Feb. 23 〜 Mar. 1 2015

"Week of the Dresses" ”
今週話題を独占した2枚のドレス
何故同じ写真を見た人々のリアクションが異なるのか?、


今週のアメリカでは、ISISの暗殺ビデオに登場したイギリス人、”ジハーディ・ジョン” こと Mohammed Emwazi / モハメッド・エムワジ(27歳)のアイデンティティが 報じられた一方で、週末に入ってからはロシアの反プーチン政権のリーダー、ボリス・ネムツォフ(55歳)暗殺のニュースが伝えられていたけれど、 最も報道時間が割かれ、ソーシャル・メディア上の話題を独占していたのは、写真上の2枚のドレスに関するニュース。

まず左側は先週日曜に行われたアカデミー賞授賞式で、プレゼンターとしてステージに上がったルピータ・ニョンゴが着用していた カルバン・クラインのカスタムメイド・ドレス。
6000個のパールが縫い付けられたこのドレスが話題となったのは、レッド・カーペット・レポートではなく、 同ドレスがウエスト・ハリウッドのホテルから盗まれたというニュース。 犯行が起こったのは火曜日で、日本円にして約1800万円と報じられたこのドレスについては、 「パールの価値を考えたら、ブラック・マーケットでは10億円の価値がある」とまで言い出す胡散臭いファッション批評家がメディアに登場していたほど。 しかしながら、このドレスは盗難のニュースが報じられた翌日、今週金曜日には、同じウエスト・ハリウッドのホテル内のトイレのゴミ箱に ビニール袋に入れて「戻してあった」と言うべきか、「捨ててあった」という状態で放置されており、 事実上、犯人によって返却されているのだった。

ゴシップ・メディアのTMZには、犯人から「パールがフェイクだった」という返却理由が匿名で寄せられたとのことだけれど、 同ドレスのパールについては、ルピータ・ニョンゴがレッド・カーペットを歩いている段階では、 「6000個のアコヤ・パール」と報じられていたもの。 したがって犯人は、ドレスよりもパールがお目当てだったのは言うまでも無いけれど、 セレブリティのオスカー・ドレスが盗まれたのも、返却されたのも これが初めてのこと。 盗まれるほどに特別なドレスではあったものの、「パールが偽者なら要らない」と返却されてしまった経緯を考えると、 果たして このパブリシティが カルバン・クラインにとってプラスであったのか、マイナスであったのかは微妙なところ。
この事件については、カルバン・クラインのデザイナー、フランシスコ・コスタも、ルピータ・ニョンゴも ノー・コメントを貫いていることが 伝えられているのだった。




でも、それよりもずっと大きなセンセーションを巻き起こしていたのが 写真上のブルー&ブラックのドレス。
このドレスが今週アメリカだけでなく、世界中で大論争を巻き起こすきっかけになったのは、 カナダのシンガーがソーシャル・メディア・サイト、タンブラーに 写真上 右から2番目の写真をポストして、 「誰かこのドレスが何色か言い当ててくれる?」と尋ねたのがきっかけ。 これがポストされたのは 2月初旬のことであったけれど、 それをアメリカのミレニアム世代に大人気ウェブサイト、バズ・フィードが取り上げたことで 大論争を巻き起こす結果になったのだった。

というのも このドレス、実際のカラーはブルー&ブラックであるけれど、 人によっては その写真写りの色がホワイト&ゴールドに見えるためで、 ソーシャル・メディア上には あっという間に#The Dress(ハッシュタグ・ザ・ドレス)が登場。 一躍トレンディングになっただけでなく、バズ・フィードにはあっという間に2,200万件の書き込みが寄せられるという猛リアクション。
当初は一般の人々が、”ブルー&ブラック” と ”ホワイト&ゴールド” に分かれて論争を繰り広げていたけれど、 それにTVキャスターから、キム・カダーシアン & カニエ・ウエスト (キムはホワイト&ゴールドだと言い、カニエ・ウエストはブルー&ブラックと主張したそう)、 テイラー・スウィフト、エレン・デジェネラスなど、数え切れないほどのセレブリティが加わり、 大騒ぎになっていたのだった。

今週は多くのメディアが、ドレスの色が何色に見えるかについて、それぞれにアンケート調査を行っていたけれど、 総じて70%前後が ”ホワイト&ゴールド” だと回答。 実際のドレスのカラーであるブルー&ブラックに見える人々は 30%程度のマイノリティになっていたのだった。

