパレル、ルーツがアメリカ選手団の開会セレモニー用のユニフォーム、およびヴィレッジ・ウェアと呼ばれる
選手村で着用するウェアを担当し、そのオリンピック関連商品で$40ミリオン(約465億円)もの売り上げを記録。大人気を博したベレー帽に関しては、
100万個以上を売り切っており、このことはオリンピック・ユニフォーム・ビジネスの既存概念を一新したと言われるほどの
センセーショナルなサクセス・ストーリーだったのである。
これを受けて、今回のオリンピックでは各国の選手団のユニフォーム制作に、ナイキ、アディダスといったスポーツ・アパレルに加えて、
ハドソンズ・ベイ、トミー・ヒルフィガーといったカジュアル・ブランド、さらにジョルジォ・アルマーニ、ロベルト・カヴァーリといった
トップ・デザイナーまでが名を連ねる一大ファッション・イベントとなっており、今や各国が
国の威信を掛けて、アスリート達をファッショナブルに見せることに凌ぎを削っていると言っても決して過言ではない状態なのである。
写真右はプレス・プレビューで公開された開会式のプラカード・ホールダーのコスチュームであるけれど、
トリノのアルパインをスカートに見立てたこのドレスはモスキーノの作品。スカートには500本の杉の木と
明かりが灯もされた30のコテージ、10人のスキーヤーのミニチュア模型が15時間に渡る手作業によって縫い付けられており、
スカート1枚に使われるシルク・サテンは10メートル。これがファッショナブルであるか どうかはさておき、
いかにもモスキーノらしい遊び心が感じられるコスチュームに仕上がっていると同時に、これまでのオリンピックにはない
テイストが演出されているのは見て取れるところ。
またイタリアン・ファッションのキング、ジョルジォ・アルマーニは、30人のアスリートと、アメリカのオリンピック放映局、NBCの
コメンテーターのコスチュームを手掛けており、彼自身、聖火ランナーを担当するなど、今回のオリンピックには
深く関わっている存在。
でも、イタリア選手団のセレモニー・ウェアをデザインしているのは、オスカー受賞経験もあるハリウッドのデザイナー、
ガブリエラ・ペスクッチで、彼女は選手団だけでなく、セレモニーに出演するパフォーマーの衣装も担当していることが伝えられている。
さらにアウター・コートのデザインで知られるイタリアン・デザイナー、エルマノ・セルヴィーノはロシア選手団の
セレモニー用のウェアを担当。ロシアのチーム・カラー、レッドとホワイトでデザインされたナイロン・ジャケットは、
ファーカラーがあしらわれており、モダンでカジュアルなウィンター・ストリート・ファッションとなっている。
その一方で、イタリアのフィギュア・スケーター、キャロリーナ・コスナーのコスチュームを担当したのはロバート・カヴァーリ。
彼がランウェイで見せるセクシーなカットのドレスは、肌の露出部分をヌード・カラーのストレッチ素材でカモフラージュすることによって
フィギュア・スケート用のコスチュームとして生まれ変わっている。
また同じくフィギュア・スケートでは、かろうじて今大会も代表に選ばれたアメリカのミシェル・クワンの衣装は
今回もドレス・デザイナー、ヴィラ・ウォンが担当。先に公開されたスケッチ(写真左)によれば、今回は、ブラック&ホワイトの
シックなコスチュームになるようである。ヴィラ・ウォンは彼女自身がフィギュア・スケートをしていた経験がもあり、
アルベール・ヴィル大会のナンシー・キャリガン以来、アメリカン・スケーターのコスチュームを担当しているレギュラーである。
さらに、前回のソルトレイク大会では日本のフェニックス社が手掛けていたアメリカのフリースタイル・スキー・チームのユニフォームは、
今大会はトミー・ヒルフィガーが手掛けており、クロス・カントリー・スキーのユニフォームはスウィックス、
アルパイン・スキーのユニフォームはスパイダー、そしてスノーボードは、スノボ・ウェアのリーディング・ブランド、
バートンが、ナイキとの競争を勝ち抜いてユニフォームを担当すると同時に、その商品をオリンピック関連アパレルとして
販売する権利を獲得している。ことに、トミー・ヒルフィガーについては、今回のフリー・スタイル・スキーのウェアに
絶対の自信を見せており、実際、既にこれを着用しているUSアスリート達の間では、「自分で買ってでも着たい」と言われているほどだという。
でも、これがスピード・スケートのようにテクノロジーが絡むユニフォームになると、アスリートに本番で着用するユニフォームが
手渡されるのは、大会の直前だそうで、これはもちろん最先端のハイテク機密を守るため。
今回、ナイキは36人のメンバーから成る開発チームを結成し、初めて 同じスピード・スケートもショート・トラックと、ロング・トラックで
異なるユニフォームを開発したという。これは身体や筋肉の動きに合わせて、素材や縫い目を変えているのだそうで、
ロング・トラックは「ハイ・ストレッチ、ハイ・リカバリー、ハイ・ブリーザビリティ」、すなわち、素材の伸びと、その反動で縮もうとする性質が、
筋肉の動きを助けると同時に、通気性に優れた最新のファブリックが採用されていることがレポートされている。
さて、ソルトレイク大会でシンデレラ的なサクセス・ストーリーを見せ、アテネ・オリンピックでその期待を裏切る不評のウェアを
US選手団に提供したルーツはと言えば、今回セレモニー・ウェア、ヴィレッジ・ウェアの制作をナイキに奪われたものの、
今回もベレーやベストの制作を担当し、全米に1400店を擁するディスカウント・ストア、ターゲットとのタイアップで、
その商品の販売網を大きく拡大して、売り上げアップを図っている。
しかしながら、ルーツはその母国、カナダのユニフォームをライバル、ハドソン・ベイに奪われており、
これはハドソン・ベイが 約96億円という巨費を投じて、今回のトリノと、次回2010年のカナダのバンクーバー大会の
ユニフォームを手掛ける権利を事実上買い取ってしまったため。
自らのブランドが示したユニフォーム・ビジネスの可能性が、ルーツに手が届かないほど高額になってしまったというのは
実に皮肉であるけれど、オリンピックでアスリート達が筋書きの無いドラマを展開しているその背景では、
開催地の決定から、種目の選定、放映権料の設定、ユニフォームのメーカー決定に至るまで、
駆け引きと利益追求が行われているのは言うまでも無いことである。
ウェアに関しては、メーカーは各国のオリンピック委員会に対し、オリンピック関連アパレルの売り上げの8〜12%を支払っているとのことで、
メーカーにとってだけでなく、オリンピック委員会にとってもユニフォームのファッション化が進んで、
売り上げが上がることは歓迎すべき傾向である。
オリンピック開催の影響で、ニューヨーク・コレクションを始めとする、各都市のファッション・ウィークや
オリンピック後に行われるオスカーで、セレブリティにドレスを提供するデザイナー達は、
かなりのパブリシティとメディアのエア・タイムを奪われることになるけれど、
オスカーの2倍以上にあたる 世界で21億人の視聴者が見守るオリンピックは、
今や立派なファッション・イベント。ファッション・ウィークよりも消費者に影響力を持つ、世界最大のランウェイ・ショーなのである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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