Feb. 27 〜 Mar. 5




今年のオスカーと「カポーティー」




今日3月5日は第78回、アカデミー賞授賞式であったけれど、見終わった第一の感想としては、 ホストのジョン・スチュアートが 知的かつシニカルなポリティカル(政治的)・ユーモアで、思いのほか優秀だったということ。 昨年のホストで、黒人コメディアンのクリス・ロックよりも遥かに品格があったし、 スティーブ・マーティンやビリー・クリスタルよりもジョークがモダンで、キレが良く、 アカデミーがギリギリで決断したチョイスであったものの、彼のキャスティングは正解だったという印象だった。
彼のデモクラティック(民主党)色の強いホストぶりを見ていると、愛国色=ブッシュ共和党色が強かった2001年、2002年度には 決してあり得なかったキャスティングだと思うけれど、今ではブッシュ大統領の支持率も就任後最低の34%に低下し、 イラク戦争を批判しても誰も文句を言わないご時世。だから、本来 デモクラティックでリベラル色が強いハリウッドの本音が、 彼のホストぶりを通じて久々に表面化した感じであったけれど、 今年ノミネートされた作品の数々を見ていても、テロ後のハリウッドで自粛気味だった社会的、政治的問題を扱ったものが多く、 2005年度は特出した作品こそ無かったものの、全体的に作品の質が高かったことは多くの批評家から指摘されていたのである。

さて、今年は主演男優部門が、誰が受賞しても不思議ではないという名演で占められていたけれど、 個人的に最も難しい役どころを見事に演じたと思うのは、受賞者となった「カポーティー」のフィリップ・シーモア・ホフマンである。
彼が演じたトルーマン・カポーティーという作家は、日本では1958年に出版され、オードリー・ヘップバーン主演で1961年に映画化された 「ブレックファスト・アット・ティファニーズ(ティファニーで朝食を)」の著者として知られる存在であるけれど、 彼はアメリカでは 20世紀を代表するセレブリティ作家であり、私がニューヨークに来てから気が付いたのは、 少なくともアメリカでは、彼と J.D.サリンジャーは数ある作家の中で 別格扱いされる存在であるということだった。

J.D.サリンジャーと言えば、その代表作は1951年に出版された「キャッチャー・イン・ザ・ライ」(邦題: ライ麦畑でつかまえて)であるけれど、 同書は、1980年12月9日、アッパー・ウエストサイドのダコタ・ハウス前でジョンレノンを射殺した マーク・デヴィット・チャップマン(当時25歳)が 逮捕時に持参しており、何故かその中のチャプター 27 が破り取られていたというエピソードが有名である。 彼はアメリカを代表する人気作家でありあがら、50年代半ばからニュー・ハンプシャーの自宅に引きこもり、 一切の取材を拒否し、以来彼の写真は一度も撮影されていないという、謎に包まれたミステリアスな存在である。

これに対してトルーマン・カポーティーは、60〜70年代に掛けてのニューヨークの社交界の花形で、 ことに彼がワシントン・ポストのエディター、キャサリーン・グラハムのために1966年にホストした「ブラック&ホワイト・ボウル」は、 歴史上最もグラマラスなパーティーとして、今も語られるもの。 プラザ・ホテルのグランド・ボール・ルームを会場に行われたこのパーティーは、その名の通りブラック&ホワイトがドレス・コードで、 アンディ・ウォーホールやフランク・シナトラといった当時の「時の人」が一堂に会し、社交界を絵に描いたような 華やかな宴として歴史の1ページを飾るイベントとなっている。
ゲイであることをオープンにしていた彼は、84年に59歳でこの世を去っているけれど、 彼のアルコールとドラッグへの依存は有名で、ことに「ブレックファスト・アット・ティファニーズ」を僅か3ヶ月ほどで執筆するために、 彼が覚醒効果のあるドラッグを常用していたことは、ニューヨークの有名弁護士、アラン・ダーショウィッツの著書、 「運命の逆転」にも描かれている。この「運命の逆転」は後に映画化され、主演のジェレミー・アイロンズは同作品で 1990年度のオスカーの主演男優賞を受賞しているけれど、彼が演じた実在のキャラクター、クラウス・フォン・ビューローが インシュリン注射で殺害を企てたと言われる妻のサニー・フォン・ビューローは、 トルーマン・カポーティーとは社交仲間であると同時に、ドラッグ・フレンドであったという。 映画にはカポーティーのキャラクターは登場していないけれど、同作品でグレン・クロースが演じたサニー・フォン・ビューローを見れば、 当時の社交界でカポーティーがどんな友人に囲まれていたかは察しが付くというものである。

