Mar. 6 〜 Mar. 12
アイコニックな殺人事件
昨日ニュース番組を見ていたら、現在、アメリカでは女性バイカーが急増しているという特集が組まれていた。
これによれば、アメリカではバイカー人口の10人に1人が女性だそうで、ハーレー・ダビットソン社のバイクだけでも、
昨年米国内で女性が購入した数は3万台にも上っており、この数字は
1996年から5倍に跳ね上がっているという。しかも興味深いのはそのプロファイルで、
女性のバイカーは60%が既婚者。25%が大卒の学歴を持つそうで、男性バイカーが結婚して家庭を持つとバイクを諦めることや、
高校中退者が多いことを考慮すると、極めてユニークなブームの広がりを見せていることが分かるのである。
このブームを受けて、今では殆どのメーカーが 女性が地面に足をつき易いように 幅の狭いシートのバイクをデザインするなど、
女性用プロダクトの開発に余念がないというけれど、多くの女性バイカーが、バイクに乗り始めたきっかけとして語るのは
「もう男性のバイクの後ろに乗っているのは飽きたから」との理由であるという。
バイクに限ったことではなく、今ではごく一般的な女性達が、以前なら男性だけがやっていたことを普通にやってのけるようになってから久しく、
例えば、未だオリンピック種目には加えてもらえなくても、アメリカを始めとする各国では女子スキー・ジャンプの競技会が行われるようになっており、
段々と女性に出来ない事、男性だけがやる事というものが減りつつある状況なのである。
しかしどんなに、女性が男性と同等に社会進出を果たしても、また、どんなに体力的にタフなアクティビティをこなすようになっても、
決して変わることがないのは、女性がレイプ等の性犯罪の犠牲者になるという図式である。
ニューヨークでは、殺人、強盗等、ありとあらゆる凶悪犯罪が減少傾向にあるにも関わらず、レイプだけは年々増加しており、
最近では犯人も DNAが動かぬ証拠になることを熟知しているだけに、レイプ後の犠牲者にシャワーを浴びさせたり、
マウス・ウォッシュで口をゆすがせたりして、証拠隠滅を図るような知能犯まで出てきているという。
そんなニューヨークで今、メディアが報道しない日はないほどの大ニュースになっているのが、ジョン・ジェイ・カレッジのグラデュエート・ステューデント、
イメット・セント・ギレン(24歳)の殺人と性的虐待の事件である。
被害者のイメットが最後に目撃されたのは、ソーホーのバー、フォール / Fall であったけれど、その後2月25日に、彼女は毛布にくるまれた遺体となって
ブルックリンのベルト・パークウェイ沿いで発見されたのだった。
彼女の口にはソックスが詰められ、手足は縛られ、顔にはテープがグルグルに巻きつけられ、何処かでレイプ、殺害後に、
その場まで運ばれて 捨てられたとのことで、当初は特定の容疑者も居ないまま操作が進められていたのだった。
ところが、フォールのバーテンダーが遺体発見から1週間が経過してから、 イメットがバウンサー(バーやクラブの入り口に立つガードのこと)と口論をしていた
ことを証言したため、捜査線上に強力な容疑者候補として浮上したのが、強盗の前科を持つバウンサー、ダリル・リトルジョンであった。
イメットの遺体が放置されていたエリア付近で、彼が運転するバンに似た車が目撃されていたこと、
遺体発見現場近くと思われる場所から、彼が携帯電話を掛けた記録があることなどから、
NYPD(ニューヨーク市警察)は 彼が犯人であることを立証するための捜査を開始。彼が運転していたバンや、彼のアパート内で
必死の証拠探しを行ったものの、その時点では決定的な物的証拠は見当たらず、
イメットがくるまれていた毛布に付着した精液もDNA鑑定の結果、彼のものではないことが判明。
その一方で、NYPDは 彼を同様手口で未解決の3つのレイプ事件の犯人として立件する事も試みたけれど、そのうち2人の犠牲者は、
