Feb. 7 〜 Feb. 13 2005




セレブリティ&ファッション・ウィーク




今週の金曜日まで ニューヨークで行われていたのが、ファッション・ウィークである。
この期間は、セレブリティやモデルがニューヨークに集まっている時期なので、ファッション・ショーのアフター・パーティーだけでなく、 様々なパーティーが行われる時期でもあり、クラブやバーに出掛けてみると、これらのパーティーの貸切で、 入れない場合も少なくないため、ファッション業界の人間以外にとっては、夜遊びがし難い時期でもあったりする。

さて、今回のファッション・ウィークで、ファッションそのものよりも、様々な話題を提供し、メディアの注目を集めていたのが、 セレブリティの存在である。
ファッション・ウィークがスタートして早々の、先週土曜日には、キモラ・リー・シモンズがデザインするブランド、 「ベイビー・ファット」のファッション・ショーで、ヴォーグ誌のエディターであるアンドレ・レオン・タリー氏が入場を断られている目の前で、 R&Bシンガーのアッシャーが、超VIP待遇でフロント・ローに通されたことが、業界紙やタブロイドで大ニュースとなっていた。 このアンドレ・レオン・タリーとは、1月4週目のこのコーナーでも触れた、ドナルド・トランプ夫人の 津波ウェディング・ドレスを彼女と一緒に選んだ人物でもあるけれど、ファッション業界では、彼のボスであるヴォーグ誌編集長、 アナ・ウィンターと同じ位、重鎮扱いされている人物で、彼にショーに来てもらうのに躍起になるデザイナーは居ても、 門前払いするデザイナーなど考えられないような存在なのである。
結局、プライドを傷付けられたタリー氏は、ベイビー・ファットのショーは見ずに、あっさりその場を立ち去ったことがレポートされていたけれど、 90年代後半頃から、徐々にファッション関係者、特にバイヤーの間で文句が囁かれ始めたのが、 ファッション・ウィークにおける、セレブリティの存在である。

というのも、バイヤーにしてみれば、彼らが買い付ける事なくして、デザイナーの商品が店に並び、売り上げが上がることは無い訳で、 そもそもファッション・ショーというのは、商品を買い付けてくれるバイヤーと、それを記事にしてくれるメディアのために 行っているものなのである。 ところが、ファッション・ショーの会場で、フロント・ローに陣取るのは、 常にセレブリティであるし、セレブリティが会場入りするまでショーがスタートせず、時間通りショーとショーの間を移動している バイヤーや メディア関係者が待たされることは、今や当たり前のことである。
中には、会場に訪れるセレブリティに衣装提供をしたり、ギャラを支払うデザイナーも居るけれど、デザイナーがそこまでして セレブリティを優遇するのは、セレブリティが訪れるファッション・ショーには、メディアの取材が多くやって来て、 ことに無名の若手デザイナーの場合、セレブリティが客席に居たという話題性が、 レビューが掲載されるか、されないかを分ける決め手になるケースさえ生じてくるのである。 また同じセレブリティでも 、ブリットニー、J.LO、ビヨンセといったA級のセレブリティになると、 彼女らが会場に居るだけで、ショーのエキサイトメントも変わってくるのは言うまでも無いことで、 デザイナー達がセレブリティの存在を これだけ重視するだけの理由があるのは事実なのである。

