Feb. 20 〜 Feb. 26
オリンピックに見た ナショナル・キャラクター
今日2月26日に、無事、トリノ・オリンピックが閉幕したけれど、アメリカにおける今回のオリンピックは、
全く盛り上がりに欠けるもので、視聴率の点でも、恐らく史上最も低い数字に終わったであろうと言われるものだった。
そんなトリノ大会でも唯一、3000万人を超える視聴者数を獲得したのが、木曜に行われた女子フィギュア・スケートの
ロング・プログラムであったけれど、ここで、荒川静香選手が、日本人として初の女子シングルでのゴールド・メダル、そして
トリノ大会で 日本にとって唯一のメダルを獲得したのは ここで改めて説明する必要もないこと。
荒川選手本人も「まさか自分が金メダルを取れるなんて思っていなかった」と通訳を通じてコメントしていたけれど、
アメリカを含む諸外国のメディアからも、彼女のゴールド・メダルは「サプライズ」として受け取られており、
一部のメディアは、「今回の女子シングルは、誰がゴールドを取ったかより、誰が取らなかったかが記憶に残るだろう」
として、ショート・プログラムで自信に満ちた演技を見せたサーシャ・コーエンと、イリーナ・スルツカーヤが
共に ゴールド・メダルを逃したことを 先ず報道する向きがあったのは事実だった。
またフィギュア・スケート関係者から指摘されていたのは、今回の女子シングルの演技で、新しい採点方による減点を恐れるあまり、
選手がジャンプの難度のレベルを落としていたということ。前回、2002年のソルトレイク大会のゴールド・メダリスト、サラー・ヒューズ、
そして1998年、長野大会のタラ・リピンスキーが共にトリプル&トリプルのコンビネーション・ジャンプを、ロング・プログラムに2回ずつ取り入れて成功させていたのに対して、
今回の3人のメダリストのうち、トリプル&トリプルを飛んだのはサーシャ・コーヘンただ1人。それも難度の低いサルコーからトウ・ループへのジャンプを1回取り入れたのみ
というのは、「Disappointed / 失望」と受け取られていたのだった。
ちなみに、今から14年前、92年のアルベールヴィル大会のゴールド・メダリスト、クリスティー・ヤマグチも
そのロング・プログラムで、今回のサーシャ・コーエンのジャンプより難しい トリプル・ルッツからトリプル・トウループのコンビネーションを成功させているけれど、
当時は、女子として初めてオリンピックでトリプル・アクセル(3回転半)を成功させた
伊藤みどり選手(同大会、銀メダル)の快挙に押されて、さほど陽の目を見なかったもの。今や誰もがビールマン・スピンをこなす時代になっても、
トリプル・アクセルをプログラムに入れたオリンピック・メダリストは、女子では伊藤選手以来 未だ1人も居らず、
「ミドリ・イトウ」の名前が、世界のフィギュア・スケート界で今も語られるのは この快挙からである。
さて、「女子フィギュア・スケート王国になりつつある」と言われた日本の代表3選手の演技について、
アメリカの解説者がどのようなコメントをしていたかといえば、まず15位に終わった安藤美姫選手については、
「才能あるスケーターの残念なパフォーマンス」。「練習を見ていると、ある時は素晴らしいけれど、次の瞬間からガタガタに崩れてしまって、
未だ安定性の無いスケーター」、4回転ジャンプのトライについては「練習の時からずっと失敗していたジャンプを、あえて取り入れて
パフォーマンスのリズムを崩すのは、スマートな事とは思えない」として、評価は低いものだった。
村主章枝選手については、「クリーンなパフォーマンスで、ジャンプは優秀だけれど、シズカ・アラカワのようなエレガンスが無い」とのこと。
そして荒川選手のゴールド・メダル・パフォーマンスについては、
「全てのスケーターが夢見るようなパフォーマンス。マグニフィセント(非常に素晴らしい)・クォリティ!」というコメントと、
「マジカルではないけれど、確実で、エレガント。Very Japanese (ヴェリー・ジャパニーズ)パフォーマンス」というコメントが聞かれていた。
この「Very Japanese (ヴェリー・ジャパニーズ)」、すなわち「非常に日本人的」という表現は、アメリカに暮らしていると、様々なオケージョンで
耳にするものである。
私がニューヨークに来て間もない頃の、未だ英会話学校に通っていた時期には、学校の先生が毎日遅れずにきちんと授業に出ることを、
「Very Japanese (ヴェリー・ジャパニーズ)」と言っていた。事実、そのクラスでは日本人以外の学生は、ほぼ毎日のように遅刻していたのである。
また、小雨が降っている時に傘を差して歩いていた時にも、通りがかりのアメリカ人と思しき人から「That's Very Japanese 」と言われたことがあるけれど、
確かにアメリカ人に比べれば、日本人は少々の雨でも傘を使うし、それ以前に傘を持ち歩く民族である。
オリンピックに話を戻せば、アメリカ人の知人と女子フィギュア・スケートの話をしていた際、
「シズカ・アラカワは、冷静で、ゴールド・メダルを取っても凄くエキサイトしたようには見えなかった」と1人のアメリカ人が言ったのに対して、
そこでも、別のアメリカ人が言ったのが 「That's Very Japanese. 日本人は感情を出さないから・・・」というコメントだった。
基本的に、アメリカ人が日本人に対して抱いているイメージというのは、「真面目で、きちんとしていて、感情を表に出さない、美観を重んじる、
