|
Feb. 25 〜 Mar. 2 2008
” 貧すれば鈍する、鈍すれば貧する? ”
このところ、石油価格が再び高騰を見せていたけれど、今週のアメリカでのニュースは何といっても
ゴールドが過去25年間で最高値である1オンス(約29グラム)で975ドルをつけたということ。
1999年に近年の最低価格である1オンス=252ドルで取引されていたゴールドは、その後ジワジワと値上がりを続けて、
昨年2007年の1月には1オンスの価格が639ドルにアップ。当時のダイヤモンド・ディストリクトでは、
「1オンス=700ドル時代が来る」などと恐れていたのだった。
でも、今から思えば1オンス=700ドルなどというのは極めて良心的な価格。
2007年内に30%という大幅な価格上昇を見せたゴールドは、昨年末の時点で1オンス=833ドルを付けたものの、
その後も上昇が止まらず、ことに過去約1ヶ月間には 100ドルも値上がりするという さらなる急上昇ぶりを見せているのである。
CUBEのトピックのセクションのオスカーの記事でも、今年は18Kゴールドメッキのオスカー像が、ゴールドの値上がりのために
生産コストが100ドルアップしたことをお伝えしたけれど、このゴールドの大幅な値上がりを受けて、
今後、更なる値上げが予測されているのが、既に近年、価格上昇が顕著なジュエリーや高級時計。
CUBE New YorkのCubicle Jelesのセクションにしても、同セクションがスタートした2000年当時、14Kゴールドとシミュレーテッド・ダイヤモンドを使った
テニス・ブレスレットは280ドルで販売されていたもの。
ところが今では800ドルに迫るお値段で、先月のゴールド 100ドル アップを受けて、また値上げを迫られているという凄まじい
価格上昇ぶりになっているのである。
ゴールド価格がアップしている理由は、ドル安に加えて、 不安定な株式市場の動向を受けて、
個人や企業が投資目的としてゴールドを買い漁っているため。
でもゴールドそのものの値段は、市場動向に応じて上がる時もあれば、下がる時もあるのに対して、
ゴールドを製品化したジュエリーや高級ウォッチなどの価格は、例えば今から5年後にゴールドの値段が今よりも200ドル低く取引されていたとしても、
決してそれを反映して下がることは無いのである。様々な品物の値段が上がることはあっても、下がることは滅多に無いことを考えれば分かる通り、
ゴールドの値上がりを理由にアップしたジュエリーや時計の価格は、その後もゴールドの価格がどうであれ 上がることはあっても、下がることは無いのである。
噂ではカルティエのラブ・チャリティ・ブレスレットなども 今年6月8日に発売予定の2008年度バージョンの 価格がアップすると言われており、
今後ゴールド・ジュエリーは 徐々に庶民の手の届かないものになって行きそうな気配である。
さて、そんな今週末に私が出掛けてきたのは、年に2回のバーニーズ・ウェアハウス・セール。
毎年8月終わりから9月のレイバー・デイまでと、2月末から3月1週目の週末までのそれぞれ2週間行われるこのセールは、
既にこのコーナーで何度も書いている通り、何が起ころうと 私が欠かさず出掛けるショッピング・イベントである。
今回の戦利品の目玉は、オリヴィエ・ティスケンズがデザインする2007年秋冬シーズンのニナ・リッチのドレスで、普通に買ったら税込みで4200ドル近くする
ものが税込みで 253ドル。この他、マーク・ジェイコブスのスカート、マノーロ・ブラーニックのレースのパンプス、ランヴァンのブーツ等、
購入したのは私としては少ない合計7点であったけれど、もしこれらを値引き前に買った場合のお値段の合計は税込みで8,269.63ドル(約77万円)。
でもウェアハウス・セールで私が支払ったのは税込みで その10分の1以下の795.30ドル。すなわち7474.33ドル(約69万8500円)を節約したことになるのである。
私にとっては、 毎回ウェアハウス・セールから戻ってきて、購入レシートと値札をチェックして、幾ら得をしたかを確認するのも同セールの醍醐味の1つとなっており、
お金を有効に使った満足感を味わえるフィールグッド・ショッピングが毎回出来るのがこのバーニーズのセールなのである。
もちろんクリスチャン・ルブタンのパンプスやランバンのバレエ・フラットのようにシーズン中に完売したり、ストアでもセールにならないような商品が
ウェアハウス・セールに並ぶことは無いけれど、アライア、ランバン、かつてオリヴィエ・ティスケンスが
デザインを手掛けていたロシャスの服などは、一般向けでない上に、価格が高過ぎるので、売れ残ってウェアハウス・セールの
ラックに並ぶ例は少なくない訳で、私が狙うのはもっぱらこうしたひと癖あるデザイナー・アイテムである。
なので、私が持っているランヴァンやロシャスのシューズや服は
殆どがウェアハウス・セールで購入したもの。
もとの価格が2000ドルでも、3000ドルでも、それを200ドル、300ドルで購入してしまうと、勿体つけずにジャンジャン着てしまえるし、
万一、あまり着られないアイテムがあってもリセール・ショップに持っていけば、 もとが取れるどころか、
