Feb. 23 〜 Mar. 1 2009




” リアナ&クリス・ブラウンに見る ドメスティック・ヴァイオレンス ”


今週は2月24日火曜日にオバマ大統領が大統領就任後、初の議会演説を行っているけれど、 このスピーチの中に最も数多く登場した言葉は、言うまでも無く「エコノミー」。
この中で大統領は、打ち出した予算案に対する理解を求めると共に、金融機関に対するベイルアウトが ウォールストリートのバンカーにボーナスを与えるためではなく、ローンに苦しむ一般の人々を救うために必要であることを強調。 そしてアメリカがやがて立ち直れるという希望を訴える一方で、彼の予算案に反対する共和党に対しては愛国心という共通項を持ち出し、 1時間を越えるスピーチは アメリカ国民の感情を揺さぶり、その支持を獲得するための あの手この手の要素が盛り込まれていたのだった。
総じてこのスピーチ自体は、大統領の予算案に反対の人々からも「Brilliant!/ ブリリアント!」と評価を受けており、 スピーチ直後に3大ネットワークの1つCBSが行った世論調査では大統領の景気刺激策を支持すると答えた人々は、演説前の60%台から 80%にまでアップしていたという。

とは言ってもブリリアントなスピーチだけでは景気が上向きになる訳ではないのは明らかなこと。
今週末には、アメリカ史上最もサクセスフルな投資家として知られるウォーレン・バフェット氏が経営する投資会社、 バークシャー・ハサウェイが同社史上 2度目にして最大の減益を発表。 バフェット氏自身、経済にとって最悪の年と言われた2008年に 誤った投資や決断をしたことを自ら認め、 現在の厳しい経済状態が2009年内も続くという予測を明らかにしたのだった。
この見解は、株が大暴落を続けた2008年10月に 「今が買い時」と 人々の投資を煽っていた バフェット氏とは一線を画するもの。 バフェット氏だけでなく、昨年9月にリーマン・ブラザースの破綻、メリル・リンチの買収、A.I.G.のベイルアウトを受けて 株が大暴落を続けた時点で、金融アナリストの多くが 「今が投資の千載一遇のチャンス」 として、 特にキャッシュ・フローがある企業への投資を大奨励していたのだった。 でも、この時点で投資をした人々が 軒並み大損をしているのは現在の株価を見れば推して知るべしな訳で、 この失敗例こそが 現在、 人々が株への投資を渋る要因になっているとさえ言われているのだった。

一方、今週のスポーツ界では、怪我でトーナメントを遠ざかっていたタイガー・ウッズのカムバックが大きく注目されていたけれど、 そのタイガーのカムバックを諸手を上げて喜んでいられなくなったのが PGA(プロフェッショナル・ゴルファーズ・アソシエーション)。
というのも 先週報道されたのが ノーザン・トラスト・バンクがスポンサーとなって毎年行われるPGA・トーナメント、 ノーザン・トラスト・オープンが行われた際に、同バンクが国民の税金から$1.6ビリオン(約1562億円)のベイルアウト・マネーを受け取っているにもかかわらず、 社員やクライアントがビバリー・ウィルシャー・ホテルやリッツ・カールトン・マリーナ・デル・レイといった超高級 ホテルやリゾートに滞在し、飛行機のチャーターはもちろん、シェリル・クロウやアース・ウィンド&ファイヤーなどの パフォーマーをフィーチャーしたプライベート・コンサートや、複数の豪華なパーティーが行われ、 クライアントにはティファニーのプロダクトが詰まったギフト・バックがプレゼントされていたという事実。
このためノーザン・トラストはワシントンの政治家やメディアから大バッシングを受けてしまったけれど、 これを見て ”明日は我が身” と考えたのが 同じく$10ビリオン(約9兆8000億円)のベイルアウト・マネーを受け取りつつ、 6月にオハイオで行われるPGAトーナメントの スポンサーを勤めるモーガン・スタンレー。 このため 同社は今週水曜に 「ゴルフ・トーナメントについてはスポンサーを引き受けるものの、 関連イベント(パーティーや、ディナー、Etc.)のスポンサーを降りる」ことを表明。
これを受けて4月にPGAチャンピオンシップのスポンサーをするウェル・ファーゴも、国民の税金から$25ビリオン(約2兆4,400億円)の TARFマネーを受け取っているだけに、そのイベントを大幅に縮小することが見込まれているのだった。
そもそもウォールストリートのバンカーと言えば、ゴルフ好きが多いことで知られているけれど、こうしたバンクがPGAのスポンサーを 勤めるのは、PGAイベントが そのゴルフ好きなエグゼクティブ と クライアントにとって 格好の豪遊イベントであるため。 実際、広告業界では スポーツのスポンサーシップというのは、企業のオーナーやエグゼクティブが スポーツ・ファンで、その個人的な 思い入れが 無くしては成り立たない 、と言われてきたもの。 なので、少なくとも これまでは PGAと金融業界は 相思相愛のカップリングと言えた訳だけれど、 それを一変させたのが TARFからのベイルアウト・マネーである。
このためPGAは、新たにリッチなクライアントを見つけない限り、これまでのようなゴージャスなアフター・パーティーや、ディナー、 セレブリティや企業エグゼクティブをPGAゴルファーとミックスしたトーナメントなどは、不謹慎で行えない状態になってしまった訳である。

