Mar. 4 〜 Mar. 10, 2013

” Backlash Against Lean In ”


今週アメリカでは、あまり大きなニュースが無かったものの、報道時間が割かれてたのは べネズエラのウゴ・チャベス大統領死去のニュース。
チャベス大統領は反米勢力のイメージが強いものの、 アメリカの低所得者家庭のための 暖房用石油を6年間に渡って無料で支給するプログラムを提供しており、 ベネズエラの石油会社を通じて、米国40万世帯の暖房を賄ってきた存在。
ベネズエラ国内ではチャベス大統領の死後、米国大使を国外退去させるなど、反米姿勢が高まっているものの、 アメリカ国内では、チャベス大統領に対する哀悼と、その善意に感謝する声明が聞かれていたのだった。

それ以外に、今週大きく報じられたのは3月5日火曜日にダウが史上最高値を更新し、1万4,253.77ドルをつけたというニュース。 その後も価格はアップして、金曜の終値は、1万4,397.07ドル。 とは言っても物価の上昇を考慮すると、本当の意味で史上最高値を更新するためには、1万5,731.54ドルを付ける必要がある とも指摘されているのだった。
でも、前回ダウが史上最高値をつけた2007年10月は、アメリカの住宅景気がピークをつけていた時代。 それに比べて、現在は多くの人々がリセッションから立ち直れず、引き続き 生活苦を強いられているだけに、 一般投資家不在の盛り上がりと言える状況。
このため 株式の専門家は、「史上最高値を更新したからと言って、リタイアを控えた人々が多額の資金を株に投資するのは リスキーだ」とアドバイスしているのだった。

そのダウが史上最高値を更新した3月5日には、毎年恒例のフォーブス誌の世界長者番付が発表されたけれど、 資産10億ドル以上のビリオネアの数は、2013年は1,426人、その純資産額の合計は5.4兆ドル(約513兆円)。 これは過去最高だった昨年の1226人、純資産額合計 4.6兆ドル(約437兆円)を大きく上回るもので、 世界的にどんどん貧富の差が開いていることを 改めて実感させているのだった。



さて、今アメリカで最も物議を醸している書籍が、フェイスブックのCOO、シェリル・サンドバーグ著の 「Lean In / リーン・イン」。
同書の正式発売日は、3月11日、すなわち私がこのコラムを書いている翌日であるけれど、 発売を待たずして 巻き起こっているのがバックラッシュとバッシングとも言える批判の嵐。 そのきっかけとなったのは、2月21日にニューヨーク・タイムズ紙に掲載された同書に関するコラムと言われているけれど、 それ以降、メジャーなメディアの女性コラムニスト達が、 そのレビューでこぞって同書、及びシェリル・サンドバーグを批判していると同時に、 それを読んだ人々のウェブ上のリアクションも、女性、男性を含めて、 極めてシェリル・サンドバーグに対してネガティブなものになっているのだった。

私は「リーン・イン」を読んでいないし、読む予定も無いけれど、同書を通じた シェリル・サンドバーグのメッセージは、職場における女性の立場の向上、 及び米国一流企業や政界に もっと女性リーダーが 増えるべき というもの。
彼女によれば、女性は野心を持っていても「子供が居るから・・・」、「今のポジションで学ぶことがあるから・・・」と、 言い訳をつけては 身を引いてしまい、リーダーになることに対して非常に消極的。 その結果、男性が支配する社会が続いているとのこと。 すなわち、女性がリーダーになれない、出世できない要因は、女性自身の中にあるというのが彼女の考えなのだった。
「リーン・イン」というタイトルは、女性がキャリアにおいて身を引かず、前向きな姿勢を取るという意味で、 シェリル・サンドバーグはこのメッセージを著書だけに止めず、 「リーン・イン・サークル」というムーブメントに発展させようとしているのだった。