時に利益が出るような値段で売れてしまうのである。
ところで、2週間前のこのコラムで私が物価の上昇を懸念して、「リタイアメントに向けてもっとお金を貯めたり、投資をしなければ・・・」
と書いたことで 何通かのご感想を頂いたけれど、一部誤解を与えてしまったようなのでここで ご説明させて頂くと、
私はお金というのは、ある程度使っていないと 入って来ないと考えている主義で、生活を切り詰めてコツコツお金を貯めるというのは
逆に出来ないし、それが特に素晴らしいとも考えてはいないのである。
「金は天下の回り物」とは良く言ったもので、お金というのは回っていなければいけないもの。
お金は貯めるだけではなく、例えばゴールドを買うなどして投資をするべきだし、自分にもお金を掛けていなければ 良い人間関係や仕事に
巡り会うチャンスは減ってしまうし、自分にも自信が持てなくなってしまうもの。
そして真っ当な社会人である限りは、自分にだけでなく 人との関係に対してもある程度お金を使わなければならないものである。
でも、同じお金を使うのであれば、使った以上の価値が自分に戻ってくるような使い方をするべきで、
私はその意味で、スターバックスで毎日カフェラテを飲んだり、ボトルド・ウォーターを買う等、
お金を使っている実感が無いのに、気付いてみると結構な金額を支払っているような出費を避けることには大賛成なのである。
私が、自分にお金を掛けることの正当性を実感したのは、80年代に観た映画、「フラッシュダンス」の中のベテラン・ダンサーの台詞。
自分の進路に悩んでいるジェニファー・ビールズ扮する主人公、アレックスに対して ベテラン・ダンサーが語ったのが、若い頃の彼女のストーリーで、
当時彼女は 衣装にお金を掛けて、 ステージの上では常に輝いていたという。でも、ある時から衣装にお金をつぎ込むのを止めてしまったら、
だんだんと衣装がほころびて古くなって、それと同時に 彼女もダンサーとしてすっかり落ちぶれてしまったという。
私は「フラッシュダンス」という映画は 決して特別に良い作品とは思っていないけれど、この台詞だけは 何故かとても印象的で、
以来、「女性は外観に手を抜いたら、中身もダメになるんだなぁ・・・」 ということを確信して生きてきたけれど、
この台詞の状況は、「貧すれば鈍する」の逆の、「鈍すれば貧する」という例である。
「貧すれば鈍する」という状況は、 お金に困っていればセンスの良い服よりも、値段が手頃な服を選んで、それで満足するようになるし、
人に何かプレゼントをしようとしても、相手の趣味やニーズに気を配るだけの精神的余裕もないので、価格本位で気が利かないギフトを選ぶようになってしまうし、
食事にしても、味や食材よりも 量や値段を重んじるようになってしまい、貧することによって衣食住のセンスが鈍化してしまうもの。
でも、無い袖は振れない訳であるから 「貧すれば鈍する」というのは、決して責められない状況なのである。
この逆の「鈍すれば貧する」という状態は、出来ることをやらない、出来ていたことを止めてしまうことによって起こる場合が多く、
これは本人の選択の過ちや、怠慢のなせる業で損をしてしまうケースである。
以前ニューヨークに住んでいた私の友人が、新しいアパートに引っ越した途端に、クローゼット・スペースが半分になってしまい、
一緒に住んでいたボーイフレンドに 服を半分処分するように言われてしまったのだった。
そこで彼女は着なくなった服を捨てたり、寄付したり、友人にあげたりしていたけれど、そのうちに
服にお金を費やすのが如何に無駄なことか?と考え始めて、必要なキー・アイテムだけを残して、それ以外は全て処分してしまい、
キー・アイテムだけのワードローブで何ヶ月間 服を買わずに暮らせるかのトライアルを始めたのだった。
私がこの話を本人から初めて聞いたのは トライアルがスタートして まだ1ヶ月程度の時点。
この時、彼女は1年を目標にしていたのだった。
次に彼女に会ったのは3ヶ月目くらいで、たしか5月くらいだったと思うけれど、既にかなり彼女のファッションが 季節感が無く感じられたし、
メイクやヘアまで手抜きになっていたので、
正直な私としては 冗談めかしながらも 「もうそろそろ止めた方が良いんじゃない?」 とアドバイスをしたのを覚えていたりする。
その後、かつては 「服を処分しろ」と言っていたボーイフレンドまでもが、「たまには違う格好したら・・・」 などと 言い始めたそうで、
彼女はそんな風に言われると、意地になって自分の正当性を主張したくなってしまい、ボーイフレンドとは何度かそのことで喧嘩をしたとのことだった。
結局彼女は秋を迎える前頃になって 遂に挫折して 「馬鹿な試みをした」 と認めていたけれど、
止めるきっかけになった出来事が2つあって、そのうちの1つは、夏の週末のバーベキュー・パーティーに出掛けたところ、
自分はTシャツにジーンズにフラット・サンダルというような その場の男性達と大差の無い ファッションであったのに対して、
彼らが連れてきたガールフレンド達は皆 カラフルなサンドレスにハイヒール・サンダル姿で、
