Mar. 21 〜 Mar. 27 2005




Life Or Death Battle



今週、友人から タクシーの運転手まで、ありとあらゆる人との会話で話題に上ったのが、 植物人間となったテリー・シャイボの尊厳死を巡る司法、行政、宗教を巻き込んだ 大論争についてである。

今週この「テリー・シャイボ・ケース」が突如 全米の関心を集めることになったのは、 先週末、過去15年に渡って植物人間状態であったテリー・シャイボの尊厳死を認め、彼女の生命を保ってきた栄養補給装置の管を抜く 措置をフロリダ最高裁が支持したのに対し、尊厳死を認めないキリスト教右派を支持基盤とする共和党議員がこれに反発し、 議会がイースターの休暇中であったにも関わらず、共和党が過半数を占める上院と下院で議員召集が掛けられ、 両議会でこの判決の差し止め案が通過。その後、ジョージ・ブッシュ大統領が差し止め令に署名したため、テリー・シャイボの 身体から一度は抜かれた栄養補給の管が再び戻され、このフロリダの1人の女性の尊厳死を巡るやりとりが、 あっという間に全米の論争へと発展して行ったのである。

今週に入ってからは、議会で可決された判決の差し止めは、「行政による司法への不当な介入」という判断が下されたが、 ブッシュ大統領の弟である フロリダのジェブ・ブッシュ知事からは、テリー・シャイボの身柄を州の管理下に置く要請が出され、 それがまた裁判所によって棄却されるなど、過去数日は司法と行政が入り乱れて あの手この手の攻防が繰り広げられることになった。 でも、結局はアメリカの最高裁が同件の審議を2度に渡って棄却したことにより、法の力による延命の道は絶たれ、 私がこれを書いている3月27日時点で、テリー・シャイボは、栄養補給の管が抜かれた状態で、既に10日が経過。 管が無ければ7〜8日間と言われた彼女の命と、それを巡る大論争は終焉を迎えようとしているところである。

彼女の延命を求めていたのは、テリー・シャイボの両親、兄妹を含むシンドラー・ファミリー (シンドラーはテリー・シャイボの結婚前の旧姓)で、 それに対して テリーが植物人間になる前の意志に従って、栄養補給の管を外すよう求めていたのは、夫であるマイケル・シャイボである。
今週のアメリカは、尊厳死を認めないキリスト教右派が家族側に付き、尊厳死の意思を尊重する人々が夫側を支持し、 大論争と抗議活動を繰り広げていたいた訳であるけれど、ことにシンドラー家側は テリー・シャイボが母親の呼びかけに 応えているかのように見える3分ほどのビデオを公開し、「未だ彼女には意識が残っており、過去幾度にも渡り、 彼女を植物状態と診断を下した何人もの医師が、誤診をしている」という反論さえも展開。 このビデオはCNN等のケーブル・ニュース・ネットワークで繰り返し放映され、キリスト教右派の人々の間に、 「このまま栄養補給の管を繋いでおけば、いつかきっと奇跡が起こるに違いない」という希望を煽ると同時に、 抗議活動の火に油を注ぐ役割を果たしていた。 これに対して尊厳死を肯定する側の人々は、「このビデオは、テリー・シャイボを6〜7時間撮影し、 そのうち反応を示したように見える ほんの一部を編集したものに過ぎず、ビデオの残りの部分に録画されている 全く反応を示さない彼女の姿に着眼しないのはおかしい」との指摘で反論を展開。
こうした問題が起こると、アメリカのメディアは、出来る限り中立であろうとするものと、キリスト教右派寄り、もしくは共和党寄りの視点で 報道と言論統制を行おうとするものに別れるけれど、今週はそうした報道背景にあるメディアの思想をまざまざと見せ付けられた週でもあった。