この「リーン・イン・サークル」は、ワーキング・ウーマンのための勉強会であり、ブック・クラブになるとのことで、 コスモポリタン誌とタイアップして、同誌4月号には「リーン・イン・サークル」に関する40ページにも渡るブックレットが アタッチされるとのこと。
同サークルでは入会者に対して、「毎月のミーティングを 年間2回以上欠席してはならない」という厳しいルールを設けており、 ミーティング内容は、自己紹介やプレゼンテーション。女性達が企業における体験談をシェアし、建設的なディスカッションをするというもの。
現在、「リーン・イン・サークル」では、企業でサクセスを収める女性達のエッセーを募集しているとの事で、 それはポジティブな結末のものでなければならないとされているのだった。

自らを、「企業よりも ノンプロフィット・オーガニゼーションで働くタイプ」 と語るシェリル・サンドバーグは、 女性リーダーが増えることにより、女性にとって働き易い職場が実現するという考えの持ち主。
でも、一部では彼女がこのプロジェクトを通じて、 「やがて自らが政界入りする基盤を構築しようとしている」 という憶測も聞かれているのだった。

この著書とメッセージが、多くの女性の怒りや反発を買っているのは、 彼女のメッセージがあまりにリアリティに乏しいだけでなく、多くの働く女性、特に家庭と仕事を両立させなければならない女性の 立場や問題を 全くと言って良いほど 理解していないため。
そもそもシェリル・サンドバーグの経歴は、企業のエリート女性にとっても 現実離れしているほどラッキーで、恵まれていたもの。 彼女は、裕福な家庭に生まれ、ハーバード大学在学中に、当時の経済学の教授で、後にクリントン政権で財務長官を務めたラリー・サマーズに目を掛けられて、 その後の彼のワールド・バンク、ワシントン政界でのキャリアの右腕となり、30歳になる前に政界とのコネクションを築いた女性。
その後、グーグル会長であるエリック・シュミットに引き抜かれ、同社のビジネス・マネージャーとなり、その 政界コネクションを使ってビジネス拡大に貢献。グーグルの株式公開でマルチ・ミリオネアになった後、フェイスブックにヘッド・ハントされ、 2011年には、3,000万ドル(約28億8000万円)の年俸を受取る高給エグゼクティブとなったのに加えて、 昨年の同社株式公開で、更に資産を増やしたのは言うまでもないこと。

シェリル・サンドバーグは、今やフォーブス誌による世界で最もパワフルな女性ランキングでも上位につけているけれど、 ネット上で彼女を批判するメディアや一般の人々の言い分は、彼女が企業のヒエラルキーの下から登りつめた 叩き上げのエグゼクティブではないだけに、 「一般的な職場で女性が抱える問題を自ら経験したことさえ無い」 ということが まず1つ。
更に、彼女は自分でビジネスをスタートした事もなく、成長間違いなしの企業に好条件で引き抜かれて、成功した人物。 エグゼクティブとして妊娠&出産をして、メイドやベイビー・シッターを雇う収入が十分にあることも、 多くのアメリカのワーキング・ウーマンとは 全く異なる状況。
したがって、そんな人も羨むほどに恵まれたポジションに居る彼女に、「女性が出世しないのは、 言い訳をつけて、前向きになれないから」などと言われる筋合いは無い というのが、メディアのレビューアーと 一般の人々のリアクションなのだった。



その一方で、シェリル・サンドバーグは同書の中で、 グーグル時代に妊娠した際、巨大なパーキング・エリアを歩いて自分の車まで 辿り着くのに時間が掛ったことから、妊娠した社員のためのパーキング・エリアを オフィス・ビルに近い場所に設けるよう、当時のグーグルCEO、セルゲイ・ブリンに掛け合ったエピソードを紹介。 女性が経営陣に加わることで、いかに職場が女性にとって働き易いものになるかを訴えているのだった。
でもこれについても、メディアは 先週、ヤフーの女性CEO、メリッサ・マイヤーが、 自らの育児室をエグゼクティブの隣に設置しながら、社員に対しては自宅勤務を禁ずる社内メモを出し、 ヤフー社内だけでなく、アメリカ中のワーキング・マザーの顰蹙を買ったことを例に挙げて、 必ずしも彼女の展開する説が正しくないことを指摘しているのだった。

