Feb. 26 〜 Mar. 4




”ワースト・ドレッサーの仕掛け人 ”



今週のアメリカは週明けこそはオスカー報道に終始していたけれど 週半ばになるとその報道も一段落して、 2月に突然死去した後、遺体を何処に埋葬するかが裁判になっていたアナ・二コル・スミスの葬儀のニュースが ゴシップ&芸能メディアで最も長い報道時間を獲得していたのだった。もちろん、ビジネスの分野では火曜日に 大暴落を見せた株価のニュース、今後の中国市場やアメリカの景気動向への懸念などにも報道紙面が大きく割かれていた。

さて、アカデミー賞の報道と言えば、例年「誰が受賞したか」より「誰が何を着用したか?」が話題になるもの。
ことに今年のオスカーは助演男優部門でアラン・アーキンがサプライズ受賞を果した以外は、全く予想通りの展開で 受賞者にはそれほどニュース性が無いせいか、オスカー報道がレッドカーペット・ファッション報道に終始していた印象が 強くなっていた。
でもそんなオスカー報道が下火になった頃から、メディア&ファッション業界で浮上してきたのが、映画「ドリームガールズ」で 助演女優賞を獲得した ジェニファー・ハドソン(写真右)が、多くのメディアからワースト・ドレッサーに選ばれたのは 「果たして誰の責任か?」 という疑問。
ジェニファー・ハドソンと言えば、今年の映画の授賞式イベントのありとあらゆる助演女優部門を独り占めにして、 現在のハリウッドでは 「ゴールデン・ガール」、「ドリーム・ガール」と呼ばれる ライジング・スター。 アメリカで最高の視聴率を誇るタレント発掘リアリティTV 「アメリカン・アイドル」で 上位7人目で落選しながらも、 800人のオープン・オーディションの中から「ドリームガールズ」の エフィー・ホワイト役に選ばれた彼女は、 主役のビヨンセが霞んでしまう歌唱力で絶大な評価を獲得し、映画が公開された昨年末からは プロモーションや取材、授賞式イベントを休み無しで こなしてきた存在である。
未だ、自分の成功が信じられないといった感じのジェニファーであるけれど、 その彼女を3月号の表紙にしたのがファッションの金字塔、ヴォーグ・マガジン。このカバー・キャスティングは 同号がオスカーの授賞式を前後して発売されるだけに 最適と言えるもので、ジェニファーは黒人女性シンガーとして初めて、 アフリカン・アメリカンのセレブリティでは史上3人目として、アメリカン・ヴォーグ誌の表紙を飾ったのだった。

これによってヴォーグ誌は 雑誌のプロモーションも兼ねて、今回のオスカーでジェニファーのスポンサーのような役割を果たすことになり、 ことに彼女とのインタビューを担当した同誌のエディター・イン・ラージ、Andre Leon Tulley / アンドレ・レオン・タリー は ジェニファーの専属スタイリスト 兼マネージャーのように振舞っていたことが伝えられている。
そして、ジェニファーがレッド・カーペット上で着用し、彼女の名前がワースト・ドレッサー・リストに載る 決定打となったオスカー・デ・ラ・レンタのメタリック・パイソンのボレロを選んだのも彼で、 これを着用するのに難色を示したジェニファーに着用を押し付けたのもアンドレ・レオン・タリーであったという。
この時代錯誤がはなはだしかったメタリック・パイソンのボレロ (同ボレロはデヴィッド・ボウイに代表される70年代のグラム・ロック・ファッションのよう・・・と非難を浴びていた)は、 ジェニファーのふくよかな体型をカバーするためにオスカー・デ・ラ・レンタとアンドレの2人がアイデアを出しあった結果 生まれたものだそうで、 一流デザイナーと、最もプレステージの高いファッション誌のエディター・イン・ラージのセンスが、ワースト・ドレッサーを生み出したというのは 何とも皮肉な結果であった。

