Mar. 5 〜 Mar. 11




”Do You Believe The Secret ? ”



今週末のアメリカは例年より3週間早く、デイタイム・セイヴィングが行われてサマー・タイムに突入したけれど、 昨日までの午後5時が 今日から 午後6時になると、それだけでかなり日が長くなったように感じがして、まだまだ寒くても春の到来を 実感させられるものである。
さて、今週のニューヨークで大きな話題になっていたのは、火曜日に行われた ”メガ・ミリオン” というロッタリー(宝くじ)の賞金が ニューヨーク史上最高額の$370ミリオン(約430億円)に達したということ。 メガ・ミリオンはニューヨークやお隣のニュージャージー、カリフォルニア等全米の十数州が参加して行っているロット(ロッタリーの略称)で、 週に2回の割合で当選番号が発表されるけれど、当選者が出ない場合は賞金が繰り越しになり、その繰越金は各州が個別に行っているロットよりも 遥かに額が大きいため、3〜4週間ほど当選者が出ないと あっという間に賞金が$100ミリオンを超えてしまうのである。
それでも$370ミリオンという金額にまで膨れ上がったのはメガ・ミリオンが数年前にスタートして以来初めてのこと。 そしてここまで金額が大きいと、日頃はロッタリーに興味を示さない人でも一獲千金を夢見てチケットを買ってみたくなるもの。 このため、火曜日はロットを販売するニュース・スタンドや小売店に行列が出来ており、マルチ・ミリオネアを夢見るニューヨーカーの間では、 メガ・ミリオン・フィーバーが起こっていたのである。
もし火曜に当選者が出なかった場合は、その賞金額はアメリカのロッタリー史上最高額の$400ミリオンを越す金額になるところだったけれど、 結局はニューヨーク州外で2人の当選者が現れ、それ以外のチケットを購入した多くの人々の夢は 儚くも崩れてしまったのだった。
ところで、アメリカの宝くじは通常 支払い方法のオプションがあり、メガミリオンの場合は1回払いか 26年間に渡る年1回の分割払いになっている。 分割払いの場合は、合計で額面通り受け取れるけれど、 多くの人々は26年の間に自分と世の中がどうなっているか 分からないとして 1回払いを希望するため、これによって 例えば 今回の$370ミリオンの賞金の場合、 その金額は約$230ミリオンに萎んでしまうことになる。そして今回は当選者が2人居たので、これが半分になって 当選者1人当たりの賞金は $115ミリオン。さらにここから所得税が引かれるので、手元に入るのは大体$70ミリオン程度(約82億円)。
すなわち$370ミリオンの賞金とは言っても、勝者の手にするのはその約5分の1以下になってしまうけれど、 たった1ドルの投資が これだけの金額になって、しかも誰にでもチャンスがあるという点で、 ロッタリーが ”最後のアメリカン・ドリーム” と 呼ばれるのには それなりの理由があると言わなければならない。

こうしてメガミリオンのチケットを熱心に購入している人々を見ると、いかに人々がリッチになりたがっているかをつくづく感じるけれど、 昨今そうした人々の心理をくすぐって、全米で話題騒然となっているメガ・ベストセラーが 「The Secret / ザ・シークレット」である。
この「ザ・シークレット」は本とDVDで発売され、広告費を一切使わずして 現在ニューヨーク・タイムズのベストセラー・チャートのハウ・ツー&アドバイス部門や、 アマゾン・ドット・コムで 売り上げNo.1になっているもの。 $34.95 で売り出されたDVDは既に150万枚を売り上げているけれど、その半分は1月に売り上げたと言われている。 また書籍の方も完売店が相次いだため、出版元であるサイモン&シュスターは慌てて 第二版を200万部を増刷しており、 この数は第二版の出版数としては アメリカの書籍史上最高であるという。
私を含め、多くのアメリカの人々は今年に入るまで この「ザ・シークレット」が何であるかを知る人は殆ど居なかったけれど、 それが突如オーバーナイト・センセーションとなり、ありとあらゆるメディアに取上げられるようになったのは、 昼間のトークショーとして長寿の人気を誇る 「Oprah / オプラ」 で、2日連続、2時間に渡って「ザ・シークレット」についての 特集が放映されて以来である。