容疑者ラインナップから、彼を犯人と特定することが出来なかった。また彼の前科にはレイプが含まれていないこと、
そして何より本人はイメットのレイプと殺害を否定していることから、NYPDは前途多難な操作を繰り広げることになっている。
NYPDがどうして、別のレイプ事件まで引っ張り出してダリル・セントジョンの別件逮捕を試みたかと言えば、
このイメットのレイプ殺人事件がニューヨークのメディアと市民の大きな関心を集めており、NYPDに事件解決の猛烈なプレッシャーが掛けられているためである。
ニューヨークでは 今年に入ってからの9週間で、既に96件の殺人事件が起こっているけれど、その中でどうしてこの事件だけが、
毎日のように大きく新聞やテレビのニュースで報道されるかといえば、同犯罪と被害者のイメットが、ニューヨーク・タイムズ紙の表現を借りれば、「アイコニック」であるため。
通常、新聞やTVの報道部には毎日、様々な事件が報告されるけれど、そのうちどの事件を大きく報道するかは、ディレクターや編集人によって決定される訳で、
彼らは新聞の売り上げや 視聴率を上げるために、人々の関心をそそる事件を大きく報道しようとする訳である。
これは言ってみれば、報道の視点から行う「タレント発掘」のような作業で、事件の被害者、もしくは加害者が、
ほんの数週間でも「報道アイコン」となって、人々の関心をそそることが出来れば、それでメディア側は成功を収めたことになる訳である。
通常、「アイコニック」と見なされるには、事件にセックスやセレブリティ等のスキャンダラスな要素が絡むこと、
被害者が白人でルックスが良く、出来れば裕福であること。事件の性質としては、人々の強い関心をそそるもの、もしくは誰にでも起こりうる、
同情や共感を呼びやすいものであること等が条件となる。
でも「アイコニック」と見なされるのは、必ずしも 残忍な殺人事件や、誘拐、レイプ等のシリアスな犯罪とは限らず、
例えば昨年春、自らの結婚式直前に、失踪を自作自演し、ジュリア・ロバーツ主演映画のタイトル、「ランナウェイ・ブライド (邦題は ”プリティ・ブライド ”)」のニックネームが付けられた
ジェニファー・ウィルバンクス (詳細は2005年6月2週目”Who's Nomal”参照)のように、
単なる「人迷惑」で終わる事件もある。
今回の事件の被害者、イメット・セント・ギレンは、白人ではなく、ヒスパニックではあるものの、若くルックスが良いこと、中流家庭に育った 学生というプロファイルに加えて、
ソーホーのバーで最後に目撃されたという、ロケーションのトレンディ性も手伝って、「アイコニック」と見なされており、
特に容疑者が浮上した今週は、ニューヨークのメディアで、どんな事件よりも大きく報道されていたのが この事件である。
しかも容疑者が果たして犯人なのか? それとも事件解決を急ぐNYPDの先走りなのか?が 疑問視される中で、ダリル・セントジョンとイメットの口論を
1週間明かさず、異なる証言を続けてきたバーテンダーが、イメット失踪の翌日仕事を休んでいたことや、彼が最初にイメットをバーから
追い出すようにセントジョンに指示したこと等が明らかになり、事件に対するニューヨーカーの関心は高まる一方である。
それと同時に、クラブで夜遊びを楽しむ女性の間では、今回の事件が「ウェイクアップ・コール」となっており、
これまでのように、バーをはしごするうちに友達とバラバラになるようなことはなくなったとのことで、
多くの若い女性のグループが早めに一緒に帰宅するようになり、中には 帰宅後に 無事であることを互いに携帯のテキスト・メッセージで
送り合う女性達も少なくないとのこと。
また、バーやクラブに務める女性達も然りで、極力グループで帰宅することを心掛けるようになったという。
こんなことを書くと、今のニューヨークが70年代並みに凶悪犯罪に溢れているようなイメージを抱かれてしまうかもしれないけれど、
