Jan. 26 〜 Feb. 1 2015

” C Wnder, The End of Revenge Retail ”
Cワンダー、リベンジ・ビジネスの終焉


今週のニューヨークは、火曜日に見込まれていた史上最大のスノーストームに備えて、 月曜午後11時からバスと地下鉄の運行がストップ。 もちろん空港も全面閉鎖で、コネチカット州、ニュージャージー州ではトラベル禁止令も出されたほど。
でも、月曜の夜中に見込まれていた視界ゼロの吹雪はニューヨーク・エリアを避 けて通り、大雪のはずだった火曜日は、朝日で目が覚めるような状態。 前日にスーパーマーケットで大行列をしながら、食材を買い込んだニューヨーカーは、肩すかしを食らった形となり、 市民やメディアは ビル・デブラジオ市長が、「史上最大規模のスノーストーム予報に過剰反応した」との批判さえも展開していたのだっ た。

ニューヨークでは 毎冬平均で8インチ(20p)の積雪があるけれど、 この2倍近い15インチ(37.5p)の雪が降ったのが昨年の冬。 この冬は 今週の雪の前の段階で 3インチ(7.5p)の積雪に止まっていて、 過ごし易い冬と言われていたのだった。
ちなみに、ニューヨーク市は雪が1インチ(2.5p)降るごとに、 約2億円を雪かきに費やしているけれど、今週のスノーストームについては、 市長が街をシャットダウンした経済的ダメージの方がが深刻と言われていて、 その損失額は約120億円と指摘されているのだった。

今週、スノーストーム同様に大きな報道になっていたのは、引き続きスーパーボ ウル出場チームを決めるAFCチャンピオンシップで、 空気圧の低いボールを使って試合を有利に運んだ疑惑がもたれている ニューイングランド・ペイトリオッツの”デフレイトゲイト”のスキャンダ ル。
NFLが進めている捜査によれば、ニューイングランドのボールボーイが、レフリーがチェックした後のボールを持って、 45秒間プライベート・バスルームにこもっていた様子がセキュリティ・カメラによって捉えられおり、 ニューヨーク・デイリー・ニュースのシミュレーションによれば、 空気圧の問題が指摘された11個のボールから空気を抜く所要時間は、その役半分であったとのこと。
疑惑が晴れないまま、今日2月1日に行われたスーパーボウルは、 そのニューイングランド・ペイトリオッツが 試合終了間際の乱闘という、 スーパーボウルとは思えないアグリーなシーンを披露した末に、勝利しているのだった。






さて、私にとって今週サプライズの報道となっていたのは、 2011年にトリー・バーチの夫、クリス・バーチ(61歳)がオープンした 安価なファッション&インテリア・グッズのブランド、 Cワンダーが突如、会社更生法を申請して、事実上倒産したというニュース。
同ブランドについては、ソーホーのスプリング・ストリートに 大規模なブティック第一号店のオープン直後に、フェイバリットのセクションで 書いたことがあったけれど、 Cワンダーは、ファッション業界では クリス・バーチが離婚した妻、トリー・バーチに対する リベンジでスタートしたと言われてきたブランドであり小売業。
というのも、ブティックの店構えから、カラフルなプレッピー・テイストの ファッションやアクセサリーなど、 トリー・バーチの安価なコピーと言える商品で溢れていたのがCワンダー。 でもCワンダーがコピーをしていたのはトリー・バーチに止まらず、 シャネル、エルメス、ロンシャン、Jクルーなど、ありとあらゆるブランドの 見たことがあるスタイルが、オリジナルよりも遥かに安い価格で商品ラインナップに加わっていたのだった。

ソーシャライトのトリー・バーチがベンチャー・キャピタリストのクリス・バー チと結婚したのは1996年のこと。 2人は、ニューヨーク・ソサエティで良く知られるカップルで、2人が住むピ エール・ホテル内の9,000sq.ft.(約840平方メートル)の スウィートは、ヴォー グ誌のインテリア・セクションのグラビアにフィーチャーされたゴージャスさ。
クリス・バーチは、トリーと結婚する以前から弟と一緒に既にファッション・ビ ジネスを手掛けており、その彼がプライベート・インベスターと共に約 2.5億円 を投資して2004年にスタートしたのが トリー・バーチというブランド。
ブランドをスタートさせるにあたって、クリス・バーチは マス・マーケットを 狙った安価なラインのビジネスを 希望したというけれど、妻のトリーがそれを嫌ったという裏話も聞かれているの だった。




