Feb. 2 〜 Feb. 8 2015

"Star Anchor Misremembered" ”
スター・アンカーが見せた僅か1週間の大転落


今週のアメリカで最大のニュースになっていたのは、火曜日にISISによって公開された、ヨルダンのパイロットの処刑ビデオを巡る一連の報道。
ヨルダン人パイロットを生きたまま牢屋に閉じ込めて焼き殺すという 残酷な処刑ビデオは、 言うまでもなく世界中の反感を買い、ISIS撲滅の世界各国の足並みが、アラブ諸国を含めて、これまで以上に揃ってきたのが今週。 ヨルダンは、処刑の報復として2人のISISのテロリストを処刑。加えてシリアに大々的な空爆を仕掛けたけれど、 その空爆でISISに捉えられた アメリカ人の女性人質、カイラ・ミューラー(26歳)が命を落とした可能性も同時に報じられているのだっ た。

でも、今週のアメリカのソーシャル・メディア、及びTV業界で最も物議を醸していたのは、 3大ネットワークの1つ、NBCのトップ・アンカー、 ブライアン・ウィリアムスが2003年にイラク戦争のレポートで現地を訪れた際、 彼の乗ったヘリコプターがイラク軍の攻撃を受けたというエピソードが、 実は虚偽であったというニュース。
アメリカで最もプレステージが高い報道番組と言えば、ウィークデイの午後6時半から メジャー・ネットワークが放映する30分のニュース・プログラムであるけれど、 そこでアンカーを務めるということは、そのネットワークのトップ・アンカーであり、 アメリカのトップ・ジャーナリストであるという証。 アメリカの報道史上に残るTVジャーナリストの殆どが、 この時間帯にニュース・アンカーを務めているのだった。

ブライアン・ウィリアムスは、そんな3大ネットワークのアンカーの中でも 現在最もセレブリティ・ステータスが高く、アメリカ国民ならば 誰もがその名を知るアンカー。 NBCからは1300万ドル(約17億5000万円)の年俸を受け取っており、 その総資産は約4000万ドル(約47億円)。
彼はベスト・ドレッサーとしても知られ、ヴァニティ・フェア誌は 毎年同誌が選出するインターナショナル・ベスト・ドレッサー・リストの 常連であった彼を”殿堂入り”のステータスにしたほど。
彼の娘、アリソン・ウィリアムスは HBOのコメディ 「ガールズ」に出演する女優(写真下右側)で、2014年のクリスマスには、NBCのライブ・ミュージカル「ピーター・パン」で 主演を担当。昨今では 彼女もファッショニスタとして注目を浴びる存在なのだった、






虚偽の報道がされた事件が起こった2003年の時点では、 NBCが毎晩午後6時半から放映する 『ナイトリー・ニュース』のアンカーは、 ブライアン・ウィリアムスの前任者、トム・ブローコーが勤めており、 ウィリアムスはリタイアを控えていたトム・ブローコーの後釜候補No.1であった時期。
185pの長身とグッドルックスながらも、 トップ・アンカーとしてのカリスマ性や存在感に乏しいと言われていた彼だけに、 イラク戦争の取材に自ら出向き、現地からレポートを行うことは リスクを省みない、勇敢な報道姿勢をアピールするのに、 恰好のオポチュニティであったことは容易に想像がつくところなのだった。

その時に起こったのが、アメリカ軍のヘリコプターがイラク軍の攻撃を受けて、緊急着陸を強いられるという事態。 ブライアン・ウィリアムスは、攻撃を受けたヘリコプターの背後を飛んでいたヘリコプターに搭乗しており、 2003年の事件当時は 経緯をそのままレポートしていたのだった。
ところがその後、2005年になって、ウィリアムスは 「攻撃を受けたのは自分が乗り合わせたヘリコプターだった」として、 自らをヒーローに仕立て上げるストーリーに突如変更。 それ以降もNBCのブログや、トークショー出演の際に、このストーリーを持ち出しては、 その勇敢なジャーナリストぶりをアピールしていたのだった。

このブライアン・ウィリアムスの虚偽の報道については、2005年の段階から現場に居合わせた米軍兵士が 抗議をしていたことが伝えられているけれど、そのことが事件から12年が経過した今週になって 大きなスキャンダルになったのは、1月30日にブライアン・ウィリアムスが 自らの報道番組で放映したセグメントが引き金になっているのだった。
実は私は、6時半のニュースは長年NBCを観ていて、 このセグメントが放映された日もチャンネルを合わせていたけれど、 そこで描かれていたのは、ブライアン・ウィリアムスが、 2003年のイラク軍によるヘリコプター攻撃の際に、彼を救出した米軍兵を 1月29日行われたNHLニューヨーク・レンジャース(ホッケー)の試合に招待し、 事件以来2人が初めて再会したという美談。 共にレンジャースの大ファンであるという2人のエピソードは、 マディソン・スクエア・ガーデンのアナウンサーによって紹介され、 彼らは 観客からのスタンディング・オーベーションで、ヒーローとして讃えられていたのだった。

フィールグッド・エピソードとして放映されたそのセグメントであるけれど、 これがきっかけで、NBCのフェイスブック・ページに寄せられることになったのが、 現場に居合わせた兵士や、実際に攻撃を受けたヘリコプターのパイロットからの 抗議と虚偽報道の申し立て。
これがソーシャル・メディア上で大きな波紋を広げたため、ブライアン・ウィリアムスは 2月4日、今週水曜の自らの番組で謝罪を行ったけれど、 その謝罪が横柄であったことから、更なる批判を買うことになったのだった。