礼儀正しい」というものであるけれど、これが「日本人女性」ということになると、これらに加えて「大人しい、男性に従う」
という偏見を持つアメリカ人男性は今も少なくないのが実情である。
その一方で、アメリカだけでなく、世界的に 「熱い、強い、情熱的、怒らせると怖い」とキャラクター付けられているのがラテン系の女性で、
言ってみれば、これは日本人女性のイメージの対極にあるような存在であるけれど、
これをオリンピックでまざまざと見せてくれたのが、アイス・ダンスのイタリア・ペアのバーバラ・フューザー・ポリであった。
2月19日に行われたアイス・ダンスの、ラテン・パフォーマンスで リフトに失敗して、自分を落としたパートナー、
モリツィオ・マルガリオを 演技終了後に睨み付けた彼女の視線は、ニューヨーク・タイムズ紙が
「皿を投げつけるか、さもなくば扉をバタンと閉めて 部屋を飛び出して行く直前の女性の目」と評したもの。
この時の2人の険悪なムードはTV画面を通じて十分に伝わってくるもので、「今回のオリンピックで最も印象的なシーンの1つ」とも言われたけれど、
彼女の視線は ラテン系の女性の強さと熱さを改めて世に知らしめるに十分なものだった。
ところで、オリンピックの度に出てくる、アメリカ人の自己批判キャラクターが「アグリー・アメリカン」というもの。
この言葉はバルセロナ・オリンピックの頃から マナーの悪いアメリカ人に対して、ヨーロッパで使われ始めたものであるけれど、
今では、オリンピックに限らず 国際舞台で、アメリカ人がマナーの悪さや品格の無さを露呈する度に、
アメリカのメディアがこの言葉を用いて、自己非難をするのが一般的となっている。
今回のオリンピックの「アグリー・アメリカン」の代表といえば、ソルトレイク大会で2つの銀メダルを獲得し、ワールド・チャンピオンにも輝いた
スキーヤーのボディ・ミラーで、彼はオリンピック前のインタビューで「わざわざトリノまでゴールド・メダルをピックアップしに行く必要はない」とコメントして、
既に物議を醸していた存在。
アメリカのスポーツ界では、自分にプレッシャーを掛けるために、事前にハッタリ的な勝利宣言をする選手は珍しくないけれど、
今回のオリンピックのボディ・ミラーは、出場5種目中、完走したのは2種目だけで、その結果は5位と6位というメダルには届かないもの。
残りの3種目は失格と途中離脱という情けないもので、そんな成績にも関わらず、毎晩トリノのバーやクラブで遅くまでパーティーに興じてきた彼は、
余暇にバスケットのプレーをして 足首を痛めるという、オリンピックをなめ切った態度を見せて、関係者を激怒させることになった。
そんな彼を 大金を投じてCMにフィーチャーしたナイキは大失態.。
ニューヨーク・タイムズ紙が彼を「今回の盛り上がらなかったオリンピックの象徴」と酷評したかと思えば、ニューヨーク・ポスト紙は
「Good Bye ボディ、ネバー・カムバック」という大見出しで、彼がオリンピアンとして国を代表するキャラクターが備わっていないことを指摘していたけれど、
メディアが批判するほど 一般の人々は 彼に関心さえ払っていなかったというのが実情であったりもする。
この他、同じくスキーヤーのジャレット・ピーターソンは、バーで口論になった友人の顔を殴って、USOC(USオリンピック委員会)に閉会式を待たずに
帰国を命じられているし、先週のこのコーナーでお伝えしたスケート・チームにおけるシャイニ・デイビスとチャッド・へドリックの内紛等、
今回のオリンピックでは、特に「アグリー・アメリカン」のエピソードばかりがクローズアップされることになってしまったのは残念な部分である。
でも、そんな中で美談と言えたのは、スピード・スケートのジョーイ・チークが、彼が獲得したゴールド・メダルとシルバー・メダルのボーナス、
それぞれ2万5000ドルと1万5000ドルを、USOCが推進する 恵まれない子供達を救済するチャリティに寄付したというエピソード。
彼の行動に共鳴した他のアメリカのメダリストもボーナスの寄付を申し出た上に、企業スポンサーもこの動きに賛同し、
同チャリティは日本円にして5000万円近い寄付を集めたことが伝えられているのである。
また、アメリカとは常に政治的に緊張関係にあるイラクであるけれど、今回のオリンピックの選手村では、
アメリカ選手団とイラク選手団の宿泊施設は隣同士。国と国との関係など度外視して、同じオリンピアンとしてイラク選手と
会話を交わして「感動した」と語るアメリカ選手のコメントも聞かれており、
オリンピックが、スポーツのイベントである以前に平和の祭典であることを改めて感じさせていたのだった。
今回のトリノ大会は、アメリカにおいては、その視聴率や企業スポンサーへのメリットという点で、とてもサクセスフルとは言えないオリンピックであったけれど、
試合の合間の映像等にフィーチャーされた、トリノの景色や街並み、フード、カルチャーに魅了された視聴者は多かったようで、
今、アメリカでは 「ヴァケーションでトリノを訪れてみたい」という人々が急増しているという。
このような現象はアテネ・オリンピックやシドニー・オリンピックには見られなかったもので、
かつてフィアットの製造で栄えた工業都市から、観光都市に生まれ変わろうとしているトリノにとって、
今回のオリンピックが最高のパブリシティとなったことは紛れも無い事実のようである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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