トリー・バーチがメガ・サクセスを収めたのは、そのロゴのメダリオンをあしらったバレエ・フラット(写真上)が大ヒットしたのがきっかけ。 でもトリー・バーチが大きなサクセスを収め始めた2006年には2人は離婚。
その後もトリー・バーチの株式の28%を持つクリス・バーチは、 同社のエグゼクティブとして居座っていたけれど、 2008年から彼が準備を始めたのが、新たなファッション・ベンチャーのプロジェクト。
そして2011年にCワンダーをスタートするに当たり、彼はトリー・バーチの株式の売却を望んだとのことで、 当時、トリー・バーチの企業価値は 約30億ドル(約3,500億円)に達していたとのこと。

でも離婚した夫が、自分の製品の安価なコピー・ビジネスをスタートするというのは、 当然のことながらトリー・バーチにとっては歓迎できないこと。 加えて、Cワンダーのブティックがオープンしてからというもの、 そのブティックの店構えや商品がトリー・バーチにそっくりであることから、 買い物客がCワンダー(写真下、上段2枚)を トリー・バーチ(写真下、下段2枚)の姉妹ブランドと勘違いするようになったとのこと。
これを受けて元夫を相手取って、訴訟を起こしたのがトリー側。 これに対して、クリス・バーチも トリーを訴え返すという泥沼の様相が繰り広げられる中、 Cワンダーは急ピッチでそのビジネスを拡大していったのだった。 2013年のビジネスのピーク時には、ヘッドクォーターの上海オフィスの125人の従業員を含む、600人のスタッフを雇用。 中国の安価な大量生産工場と、次々とコントラクトを結び、6年以内にアメリカ 国内外に合計300店舗のブティックをオープンするという アグレッシブなビジネス・プランを打ち出していたのだった。

結局、トリーとの訴訟が示談で解決したのは2012年。 その時に、クリスはやっとトリー・バーチの株式の売却が許可されたというけれど、 その売却の遅れが Cワンダーのビジネスの資金調達に影響したと、クリス・バーチは語っているのだった。
それでも、2013年までにCワンダーの企業規模は約410億円までに拡大。 2014年2月にはアメリカの大手金融会社から 約40億円の投資を受け、 ビジネス拡大が進むと見込まれていたけれど、実際にはアメリカ国内の32店舗のブティックのうち、 利益を上げていたのは4分の1で、残りは赤字状態。 その一方で、中国では Cワンダーの販売網では裁ききれないほどの安価なグッズが 大量生産されるようになっていたのだった。



そんなCワンダーの危機説がファッション業界で囁かれるようになったのは、2014年10月のこと。
スタッフを次々と解雇し始めたことがその噂の発端であったけれど、 そのCワンダーが会社更生法を申請したのは、それから約3ヶ月後の2015年1月22日のこと。
クリス・バーチは、彼の資産から約80億円を失ったと言われ、彼のウエスト・ヴィレッジの邸宅は、 約8億円値を下げて、現在約19億円で売りに出されている真っ最中。

ファッション業界のインサイダーは、「これほどまでに急激に拡大し、急激に破綻したビジネスは類を見ない」と語っていたけれど、 多くの人々が指摘するCワンダーの問題点は、 スタイルと価格を追及し過ぎて、品質、特に機能に劣る製品が多いこと。 同ブランドの商品購入者の書き込みによれば、「アクセサリーが壊れやすい」、 「素材が安っぽい」など かなりクォリティの問題点が指摘されていて、「ターゲットの商品の方がずっと丈夫」など、 ディスカウント・チェーンの品質にも劣るというコメントさえ聞かれるほど。

同時に指摘されるのが、消費者のCワンダーに対するブランド・ロイヤルティの無さ。 今回の倒産のニュースを聞いて、驚いたショッパーが多かった一方で、 同ブランドで1度しか買い物をしたことが無いという ショッパーが多く、 最も来店客が多い ソーホーのフラッグ・シップ・ストアでさえ、 昨年秋以降は閑古鳥が鳴いていたことが伝えられているのだった。

Cワンダーは、アメリカ国内の32店舗をクローズする予定で、ウェブサイトは既に閉鎖状態。 クリス・バーチは同ブランドのネーミングを含む、ブランド・アイデンティティを買い取ることが伝えられているのだった。
一方のトリー・バーチは、自らのブランドの株式の28.3%を所有し、その資産価値は約1,290億円。 現在48歳にして 女性ビリオネアの1人になっているのだった。

でも、ここへ来てビジネスをクローズしたのはCワンダーだけでなく、 ギャップ社も2006年にスタートした同社傘下のPiperlime/パイパーライム部門の閉鎖を決定した一方で ケイト・スペードは、2013年にスタートしたばかりのブランド、ケイト・スペード・サタデーのブティック全店を、 2015年の春中にクローズすると発表したばかり。
ファッション・ビジネスそのものが淘汰される時代になってきているようなのだった。


Will New York 宿泊施設滞在



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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