Feb. 10 〜 Feb. 16, 2014

”Chic Can't Beat The Weather ”



今週のアメリカは、政治・経済で大きなニュースが無かった分、熱が入っていたのがソチ・オリンピック報道。
中でも、木曜のショート・プログラムで史上初の100点を超える高得点を記録した、日本男子フィギュア・スケートの 羽生結弦選手については、アメリカのメディアも大きく報じており、 フリー演技では2度の転倒をしたものの、そのプログラムの圧倒的な難度の高さから 「彼の金メダルは当然」というのがメディアと批評家の意見。 中には、彼の演技とその評価が フィギュア・スケート界で長年論議を呼んできた 「難度を落としても 失敗せずにクリーンに滑ることが大切か?」、 それとも「多少の失敗はあっても、難度の高い エキサイティングな演技を見せることが評価されるべきか?」という 問題に答えを出した という指摘も聞かれていたのだった。

日本人として男子フィギュア・スケートで初の金メダルに輝いた羽生選手のニュースは、 ニューヨーク・タイムズ紙でさえも 第一面トップに写真入りで報じたけれど(写真上左)、 翌日 土曜日のアメリカを大いに沸かせたのが アメリカ対ロシアのホッケー戦。
プーチン大統領も客席に姿を見せたこのカードは、1980年のレイク・プラシッド大会における 「ミラクル・オン・アイス」と呼ばれる アメリカ・チームの奇跡の勝利以来、 オリンピックでは因縁の対決になっているもの。 この「ミラクル・オン・アイス」はアメリカのホッケー界を永遠に変えたと言われる試合で、 ハリウッド映画にもなっているけれど、土曜日のゲームのアメリカ・チームの勝利で 一躍ヒーローとなったのが、2-2で迎えたGSW戦(サッカーで言うPK戦)で 勝利のゴールを決めたT.J.オシー(写真上右)。
オリンピック・ルールでは、GSW戦において1人のプレーヤーが何度でもシュートすることが出来るため、 彼は決勝ゴールを含む6本のシュートを打っており、その息を呑むGSW戦のお陰で 彼のツイッター・アカウントはその日のうちに5万人のフォロワーを増やしているのだった。
「2016年の大統領選挙で ヒラリー・クリントンが大統領に立候補するつもりならば、T.J.オシーを副大統領候補にするべきだ」 といったジョークも聞かれていたけれど、そんなエキサイトメントの背景にあるのが ソビエトとの冷戦時代が終結して久しいものの、今も両国間にある国民感情のしこり。 アンケート調査によれば、ロシアに対してネガティブな感情を持っているアメリカ国民は何と60%。 そのうちの44%は、「ロシアを敵と見なしている」と回答しており、ホッケーの対ロシア戦に アメリカ国民が並々ならぬ感心と情熱を注ぐのは、納得が行く状況となっているのだった。



オリンピック以外で、大きな報道になっていたのは、引き続きの大雪と寒さのニュース。
今週の雪で、この冬のニューヨークは気象観測史上、最多の降雪量を記録。 その雪の重さに耐えかねて、屋根が崩れ落ちる家屋が増えており、 お隣のニュージャージー州では、現在使われていない4階建ての工場ビルが雪の重さで崩れたことが報じられているのだった。
そのニュージャージー州のジャージー・シティでは、この冬、 既に30万トンの塩を路上に巻いているとのことだけれど、 通常発注から2〜3日で入荷する塩が需要過多で入荷せず、 東海岸全体で、路上に巻く塩が不足気味であることが報じられているのだった。

塩の需要が増える一方で、減っているのがショッピングに出かける人々。 このため、寒さで消費が冷え込むことが危惧されているのだった。
事実、この冬は アメリカとカナダの国境にある 五大湖の湖面が約80%も凍結する記録的な寒さ。 ところが、その寒さのお陰で とんでもない混み合いを見せ始めたのが 五大湖の1つ、 スペリオル湖にあるアポストル・アイランズ・ナショナル・レイクショア(アポストル群島国立湖岸)。
夏はカヤックでないとアクセスできない同アイランドの洞窟エリア(写真上左)は、湖面に張った 厚さ45cmの氷のお陰で 今や歩いてアクセスできるようになっており、プロ&アマチュアのフォトグラファーにとって、自然が生み出した氷のシャンデリアで飾られた 洞窟の美しさは まるで夢のような被写体(写真上、中央&右)。 ここを訪れた人々の写真がソーシャル・メディア上でセンセーションを巻き起こした結果、 現地では空前の観光ブームを迎えているのだった。


