Mar. 16 〜 Mar. 22 2009




” Contemporary Art As Investment ”


今週のアメリカでは、国民の税金から $180ビリオン (約17兆2800億円) のベイルアウト・マネーを受け取っておきながら、 $165ミリオン(約158億円)のボーナスを支給したA.I.G.に対するアメリカ国民の猛反発を受けて、 20日 木曜には ベイルアウト・マネーを受け取っている金融機関のバンカーのボーナスに対して90% 課税するという法案が下院で可決。対象になるのは 年収25万ドル(約2400万円)以上を受け取っているバンカーであるという。
これを受けて 金融業界からは有能な人材が離れていってしまうことを懸念する声が聞かれていたけれど、 メイン・ストリートからは「今回の世界的なファイナンシャル・クライシスを招いたような人材を高いボーナスを支払って引き止める必要など無い」 との指摘が聞かれており、世論はあまりバンカーに同情する様子が無いことを示しているのだった。
その一方で、同じく20日 木曜には、オバマ大統領が現役大統領として初めて トークショーに出演。 番組内で大統領は、A.I.G.のボーナスに対する不信感を始め、彼の経済政策に対する理解を、 ジョークを交えながら訴えていたけれど、 メディアは大統領のチャーミングさを評価しながらも、引き続きその経済政策の詰めの甘さを指摘しているのだった。

ところで話は全く変わって、私は昨年の大統領選挙結果のウォッチ・パーティーの際に チェルシーのコンテンポラリー・アート・ギャラリーのオーナーと友達になって、それ以来 何度かアート関係のパーティーに出掛けていたりする。 そうしたパーティーに集まってくるのはもっぱらコンテンポラリーのアーティスト、ギャラリーのオーナー、 オークション・ハウスのアート関係者、コレクターやバイヤー達である。
私はヘッジファンドに勤める女友達を連れてそのパーティーに出掛けたけれど、 パーティーのゲスト達を見回して 「私達って、この中にあっては退屈なほどに まともかも・・・」 と囁き合ってしまうほど、変わった人々に巡り会うのがアート関係のパーティーである。
とは言っても変わっているというのはもっぱら外観で 話してみると、すごくポリティカルだったり、環境コンシャスだったり、 ビックリするほど何カ国もを旅行していたり、幾つもの国で暮らした経験があったりして、 ウォールストリートの金融関係者よりも インテリジェントに感じられたりするのだった。
そんなパーティーで知り合った若い女性アーティストによれば、彼女はウォールストリートの金融関係者と パーティーで出会う機会が非常に多いのだそうで 「アートの世界はウォールストリートと接点が多いのよ」 と、 紫色のメッシュを入れたヘアをかき上げながら語っていたのだった。
彼女によれば、コンテンポラリー・アートは株よりも値崩れし難い上、お金になり易い投資なので、 ウォールストリートのバンカーが投資目的とインテリア・デコレーションを兼ねて購入するケースが多いとのこと。 彼女はそんなウォールストリートのエグゼクティブが自宅でホストするパーティーに何度も招待され、 「生まれて初めてキャビアを食べたのも、そんなパーティーだった」と言っていたのだった。

でも彼女のコメントとは裏腹に、現在のような深刻なりセッションで最も値崩れが激しいのがコンテンポラリー・アートである。
昨年まではダミアン・ハーストの 18金の角を付けた牛をホルマリン漬けにしてガラスケースに入れたような作品(「The Golden Calf」、写真左)が 当時の通貨換算で約23億円で落札されるなど、まだまだ有名アーティストの作品であれば 高値がついていたし、コンテンポラリー・アートの有力誌、 『アートフォーラム』にしても 広告の掲載が多いために 500ページもの厚さを誇っていたのだった。 でも、今年に入ってからの同誌は 広告が激減したために200ページ程度に萎んでしまっているという。
オークションの世界でも、例えばクリスティーズが2007年11月にニューヨークで行ったコンテンポラリー・アートのオークションでは、 その落札総額が$325ミリオン(約312億円)にも達していたけれど、2008年の同じオークションでの 落札総額は$113ミリオン(約108億円)と、 約3分の1になってしまっているのだった。
その一方で2007年末には50ドルだったサザビーズの株価は今や6ドルとなっており、クリスティーズもサザビーズも 稼ぎ頭であるアート部門が振るわないために 社員のレイオフを行って経営をタイトにしなければならない状況を強いられているのだった。

