Feb. 21 〜 Feb. 27 2011

” Innocent Racial Profiling ”

今週のアメリカで、国際情勢のニュースので最も大きく報じられていたのは、 リビアの反政府デモと、政権を死守しようとするカダフィ大佐と治安部隊の徹底抗戦ぶり。
多数の死者が出る事態を受けて、金曜にはついにオバマ大統領もカダフィ大佐に対する退陣要求を 公にコメントしており、日曜にはヒラリー・クリントン国務長官が反政府運動をサポートする用意があることをコメント。 同時に、アフリカ諸国にカダフィ政権をサポートしないよう警告したことも伝えられているのだった。

国内のニュースで最も大きく報じられていたのは、このところ私生活のトラブルで 芸能メディアを賑わせていたチャーリー・シーン。
リハビリ入りのニュースと、複数のポルノ女優を相手にドラッグ三昧のパーティーを楽しんでいたニュースが 交互に報じられる状況が昨年末から続いていたチャーリー・シーンであるけれど、 今週、彼が大きく報じられたのは、遂にその主演TVシリーズからの事実上解雇を言い渡されたため。
これまで、普通の俳優だったらとっくにクビになっているような行いをしても、お咎め無しだったチャーリー・シーンが 今週番組の制作打ち切りを言い渡されたのは、彼がラジオのインタビューで、 主演番組の監督を批判し、その中で、反ユダヤ教と取れる発言を行なったため。
これを受けて、番組の放映局であるCBSは、「選択の余地が無い」として、チャーリー・シーンに対する処分を決めたけれど、 今週 もう1人、反ユダヤ発言で 職を追われかけているいるのが、クリスチャン・ディオールのデザイナー、ジョン・ガリアーノ。


ジョン・ガリアーノ(写真左)は2月24日、木曜夜にレストランで、隣のテーブルに座ったユダヤ人女性とアジア人男性のカップルに対し、酔っ払って 反ユダヤ教及び、アジア人差別の発言を行なったとされており、 彼は、その場で逮捕され、その後釈放されているのだった。
この事態を受けて、ジョン・ガリアーノは、パリのファッション・ウィークを直前に控えた時期にも関わらず、 クリスチャン・ディオールのデザイナーのポジションを停職処分となっており、 ディオールのスポークスマンは、「クリスチャン・ディオールは、いかなる反ユダヤ、及び人種差別行為、発言も認めないポジションである」ことを 明らかにしているのだった。

ガリアーノが語ったと言われる問題発言は、まず女性に対して、「Bitch/ビッチ(あばずれ)」と罵った後、 「Dirty Jewish face, you should be dead. Fu--ing Asian bastard, I will kill you」 (汚いユダヤ人、お前は死ぬべきだ、アジア人のろくでなし、お前を殺してやる!) というもの。この中に用いられている ”Fu--ing” は、俗に”F ワード”と言われる放送禁止用語の”ファッキング”。
私がこれを書いている最中に放映されているオスカー授賞式でも、 助演女優賞を受賞したメリッサ・レオが、興奮から 思わず口走ってしまったのがこの言葉。 でもその音声は 放映局であるABCのセンサーによって消されていたのだった。
ジョン・ガリアーノが使った意味合いは、彼の発言の嫌悪感を強調するもので、言葉そのものには意味は無いもの。 Fワードは悪い意味にだけ使われるのではなく、物凄く嬉しい時などには ”Fu--ing Great!” と喜んだりするもので、 メリッサ・リオの発言は まさにそんな喜びの興奮から口走ったもの。
でも人種差別発言に用いられる Fワードは、ただでさえ悪意のある発言をさらに強調しているので、このケースでは更なる悪印象を与える要素になっているのだった。

人種差別は、アメリカだけでなく、世界各国で根強い社会問題となっているだけに、 人種差別、及び宗教差別発言は非常に問題視されるもの。
クリスチャン・ディオールのジョン・ガリアーノの発言については、未だ真相が明らかになっていないけれど、 チャーリー・シーンのように ラジオで公にコメントが語られた場合、それでも彼を番組に起用し続けるのは、 CBSの企業イメージを大きく損ねるのは言うまでも無いこと。 なのでチャーリー・シーン主演の番組が、コメディとしては最高視聴率を獲得しているにも関わらず、CBSが「選択の余地が無い」として、 処分を決定したことは、理にかなっていると言えるのだった。