彼がその謝罪の中で使ったのが 「Misremember」、すなわち「記憶違い」という表現であったけれど、 その直後から、ツイッター上でトレンディングになったのが、 「♯brianwilliamsmisremembered/ハッシュタグ・ブライアン・ウィリアムス・ミスリメンバード」で、 ブライアン・ウィリアムが、月面着陸から、 ケネディ大統領暗殺事件など、様々な歴史的事件にフォト・ボムで登場するパロディ写真が ソーシャル・メディア上に溢れる結果になったのだった。

そうするうちに、今度はブライアン・ウィリアムスがハリケーン・カトリーナのレポートの際、 ニューオリンズのフレンチ・クォーターに全く浸水が見られない状況であったにもかかわらず、 彼がそこで「死体が浮いているのを目撃した」と、当時誰もが首を傾げるレポートしたことが問題視され始め、 これを受けてNBC側は、彼の過去の報道について調査を始めることを表明。
一方、ブライアン・ウィリアムス本人は、土曜日になって、自分に関する報道が ニュース番組の支障になるとして、 しばしアンカーとしてのポジションから遠ざかることをNBCのウェブサイトで明らかにしているのだった。

この報道がきっかけで、今週は心理学や記憶の専門家が登場し、人間が記憶違 いを事実と思いこむ傾向や、 実際に起こっていないことを 長年に渡って、繰り返し語るうちにそれが実際に 起こったと信じるようになる人間心理、 虚偽を語り続けているうちに、それに信憑性を加えるディテールが徐々に加わり、 どんどんリアリティを帯びてくることなどが説明されていたのだった。
でも虚偽が 語り続けることによって 事実としてまかり通ったのは、 インターネットやソーシャル・メディアがここまで発達し、人々の生活に入り込む以前の話。 今では、事実のデータがインターネット上で簡単に検索できる上に、 今回の一件のように、その場に実際に居合わせた人物の証言がフェイスブック上に書き込まれて、 そのツイート、リツイートがどんどん波紋を広げていく時代。
実際のところNBCのエグゼクティブはこうした事態を危惧して、ブライアン・ ウィリアムスに対して 「もうイラクの一件は 持ち出さないように」と警告していたという。

アメリカは、嘘に厳しいキリスト教カルチャーが根強い国民性であるのに加えて、 事実を報道するのが仕事であるニュース番組のアンカー・マンが、 自分を良く見せるために報道内容を捻じ曲げたというのは、明らかに許されざる行為。
これについて行われた世論調査では、回答者の80%が 「ブライアン・ウィリアムスはアンカーの職を辞するべき」という厳しい姿勢を見せているのだった。

しかしながらNBCにとって辛いのは、現時点でブライアン・ウィリアムスに 代わるスター・アンカーが居ないこと。 だからと言って、何の処分も打ち出さずに自分のエゴで虚偽を報じたアンカーを起用し続けては、 その報道番組の信頼性や、報道姿勢を問われても仕方がない状況なのだった。


ブライアン・ウィリアムスの処分を巡っては、メジャー・ネットワークやケーブル局も その動向を見守る状態であるけれど、 彼のジャーナリスト生命が英語で「ノーズダイブ」と表現されるような、 真っ逆さまの転落を見せたのは 過去僅か1週間の話。
彼が元米軍兵士をニューヨーク・レンジャースの試合に招待して、 彼に対する感謝のセレモニーを行ったのが 今回の強烈なバックラッシュのきっかけになっているのだった。
多くの人々がここで理解に苦しむのは、何故 今や押しも押されもしない トップ・アンカー、セレブリティ・アンカーになった彼が、 再びこのイラク報道を持ち出して、スポットライトを浴びようとしたのか?ということ。 このレンジャースの試合における派手なスタンド・プレーさえしていなかったら、 現在55歳の彼は、リタイアまでアメリカのトップTVジャーナリストとして君臨し、 資産を増やし続けていたはずなのだった。
ちなみに、アメリカのトップ・アンカーはリタイアすると 通常、多額のアドバンス(前金)を受け取って自らのキャリアを綴った著書を出版し、 それがベストセラーになるのはお決まりのシナリオで、これだけでも軽く数億円の収入。 それだけでなく高額のフィーを受け取って、様々なイベントのスピーカーとして出演したり、 ケーブル局で特番を持つなどして、リタイア後も稼ぎ続けることが出来るのがトップ・アンカーなのだった。

ブライアン・ウィリアムス自身も、まさか自分の美談報道が こんな形で彼自身に跳ね返ってくるとは 思ってもみなかったはずだけれど、 マディソン・スクエア・ガーデンの観客全員をスタンディング・オーベーションにし、 TVで大々的に報じられた美談が、僅か1週間で覆され、 アメリカのトップ・アンカーマンのキャリアを転落させるきっかけとなったのは、 真実を知る人物のフェイスブックへの書き込みという微々たる抗議活動。
そう考えると、今回の一件から学べる最大の教訓は「真実がいかにパワフルであるか」ということなのだった。

追記: 2月10日火曜日に、NBCは ブライアン・ウィリアムスを向こう6ヶ月間、無給の出演停止処分にしたことを発表しています。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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