この大騒ぎで 笑いが止まらなかったのがドレスを製作したメーカー。 多くの人々がドレスのオリジナル・カラーを調べるために 同ドレスをネット上で検索するだけでなく、購入に及んだケースが多かったようで、 あっという間にドレスが完売。追加発注が相次いだことが伝えられていたのだった。


今週のメディアでは、色や光の専門家、視覚効果の専門家が登場し、 何故同じドレスの写真を見て、違う色に見える人がいるのかについて 説明していたけれど、その説の1つが 写真下のようなオプティカル・イルージョン。






色のコントラストやそのシェイプで、止まっているものが動いて見えたり、 本来白いところに黒い点が飛んで見えるなど、目のレンズが捉えた画像の残像を 脳が認識するために起こるのが こうしたオプティカル・イルージョン。
これは科学者が説明していた説なので、それなりの根拠はあるとは思うけれど、 私は個人的には、オプティカル・イルージョンが今週のドレス・カラー論争の原因を説明しているとは思えないのだった。

それよりも信頼すべきは、人間の目が持つ補正効果という説。
実は私は、カラーについては かなり専門的なコースを取って勉強したことがあるけれど、 カラーについて学ぶというのは、光と影について学ぶということ。 そしてそれと同時に学ぶのが 人間の目による補正効果なのだった。
例えば白い服を着た人が夕日の中に座っていた場合、その服の色は夕日の光でオレンジがかって見えるもの。 でもその光景を見た人は、往々にしてその服の色が実際に眺めているオレンジ色ではなく、 白であるということを認識しているもの。 したがって その服の色を尋ねられた場合、誰もが「オレンジ」とは言わず、白と答えるのだった。

人間の目というのは、目で見た画像を知らず知らずのうちに脳で解析して、実際の光景以上の 情報を加えて視覚的に捉えている訳で、それが目の補正効果。 その補正効果にはもちろん個人差があって、今回のドレスの写真の場合、 その光と陰を脳がどうプロセスするかで、色の見え方が異なっているのだった。
具体的に言えば、ドレスに当たった光の部分に脳がフォーカスしている人は、 ホワイト&ゴールドに見えて、影の部分を脳がビビッドに捉えている人は、 ブルー&ブラックに見えているのだった。


こうした補正効果と同様のプロセスは、視覚だけでなく、人間の脳が知らず知らずのうちに日常生活の中で行っているもの。
例えば 同じ噂話を聞いた場合でも、その当事者のバックグラウンドを良く知る人は、 自分が既にその人物に対して抱いている感情や偏見、 別の情報などを 聞いた噂話に結び付けて、実際に伝えられた噂話以上の情報量にしている場合が殆ど。 味覚にしても、「子供の頃に母親が作ってくれた料理の味に似ている」と脳が認識すれば、その料理に 他の人が味わうことの無い 大きな付加価値を見出すことになるもの。
すなわち 人間の脳というものは、個人の五感や感情に 情報や知識、過去の経験などを結び付けるだけでなく、 入ってきた様々な情報にも 同様の操作を加えて、物の解釈や判断に 大きな影響を与えているのだった。 だからこそ、アメリカの裁判における陪審員選びの際には、事件についての予備知識が無い人間が選ばれるのに加えて、 宗教や人種、職業、ソーシャル・ステータスの見地から、被告に偏見を抱き易い人間が 選ばれないように配慮されるのだった。

そう考えると「人種や宗教が異なると 歴史の解釈も異なる」というのは、成長期に学んだ教科書だけが原因ではないと言えるけれど、 現在世の中で起こっている様々な出来事にしても、光にフォーカスするか、陰にフォーカスするかで、 全く異なる意味合いや事実関係になるのは言うまでもないこと。
したがって 色についての正しい知識を得るために、光と影について学ばなければならないのと同様、 物事の真意を捉えようとする際は、1つの視点に固執せず、光と影の双方にフォーカスするべきだと言えるのだった。

最後に私が学んだ色彩学の知識を少々ご披露しておくと、 色彩の世界では白と黒は、現象=コンディションであって、厳密には色とは見なされないもの。 というのも、どんな色でもどんどん明るい状態に近づけると白になり、最もダークなトーンに落として行くと黒になるため。
また塗料など、物の色は 多くのカラーを混ぜたり、重ねたり すればするほど黒くなるけれど、 光の色に関しては 混ぜたり重ねたりを繰り返すと、逆に白くなるもの。
人間の肉眼は平均で約2万色を見分けることが出来るけれど、色の感覚に優れた人はその20〜40%多くの色の違いが認識できるといわれているのだった。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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