Mar. 10 〜 Mar. 16 2008




” 買春スキャンダルのビジネス・インスピレーション ”



今週のニューヨーク市場では、いよいよ1ドルが100円を割ったり、ゴールドの価格がついに1オンス=1000ドルに達したりと、 アメリカ経済には芳しくないニュースが続いていたところにきて、 ウォール・ストリート大手の中では最も小さく、リスキーな投資で知られたベア・スターンズが サブプライム問題で巨額な損失を出して 深刻な経営難に陥ったために、ニューヨークの連銀から資金調達を受けたことが発表されるなど、 尽きることなく出てくる 経済の悪材料をまたまた見せ付けられたという感じであった。 ベア・スターンズについてはJ.C.モーガン・チェイスが1株2ドルというとんでもない安値で買収することが発表されているけれど、 当然予想されるのは同社の大型レイオフ。 そして一般市民として 恐ろしく感じるのは、こうした悪材料がまだまだこれからも出てくるという部分である。
週末の新聞では、今後は アメリカ人が1人当たり1万ドル以上を抱えると言われる クレジット・カード負債が「次の サブプライムになるかもしれない」といった予測記事も掲載されていたけれど、 この記事を読んで なるほど と思ったのは、1980年代には アメリカ国民が月収の80%をクレジット・カードで支払っていたのに対して、 2000年を過ぎてからはその割合が133%にも達しているという事実。 要するにアメリカ国民は、クレジット・カードを使って 収入以上の出費をして それによってこれまでは アメリカ経済が潤ってきた訳である。
でも、考えてみればこのクレジット・カードの負債は 住宅ローンほど多額ではないものの、 無担保で、しかも信用度の低い低所得者が 多くの負債を担っているという点でサブプライム・ローンに通じるもの。 加えて 昨今では アメリカン・エクスプレスでさえ、カードメンバーの支払い滞納で業績が悪化していると伝えられており、 このまま景気が悪化してレイオフが増えた場合、失業者にとって真っ先に支払いが滞るのがクレジット・カードの負債な訳である。
既にカード会社は、昨年末頃から様々なレートやペナルティをアップさせている上に、 最近では 請求書のサイクルが少しずつ早くなってきているので、カード会社に借金をしている人にとっては 非常に厳しいご時世になりつつあるのは事実。でもその記事によれば、 毎月きっちりと全額を支払っている人にとっては、 まだまだクレジット・カードを使用するメリットはあるとのことだった。

ところで、「懸念が先行しているだけで 未だそれほど深刻ではない」 と言われるのがアメリカの失業問題であるけれど、 今日 ふと気付いたら、ニューヨーク・タイムズの求人セクションである 「Job / ジョブ」 が日曜版に入っておらず、 どうしたのかと思ったら、ビジネス・セクション後ろの 僅か7ページほどの小さなセクションに縮小されていたのでちょっと驚いてしまったのだった。
私にとって 求人セクションは真っ先にリサイクル置き場に行くだけなので、何時からこのセクションが こんなに小さくなってしまったのかには 今日まで気が付かなかったけれど、かつてはビジネス・セクションと同じくらいの厚さの 求人セクションが個別に存在していたから、 20ページ以上はあったと思しきもの。 したがってレイオフは未だ深刻な数には達していなくても、確実に求人が減ってきていることは事実なのである。

でも昨今の米国経済の悪材料の中で、アメリカに暮らす日本人、ことにドルで収入を得ている日本人にとって、最も大きなインパクトを与えているのは やはり昨今のドル安。 多くの在米日本人は、年に1度は一時帰国をする傾向にあるので、ドル安がその一時帰国を割高にするものと捉えられているのである。 また、将来的に日本に帰国を考えている人にとっても、ドル安が大きな不安材料になっているのは言うまでも無いこと。
逆に、CUBE New York のような輸出ビジネスにとってはドル安、円高は歓迎すべき状況で、 ここ1週間ほど、CUBE New York では円高のお陰でオーダーが増えているのが実情である。 特に、Cubicle Jelesのオーダーをしてくださるお客様が増えているけれど、私自身も今アメリカから最も買う価値があると思うのが ゴールドを使用したジュエリー。 というのも、ゴールドの値上がりの方が円高よりも遥かにスピードが速いためで、 「もうちょっと円が上がったら買おう」と考えて、実際に円が上がってくれたとしても 、ジュエリーの価格がゴールドの値上がりを反映して、 どんどんアップしてしまうので、更なる円高を待つだけ 損をすることになるためである。