でも、この寒さは通常美しいはずのものをアグリーにする役割も果たしていて、 その好例と言えたのが、今週ニューヨークで行われていたファッション・ウィーク。
ファッション・ウィークと言えば、モデルやエディター、バイヤーが世界中から集まり、 ランウェイ上だけでなく、ストリートでも トレンディかつエッジーなファッションの競演を繰り広げるのは毎回のこと。
ところが今回のファッション・ウィークは、雪に見舞われたせいで、 モデルやファッション・エディター達が期間中に買いに走っていたといわれるのが、 スノーブーツやスニーカー。 大雪に見舞われたファッション・ウィークの最終日、木曜には、ファッションの金字塔、アメリカン・ヴォーグの編集長、アナ・ウィンターでさえ 運転手付きのリムジンからスノーブーツ姿でショー会場に現れた姿がスナップされていたのだった。
そんなあり様なので、通常ファッションを何よりも重んじるエディターやバイヤー達さえもが、 ショー会場にスウェードのブーツやハイヒールでやってきた女性達を 「馬鹿げている」と評していたのが今回のファッション・ウィーク。

ココ・シャネルの語録の中に、「シックは シンプルには勝てない」というものがあるけれど、 「シックは 天候には勝てない」、「シックは実用には勝てない」という 現実を まざまざと見せつけていたのが今週のファッション・ウィーク。 写真上右側のように、オープントウのブーツを大雪のニューヨークで素足で履いている姿は、 ファッショナブルどころか ”愚の骨頂 ”という表現の方が適切と言えるのだった。


そんな今回のファッション・ウィークにシューズ・トレンドがあるとするならば、 写真上中央で、ケイティ・ホルムズが履いているソレルのブーツ。
大雪に見舞われた木曜には、多くのエディターやバイヤーたちがソレルのブーツを履いて ショーに姿を見せていたのだった。

でも、私が個人的に、ニューヨークのエクストリーム・ウェザー(異常気象)を乗り切るために薦める1足は、写真上左で 男性が履いているハンターのブーツ。
私もかつてはアウトドア用のスノーブーツを愛用していた時期があったけれど、 ニューヨークは 雪が降ると 直ぐに除雪作業が始まるので、大雪が降っても 雪の上を歩くことがあまり無い街。 その一方で スノーブーツの靴底は、 濡れたフロア・タイルの上では滑ることが多いので、ストアの入り口やビルのエントランスなどで、 逆に危険な思いをすることが少なくないのだった。

さらにスノーブーツの問題点は 雪対策はされていても、水対策がされていないこと。 ニューヨークは、除雪作業でサイド・ウォークに寄せられた雪が溶け出すと、深さ10cm以上の 巨大な水溜りがストリートに出来るのが常。 そこを通らない限りは何処へも行けない交差点が非常に多いため、 足首より上までが水に浸かっても 浸水してこないブーツが必要になってくるけれど、 ソレルを始めとするスノーブーツでは、その浸水を防ぐことが出来ないのだった。
これは雪の日だけでなく、夏のサンダー・ストームの際も然り。 大雨が降ると、ストリートの特に交差点部分に深い水溜りが出来るので、 足首まで水に浸かっても歩けるレイン・ブーツがマスト・ハブ。
なので 雨の日でも 雪の日でも、最も女性ニューヨーカーが履いている姿を見かけるのがハンター・ブーツ。 旅行者が持ってくるには重たすぎるけれど、 ニューヨークに暮らすのであれば ハンター・ブーツは悪天候の必需品と言えるフットウェアなのだった。

ところで、ニューヨーク・タイムズ・マガジンが纏めたファッション・ウィークのデータによれば、 ファッション・ショーのアヴェレージの所要時間は10分。 デザイナーのマーク・ジェイコブスが1回のショーに掛ける費用は約1億円。 モデルの人種構成は、83%が白人、9%がアジア人、6%が黒人、2%がヒスパニック。 今回のファッション・ウィークで最も引っ張りダコのモデルは、ジョセフィーヌ・ル・トゥトゥーで、 23のショーに出演。
インスタグラム上で、最もアクティブに取り上げられるのはファッション・ウィークは ニューヨークで、 そのハッシュ・タグ ” #nyfw ”が付いたポストの数は約64万1900、 次いでパリのファッション・ウィークで ” #pfw ”のポスト数は約29万27000。3位がミラノで ” #mfw ”のポスト数は18万7300。
ファッション・ショーのフロント・ローにはセレブリティが付き物であるけれど、 アウトフィットを提供するだけで来てくれるのはB級、C級セレブ。 ビヨンセのようなスーパースターになると、そのフィーは約1千万円。ジュリアン・ムーアで600万円。 ショーが僅か10分であることを考慮すると、ファッション・ウィークにおけるビヨンセの時給は6千万円ということになるのだった。

先週お知らせしたディナー・クラブのお申し込みサイトは、NY時間の今週木曜日にアップの予定です。 NY在住の女性は、是非ご参加いただければと思います。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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