Feb. 11 〜 Feb. 17, 2013

” Poison Pill ”

今週のアメリカで最大の報道になったのが、ローマ法王、ベネディクト16世が、健康上の理由で2月28日をもって 退位を発表したというニュース。
2012年の時点で国民の73%がクリスチャンであるアメリカは、プロテスタント、カトリックを含む 2億人以上のキリスト教徒を擁する 世界最大のクリスチャン国家。 それだけに、同ニュースのインパクトは大きかったけれど、 多くの人々やメディアのリアクションは、「ローマ法王が退位できるとは知らなかった」というもの。
実際、ローマ法王が退位するのは1415年以来初めてのこと。 なので敬虔なカトリック教徒でさえ、ローマ法王は 一度即位したら、天命を全うするまで務めるものだと思い込んでいたという。

世界のカトリック人口は12億人と言われ、ローマ法王は117人の枢機卿によって選出されるけれど、今やカソリック人口は 女性の方が多いにも関わらず、 引き続き枢機卿は全員男性。 歴代の法王は、北米とヨーロッパから選ばれるのが常で、平均年齢は72歳。
ここ数年、先進諸国でカトリックが減り続けているのに対して、後進国では若い世代の新しい信者が増えており、 現時点で最もカトリック教徒が多いエリアは、信者の42%を擁する南米。
新ローマ法王の候補には、アフリカからの黒人司祭、南米からのヒスパニックの司祭も候補に上がっており、 初のマイノリティ法王が誕生する可能性も見込まれているのだった。



今週 もう1つ大きな報道になっていたのが、先週木曜から4日間の予定で 船旅をスタートさせたクルーズ客船、 カーニヴァル・クルーズ・トライアンフが メキシコ湾に差し掛かった日曜にエンジン・ルームで火災を起こし、運行不可能となったニュース。
結局、トライアンフは タグ・ボートに引かれて、木曜の深夜過ぎにアラバマ州の港に辿り着いたけれど、それまでの5日間、 3000人を超える乗客は、ビニール袋をトイレ替わりにし、腐りかけた僅かな食糧を受取るために 数時間行列し、 空調が稼動しない船室に留まることが出来ないことから、船のデッキで シーツをテント替わりに、 自然災害の被災者のような生活を強いられることになったのだった。
その悲惨な様子は、乗船客がソーシャル・メディアにポストした写真やコメントを通じて、 人々がリアルタイムで見守ることになったけれど、無事に戻った乗客達は その帰還を喜んだのも束の間、既にカーニヴァル・クルーズを相手取った訴訟を起し始めているのだった。

カーニヴァル・クルーズ側も、今回の船旅の払い戻し、新たなクルーズ旅行の無料プレゼント、それに加えて500ドルの 賠償金を各乗船客に約束しているけれど、クルーズ旅行でここまで酷い目に遭った人々に 新たなクルーズ旅行をプレゼントしたところで、怒りが収まるはずが無いのは当然のこと。
今後、多くの乗船客が、ヴァケーション中に味わった劣悪なコンディションと、それによる精神的苦痛を理由に 訴訟を起すことが見込まれているけれど、法律の専門家によれば、クルーズ客船会社を訴えるのは 一般人が想像するほど簡単ではないという。
その理由の1つは、例えば カーニバル・クルーズはメイン・オフィスをフロリダに置いていても、 会社自体は、アメリカ国外で設立されており、船舶自体もアメリカ国外で登録されているため。 加えて チケットを購入する時点で、乗船客は 「船が航行を始めてからの問題に対しては、企業側は払い戻しをしない」、 「航行中の精神的苦痛には、企業側が責任を負わない」ことに同意する協約書に署名させられているとのことで、 一見、「客側の船酔いの責任は負わない」と言っているように思える協約書は、 航行中の様々な問題から企業側の利益をプロテクトするようにデザインされているのだった。



そんな中、2月に入ってから突如流行の兆しを見せ始め、今週に入って 一気にメディアでブレークしたのが ”Harlem Shake / ハーレム・シェイク”。
これは、昨年大流行した ”ガンナム・スタイル” に次ぐ 新しいダンス・トレンドで、 DJ ”Baauer / バーウワー” がミックスしたトラック 「ハーレム・シェイク」に合わせた僅か30秒のパフォーマンス。 最初の15秒は、マスクや帽子、もしくはヘルメットを被った 1人だけがダンスをし、周囲の人間はそれに気付かない、もしくは全くの無視を装っているけれど、 その15秒が経過して、音楽のリズムが変わった途端に、全員が残りの15秒間を踊り狂うというもの。
ハーレム・シェイクは、大学のキャンバスやオフィスで撮影されたパフォーマンスを YouTube上に アップするのがトレンドになっていて、アメリカのみならず、世界各国からビデオがポストされているけれど、 今週に入ってからは、メジャーなニュース番組やトークショーのスタッフなどが、 番組内でハーレム・シェイクを実践。
その一方で、タイムズ・スクエアでは ハーレム・シェイクで盛り上がる人々を警官が取り締まった様子も報じられていたのだった。