ではこの 「ザ・シークレット」 とは何についての本&DVDであるかと言えば、クリエーターはオーストラリアのドキュメンタリー・プロデューサー、 Rhonda Byrne / ロンダ・バーン。
彼女は、2004年に世界を取り巻く「秘密 / ザ・シークレット」の法則を見つけ出し、それによって彼女の人生は大きく変化することになったという。 そして彼女は自分が学んだ秘密を、人々に伝えることを考え始めた途端、自然にそれに相応しい最高のメンバーが集まり、 現在発売されているDVDの製作が始まることになる。
当初ロンダ・バーンは 自分が見出した秘密は、たとえ類似したコンセプトが様々な宗教や歴史の歩みの中で語られていても、 それらとは異なる特別のものと信じていたという。しかし、彼女が8週間に渡る膨大なリサーチをするうちに 同様のシークレットを独自に感じ取り、それを実践したり 書物にする人々が存在することを突き止めたという。 これらの人々はそれぞれに成功を収め、幸せで豊かな生活を送っており、DVDの「ザ・シーレット」は ”秘密” を実践することにより幸せと富を手にしている 52人を描く、92分のドキュメンタリーになっているという。

ではその ”秘密”とは何であるか・・・?、というのが誰もが気になるところであるけれど、 勿体つけずにはっきり言ってしまえば ”Ask、Believe & Receive (望む、信じる、受け取る)”の3段階から成る 「ウィル・パワー(意思の力)とそれを信じるポジティブ・シンキング」である。
こう聞くと、この手のセルフ・ヘルプ(自己ヘルプ)本を読み慣れている人は、あまりに一般的かつ、使い古されたコンセプトにガッカリするものであるけれど、 実際 DVDや その内容を纏めた書籍には、哲学者や自己啓発セミナーのスピーカー、医師などが登場し、「ポジティブ・シンキングがいかに 自分の生活にポジティブ要素をもたらし、その結果 人生を向上させるか」、「ネガティブな考えは、フラストレーションやトラブル、ストレスをもたらす」 といった、典型的な 「ネガティブ / ポジティブ論」 に始まって、「自分が欲するものは、信じれば必ず手に入る、夢は必ず実現する」、 「健康も幸せも、お金も、望むこと、信じることによって手に入る」 という 「ウィル・パワー論」が展開されているのである。
面白いことは、この 「ザ・シークレット」 に対する人々のリアクションが 賛否にクッキリ別れていることで、 アマゾン・ドット・コムのユーザー・レビューでも、アップルの 「I Tune」ストアのCD書籍のレビューでも、 殆どの評価が最低の1つ星か、最高の5つ星という極端なものになっている。 5つ星を与える人々の多くは、この 「ザ・シークレット」 をとてもインスピレーショナルで希望を与えてくれるもの、 ポジティブ・シンキングを実践する気持ちを与えてくれるものとして惚れ込んでおり、 1つ星の評価をする人々は、先述のように「ありがちな理論」、「現実味が無い」として 取り合っていないのが実状である。

事実、「ザ・シークレット」 は、ニュー・エイジの近年最大のセンセーションとして捉えられており、 科学的、論理的根拠は全く無いとされるもの。 それだけにニューヨーク・タイムズ紙の「ザ・シークレット」 の記事(写真右上)はスタイル・セクションに掲載され、 ロンダ・バーンの成功は使い古されたコンセプトを上手く纏め直した点であることを 指摘するに止まっているし、ニューヨーク・ポスト紙は、 見開きの2ページで特集をしているものの、「ザ・シークレット」の内容とそれに対する批判の対比を大きくフィーチャーするなど、 「ザ・シークレット」に対する冷ややかなリアクションを描くものだった。
このポストの記事によれば、「ザ・シークレット」に描かれる 「求めるものは念じれば得られる」という理論については、「BMWのことを1日中考えても、手に入る訳ではない」、「毎日健康を望んでも、 ガン患者はガンを避けられないもの」という批判を掲載し、 「ポジティブな姿勢は、人生を明るくし、ネガティブはその逆をもたらす」という理論については、「ポジティブな姿勢だけでなく、 実際のアクションが必要である」とクギを刺している。