では、このジェニファー・ハドソンをワーストドレッサーにしたアンドレ・レオン・タリー(写真左) がどんな人物であるか?をここでご紹介しておくと、 彼は1949年生まれで、過去25年以上、世界中のファッション・ショーのフロント・ローのレギュラーとなってきたファッション業界のVIPである。
ブラウン大学でフランス語のマスター・ディグリーを取得する傍ら、デザインを学んだという彼は、伝説のファッション・エディター、 ダイアナ・ヴリーランドに出会ってファッション誌の世界に足を踏み入れたという。 80年代に入ってからは、ブリティッシュ・ヴォーグの編集長からアメリカン・ヴォーグの編集長に引き抜かれたばかりのアナ・ウィンターの サポートを受け、以来 彼女の右腕として活躍してきた存在。 長身で大柄な彼のファッションは、ビジネス・スーツの裏地がピンクやレッドだったり、そんなスーツ姿に 女性が着用するようなファーショールを巻いたり、フィリップ・トレーシーの不思議なシェイプのハットを被ったりと、 派手で奇抜なセンスで知られており、センスの良し悪しを議論する段階を超越したアウトフィットを身につけている場合が多かったりする。
2006年に アナ・ウィンターをモデルにした小説 「プラダを着た悪魔」が映画化されて、メリル・ストリープが アナにあたる編集長 ”ミランダ・プリースリー” を演じていたけれど、彼女の1番の部下で スタンリー・トゥッチが演じた”ナイジェル” のキャラクターは、 このアンドレ・レオン・タリーをモデルにしたものである。

さて、ジェニファー・ハドソンに話を戻すと、彼女はこれまでの授賞式イベントでは、 その豊かな胸のクリヴィッジを強調したものが多かったものの、常にシンプルで無理をしないドレス選びを行っており、、 好感が持たれ易いファッションに纏めていたため、メディアは 「フル・フィギュア(ふくよかな体型)の女性はジェニファーのような イヴニングを選ぶべき」と賞賛していたのだった。
もちろん、多忙なジェニファーには全ての授賞式イベントのドレスを選んでいる時間など無いので、彼女にはスタイリストがついているけれど、 そのジェニファーの通常のスタイリストは 彼女のオスカーの晴れの舞台のために 薄いゴールドにビーズをあしらった ロベルト・カヴァーリのドレスを用意してくれていたという。 実際にジェニファー自身が着用したがったのもそちらのドレスであったと言われるけれど、これを知ったアンドレ・レオン・タリーが激怒し、 何が何でも彼女がブラウンのドレス+パイソンのボレロをレッド・カーペットで着用するようにと、事実上 ジェニファーに押し付けたことが伝えられている。
結局、ジェニファーはペール・ゴールドのロベルト・カヴァーリをプレス・カンファレンスとアフター・パーティーで着用しており、 ドレスの評価はそちらの方が遥かに高いものだった。( このドレスは「オスカー・アフター・パーティー・ファッション・レビュー」のセクションで ご覧いただけます。)

ではどうしてハリウッドのライジング・スター、ジェニファー・ハドソンがファッション誌であるヴォーグに ここまで義理を尽くさなければならないかと言えば、通常雑誌の取材というのはセレブリティがモデル登録をしていない限りはノー・ギャラで行われるもの。 しかしながら、ヴォーグ誌ほど大きく、膨大な広告収入を得ている雑誌がビッグなセレブリティのカバー&グラビア撮影をする際は、 スタジオで20分の表紙撮りなどは決して行わず、一流フォトグラファーによる時間とお金を掛けたセッションとなる。 その間、ヴォーグ側がギャラの替わりに提供するのは至れり尽くせりの待遇で、 ファースト・クラスのフライト、5スター・ホテルのスウィート宿泊、ホテルの部屋に到着すればアナ・ウィンターから送られた ゴージャスなフラワー・アレンジメントに彼女の自筆メッセージが書かれがカードが添えられており、フレッシュ・フルーツの盛り合わせと シャンペンが待っているなどというのはごく普通の話。これに加えて撮影ロケ現場では豪華なケータリングで朝食やランチがサーブされ、 撮影前後の一流スパ・トリートメントやリムジンでの送り迎えはもちろんのこと、撮影で着用した服が気に入れば、 プレゼントしてもらえることになっているのである。 かつてグイネス・パートロは撮影で使用したシャネルの200万円のイヴニング・ドレスをヴォーグ誌からプレゼントされているけれど、 これは決して珍しい話ではないもの。
そして一度、表紙が仕上がれば ヴォーグ誌、もしくはアナ・ウィンターの主催で表紙になったセレブリティを Guest of Honor / ゲスト・オブ・オナー (主賓)にした盛大なカクテル・パーティーが行われたり、 アナ・ウィンターの私邸で 彼女の知人のセレブリティを集めた プライベートなディナー・パーティー等が行われるけれど、 ここに出席するためのアウトフィットを用意してくれるのもヴォーグ誌である。 したがって、一度ヴォーグにのカバーに選ばれると 申し分の無いVIP待遇をしてもらえるがために、セレブリティはそれに甘えることになるけれど、 そうするうちに、段々とお世話になっている ヴォーグ誌に対して「No」と言えなくなってくるものだという。
特に 撮影中にアンドレと親しくなったセレブリティは、少なくともその直後は彼の着せ替え人形のようになって、彼の言いなりにドレスを選ぶように なるケースも多いとのこと。 この好例と言えるのは2000年前後のレネー・ゼルウェガーで、その後レネーはキャロリーナ・ヘレラのドレスをレッド・カーペットで着用する 「裏契約」を結んでアンドレの影響が薄れたものの、当時 彼女が着用していたドレスはアンドレの影響を強く受けており、 彼女自身も「アンドレとアナからファッションの手ほどきを受けている最中」などと語っていたのだった。