もちろん会場に訪れている人々の中にも、ファッション・ショーでセレブリティ・ウォッチングが出来ることを楽しんでいる人も 少なくないけれど、そんな人々さえも怒らせたのが、月曜日のラストに行われたマーク・ジェイコブスのファッション・ショーである。 午後9時に行われる予定のファッション・ショーは、1時間以上を経過しても 始まらず、 会場の人々の忍耐が限度に達した10時半に、バックステージから現れて、フロント・ローに通されたビヨンセに対して、 彼女の登場の遅れが、ショーの遅れの原因と思い込んだ人々から、盛んなブーイングが起こったのである。
でも実際には、ショーは、ビヨンセを待っていて遅れた訳ではなく、その直後にショーのオーガナイザーから、 「やっと服が届いたので、ショーをスタートすることが出来ます」というアナウンスが入ったため、 ビヨンセに対する誤解は解けて、ショーも無事に行われたけれど、そんな中、 開始予定時間を1時間経過した時点で、席を立ち、会場を後にしたのが、ヴォーグの編集長、アナ・ウィンターである。
私は1992年、当時ニューヨークの若手デザイナーとしては最もホットな存在であったトッド・オールドハムの ショーでも、開始が1時間遅れた時点で、やはりアナ・ウィンターが帰ってしまったのを覚えているけれど、 その時も、皆イライラしながら待たされていただけに、彼女の毅然としたデザイナーに対する抗議の姿勢に、 会場から拍手が沸き起こったのを今でもはっきり記憶していたりする。 彼女のようにファッション・メディアで最もパワフルな人物が、会場を後にするということは、 スケジュールを守らないデザイナーに対する 最も効果的な抗議と言える訳で、 他のメディア関係者やバイヤーであれば、マーク・ジェイコブスに何時間待たされようと、その場に居なければならないし、 例えそのうちの誰かがシビレを切らして 立ち去ったとしても、デザイナー側には痛くも かゆくも無いのが実情なのである。

さて、話をセレブリティに戻すと、これまでデザイナー達は、セレブリティをファッション・ショーに呼んで来ることに躍起になっていた訳であるけれど、 今回、デザイナー達にとって歓迎できない形で、ファッション・ウィークに登場したのがジェニファー・ロペスである。
ジェニファー・ロペスと言えば、トミー・ヒルフィガーの弟、アンディ・ヒルフィガーをパートナーにして、 独自のブランドJ.LOをスタートして久しいけれど、同ブランドは、初年度から100億円以上を売り上げる メガ・ビジネスを展開しており、今では、フレグランス、サングラス、バッグ、水着、ランジェリー等、 ありとあらゆる分野にライセンスが拡大しているだけでなく、昨年はロシアにまで出店するなど、 販売網も急拡大しており、デザイナーも羨む成長ぶりを見せているビジネスなのである。

今回、ファッション・ウィークに参加したのは、彼女のスウィートフェイスという新しいラインで、 初参加にしてファッション・ウィークのトリを飾るスケジュールで行われたけれど、 実際のところは、「どのデザイナーも彼女の後にショーを行いたくない」という本音が見え隠れする スケジュールであった。 これはもちろんジェニファーのショーがメディアと、観客と、セレブリティでごった返して、招待客が時間通り移動してくれないことが見込まれていたのに加えて、 メディア関係者が、ショー終了後のバックステージの取材に行ってしまって、その後に行われるファッション・ショーのことなど 気にも留めないであろうことが見込まれたためである。
ファッション・ウィーク最終日に当たる金曜には 、ドナ・キャラン、ラルフ・ローレンもショーを行っていたけれど、 彼らほどのニューヨークのトップ・デザイナーでさえ、プレス担当者が各メディアに対して、 ジェニファー・ロペスのショーにばかりレビューの紙面を割かないようにと 圧力を掛ける電話連絡を 何度も行っていたというから、デザイナー達にとって彼女のセレブリティ・パワーが かなりの脅威に感じられていたのは紛れも無い事実である。

さらに、デザイナー達にとって頭が痛いのは、今年9月に行われる2006年春夏コレクションでは、 ジェニファーに加えて、ビヨンセが新たにスタートするブランド、そしてP.ディディのブランド、ショーン・ジョンのウーマンズ・ラインの ファッション・ショーが加わることが既に決定していることで、もし、今後アパレル・ブランドをスタートする ブリットニー・スピアーズ、ジェシカ・シンプソン、マンディ・ムーアといったセレブリティが、どんどんファッション・ショーを 行うようになってしまったら、ファッション・ウィークは、本来の目的を失って、 セレブリティのショーケースになってしまうのでは?と 危惧するファッション関係者は決して少なくないのである。 そしてもし、そんなセレブリティ・ブランドのブームが定着すれば、「サクセスフルなファッション・ビジネスには、 セレブリティのネーム・バリューが不可欠」という、間違ったコンセプトが一般的になり、 本当に才能のある若手デザイナーが、日の目を見ないまま、こうしたセレブリティ・ブランドの 裏方としてしか 能力を発揮出来ない事態にも なりかねないのである。