3月1週目にはニューヨークで毎年恒例のアート・ショー、”アーモリー・ショー” が行われたけれど、 これは著名ギャラリーがブースを構えて そこでピカソやロスコのような誰もが知るクラシック・モダンから、 コンテンポラリー・アートのカッティング・エッジまでが出品されるもの。 同じ時期にニューヨークで行われるパルス、ブリッジ・アートフェア、ファウンテン・アート・フェアといった アート・ショーの中でも最大かつ最も歴史が長いものである。
そしてこのアーモリーでの売れ行き動向が その後1年間のアート界を占うとさえ言われる重要な意味を持つショーであるけれど、 今年に関しては ダウ平均が6000ドル台に突入した直後に行われたとあって、アート・ビジネスに対する不安を訴える エキジビターが多く、特に昨年までは上顧客だったヘッジファンダーのアート・コレクターが激減していることが伝えられているのだった。

そもそも、好況の時代というのはアートに投資をしたがるリッチ・ピープルが少なくないことから、毎年のようにアートスクールの卒業生を 「将来性のある若手アーティスト」に仕立て上げるシステムがアート界に出来上がっていて、 アートの批評家、メディア、キュレーターなどが アート・ディーラー、ブローカー、インベスターなどの意図を汲んだ プロモーションを行うことによって、新たな投資対象となりうるアーティストとその作品が世に出る訳である。
でも60年代に最初のブームを迎えたコンテンポラリー・アートが ヴェトナム戦争やその後の70年代初めのオイルショックと共に 価値を失ったのに始まり、比較的新しいところでは1987年のブラック・マンデーの直後から やはりコンテンポラリー・アートが 激しく値崩れしたという歴史が証明する通り、コンテンポラリー・アートとは 好況時には大きく価値を上げるものの、 リセッションの際には値を崩し、最悪の場合、売ろうとしても買い手がつかないだけでなく、 一部の例外を除いては 担保価値がさほど高くないと言われるものなのである。

今では、アート関係者も砂漠のように乾き始めたマーケットの状況を危惧しているだけに、 「リセッションでコンテンポラリーの価格が下がっている今こそ、投資のチャンス」と言って 購買を煽ろうとしている状況。 この台詞は ファイナンス・チャンネル CNBCに登場するコメンテーター達が、 昨年10月以降 投資を煽ろうとして 「株がここまで値を下げている今こそが投資のチャンス!」 とまくし立てていた姿とダブってしまうけれど、 株の場合、それに乗った人々が軒並み大損をすることになっていたのだった。
でも先述の女性アーティストが 「アートの世界はウォールストリートと接点が多いのよ」と語っていた通り、 私から見ればコンテンポラリー・アートの世界とウォールストリートは類似点が多いように思えたりする。 例えば 好況時は 駆け出しのアーティストでも 駆け出しのファイナンシャル・ブローカーでも、力のあるギャラリーに属したり、大手の金融機関に勤めれば、 いきなり $クォーター・ミリオン(約2400万円)程度の年収が得られてしまう点、扱う商品が投資対象である点、 さらに好況の時は 実態に関係なく どんどん儲かる一方で、不況になれば コンテンポラリー・アートも金融商品も価値をどんどん失っていく点。 加えてコンテンポラリー・アートに投資するのは 金融関係者が多いため、経済のブームとアートのブームは シンクロ状態であるし、 その落ち込みも また然りなのである。

その一方で、住宅価格が大きく下がった今では、メガ・リッチでさえも その数億円のタウンハウスやコンドミニアムの 含み資産を借り入れることが出来ないために資金繰りが苦しいことが伝えられているけれど、 そのメガ・リッチ達がこぞって現在 担保にしていると言われるのが彼らのアート・コレクションである。
こうしたメガ・リッチが借り入れようとする金額は数千万〜億円単位であるから、その担保となるアートも アンディ・ウォーホールからピカソ、ポラックなど 美術館に飾れるような作品。 でもこんなアートを質入されたところで、それに見合う金額を貸し出せる質屋など そうそう存在しない訳で、 そうした高額アートの担保専門で、資金の貸し出しをするのが キャピタル・アート・グループである。
マディソン・アベニューの かつてサザビーズだったビルにオフィスを構える同社は、アートの価値を理解しているだけに、 それを信頼して借り入れを申し入れるアート・コレクターが多く、 その資金借り入れ希望者の中にはアーティスト自身も含まれているとのこと。 同社の場合、いわゆる質流れになるケースは極めて稀で、殆どのクライアントがきちんと借金を返済して、 アートを取り戻すようなので、非常にリスクが少ないビジネスなのである。
実際、同社から多額の借り入れをしていることでニューヨーク・タイムズ紙に報じられたのが、 有名フォトグラファーのアニー・リーヴォウィッツ。彼女はヴォーグ誌、ヴァニティ・フェア誌といった雑誌はもちろん、 ディズニーを初めとする大手の企業の広告写真などを手掛ける 最もサクセスフルなフォトグラファーであるけれど、 彼女がキャピタル・アート・グループから借り入れている金額は何と$15.5ミリオン(約14.9億円)。 その担保となっているのが2軒の不動産と 彼女の作品 全てのコピーライトで、 これにはアニー・リーヴォウィッツが借金を返済するまで 撮り続ける写真全てが含まれているとのこと。彼女以外にも、画家で映画監督として知られるジュリアン・シュナベルも同社から 借金をしたことが伝えられているけれど、シュナベルの担保に彼自身の作品は含まれて居なかったという。