こういったリセッション絡みの話題は、昨今友人と会う度に必ず出てくるものだけれど、 それでも今週はそれを上回る時間を割いて友人達と話していたと同時に、メディアも大々的に報じていたのが 明日17日をもってニューヨークの前州知事となる エリオット・スピッツァーの買春スキャンダルである。
この買春スキャンダルが単に 政治家が高級娼婦 と関係した以上の意味を持つのは、 エリオット・スピッツァーが司法長官時代に、売春組織の摘発に力を発揮したという経歴を持ち、 「売春組織を取り締まるには、先ずその需要を減らすべき」として、アメリカでは俗に「John / ジョン」と呼ばれる、 買春する側のペナルティ強化する法案を打ち出し、州知事就任後にその法案にサインした張本人でもあるため。 この彼の手腕によって、ニューヨーク市は買春で現行犯逮捕された場合、全米で最も厳しいペナルティが科せられることになっているのである。
スピッツァー氏が壊滅に力を尽くした売春組織は クィーンズにあり、シンガポールやタイなどから ヒューマン・トラフィッキング、すなわち セックス・スレイブ(奴隷)として密入国させられた女性を強制的に売春婦として働かせていた組織で、 スピッツァー自身が買春クライアントとなっていた 高級エスコート・サービス ”エンペラーズ・クラブ ”とは、ジョンが支払う金額も 女性の質も全く異なるもの。
エンペラーズ・クラブの方は、ニューヨークだけでなく世界中からリッチなクライアントを集め、 そのウェブサイトでは 女性を 美しさ、ブレーン(頭脳)、エデュケーション(教養)に応じて ランク付けしており、 それをダイヤモンド3つ から 7つ で表していたそうで、最高級の女性になると1時間5000ドルを超えるレートであったという。
なので、スピッツァー氏の頭の中では同じ売春組織でも、奴隷として女性がタダ働きさせられるところと、 自らの意思で娼婦になった女性が一晩に多額のフィーを受け取るビジネスは 別の存在だったのかも知れないけれど、 スピッツァー氏は過去10年に渡って、8万ドル(800万円)以上を売春組織に支払っており、 売春組織摘発をしている最中も、自らが買春を行うという 大矛盾をやってのけていた訳である。

このスキャンダルのせいで、一躍有名になったのが、スピッツァー氏と最後に関係した娼婦で、 エンぺラーズ・クラブでは ”クリスティン” と名乗っていた 本名 アシュレー・アレクサンドラ・デュプリー。(写真右) シンガーを目指していたという彼女は、17歳の時にニュージャージーの 裕福ながらも問題のある実家を 飛び出しており、現在は22歳。 スピッツァー氏の長女とは3歳ほどしか違わない年齢である。
チェルシーのドアマン付きのアパートに暮らす彼女は、P.ディディなどのラッパーがクラブで行う パーティーでは 常連的存在だったという。要するに 彼女は、 モデル、シンガー、ダンサーを目指してニューヨークにやって来たけれど、 それでは食べていけない グッドルッキングな若い女性が陥る典型的なパターン、すなわち ”エスコート・サービス(娼婦)で生計を立て、 様々なパーティーに盛り上げ役として呼ばれて行っては、何とかコネクションを作ろうとする” というライフ・スタイルを送っていたようである。
このクリスティンことアシュレー嬢は、2月14日のヴァレンタイン・デイに ワシントンのメイフラワー・ホテルに 偽名を使って滞在していたスピッツァー氏とルームナンバー”871”の客室で関係したことが明らかになっており、 スピッツァー氏からはこの日の4時間のサービスで4300ドルを支払われてたことがレポートされている。 このうちアシュレー嬢の取り分は僅か20%だそうで、残りはエージェンシーが着服するようで、この割合は真っ当なモデル・エージェンシー等とは逆のパターン。 ファッション・モデルなどのエージェントの場合は、モデルがグラビア撮影で5000ドルのギャラを受け取った場合、 エージェント料として着服するのは20%に当たる1000ドル、残り80%がモデル本人のフィーとなるのである。
エンペラーズ・クラブの場合、セックス・トラフィッキングで奴隷として連れてこられた訳ではない 美人でモデル体型の若い女性が 自らの意思で好んで働く エスコート・サービスではあるけれど、 彼女らとて 自力では一晩に数千ドルを支払うような高額クライアントを探すことは出来ない訳で、 このフィーの取り分のパーセンテージは レベルが変わっても 娼婦とピンプ(元締め)の関係は変わらないことを証明しているかのようである。