映画「カポーティー」で描かれているのは、トルーマン・カポーティーが「ブレックファスト・アット・ティファニーズ」を出版し、 彼のセレブリティ・ステイタスがピークに達していた1959年からの5年間で、 後に 彼の7作目にして 最高傑作として称えられるノンフィクション小説、「イン・コールド・ブラッド (邦題:冷血)」の執筆期間である。
1959年、カンサス州で裕福な家族4人が惨殺されるという事件が起こり、この事件を次作の題材にしようと考えた カポーティーは、犯人2人への取材を進めるが、徐々に彼らに心情的にのめりこんで行く。 カポーティーは、彼らの弁護費用を負担し、最後には絞首刑に処される彼らを見守り、5年の月日を掛けて「イン・コールド・ブラッド」 を書き上げるけれど、殺人犯には友達として接しながらも、編集者に対しては 彼らを描いた著書をドライに売り込む2面性は、 シニカルなジョークで社交界で華やかに振舞う一方で、繊細で、神経の細かい彼のキャラクターをそのまま映したものだった。
「イン・コールド・ブラッド」は、メガ・ベストセラーとなり、作家トルーマン・カポーティーの名声をさらに高めることになるけれど、 良心の呵責に苛まれた彼は、その後、精神的な落ち込みや アルコールとドラッグへの依存が激しくなり、 以降、1本の小説を書き上げることなく 生涯を終えている。
彼の死後、87年に唯一出版されているのが、その書き掛けの小説、「アンサード・プレイヤー」だったけれど、 晩年の彼は、非常に孤独であったと伝えられている。

そんなトルーマン・カポーティーを姿形から、声、喋り方までそっくりに演じていたのが主演男優賞に輝いたフィリップ・シーモア・ホフマン。 実は彼は、役者になる前、私の以前の仕事のパートナーが通うジムのプールでライフ・ガードをしており、 ライフ・ガードとは言っても身体は白くて、しまりが無く、当時の彼はアルコール依存症気味であったという。 信仰心が強いにも関わらず、しょっちゅう酔っ払っていたその頃の彼は、 周囲からその「信仰とアルコールの矛盾点」を指摘されると、ヒステリックに腹を立てていたというけれど、 そんなキャラクターも何処となくカポーティーとダブるところがあるのは事実である。

ところでカポーティーの代表作、「ブレックファスト・アット・ティファニーズ」のタイトルのアイデアが何処から来たかと言えば、 彼が噂に聞いたゲイ・カップルのワンナイト・スタンド(一夜の情事)のエピソードから。 ある中年男性が、ニューヨークにやって来た水兵と一夜を過ごし、翌朝、 彼は水兵を何処かに連れて行ってあげたいと思ったものの、その日は日曜で、店は全てクローズしている。 そこで「せめて朝食くらいは豪勢に・・・」と思った中年男性が、「何処でも ニューヨークで一番高級で、素晴らしい店に連れて行ってやろう」と オファーしたところ、高級レストランとは無縁の暮らしをしている水兵が、彼の知る唯一の高級店の名前を挙げて答えたのが、 「Let's Have Breakfast At Tiffany! (ティファニーで朝食を食べよう!)」。
このエピソードに大笑いしたカポーティーが、当時書き掛けだった小説のタイトルに「Breakfast At Tiffany」を選んだ訳だけれど、 主人公のホリー・ゴーライトリーは、カポーティーが学生時代にマンハッタンのクラブで一緒に夜遊びをしていた女友達をモデルにしたもの。 映画化を見込んでいた彼は、マリリン・モンローを頭に描いてホリーのキャラクターを書き上げており、 オードリー・ヘップバーンがホリー役にキャストされた時、彼女の知的な雰囲気が パーティー・ガール、ホリーのイメージと噛み合わないことを心配していたという。

日本での「カポーティー」の公開は、アメリカの公開から何故か1年以上が経過した今年の秋と言われているけれど、 こうした実在の人間を描いた作品は、そのキャラクターのバック・グラウンドを知れば知るほど、興味を持って、深く見ることができるもの。
ことに「カポーティー」は、トルーマン・カポーティーの生涯のうちの僅か5年間を描いた作品で、同じ実在の人物を描いた作品でも、 レイ・チャールズの生涯を描いて、昨年ジェイミー・フォックスが主演男優賞に輝いた「レイ」のような伝記的作品ではないだけに、 カポーティーに関する予備知識を持って見ることが、作品を理解するために必要であるというのが私の考えである。
「カポーティー」は、決して後味が良い、見て気分が良くなる作品ではないけれど、トルーマン・カポーティーのキャラクターを 理解して見れば、フィリップ・シーモア・ホフマンの演技がいかに素晴らしいかが良く分かるし、彼を囲むキャストの演技も優秀なので、 娯楽性は抜きにしても、演技を見る価値がある作品だと私は思っている。

ところで、俳優部門は全て順当だった今年のオスカーであるけれど、最大のサプライズは何と言っても作品賞を「クラッシュ」が受賞したこと。 下馬評では「ブロークバック・マウンテン」が圧倒的に有利だったけれど、 私の周囲では 同作品は「オーバーレイテッド」、すなわち過大評価されているという声が多かった。
私自身は、同作品は 昨年末に 映画館まで行ったものの チケットが買えなかったので、未だ見ていないけれど、 ある時、アメリカ人の友人に感想を求めたところ、返って来たのが「最初の3時間が長すぎる」との答え。 ビックリして「何時間の映画なの?」と訊ねたら、「3時間だけど、5時間に思えた」と説明されて、すっかり見る気が失せてしまった。
似たようなコメントは昨年の作品賞の最有力候補 で、結果的には「ミリオン・ダラー・ベイビー」に作品賞をさらわれた 「アヴィエーター」にも聞かれていたけれど、やはり見る側に「長い」と思わせる作品は、「ベスト・ピクチャー」には選ばれ難いのだと思う。



Catch of the Week No.4 Feb. : 2月 第4週


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執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。