また3月に入ってからはメトロポリタン・オペラ・ハウスもその運営費の資金繰りのために、 入り口に飾ってある2枚の巨大なシャガール(写真右)を担保にして借金をしたことが伝えられており、 借入金額は未発表であるものの、億円単位であるのは言うまでも無いこと。
すなわち、プレステージが高いアートを所有していれば いるほど、 それを担保に資金繰りをすることが出来る訳だけれど、もちろん 経済の状態に関わらず それを高値で売却することも可能な訳である。
例えば このリセッションの最中である2月末に、パリのクリスティーズで行われたのが 故イヴ・サン・ローランと彼の長年のパートナー、 ピエール・ベルジュが所有していたアートのオークション。 ピカソやヘンリー・マチス等を含む全733点のコレクションの落札総額は、 クリスティーズが当初見積もった$380ミリオン(約365億円)を大きく上回る$477ミリオン(約458億円)であったと伝えられており、 プレステージ・アートも著名人が所有したという付加価値が付くと さらに価値が上がることを立証していたのだった。

さてコンテンポラリーに話を戻せば、もちろんコンテンポラリー・アートの中にも担保資産になるものは存在しており、 少し前のパーティーで出会ったサザビーズのコンテンポラリー部門の人によれば、 あまり作品が数多く出回っておらず、名前とスタイルが知られているアーティストで、しかもそのスタイルが真似され難い場合は、 かなり有望な投資対象であると同時に、担保にすればそれなりの金額が借り入れられるようである。
ここで 「真似され難い」 というのが条件になる理由は、コンテンポラリー・アートはフェイクがかなり出回っているためで、 サザビース側が 委託者のコレクションをチェックした結果、偽物であることを告げなければならないケースは 少なくないという。
そのサザビーズの男性もアートが現在のリセッションを受けて、分野を問わず 暫く厳しい時代を迎えるであろうことは認めていたけれど、 美術館とてその例外ではないもの。3月12日にはニューヨークのメトロポリタン美術館が75人のレイオフを発表し、現在の状態が続けば 同美術館の従業員の10%に当たる250人をレイオフするとしているのだった。
これは もちろん経営が悪化しているためであるけれど、メトロポリタン美術館と言えば、アメリカで最も多額の寄付を集めているミュージアム。 でも、同美術館を運営するには年間$220ミリオン(約211億円)の経費を必要としており、 寄付で賄えるのはこの3分の1程度であるという。また今年は市からの運営助成金も減らされる予定で、 来館者の35%を占める外国人旅行者の激減も打撃の一因であるという。
また来館者が減ればミュージアム・ショップやレストラン、駐車場の売上も減ってしまう訳で、 メトロポリタン・ミュージアムは春から夏に掛けてフランシス・ベーコンのエキジビジョンなど目玉になるイベントを抱えながらも、 苦しい経営が見込まれているのだった。