ところで、エンペラーズ・クラブが 女性のランク付けの基準の中に教養や頭脳などを挙げていたことについて、 一部には「セックスだけするならば教養レベルは関係ない」などと考える男性も居るようだけれど、 エンペラーズ・エスコートで働く女性には北欧系やロシア人が多いようなので、彼女らにとっての ”教養”というのは 時に 「英語が通じる」程度の意味合いしかなかったりする。
実際、アシュレー嬢にしてもハイスクール・ドロップアウト(高校中退)であるようだし、調書の中でスピッツアー氏に向かって 「Dude / デュード (アメリカ英語で 主に若い世代が 相手を非常にカジュアルに呼ぶ時に使う言葉。 )」と 話し掛けた 会話が出てきており、もし私がエリオット・スピッツァーの立場で、時給1000ドルも払っている娼婦に 「デュード」なんて言われたら、 その場で ”返品” してしまうと思われるもの。そもそも、エンペラーズ・クラブの娼婦の募集は クレイグ・リストという 怪しげな募集広告が多いことで知られるウェブ・サイトで行われていたというから、ルックスが良くて、英語が話せる女性で 同クラブのビジネス内容さえ理解していれば、誰でも働けたというのが実際のところのようである。
従って「教養」、「頭脳」というのは、ストリート・ウォーカー(道端で買える娼婦)とは異なるクラスの女性であることを強調して、 多額のフィーを請求するためのマーケティングの一貫として謳われているだけで、 実際に彼女らを雇った男性が「美人だけれど、馬鹿だった」などとクレームして来ないことを見越してのもの。 さらに、「教養」や「頭脳」を強調することは、男性側にしてみればSTD(性病)に感染していない安全な女性をイメージさせる場合もあるという。

さて、アメリカではこうした売春組織の摘発が行われた場合、クライアント側1人1人に遡って 罪に問われることはまず無いそうだけれど、 どうしてFBIの行っていた売春組織の摘発と スピッツァー州知事の買春が結びついたかといえば、 そのきっかけは、ロングアイランドにあるIRS(国税局)がスピッツァー氏の銀行口座の不審な資金の動きに着眼したことから始まったという。
定期的に多額の金額が政治家の銀行口座からトランスファーされている場合、ゆすりや脅迫の対象となっている場合が 少なくないそうで、まさか買春とは知らずに IRS が捜査に動き出したことから、エンペラーズ・クラブの「クライアント No.9」が スピッツァー氏であることが判明したという。
IRSというのは、国民からは単に「税金を巻き上げていく憎らしい存在」と思われている傾向があるけれど、 意外にも様々な犯罪の立証に貢献している機関で、アメリカでは 犯罪解決のためには「フォロー・ザ・マネー(金の行方を追え)」 と 言われるのもそのためである。
歴史的に最も IRSが犯罪の立証に大きく貢献したのは、禁酒法時代のシカゴで幅を利かせたアル・カポネ逮捕の際で、 殺人、恐喝、贈賄など様々な犯罪を犯しながらも、全く検挙が出来なかったアル・カポネを逮捕するきっかけになったのは脱税の罪。 この逮捕劇までの道のりはブライアン・デ・パルマ監督の「アンタッチャブル」にも描かれているけれど、 銀行口座を一切持たなかったアル・カポネを逮捕するために、IRSは彼の会計士に極秘に接触する一方で、 贅沢を好んだアル・カポネの支出を全て洗い出して 彼の脱税を立証したと言われており、 この逮捕劇は今も IRS に有能な人材をリクルートする際のインスピレーションになっていると言われるものである。

その意味では、今まではタックス・フリーで娼婦として働いてきたアシュレー嬢も、脱税の罪に問われないのだろうか?という疑問が出てくるけれど、 アメリカでは司法取引というものがあって、検察側が彼女よりもずっと大きな獲物の検挙を狙っている場合、 その逮捕に協力して証言を行えば 売春行為を含む罪が問われないケースが殆どなのである。
それでも、アシュレー嬢が今後は多額の税金を払うことになるであろうと思われるのは、ペントハウス誌が1億円で彼女のヌード写真の フィーチャーを交渉していると伝えられている一方で、彼女が以前レコーディングした曲が、スキャンダル前は9セントで インターネット上でダウンロードされていたものが、今では一流アーティスト並みの99セントというお値段に跳ね上がり、 しかも興味本位とは言え、そのダウンロードが爆発的に増えているため。こちらのダウンロードの方は、 娼婦ビジネスよりもパーセンテージでは実入りが良くて、売り上げの70%が彼女の収入になるという。

経済的には明るいニュースが無いご時世であるけれど、どんな形であれ お金を儲けている人が居るという事実は、例えリセッションでも やりようによっては誰でもリッチになれるということ。
従って、ビジネスを行う人間は 今回のスキャンダルのアシュレー嬢を ポジティブなインスピレーション兼 モチベーションとして捉えるべきなのである。





Catch of the Week No. 2 Mar. : 3 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Mar. : 3 月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Feb. : 2 月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 Feb. : 2 月 第 3 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。