とは言っても、よくよく考えてみれば、引退前のカルバン・クラインにしても、ラルフ・ローレンにしても、ドナ・キャランにしても、 彼らの名前で作品が発表されているものの、実際にデザインをしているのは、彼らの下で働くアシスタント・デザイナー達な訳で、 シーズンのコンセプトを決めて、上がってきたデザインや商品をチェックするのが彼らの仕事であるけれど、 同様の役割は、今回スウィートフェイスのコレクションで、ジェニファー・ロペスも果たしているのである。
でもラルフやドナと ジェニファーの違いは、前者がファッションの世界で 叩き上げて 知名度のあるブランドに成長したのに対して、 後者はエンターテイメントの世界で成功し、そのセレブリティ・ステイタスと知名度をファッション・ビジネスに持ち込んでいるという点であり、 一般的には、前者のファッション業界叩き上げのトップ・デザイナーの方が、 デザインが優れ、クォリティも高い正統派のファッションであると認識されるものである。 しかしながら、スウィートフェイスとて、ドナやラルフのアシスタントと同じくらい有能なデザイナーさえ雇えば、 彼らに負けないファッションがクリエイト出来ると言っても、決して過言では無い訳である。
事実、業界のインサイダーによれば、一流デザイナーのアシスタントよりも、セレブリティ・ブランドのデザイン・チームの一員になる方が、 ブランド経営に投入されている資金が多い分、給与額が高いのだそうで、セレブリティ・ブランドが トップ・デザイナー・ブランドの有能な人材を引き抜くことは、日常茶飯事である。
だから、トップ・デザイナー達にとっては 資金力のあるセレブリティ・ブランドの出現は、 話題性やメディアのフォーカスだけでなく、人材までもを奪われる脅威を感じさせるものなのである。 ちなみに、こうした人材の奪い合いは、セレブリティ・ブランド同士の間でも行われており、 今後スタートするビヨンセのブランドのディレクターは、J.LOからヘッドハントされて移って来た人物である。

さて、そのジェニファーのスウィートフェイスのコレクションであるけれど、ファッション関係者が一様に賞賛するほどに セレブリティ・ブラントとして軽視出来ないスタイリッシュかつ、マーケッタビリティのあるもので、 同ブランドのショーは、今後登場するセレブリティ・ブランドに対して、 かなり高めのハードルをセットしたと言えるものである。
それだけに、スウィートフェイスのようなブランドの登場によって、これまで殆ど無差別に登場していた セレブリティ・ブランドが淘汰される可能性も出てきたというのが私の個人的な見解である。 例えば、1月に行われたトレード・ショーでも、ロカ・ウェアからデビューするヴィクトリア・ベッカムのジーンズ・ラインのセクションには、 興味本位も含めた 多くのバイヤーが足を止めていたけれど、 その一方で 商品力に乏しく、セレブリティとしてもCクラスのC・ロンソンのブースには、 バイヤーが殆ど寄り付いておらず、同じセレブリティ・ブランドでもはっきり明暗を分けていたのである。

ところで、先述のマーク・ジェイコブスであるけれど、ショーの開始が散々遅れたことを受けて、 ショーの2日後の水曜日、彼のウェブサイトには、「マーク・ジェイコブスの2006年春夏コレクションは、 9月12日、午後9時より行われます。ショーの開始は約1時間半遅れる予定ですのでご了承下さい。」という メッセージが掲載されていた。
これは、バイヤーやプレスから「ショーが遅れるのが分かっていたなら、どうして先に言ってくれなかったんだ?」と の指摘を受けたからだそうで、「次回も遅れる可能性があるだけに、既にアナウンスをしておいた」という ユーモアであったけれど、こんなジョークが許されるのは今やベテランかつ、トップ・デザイナーとなった マーク・ジェイコブスだからこそ。もしこれが、ファッション・ウィークの新参者セレブリティによるメッセージだったら、 きっとファッション業界からの 猛烈なバッシングにあっていたに違いないと思う。





Catch of the Week No.1 Feb. : 2月 第1週


Catch of the Week No.5 Jan. : 1月 第5週


Catch of the Week No.4 Jan. : 1月 第4週


Catch of the Week No.3 Jan. : 1月 第3週





執者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。