男性陣の 彼女らに対する態度と、自分に対する扱いが明らかに違うと感じたという。
私も個人的に これについて非常に納得する部分があるのは、ニューヨークでJウォーク(横断歩道以外の場所を渡る行為)をした場合、
スカート&ハイヒールを履いている時は、車が来ているのを承知で道を渡っても絶対と言って良いほど優しく止まってくれるけれど、
ジーンズを履いている時は往々にしてクラクションを鳴らされたりするのである。
更に、彼女にとってのもう1つのきっかけとなったのは、服にお金を使っていない分、お金が貯まるかと思ったら 実際には手元に残る金額には 大した差が無くて、
生活だけがダウン・グレードしてしまったこと。
服を買うのを止めて1ヶ月後 くらいから彼女が気付き始めたのが、如何に自分が「新しい服を着たさに外出していたか?」ということで、
服を買わなくなってからは 友人と高めのレストランやトレンディなバーに行くというイベントがソーシャル・カレンダーから消えてしまったという。
でもだからと言って彼女は自宅で手料理を作るタイプではないので、テイクアウト、デリバリー、もしくは外食のディナーをしていたけれど、
「服を買っていない」、「高いレストランに行っていない」という気の緩みから、日頃の食費を切り詰めなくなったそうで、
いつもだったら、近所のヴェトナミーズ・レストランでディナーをして帰るだけのところを、その後 隣のバーで飲むといったケースが増えて、
以前は買わなかった高いグルメ・デリでテイクアウトすることも増えたという。
またショッピングをしないと やはりストレスが溜まるのか、自宅で飲むお酒の量が増えたそうで、それも知らず知らずのうちに出費として嵩んでいったという。
その結果、6ヶ月後には 本人は「体重が増えた」と言っていたけれど、私はそれよりずっと気になったのは、
ヘアとメークの手抜きが慢性化しつつある状態。これも本人によると、飲み過ぎる日が増えて、朝 頭が痛いので、顔だけ洗って、ポニーテールをして
仕事に出掛けてしまうとのことだった。
結局、彼女は服を買うのを止めてしまい、ミニマムのワードローブで、毎日同じような格好をするうちに、
生活にもメリハリが無くなって、節約するはずのお金も飲み代や外食代で知らず知らずのうちに消えてしまって、
本人もすっかり色気がなくなってしまった訳だけれど、これは典型的な「鈍すれば貧する」の例。
でも その後の彼女は 600ドルのヘア&メークのセッションですっかりルックスが立ち直り、
暫くは反動でショッピングに夢中になっていたし、日頃の食費を抑える代わりに
新しく買った服を着て トレンディなレストランに出掛けるナイトライフも復活させたのだった。
彼女の例だけでなく、自分自身のケースを考えてもつくづく 思うのが、毎日の同じような生活パターンの中で、服やシューズ、リップ・グロス、マニキュアなどで
色やスタイルを変えることが 如何に気分転換になっているか?ということ。
その一方で、人間は 季節や、時代とその時々の空気を感じ取って 色やスタイルの好みを変えていく訳で、
その変化は歴史として振り返ると、時代と人々の心理を如実に反映しているもの。その意味で、ファッション・トレンドというものは
決してファッション業界が服を売るためだけに存在している訳ではないのである。
ところで もう何年も前のことだけれど、私は 当時通っていたジムで 自分の嫌いな人が皆ニュー・バランスのスニーカーを履いていたことから、
同社製品を毛嫌いしていた時期があって、
その頃に友人がふざけて訊いてきたのが、「一生、どんなオケージョンでもニュー・バランスの靴しか履いちゃいけないけれど、
その代わり10億円がもらえるとしたら、この条件を受ける?」という質問。
私の答えはもちろんNo。でも その場に私以外の友人達は皆、一生ニュー・バランスだけを履いて10億円を受け取る生活を選んだのだった。
すると今度は 「じゃあ いくら貰ったら、一生ニュー・バランスだけを履いて過ごす?」と訊かれてしまったけれど、この時の私の答えというのは、
「$10ビリオン (1兆500億円)」。
理由はそれだけのお金があったら、ニューバランスとマノーロ・ブラーニックの両方を買収して、
自分専用のニュー・バランスのタグが付いたマノーロ・ブラーニックのシューズを作れば良いから。
当時、この答えを聞いた友達は、「どうしてシューズにそんなにこだわるの?」と呆れていたのを覚えているけれど、
今 同じ質問をされても私の答えは全く同じか、もしくは買収リストにクリスチャン・ルブタンを加えるか の違いである。
でも私がこだわっているのはシューズだけではなく、自分のテイストとアイデンティティであり、10億円のお金でこれらを
諦めるのは人間としてあまりに貧しいというもの。
こだわりやテイストを持たずにお金を持っていても 決して幸せにはなれない訳で、
それよりも限られたバジェットでも、自分のこだわりたい部分にこだわって生きている方が、
遥かにハッピーで満足度の高い人生が送れるだけでなく、自分に自信を持って生きて行けるのである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
|