でも、私だけでなく 今週、この件について私が話をした多くの人々が感じていたのが、「どうしてテリー・シャイボのケースだけが、 こんなに特別に扱われるのか?」という点である。
今日、27日日曜日付けのニューヨーク・ポストには、テリー・シャイボに装着されていた栄養補給の管を考案したジェフリー・ポンスキー、 マイケル・ゴーダラーという2人の医師のコメントが掲載されていたけれど、 それによれば、栄養補給の管は1979年より医療現場での使用が始まったもので、現在では年間25万件のケースで この管が使用されているという。管が装着されるのは、その殆どが、回復の見込みがない患者に対してで、 ゴーダラー医師によれば、今回のテリー・シャイボの管を外すかについては、「家族で話し合って決めるべきレベルの問題であり、 決して行政が介入するような問題ではない」ときっぱりコメントする。
では何故、このケースが全米を巻き込む論争に発展することになったのか?については、 ニューヨーク・タイムズ紙に長々とその経過が掲載されていたけれど、それは要約すると以下のようなものである。

テリー・シンドラー&マイケル・シャイボは共にフィラデルフィア郊外で子供時代を過ごした幼馴染みで、1984年に若くして結婚。 当時マイケルには生活力は無く、テリーの両親が2人の暮らしを援助する形で新婚生活がスタートすることになった。 その後マイケルは、自分で始めた工具ビジネスを売却し、夫婦は テリーの両親を伴ってフロリダに移住。 そこでもテリーの両親は、娘と義理の息子のために家賃を支払っていたという。
高校時代約100キロもあったテリーの体重は 当時45キロという、スリムな体型を保っていたが、 後に、シンドラー・ファミリーが語ったところによれば、この時点でテリーは、痩せた体型を保つよう マイケルからプレッシャーを掛けられていたとのことで、テリーは精神的に落ち込み、結婚が失敗であった と姉に訴えていたというが、マイケル及び、彼の家族は、これを事実無根として 否定している。
フロリダに移ってからのテリー&マイケルは、子供を作ろうと、不妊治療を試みていたが、 結婚から約6年が経過した1990年2月、テリーは突然 自宅床に倒れて意識を失い、心臓停止状態となってしまう。 そしてその心臓停止が原因で、脳にシビアな損傷を負ってしまうが、 彼女が倒れた原因は、アンバランスなダイエットが原因と見られる ポタシウム欠乏症との診断が下っていたという。
当時26歳という若さの彼女を何とか回復させようと、マイケルと両親は、様々な治療を受けさせるものの、 それらは失敗に終わり、その後テリーはフロリダの療養所に収容されたが、マイケルはそこでのテリーへの待遇を不服として たびたび職員とトラブルを起こし、やがて自ら妻を看護するために看護師のスクールに通い始めるようになった。
テリーが脳の損傷を受けてから3年後、マイケルはテリーの不妊治療の担当医を相手取り、ポタシウムの欠乏症を見落としたとして 医療裁判を起こし、この訴えが認められて 彼には約1億1千万円の賠償金が支払われたが、マイケルと テリーの両親の不仲がスタートしたのは、 ちょうどこの時期で、この確執もそもそもは賠償金を巡るものであったという説が有力である。 シンドラー・ファミリー側は、「賠償金を受け取ってから、マイケルが自分達と距離を置くようになり、 賠償金でテリーに特別な治療を受けさせる様子も無かった」と語る一方で、マイケル・シャイボは、シンドラー家の人間が 妻の医療記録にアクセスすることを禁じ、これに対してシンドラー家は、マイケルをテリーの後見人リストから外そうと画策。 両者の争いはこの時点で はっきり浮き彫りになってきた。
そんな中1994年、マイケル・シャイボは医師のアドバイスから自分の妻に回復の見込みがないことを悟ったと言われるが、彼が「自分の妻は 生命維持装置で命を永らえることは望んでいなかった」ことを明らかにしたのは1997年のこと。当時彼は賠償金の全額を受け取った直後で、 しかも現在のマイケルのガールフレンドで、彼との間に2人の子供を儲けているジョディ・セントンズとの交際を始めたばかりという時期で、 このタイミングに疑いを抱いたシンドラー・ファミリーは 猛反発を見せることになった。
尊厳死を巡る裁判がスタートしたのは1998年のことで、2001年にはその判決に従って 栄養補給の管が一度は外されているものの、 その翌日には マイケル・シャイボの元ガールフレンドの証言がきっかけとなり、管が元に戻されている。 後に行われた再審問では、元ガールフレンドが証言を取り消したことにより、判決はそのままとなったが、 テリー・シャイボに装着された管もそのままであった。
以後もマイケル・シャイボとシンドラー・ファミリーの感情と金銭欲が絡んだ争いは、激化の一途を見せ、 その結果シンドラー・ファミリーが選んだのが、メディアと尊厳死を認めないキリスト教団体に働きかけ、 世論のサポート、引いてはこれに同調する政治家のサポートを得るという手段であったのである。
こうして、本来ならば 家族が話し合って決めるべき、生命維持装置の問題、及び医療訴訟の賠償金分配の問題が、 「尊厳死の是非」という問題に摩り替わって、宗教、行政、メディアを巻き込んだ大論争に発展したという訳であるけれど、 こうしたキリスト教でも極右派となると、同じくキリスト教が禁じている中絶を行う医師の暗殺リストをインターネット上で公開するなど、 常軌を逸した行動に出るのは周知の通りで、今回も、マイケル・シャイボの殺害に約2500万円の懸賞金を掛けるEメールを 送付していたノース・キャロライナ州の男性がFBIに逮捕されるという事態も起こっている。