ところで今日、私が友人と一緒に観て来た映画が、スティーブン・ソーダバーグ監督の「サイド・エフェクツ」。
同作品は うつ病治療薬の副作用による 殺人事件を描いたもので、 「これまで自殺の原因になると言われてきたうつ病治療薬が、果たして殺人の原因になるのか?」が、 映画封切前から ニューヨーク・タイムズ紙の記事になる等、興味をそそられる部分があったのだった。

加えて、同作品封切直前に報じられた2つのニュースも 私が同作品に関心をそそられた要因で、 その1つ目は 写真上左側、2月3日付けのニューヨーク・タイムズ紙、第一面の報道。 写真にフィーチャーされた 大学を卒業して間もないリチャード・フィー(24歳)が、 A.D.H.D(注意欠陥過活動性障害)治療薬の中毒となり、自殺を図った経緯を 詳細に報じたのがこの記事なのだった。

そしてもう1つは、NYに住むジュエリー・デザイナー、アシュレー・アン・リッジターノ(写真上、右側)が、 2月6日、彼女の22歳の誕生日に ジョージ・ワシントン・ブリッジから 投身自殺を図ったニュース。
うつ病気味だった彼女は、過去にも一度、その治療薬 、Xanax / ザナックス のオーバードース(過剰摂取)で 自殺未遂を図っており、インターネット上で フレネミー(友達を装った敵対関係)が 彼女を精神的に追い込んだのが自殺の原因と見られていたのだった。 事実、彼女のバッグの中には、自分の葬儀に参列して欲しくない人間のリストが残されており、 そこにはフレネミーと思しき数人の女友達の名前が記載されていたという。

それと同時に 彼女のバッグの中からは、処方箋薬が2つ見つかっていたけれど、 そのうちの1つが ”Adderall / アデロール”。 これは、1つ目の報道のリチャード・フィーが中毒になっていたA.D.H.Dの治療薬でもあり、 パリス・ヒルトン、デミー・ムーア等のセレブリティも、 その摂取による奇行が伝えられていた処方箋薬。
今や 処方箋薬の中毒は、違法ドラッグ同様に深刻な問題になっているだけに、 スティーブン・ソーダバーグ監督が、処方箋薬の問題を どんな風に描くかに興味を持って、 出掛けたのが 映画「サイド・エフェクツ」なのだった。
でも映画自体は、処方箋薬が社会に もたらしている問題にフォーカスしたものではなく、 ストーリーが進んでいくうちに、考えようによっては面白いけれど、リアリティに欠くサスペンスに変わっていったのに加えて、 主演のジュード・ロウが セラピストとしては、あまりにルックスやファッション・センスが良過ぎる点も、リアリティを損ねていたのだった。



アメリカで、過去数年で劇的に数を増やしているのがA.D.H.D(注意欠陥過活動性障害)。
その数が圧倒的に多いのが20歳未満で、2011年の時点でA.D.H.D治療薬を摂取していた数は 1,000人中 359人。すなわち約36%という高い割合。 4年前の2007年に比べて 56%増になっているのだった。
数こそは それより少なくても、伸び率では 2007〜2011年の4年間に、141%という驚くべき増加となっているのが、 20〜39歳のヤング・アダルトと呼ばれる世代。2011年の時点では 1000人中 169人の割合で、 処方箋薬を摂取していることが明らかになっているのだった。
そして、このA.D.H.D. 急増の鍵を握っていると言われるのが先述のアデロール。

今やアデロールは、「キャンディ・フォー・カレッジ・ステューデント(大学生のためのキャンディ)」、「ステロイド・フォー・スタディ(勉学のためのステロイド)」と言われるほど、 アメリカのキャンバスで もてはやされている処方箋薬。
2010年にナショナル・カレッジ・ヘルス・アセスメントが行なった調査によれば、 全米の大学生の8%が、「脳に刺激を与える処方箋薬を 服用した」と答えているけれど、 数ある処方箋薬の中でも 最も中毒性が高いのがアデロール。 カレッジのドラッグ・カウンセラーによれば、学生のドラッグ依存症、中毒者の75%がアデロールによるものであるという。
それもそのはずで、アデロールは 日本では 覚せい剤取締法で禁止されているアンフェタミン。 アデロールによって脳が発するドーパミンは、コカインに匹敵すると言われているのだった。