ところで、ノーザン・トラスト・バンクのPGAスポンサーシップを利用した 豪遊ぶりを最初に大きく報じたメディアというのが、 通常はセレブリティのゴシップばかりを追いかけているTMZ。 このTMZは、その10日前には ボーイフレンドのシンガー、クリス・ブラウンの暴力によって、顔に大怪我を負った シンガー、リアナ の事件後の写真を独占入手して 公開したメディアである。
セレブリティのドメスティック・ヴァイオレンスと金融エグゼクティブの豪遊 が同じメディアによって暴かれるというのは、 時代の変化を感じさせる部分であるけれど、 そのシンガー、リアナは 今週末に入って 再びクリス・ブラウンとよりを戻したことが伝えられているのだった。
報道によれば、クリス・ブラウンは事件後にバースデーを迎えたリアナに沢山のプレゼントを贈り、許しを求めたとのことで、 一部にはリアナの妊娠説なども流れているというけれど、いずれにしてもリアナがそれを受け入れ、 リアナの父親も彼女の決断をサポートしているという。
でも専門家は、暴力を振るった後の男性が罪悪感を感じて 許しを請うのと、 暴力を受けた女性側が 「今度こそ 彼は変わってくれる」 と信じて男性と よりを戻すのは、ドメスティック・ヴァイオレンスの 典型的なパターンであると指摘しているのだった。

実際、私の知人、友人でもドメスティック・ヴァイオレンスの犠牲者となった女性が何人か居るけれど、 暴力を受けては それを許し続けるうちに、暴力がエスカレートしていくというのは、全てのケースに見られるパターン。 リアナのケースはどうであったかは知る由もないけれど、私が個人的に聞いた知人、友人の話に共通しているのは、 男性の暴力がスタートした初期の段階では 人に相談するよりは、まずそれを隠そうとしたということで、 腫れあがった顔を 歯科治療のせいにしたり、コンシーラーで内出血やアザを隠す一方で、 男性が暴力を振るったのは自分に原因があると思い込んでいたという。
もちろん暴力が続いて、それがエスカレートしていくと、「こんな人とは一緒に居られない」と考えるようになるようだけれど、 「もう別れる!」という女性側に対して、 「もう絶対に暴力は振るわない」、「自分はもう変わったんだ」、 「また新しくやり直そう」、「君が居ないとダメだ」と 時に涙ながらに許しを求めてくるのが男性側のパターン。 そして、実際よりを戻した直後の男性は 暴力が信じられないくらいに優しく尽くしてくれるのだという。
とは言っても、また何かがきっかけで男性側が激怒した場合、回を重ねるごとに 暴力がエスカレートしていくのも また共通したパターンで、 その関係が 終焉を迎えるのは やがて救急車で病院に運び込まれるような 怪我を負わされて、 やっと周囲が動いてくれた段階である。 すなわち、私が個人的に知る限り 自分の力だけでドメスティック・ヴァオレンスを克服した女性は誰も居ないのである。