でも差別意識とは別に、もっと罪の無いレベルの人種的偏見を個人的に抱いているというケースは非常に多いし、 それは日常会話では頻繁に聞かれるもの。それに対しては よほど酷い内容だったり、公の場で語らない限りは、 さほど反感を抱かれないのが実情であったりする。
例えばヨーロッパ人の友人は、 「ポーランド人は退屈だから、絶対付き合わない方が良い」などと言うし、 先日話をしたアメリカ人は、アジア人で一番ルックスが良くて、コンサバな女性はコリアンだと語っていたのだった。
アジア人女性については、未だに 「男性に従う」というイメージを持っているアメリカ人男性は多いけれど、 今日のオスカーの作品賞にノミネートされていた映画「ザ・ソーシャル・ネットワーク」では、 「アジア人の女の子は、ユダヤ人と一緒でダンスが苦手」という台詞が登場していたのだった。
私が数年前に友人達とピンポン・トーナメントをしていて迷惑だったのは、「アジア人なんだから、ピンポンが上手いのは当たり前」と 見なされること。「ピンポンが上手いのは日本人じゃなくて、中国人」と説明したけれど、今ではその中国でもピンポンはそれほど盛んではないという。

日本人はと言えば、今も「礼儀正しい」というのが一般的な印象。それだけに、歩きタバコをしている日本人女性などをニューヨークで見かけると、 同じ光景を日本で見かけるよりも 気分が悪くなってしまうのだった。 加えて、日本人には「繊細なこだわりがある」、「ハイテク・コンシャス」、「伝統を重んじる」というイメージが強いけれど、 日本人ビジネスマンについては、かつての「腹黒い」というイメージはかなり和らいだと思えるのだった。


「ルックスが良い」という有難い偏見を抱かれがちなのは、アルゼンチン、オーストラリア人、スカンディナヴィアン(北欧系)。
ロシア人女性もルックスが良く、セクシーなイメージが強いけれど、それと同時にロシア人女性はゴールド・ディッガー(財産目当ての交際をする)という 偏見がアメリカ人男性の間には強烈に根付いているのだった。 なので、男性が「妻はロシア人で・・・」というと、周囲は彼のワイフが美人で、お金目当てで彼と結婚したと思うし、 シングル男性でも、既婚の男性でも、バーやクラブで声を掛けた女性がロシア人だと分かると、 お金が無い男性は 「自分に興味は無い」と思ってあっさり引くし、お金がある男性ならば、攻略のチャンスがあると思って、 クレジット・カードに物を言わせるのだった。
私の友人には、ロシア人の美女が居るけれど、 彼女はロシア人であるがために、ボーイフレンドに何か欲しい物をねだろうものなら、直ぐに「お金目当てで付き合っている」という目で見られるのにウンザリしていたのだった。
昨年には、俳優のメル・ギブソンが、離婚した妻で、若いロシア人シンガーのオクサナ・グリゴリエヴァ(写真右)に対し、 電話で Fワードを連発する暴言を吐いている録音テープが公開されて 大きなスキャンダルになったけれど、 人々がオクサナ側にさほど同情しなかったのも、「彼女がロシア人で、ゴールド・ディッガーというイメージが強かったからだ」と指摘されているのだった。

興味深いのは、男性については一度、特定の人種を好んで交際すると、それ以外の人種には戻らなくなるケースが多いこと。
アジア人女性、ヒスパニック女性など、特定のマイノリティと付き合ったり、結婚した男性は、別れた後も同じ人種の女性を選ぶと言われているのだった。 しかも、アジア人女性と付き合っているアメリカ人男性は、一目見ただけで 日本人、韓国人、中国人を間違いなく識別することが出来るのは 非常に不思議なこと。ファッションで区別が付くケースを除いて、アジア人同士でも 言語を喋るまで識別できない違いが、 どうしてアメリカ人男性には分かるのか?というのは、説明が付かない謎になっているのだった。