このようにセレブリティにVIP待遇を提供して、時間の掛かるグラビア撮影に応じてもらうのがヴォーグ誌であるけれど、 ことにアンドレ・レオン・タリーほどパワフルな存在が記事やグラビアに絡む場合、そのバジェットは時に桁外れになるそうで、 その額は 出版業界で最も高額なシューティング・バジェットを持つヴォーグのスタンダードをも大きく上回るもの。
事実、彼は90年代半ばに バジェットの使い過ぎが原因でヴォーグ誌のポジションを追われたことがあり、 この時はアメリカも不況なら、出版業界も不況の真っ只中。にも関わらずアンドレは 当時 未だビッグ・スターだった俳優のシルベスタ・スタローンと、 彼の現夫人でモデルの ジェニファー・フレビンをフィーチャーしたグラビアの大規模な撮影を行い、費やしたバジェットは当時としては 破格の約4千万円。 このような 彼のバジェットが掛かり過ぎる ページ作りにすっかり腹を立てたのが、ヴォーグ誌を出版するコンディ・ナスト社の上層部で 彼をヴォーグから同社傘下のセレブリティ・マガジンで ファッションの扱いがぐっと小さい ヴァニティ・フェア誌に 左遷する人事を行ったのだった。
しかしながら彼は左遷されようがアナ・ウィンターの右腕。アナが毎シーズン、シャネルのスーツやプラダのドレスを纏め買いする際に 立ち会う唯一の人物であるほどのお気に入りであるため、コラムの執筆からスタートして 徐々にヴォーグ誌におけるポジションを取り戻してきて、 数年前から現在のエディター・イン・ラージのポジションに落ち着いている。 ちなみに、アナ・ウィンターほどの大物になると、ヴォーグ誌のメディアとしての公正さを示すためにも、 デザイナーから服を貰ったりせず、自腹で購入しなければならないけれど、その反面、コンディ・ナスト社から支払われる年収には そうした衣服代が大きく考慮されているという。

さて、一生に1度の晴れ舞台で、着たくないドレス&ボレロを押し付けられてワースト・ドレッサーになってしまったジェニファー・ハドソン であるけれど、「それでもヴォーグの表紙になれたのだから・・・」と 気を取り直せるかと言えばそうでもないようで、 それというのも彼女の表紙の写真を巡っては、インターネット上でかなりのバッシングが聞かれているのである。
理由は、フォトグラファーにアニー・リーボウィッツを起用したにも関わらず、「どうしてこんな写真をカバーに選ぶのか?」 と疑問視されるほどに写真の出来が良くないことが1つ。 実際大きく口を開けて、アメリカ人が好まない歯並びの悪さを見せている 写真は、ジェニファーにとってはイメージ・ダウンと言えるもので、インターネット上の批判でも「彼女は普通のスナップ写真でも もっとずっとキレイに写っている」という声が圧倒的である。
さらに、ジェニファー・ハドソンの腕や首などがフォトショップで随分スリムに仕上げられていることで、 これに対しては 「ふくよかな女性の美しさに対するあてつけ」のように解釈する声が聞かれる一方で、 ヴォーグが ジェニファーを表紙にしたのは、昨今、不健康に細いモデルをファッション・メディアが起用することに 世間からバッシングが寄せられるため、これをかわすための格好の口実(すなわち、ヴォーグは痩せたモデルやセレブリティだけを 表紙にするわけではないということの立証)を得るため とも言われている。
いずれにしてもファッション誌にとって、3月と9月というのは最も大切な月。春夏シーズン、秋冬シーズンの幕開けとなる号であると同時に、 売り上げ部数が最も多く、広告掲載も集中する号なのである。 したがって3月と9月はファッション各誌が、最も充実した内容にするために凌ぎを削ると同時に、カバーのキャスティングも その時最も売れているモデルやセレブリティをフィーチャーし、定期購読者以外の購入部数をアップさせようと躍起になるものである。
ファッション&メディア業界では今回のヴォーグ3月号については「ジェニファーのキャスティング自体は良かったけれど、カバーの写真は酷い!」 との指摘が圧倒的で、果たしてどの程度3月号の売り上げを記録するかが注目されているという。