こうした女性達の体験談を聞いている時の、女友達のリアクションは 「どうして?」 という言葉の連続で、 「どうしてすぐ人に相談しなかったの?」、「どうしてそんなに殴られてまで、また一緒に居ようと思ったの?」 といった質問の嵐になるけれど、 それに対するドメスティック・ヴァイオレンスの被害者の共通の答えというのが、「その時は それが最善の選択だと思っていた」というもの。
でも、彼女らは少なくとも最初は 「暴力を振るわれる原因は自分にある」 と考えて、 相手の暴力を止めさせるには、「自分も態度を改めなければ」と思っていたのに加えて、 暴力を振るわれて、相手が優しく謝ってくる度に 「今度こそ彼は変わってくれるに違いない」という希望を抱いていたというし、 中には フラストレーションを暴力にして表現してしまうことを 人間的な不器用さだと解釈して、 「それを受けてめてあげよう」という 気持ちになっていたケースもあるようである。
でも専門家によれば、ドメスティック・ヴァイオレンスというのは、決して怒りが抑えられなくて暴力に及ぶものではなく、 暴力を振るうことによって相手をコントロールしようとする意図や判断に基づいて行われるものであるという。
更にアメリカで専門家が指摘しているのは、ドメスティック・ヴァイオレンスの加害者も被害者も、 共に子供の時代に両親のドメスティック・ヴァイオレンスを見ながら 育っているケースが多いということで、 それによって暴力とコントロールが愛情表現の一環である、もしくは暴力と コントロールで夫婦やカップルの上下関係をクリアにするのは 当然だ という価値観を抱いているということ。
実際、クリス・ブラウンの家庭では、彼が子供の頃 父親が母親に対して暴力を振るっていたことが 今回の事件で報じられていたのだった。

さて、ドメスティック・バイオレンスというと、アル中で教育レベルが低い ブルー・カラーの男性が 様々なことの腹いせなどで 妻やガールフレンドを殴る 様子を想像する人は多いけれど、私の知人、友人のケースはそれとは全くかけ離れたもの。 相手の男性は それぞれにカレッジの花形スポーツマンだったり、家柄の良いエリートだったりで、 彼を良く知らない人からは デートしているだけで羨ましがられるような存在であったという。
それだけに私の知人、友人が苦しんだのが 相手の暴力に耐えられなくなって 家族や友人に相談した際に、 まず誰にも信じてもらえなかったということ。 自分のアザや傷を見せているにも関わらず、 「あの人がそんな事をする訳がないじゃない」 という リアクションに 傷ついたという女性も居れば、 最後の最後まで多くの友人に信じてもらえなかったという女性も居るのだった。
実際、これは多くの専門家が指摘する典型的な状況で、男性側が したたかに振舞って、「女性側の狂言だ」と逆に被害者を装うなどして 周囲を味方につけてしまうことは決して珍しくないという。 なので、知人の1人は ドメスティック・ヴァイオレンスで ただでさえ心に傷を負っているところに、更に友人を失うことで 追い討ちを掛けられたと 嘆いていたのだった。
でも、一度男性と別れて 自分を取り戻すと、被害者の女性も 「自分のしていたことがいかに愚かだったか」に気付く例が殆どで、 中には「あの時の自分は、自分じゃなかった」 と振り返る女性も居るほど。 とは言っても、アメリカで社会問題になっているドメスティック・バイオレンスの場合、経済的な理由や子供が居るために、 夫に暴力を振るわれても 一緒に暮らしていかなければならない女性が非常に多い訳で、 こうした女性達のケースは私の知人や友人のような、「目が覚めれば、別れられる」という状況より遥かに悲惨で、痛々しい状況なのである。

ドメスティック・ヴィオレンスの被害者は、怪我などの肉体的なダメージはもちろんのこと、精神的にも ダメージを受けるケースが殆どで、生涯の中の大切な時間を奪われるだけに それがきっかけで その後も経済的に恵まれない生活を強いられるケースが多いという。
ドメスティック・ヴァイオレンスの被害者にならないためには、まず一度でも相手が暴力を振るったら 関係が深くなる前に別れることが一番と言われているのだった。 もちろんこの暴力には殴る、蹴る といったものだけでなく、身体をこずくような行為も含まれるとのこと。 命の危険に発展するようなドメスティック・ヴァイオレンスも、最初は軽い暴力からスタートしている訳で、 このサインを見逃してあげようとすること、大したことではないと考えようと努めるのは大きな間違いであるという。
また私の友達によれば 相手が暴力を振るうかを見分けるには 出会った当初に さり気なく ドメスティック・ヴァイオレンスについての考えを訊いたり、 もっと単刀直入に「今までガールフレンドに暴力を振るったことある?」 とはっきり訪ねて、そのリアクションを見ることによって、 かなり的確な情報が得られるという。
ドメスティック・ヴァイオレンスに無縁の男性というのは、「理由が何であれ、女性を殴るなんて論外」という確固たるポジションを 持っているものだけれど、女性に暴力を振るう男性というのは 「男が暴力を振るうのには、それなりの理由があるはず」 といった 暴力を振るう男性側に立った返答をしてきたり、あるいは 自分が昔のガールフレンドに対して やむなく暴力を振るった理由を、如何にも相手が悪かったという演出で語ってくるという。