でも一度喋ると、たとえ英語で話していても、中国訛りと韓国訛りは何となく違うもの。 もちろん日本人にとって最も聞き易いのは、日本人英語だけれど アメリカ人にとって、日本語訛りは最も分かりにくい英語の1つ。
でも彼らが ”音”として一番嫌うのは通常、ドイツ語訛りと言われているのだった。

同じ英語でも、IQが高そうに聞こえるのはブリティッシュ・アクセント。フレンチ・アクセントはリッチ、もしくはスノッブなイメージを与える傾向が強く、 インテリア・コーディネーターなど、デザインやファッション関係の仕事をするゲイ男性にとって、フレンチ・アクセントは そのセンスの良さを暗黙のうちにアピールする商売道具であったりする。
もちろんアメリカ人のアクセントの中にも偏見はあって、サザン・アクセント(南部訛り)は田舎者と見なされるものの、 人柄の温かみを感じさせるもの。ボストン・アクセントは分かりにくいと言われ、ニューヨーク・アクセント、それもブルックリン訛りは 「教養が低そう」、「アグレッシブ」という印象を与えると言われるのだった。

様々な偏見があったとしても、私がニューヨークに来た頃に比べて、アメリカ人の日本に対する理解度は飛躍的にアップしていると言えるけれど、 その要因と言えるのは、やはり日本人の国民性が 文化や食を通じてアメリカ社会に徐々に正しく浸透してきたこと。
アメリカという国は、良く知らないものや国について、さほど好感を抱かない国。 すなわち食わず嫌いをする国であるけれど、日本の文化やプロダクトは、一度アメリカに受け入れられると 一過性ではなく、長く根付くので、 日本人の価値観や商品開発力というのは、やはり 世界的にアピールする魅力があると思えるのだった。

ところで、今日行なわれていたアカデミー賞では、最優秀作品賞を「ザ・キングス・スピーチ」が受賞したけれど、 作品賞は、「ザ・ソーシャル・ネットワーク」と「ザ・キングス・スピーチ」が大接戦で、最後まで余談を許さなかった部門。
私の個人的な感想では、観ていて面白かったのは「ソーシャル・ネットワーク」、感動したのは「ザ・キングス・スピーチ」で、 「ザ・キングス・スピーチ」を観終わった後、友人と「どちらがオスカーを取るか?」を話題にした際、友人も私も 「ザ・キングス・スピーチ」をピックしたのだった。
その理由は、「ザ・キングス・スピーチ」の方が観る者に感情移入をさせる作品であるためで、 コリン・ファースがスピーチをするシーンでは、思わず身体に力が入ってしまう思いだったけれど、 同作品を見た日は寝不足だったこともあり、途中でウトウト眠ってしまったのだった。
「ザ・ソーシャル・ネットワーク」は、最初から最後まで、時間を感じさせない映画だったけれど、 先日飛行機の中で観直して、改めて感じたのは 本当に台詞にリアリティがあるということ。だから、脚本を担当した アーロン・ソーキンがオスカーを受賞したのは非常に納得なのだった。
脚本は、「ザ・ソーシャル・ネットワーク」が勝っていても、「ザ・キングス・スピーチ」の方が感動させたのは、 私の意見では描かれている人間の違い。「ザ・ソーシャル・ネットワーク」のメイン・キャラクターで、 フェイスブックの創設者、マーク・ザッカーバーグは史上最年少でビリオネア(10億ドル長者)になったハッキングとプログラミングの天才。 でも、彼や彼の周囲のキャラクターは、アメリカで俗に”ジェネレーションY”と呼ばれる世代で、 モラルに乏しく、友達とはメディアで繋がっていても、友情という概念が希薄で、別のジェネレーションからは理解に苦しむ世代であったりする。
その一方で、コリン・ファースが演じたキング・ジョージ6世は、国王という一般人からかけ離れたポジションでありながら、 心に成長期の傷を持ち、自分の弱さを克服しようと葛藤する、共鳴を得易いキャラクター。 なので、「ザ・キングス・スピーチ」の方が感情移入と感動をもたらすと同時に、オスカーを受賞するタイプの作品であることは 紛れも無い事実なのだった。
そう考えると、映画も国民性と同じ。好感や共鳴を得るには、キャラクターが理解されることが大切だと思えるのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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