では、アメリカ国民は今回のテリー・シャイボ・ケースをどう見ているかといえば、タイム誌が行った世論調査によれば、 もし自分がテリーの後見人であった場合、栄養補給の管を外すと答えた人々は55%、外さないと答えたのは34%で、 もし自分がテリーの立場であった場合、管を外して欲しいと答える人は ほぼ7割と言える69%、外さないで欲しいと思っている人は23%となっている。 そして、今回の議会の介入について、適切だと答えた人々は僅か20%で、75%という大多数がこれを不適切と考えている結果も 伝えられており、これまでにも何度か社会論争のネタとなってきた尊厳死について、 多くのアメリカ人がこれを支持していることが明らかになっている。

これを立証するかのように、現在アメリカでは、自分がテリー・シャイボの立場になった場合に備えての リヴィング・ウィル、すなわち人工的な延命よりも自然死を選ぶという遺言の 準備する人々が急増していることが伝えられている。
実際、今週の木曜1日だけで、リヴィング・ウィルのフォームをダウンロードした人の数は1万600人にも上っており、 通常は1ヶ月で4200件程度のダウンロード数であることを考慮すれば、これは爆発的な増加と言えるものである。 しかも、従来リヴィング・ウィルを作成するのは70歳を過ぎた人々が多いのに対して、今週は40代、30代という 若い世代からの問い合わせも寄せられているとのことで、 テリー・シャイボが致命的な脳の損傷を受けた年齢が26歳であったという事実が、 若い世代にも、リヴィング・ウィルを作成させるきっかけとなっているようである。

かく言う私も、もしテリー・シャイボと同じ立場になったら、絶対に管を抜いて欲しいと希望するし、今週 私が同件について話した人々も 皆、声を揃えて同様の意見であったけれど、私が個人的にこう考えるのは、「植物人間として生きていても仕方がない」というよりは、 自分の肉体的な機能ではなく、機械によって生命が保たれている状態が、不自然かつ、ある種 強制的な行為と受け取れるからである。
臓器のドナーとして、コンディションの良い状態で臓器を提供するために数時間の延命措置が取られるというのであれば、 それは誰か他の人々の命を救うという目的で、喜んで受け入れるものであるけれど、それ以外の理由で 自然の状態なら死亡しているはずの身体が、機械によって生きた状態にされて、しかもその姿がメディアのさらし者にされるというのは、 私だったら 耐えられないことである。
ポタシウム欠乏症になるような無理なダイエットをしてまで、ルックスに気を使っていたテリー・シャイボは、 脳に損傷を受ける前の写真を見る限り なかなかの美人であったけれど、そんな彼女の 口を半開きにした植物状態の姿が、よりによって家族によってメディアに公開されたというのは、 嘆かわしいと同時に、テリー本人にとって極めて気の毒と思えるもので、 彼女の家族は、尊厳死以前に、人間の尊厳そのものさえも認めていないように見受けられるのが率直な感想である。



Catch of the Week No.3 Mar. : 3月 第3週


Catch of the Week No.2 Mar. : 3月 第2週


Catch of the Week No.1 Mar. : 3月 第1週


Catch of the Week No.4 Feb. : 2月 第4週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。