ところで、ドメスティック・ヴァイオレンスというと 暴力に限定されてしまうけれど、アメリカではもっとそれを広義に捉えた ドメスティック・アビュース(虐待)という言葉が一般的に用いられており、 これには暴力だけでなく、精神的、性的、経済的 な虐待も含まれているのだった。
この典型的なものとしては、「何処にも出かけさせず 女性を社会的に孤立させてしまう」、 「金銭を与えず経済的な自由を奪うことによって相手を支配しようとする」、 「セックスの強要」、「事ある毎に相手やその家族を蔑む言動をして、精神的に落ち込ませる」、 「子供を人質のように扱って、嫌と言わせないようにする」、 「言葉の脅しや、目の前で物を壊すなどして恐怖心を与え、自分の好き勝手にしようとする」 等があるけれど、 こうした虐待が原因で、 被害者が 精神と肉体の健康を損なうのは言うまでもないこと。
肉体的な虐待でも精神的な虐待でも、被害者の初期症状は、自分に自信が無くなっていき、 自分1人では何も出来ない、自分には何をする力もない、自分は孤独で 誰も頼れる人が居ない などと、 ネガティブかつ内向的になっていくという。
もちろん、ドメスティック・ヴァイオレンスを含むドメスティック・アビュースは その殆どの被害者が女性ではあるもののの、時に男性が被害者になるケースもあり、 ホモ・セクシュアルやレズビアンの関係にも見られるものであるという。


ドメスティック・ヴァイオレンスは、既に説明したように 被害者が、暴力を振るわれ、相手に見切りを付けようとするものの、 その謝罪で思い直し、よりを戻して、暫くは平穏な生活を続けるけれど、再び暴力の犠牲者になるという サイクルを繰り返すものだけれど、 一方の加害者の方にも これに類似した別のサイクルが存在しているという。
それは 右の図のようなもの。
暴力を振るうと、罪悪感を味わい 相手に許しを求めたり、その暴力の正当性を主張し、 よりを戻すと 暫しは平穏な状態を保つ というところまでは 被害者のサイクルとピッタリ一致するものである。 でも恐ろしいのはその次の段階で、平穏な状態の中で加害者は 相手をコントロールするファンタジーを抱いて、相手を追い詰めて、 暴力を振るうための計画を練っているという。 そして、その暴力のきっかけになる火種を自ら作っておいて、再び暴力に及ぶというのがそのサイクルである。
リアナとクリス・ブラウンの事件のきっかけになったのが、クリスが浮気をしたことを リアナが携帯電話のメッセージで突き止めて なじったところ、彼がそれに逆に腹を立てたというものだったけれど、 浮気やギャンブルがこの火種になるケースは非常に多いという。
すなわち 相手が感情的になるのを承知で、浮気やギャンブルをして、 それに対して相手が予想通りのリアクションを示したのを きっかけで 暴力を振るう訳であるけれど、 このサイクルからも分かる通り、一見 感情のコントロールが効かないように捉えられがちな加害者は、 実際には被害者の行動を予見して 巧妙に暴力に至る筋書きを演じている訳なのである。
したがって、ドメスティック・ヴァイオレンスとは実態を知れば知るほど 加害者は同情に値しないものであると同時に、 女性側は そんな巧妙な暴力のサイクルに巻き込まれる前に、どんな小さなサインも見逃さずに逃れるべきものなのである。





Catch of the Week No. 4 Feb. : 2 月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 Feb. : 2 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Feb. : 2 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Feb. : 2 月 第 1 週







執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。