決してそんな事はないし、女性が夜中過ぎに酔っ払って1人でフラフラ歩いていれば、危ないというのは世界中の殆どの街に言えること。
また、そんな時に寄って来た見知らぬ人間を信用したり、その人間の車に乗るというのは、酔っ払って判断力を失っていない限りは、
通常、あり得ない事である。
今日3月12日付けのニューヨーク・タイムズ紙には、イメットの事件の関連報道として、ニューヨークで起こった
アイコニックな殺人事件の数々が紹介されていたけれど、中でも私がイメットの事件と共通点を見出すのが、1973年に起こったローズアン・クインの
事件。 29歳の学校教師のローズアンは、プライベート・タイムはアッパー・ウエストサイドのシングルズ・バーに入り浸っており、
そのバーで出逢った見ず知らずの男性に自宅で殺害されてしまうことになる。
同事件は、当時シングルズ・バーで出会った男性とカジュアルなセックスに興じていたニューヨークの女性達を震撼させ、
その後、小説、 「Looking for Mr. Goodbar / ルッキング・フォー・ミスター・グッドバー (邦題:ミスター・グッドバーを探して)」のモデルとなり、
この小説は1977年にダイアン・キートンの主演で 、同名タイトルで映画化されている。
映画では、最後の15分以外は、彼女の恵まれない境遇や、教師としての仕事ぶり、実生活からの逃避を求めて
シングルズ・バーに出掛け、時にドラッグを購入したり、男性をアパートに連れ込む彼女の姿が描かれているもの。
でも、残りの15分で描かれる部分では、彼女が いつものようにバーに出掛け、
たまたま出会った若い男性をいつものようにアパートに連れて帰るものの、彼女は男性が少しおかしい事に気付くことになる。
そこで、「一杯飲んだら帰って」と穏便に彼を追い出そうとするけれど、相手の怒りを買って 殺害されるというのが事件の成り行きで、
真っ暗な彼女のアパートで、フラッシュのような証明器具が点滅する中で刺殺される衝撃のラストシーンは
今見ても十分に恐ろしいものである。
この映画の凄いところは、殺害された夜の主人公の、「何かがいつもと違う」状況を上手く描き出しているところで、
実際、多くの犯罪の犠牲者は、事件後に 自分の行動を振り返って、「何か気が乗らない」とか、「いつもと違って、どこか歯車が噛みあわない」ような思いを抱きながらも、
いつもやっている事、その日やろうと決めていたことをして、事件や犯罪に遭遇したと語っているという。
今回の事件のイメット嬢も、その若さと、学生というプロフィールからして、毎週のように友人とダウンタウンで飲み歩いていたであろうし、
殺害当日も、いつもと同じようなナイトアウトだったと思うのである。
でも、バウンサーに店を追い出されるというのは、若い女性としては非常に珍しいことで、多くの犯罪の犠牲者同様、彼女の中でも
”何かがいつもと違う”という状況が起こっていたのではないかと私は推測していたりする。
最後に、今回の事件で、もう1つ 波紋を呼んでいるのは、バウンサーのバック・グラウンドについて。
たとえ、ダリル・リトルジョンが同事件に関わっていたとしても、いなかったとしても、ニューヨーク州の法律では、
前科者をバウンサーやセキュリティ・ガードとして雇うのは違法とされており、
これらの職業に従事する人間は、州に登録した上で、24時間のトレーニングを受け、その際にバック・グラウンド・チェックを行うことが
義務付けられている。
しかしながら、フォールのような小さなバーの場合、バウンサーのバック・グラウンド・チェックを行わないまま
採用してしまうケースは少なくないとのことで、その結果、小規模なバーを中心にバウンサーの40%は犯罪の前歴を持つと
指摘されるのが実態なのである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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