ところで、この「ザ・シークレット」に書かれている内容というのは、英語では「The Law of Attraction / ザ・ロウ・オブ・アトラクション」 と呼ばれ、古くから一部のエリートの間で信じられてきたと言われるもの。 その中にはベートーベンやアインシュタインも含まれているといわれるけれど、 この 「ザ・ロウ・オブ・アトラクション」 すなわち、幸運や財産を引き寄せる法則 というのは、これまでに何度と無く書物になったり、 人々によって語られたりしており、決して 「秘密」とは言い難いものであったりする。
でも、ニューエイジの世界ではこの 「ザ・ロウ・オブ・アトラクション」 は 切り口を変えたり、表現を変えたりして何度と無く商品化されてきたもの。 この「ウィル・パワー&ポジティブ・シンキングのパッケージ」 というのは、この理論を必要としている時に 特に 初めて説かれるとセンセーショナルなほどに心にインパクトを与えるもので、 それがきっかけで訳の分からない宗教に入信してしまったり、読んだ本の著者の他の本や関連商品を買い漁る人も多いようである。
逆の見方をすれば、何時の時代にも 「ザ・ロウ・オブ・アトラクション」を必要とする人々が居て、それに対して財布を開いてくれるから、 これが何度となく商品化される訳である。

そもそも人間というのは弱い生き物であるから、常に生きる方向性や希望を求めているもので、これを与えてくれるものに対しては 喜んで出費をするし、それが信じられる間は幸せであったりもするのである。
でもそれが嵩じてくると、その幸せや信じる気持ちに疑いや不安を持ちたくないから 人が自分の信仰や信じる理論を批判したり、 心配して親身に忠告するのを嫌うようになり、逆に 自分の夢が叶った時の想定論や夢が叶う希望が持てる話をしてくれる人を敬愛 するようになるもの。そして、成功や財産をもたらしてくれるお守りに大金を払ったり、 好きな相手と結婚するため、夢を叶えるために行うように と言われたお祈りや おまじないやらに1日の大半を費やすようになったりもするのである。
加えて 本人はこうしたことを行うことによって夢が叶うと信じて、というより半分叶ったつもりで幸せになっているから、 他人も自分と同じように幸せにしてあげようと考えて、自分の信じるものを人にも押し付けようとするようになるもの。 カルト教団ほど勧誘者が熱心なのは、実に頷ける事実である。

私から見ると、「ザ・シークレット」にしても 「ザ・ロウ・オブ・アトラクション」にしても、それを信じる人々というのは 一時的に 心理が満たされることはあっても、そのお陰で成功していたり、リッチになっているという訳ではなく、 逆にそのためにお金を支払っている傾向が強いようである。 でもこれらを使って 人々を信じさせている側は、ほぼ100%億万長者になっている訳で、「ザ・シークレット」や 「ザ・ロウ・オブ・アトラクション」は 「信じる」より「使う」側になった方が、遥かに効果的のように思えるのである。
私はかなり前に知人から、「世界というのはチェスのようなもの。チェスのボードに乗っていたら 例えキングだろうが、クイーンだろうが、 プレーヤーに操られるだけの存在。本当のゲームはプレーヤーの間だけで行われている。」 と言われたことがあって、 いろいろな事が起こる度にこの言葉を実感するけれど、 今回の「ザ・シークレット」のセンセーションも全くこのケース。
「ザ・シークレット」のDVDを見たり、本を読んだりして自己啓発された人々は、ポジティブ&ハッピーになってこれを持続するために、 毎月50ドルを支払って ウェブサイトの定期購読を申し込んだり、セミナーに出掛けたりするし、 自分がこれでいかにハッピーで前向きになったかを 落ち込んでいる友人に熱っぽく語り、友人もセミナーに連れて行ったりするもの。 でもこれはチェス・ボードの上でのごくごく小さなアクティビティに過ぎず、ブームの仕掛け人達は そのチェス・ボードを見下ろして、 意の通りに駒を操っては ゲームを楽しんでいるのである。




Catch of the Week No.1 Mar. : 3 月 第1週


Catch of the Week No.4 Feb. : 2 月 第4週


Catch of the Week No.3 Feb. : 2 月 第3週


Catch of the Week No.2 Feb. : 2 月 第2週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。