実際のところ、出産経験のある私の友人は、女性ボスの方が妊婦に対する態度が厳しかったと語っており、 その女性ボスは、彼女自身が妊娠時に つわりの辛さを味わうことなく、出産間際まで 遅くまでオフィスで仕事をしていたことから、 「つわりは妊婦の甘え」と決め付けていたという。
その後 その友人は、男性ボスの下で第二子を出産したけれど、その男性ボスの夫人が難産の経験者だったことから、 彼の方が 彼女の体調を気遣って、スケジュールや労働条件を非常に優遇してくれたと語っていたのだった。
なので、それを思うと女性のボスが女性にとって働き易い待遇や環境を作るという保障が無いのは事実だと思うのだった。

とは言っても、アメリカの女性達が実際に望んできたのは、優遇よりも同等の扱い。 様々な分野において、女性達は 女性として気遣われることを ”差別” として反発し、 男性と同等の扱いを獲得するために、社会的偏見との戦いを強いられてきたのが実情なのだった。
例えば、米国防総省は今年1月に、女性兵士が地上戦前線で戦闘任務に就くことを禁じていた軍規則を撤廃したけれど、 今や米軍の14%を占める女性兵士にとって、この軍規則は差別意外の何物でもなかったもの。

スポーツの世界では女子スキー・ジャンプが、2014年のソチ大会から 正式にオリンピック種目に加わったけれど、 それまでは 「スキー・ジャンプが女性の生殖機能にダメージを与える」という、医学的裏付けの無い理由から、 何度も正式種目入りを却下してきたのが IOC(国際オリンピック委員会)。
アメリカには、子供の頃からオリンピック出場を夢見てきた 女性ジャンパーが何人も居り、 彼女らやその支援者達の戦いは、非常に長く、苦しいものなのだった。

アメリカ企業においても、男女の賃金格差を撤廃するための女性達の戦いが続いているけれど、 これは男性と同じ、もしくはそれ以上の仕事をしているにも関わらず、男性より低賃金に甘んじているからこそ 女性達が声を大にして改善を訴えているもの。
女性に同じ給与を支払って、さらに優遇して欲しいという意味では決してないのだった。
ちなみに、賃金格差は男女だけでなく、人種別でも顕著で、同じ仕事をして男性に支払われる給与1ドルに対して、白人女性が支払われるのは77セント、 黒人女性は69セント、これがヒスパニック女性になると57セントと、男性の給与の60%以下になってしまうのだった。

こうしたことを考慮すると、シェリル・サンドバーグが展開する女性論は、同等を主張しながら、優遇も得ようという点で、 時代とズレているという感じがしてくるけれど、 事実、彼女の著書に対するバックラッシュの多くが、彼女の主張を「時代遅れ」、「現状を理解していない」、 「視野が狭く、自己中心的な理論」、「既に成功を収めた女性達がこれまでに語り尽くしてきた理論」と批判しているのだった。

「リーン・イン」という著書が出版されるまでは、シェリル・サンドバーグといえば、 サクセスフルなキャリアで知られるビジネス・ウーマンであったけれど、この本によって彼女が露呈したのは、 彼女が如何に一般のワーキング・ウーマンが共鳴できない存在であるかということ。
そのメッセージの本質がどうあれ、「リーン・イン」で彼女が主張していることは、 仕事と育児に追われるワーキング・マザー達の神経を逆なでする一方で、 将来的に 家庭と仕事の両立を考える女性を混乱させているのが実情。 

中でも彼女の著書を厳しく批判しているのが 本来こうした主張を歓迎すべき立場にある、 アメリカ女性の地位向上のために活動してきた女性達であるけれど、 レビューでそうした女性達の主張を読む限りでは、そちらの言い分の方が正しいように思えるのが実情なのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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