メトロポリタン・ミュージアムのような大きな美術館でさえ そんな状態であったら、それより規模が小さい美術館やギャラリーなどは さらに打撃を被るのは容易に想像できるところであるけれど、そんなアートの世界で好況でも不況でも 人々の注目を煽るためのカンフル剤として用いられる常套手段が ”ヴァンダリズム” である。 ヴァンダリズムとは辞書には ”文化・芸術の崩壊” などとあるけれど、実際のところは 公共もしくはプライベート・スペースにおける落書き、公共物、私物の破壊行為やそれらに何らかの手を加える行為などを指す言葉で、 その意味をピッタリ表現する言葉が日本語に見当たらないほど広義的な言葉である。
ニューヨークでは2月にブルックリンのアトランティック・アベニュー駅に飾られていたMoMA(ニューヨーク近代美術館)のポスターが このヴァンダリズムのターゲットとなって切り刻まれるという事件があったけれど、後から実はこれがMoMAが地下鉄内の広告製作を依頼している 広告会社による”ヤラセ”の行為だったということが発覚。この広告会社に雇われた 地元では有名な ”ヴァンダリズムの エキスパート” が夜中の2時に MoMAのジャケットを着用して駅に現れ、駅の警備員には「自分達はポスターを破壊する許可を受けている」と 説明した上で、破損行為に及んでいたことが明らかになっている。
もちろんこのヴァンダリズムの目的は、これが事件として報じられることによってMoMAがパブリシティを獲得し、来館者を増やすことであるけれど、 MoMA側は、広告会社が勝手に行った行為と説明。でもだからと言って 同社との契約を破棄する様子も無く、地下鉄を運営するMTAの 関係者の怒りを買っているのだった。

同様の手法でもっと大きなサクセスと、数多くのパブリシティを獲得しているのが、オバマ・キャンペーンにも使われたポスターで、 一躍世界中に名前が轟いたシェパード・フェイリーである。(写真左) 彼は現在39歳のロサンジェルスのアーティストで、今やヨーロッパでもアートショーや、壁画のプロジェクト等を手掛ける コンテンポラリー界のスーパー・スター。この春は大手デパートのサックス・フィフス・アベニューも彼のアートワークを広告プロモーションに使っているほどである。
その彼が2月6日、ボストンのインスティテュート・オブ・コンテンポラリー・アートで行われた彼の作品展のオープニング・パーティーに 姿を見せた途端、 待ち受けた警察に ヴァンダリズムに関する12の容疑で逮捕され 一夜を刑務所で過ごした後、 釈放されたことは 地元ボストンでは大きく報じられたニュースである。
彼のヴァンダリズムの容疑は、街中の公共、および私有スペースに作品展のポスターを 貼り付けたというもので、中にはサイズを小さくしたステッカーなども含まれていたという。 こうしたポスターを無断で貼る行為はグラフィティ・オフェンス、すなわち落書きと同じ行為として見なされるのは 言うまでも無いこと。アーティスト側は 「誰でも彼のイメージをダウンロードして、貼り付けられる」として 容疑を否認していることが伝えられているけれど、この逮捕がきっかけでボストンでは ヴァンダリズムを非難する声と、アーティストに対して社会が厳しくなりすぎることを危惧する意見が対立し、 ちょっとした論争を巻き起こしていたのだった。
でもそうしたパブリシティが功を奏して、彼の作品展は来館者数が通常より30%以上もアップ。 またメディアやインターネット上では シェパード・フェイリーの才能、手法、コピーライトを巡る論議が 巻き起こっており、彼がアート関係者でなくても  誰もがその名前やスタイルを知る存在になりつつあることは紛れも無い事実なのだった。

こうしたバンダリズムは アートの世界ではあまりに頻繁に用いられてきた手法であるだけに、同様の事件が起これば まず関係者はパブリシティを煽る「ヤラセ」という目で見るもの。それだけに そうしたヴァンダリズムを道徳的な良し悪しではなく、 果たしてそれが商業的なインパクトをもたらしたか?という 視点で ジャッジする傾向が強かったりする。
なのでコンテンポラリー・アートの価格が下がり続ける今は特に、アート関係者やアートの投資家は 「ヴァンダリズムでも何でも、作品の価値が上がることなら どんどんやって欲しい」 ようだけれど、 投資対象であるからには、株でも アートでも 価格が底をつけたところで 購入して、景気がブームを迎えて 高値を付けたところで売却することによって 割りの良い利益を得るべきもの。
でも、かつて120ドルだった株式が3ドルになった時に買い手が付かないのと同様、 今では値切ることさえ可能になってしまった コンテンポラリー・アートに投資をしようとするのは、 殆どの人にとって 難しい決断のようである。
したがって、暫くはアート・ギャラリーやアーティストにとって厳しい時期が続くと見込まれているけれど、 そういった不況の時代には、ルールに囚われないアート・ムーブメントがグラス・ルーツ的に発生する時期とも言われるもの。 したがって、当分は投資対象としてよりカルチャーとして見守る方が 興味深いのがこの世界なのである。





Catch of the Week No. 3 Mar. : 3 月 第 3 週


Catch of the Week No. 2 Mar. : 3 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Mar. : 3 月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Feb. : 2 月 第 4 週







執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。