でも、多くの学生はこれを コカインのようなレクリエーショナル・ドラッグとして服用し始めるのではなく、 「ステロイド・フォー・スタディ」、すなわち 試験前やレポート提出シーズンに、集中力と勉強の効率をアップさせるために服用し始めるのだった。
殆どの学生は 友達から薦められたり、貰ったりして A.D.H.D.治療薬をトライし始めるというけれど、 アデロールを含むA.D.H.D.治療薬を 他人に与えたり、譲渡するのは 立派な犯罪行為。 もちろん、学生達は それが犯罪とは知らずに 気軽に行なっているだけでなく、 処方箋薬という医師が薦める薬が、「身体に悪いはずは無い」 と思いこんで、 健康の心配もせずに摂取を始めるという。

そして、一度アデロールによる集中力のパワーを実感すると、それに依存するようになるのが中毒へのシナリオ。
学生側は、医師に何て言えば アデロールを処方してもらえるか、その摂取量を増やしてもらえるかを 心得ている場合が多く、 どんなに精神治療で権威ある医師でも、僅か5〜10分程度の”診察”と称した会話で、コカイン同様の刺激を脳に与える薬物を 簡単に処方してくれるという。

NYタイムズ紙の記事にフィーチャーされていた リチャード・フィーも、そんな勉学のためにアデロールを摂取し始めた1人。
親元を離れた 大学時代から A.D.H.D.のふりをして、医師にアデロールを処方してもらい、やがて中毒症状が現れてからは、 薬でハイになる反動で、激しい精神的落ち込みや無気力、精神不安定に陥っていたという。 そして、医師から「これが最後」と言って処方された薬を摂取し終わった直後に自殺を図っているのだった。

私の知り合いの中にも、大学時代にレポートを書く際には A.D.H.D.治療薬に頼っていた20代の男性が居るけれど、 大学を卒業した今も、面倒なデスクワーク等の際に、時折 服用するという。 彼の場合、ティーンエイジャーの時に A.D.H.D.と診断されたそうだけれど、 周囲の意見は、両親がキャリアで忙しく、子育てで手を抜いた結果、 気が散り易く、責任感と忍耐が欠落した彼を A.D.H.D. だと決め付けているというもの。
マンハッタンのプライベート・スクールで育った彼は、周囲にも同様に A.D.H.D. の診断を受けた友達が何人も居て、 彼らは、裕福な親の健康保険で簡単に手に入る処方箋薬を、勉強用だけでなく、パーティー・ドラッグにも使っていたようなのだった。

ところで アメリカでは A.D.H.D.、うつ病、 英語で ”Bipolar Disorder / バイポーラー・ディスオーダー”と呼ばれる 双極性障害(躁うつ病)や、 EDの治療薬など、処方箋薬のコマーシャルが 盛んにTV放映され、 患者側がドクターに、CMで馴染みのある治療薬の処方を依頼するケースも多いのだった。
なので アメリカ食品医薬品局では、TVCMの中で薬品のサイドエフェクト、すなわち副作用を説明することを義務付けていて、 処方箋薬のCMでは、必ずその後半で ナレーターが物凄い早口で副作用を列挙するのが常。 その中では、吐き気、めまい、便秘、湿疹、頭痛、下痢、食欲の変化、胸焼け といった症状に混じって、 「自殺願望」、「意識不明」、「不整脈」といった軽視できないものや、「Could Be Fatal」すなわち「時にこの症状で死に至る場合があります」 というような恐ろしい文句が、いとも何事でもないように語られているのだった。
私は、その副作用の列挙を聞いているだけで 恐ろしくて、 そんな薬品を服用する気にはなれないけれど、 薬のパワーを信じたい人々にとっては、副作用はどんな薬品にも付き物のリスクと軽視されているもの。
それを処方するドクターとて、副作用や中毒性を 軽視しがちである というのが、 先述のNYタイムズ紙の中でも報じられていたのだった。

現在のアメリカでは、製薬業界が金融業界同様にロビーストを送り込んで、政界をコントロールし、 巨額の富を生み出していることは周知の事実。 でも、アメリカ社会が どんどん薬漬けになっていく背景には、 薬に頼って、薬で何でも解決したがるアメリカ人の様々な問題が入り組んでいる と言えるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


PAGE TOP