そのヴォーグ誌は 昨年9月号でも表紙で大失敗をしており、この時にカバーを飾ったのは ソフィア・コッポラが監督する 「マリー・アントアネット」で主役を演じたキァスティン・ダンスト。 それもキァスティンが 映画衣装とカツラを着けたままのマリー・アントアネットのキャラクターとして表紙にフィーチャーされ(写真左)、 メディア業界からは「時代錯誤」と叩かれ、インターネット上では様々なジョークのネタになっただけでなく、 この月のヴォーグの定期購読以外の売り上げは前年9月号の半分程度にしか満たなかったという 惨憺たる成績を残していたのである。

表紙だけでなく、アンドレ・レオン・タリーのドレス選びの失敗として私の記憶に残っているのは、 2年前に現在ドナルド・トランプの3人目の夫人となった元モデル、メラニア嬢のウェディング・ドレス選びを彼が手伝った際のこと。 そのドレスを着用したメラニアの姿はヴォーグ誌のカバーを飾っているけれど、 この時もメディアや一般の人々は そのあまりにデコラティブで、アグリーなドレスにビックリしていたのだった。 ( 詳細は2005年1月4週目のCatch of the Week "津波ドレス"参照のこと )
でも、メラニアのウェディングドレスや今回のジェニファーのパイソン・ボレロに限ったことではなく、 ヴォーグのグラビアに登場するアウトフィットというものは、 3月号でモデルが着用している スター・ウォーズのC3-POのようなバレンシアガのメタル・レギンス(写真右)を始めとして、 決して一般的にはセンスが良いと呼べるものばかりではなく、セレブリティでも一般人でも ヴォーグの撮影以外の場所で着用すれば ワースト・ドレッサーになるのは確実なものが殆どである。
特に昨今のヴォーグ誌は、デザイナーの 極端なクリエーションを積極的にフィーチャーするカタログのようになりつつあって、 本来の”ファッション”という言葉の意味である 「その時々で、多くの人々に受け入れられ、着用される服装」というものをフィーチャーしなくなってきている ように感じられるのは事実である。 なので このままでは最も歴史あるファッション誌が、コスチューム誌になってしまいそうなのは とても残念であるけれど、そのエディター・イン・ラージのドレス選びの趣味を見ていても、ファッションよりコスチュームに 走る傾向にあるのは明らかに見て取れるのである。
ファッション業界のインサイダーで アンドレ・レオン・タリーの肩を持つ人々は、 ジェニファーのパイソン・ボレロについて 「一般のファッション・クリティックや芸能メディアのレポーターには理解出来ないもの」という スノッブな意見で彼を弁護していたことも伝えられている。 でも世の中の数億人が「みっとも無い」「アグリー」と思う意見の方が、 ファッション・インサイダーの何十人かが理解するコンセプトより正しいと判断するべきであり、人には理解できない感覚の持ち主が ファッション業界をリードする必要性は無いというのが私の意見である。

いずれにしても、こうした事例を見る限りは セレブリティにとって オスカーやウェディングのように大切なオケージョンのドレス選びに ヴォーグ誌が関わって来るのは必ずしも歓迎できないもの。
通常メディアというのは、世の中の実状を伝えるもので、芸能メディアもビジネス・メディアも政治メディアも その時々の世の中の情勢を伝えているし、また伝えなければならないもの。でも、何故かファッション・メディアというものに関しては そのプレステージが高くなれば高くなるほど、世の中で人々が着ているファッション、求めているファッションとはどんどん掛け離れていくし、 それで全く お咎め無しのものなのである。




Catch of the Week No.4 Feb. : 2 月 第4週


Catch of the Week No.3 Feb. : 2 月 第3週


Catch of the Week No.2 Feb. : 2 月 第2週


Catch of the Week No.1 Feb. : 2 月 第1週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。