Apr. 6 〜 Apr. 12 2015

”California is in an Extreme Drought ” ”
セレブ美容整形医は何故 自殺を遂げたのか?


今週は、ゴルフのマスターズ・トーナメントがオーガスタで行われていたけれど、 ゴルフにさほど興味が無い私でさえ、今日、最終日の終盤戦にTVのチャンネルを合わせることになったのが、 21歳の若さで、タイガー・ウッズと並ぶ18アンダー・パーで優勝したジョーダン・スピース(写真上左)を観るため。
一部のゴルフ・ファンを除くアメリカ人は、今週までジョーダン・スピースというゴルファーが居ることさえ知らない人が多かったけれど、 そんな彼が今週一躍メディアの脚光を浴びることになったのは、 初日からトップで走り続け、連日のようにマスターズの記録を塗り替え続けてきたため。
私は、アメリカに20年以上暮らしていて、今日初めて「Wire to Wire / ワイヤー・トゥ・ワイヤー」という言葉の意味を学んだけれど、これは ゴルフの世界で 初日から4日間、トップの座を明け渡すことなく 優勝すること。 マスターズの歴史で、ワイヤー・トゥ・ワイヤー・ウィナーになったのは、ジャック・二クラウス、アーノルド・パーマーを含む僅か4人で、 ジョーダン・スピースが5人目、1976年以来39年ぶりの快挙。加えて彼はマスターズ史上2番目に若いチャンピオンでもあるのだった。

マスターズはジョーダン・スピースにとっては、初のメジャー・タイトルで、この勝利によって 彼はロリー・マキロイに次ぐ、 ワールド・ランキングNo.2 プレーヤーになったことが報じられていたけれど、そのロリー・マキロイは今週、 タイガー・ウッズを抜いて、”世界で最もマーケッタブルなゴルファー”になったばかり。 でもジョーダン・スピースの今回のマスターズにおけるメディア・フィーバーを見ていると、 彼がマキロイを広告出演やライセンスで抜くのは 時間の問題といった印象。
そもそも、マキロイが 世界最大のアメリカ市場でアピールしないのは、彼が北アイルランド出身の英国人であるため。 その点、テキサス州ダラス出身で いかにも南部の好青年という印象のジョーダン・スピースは、 若さとルックスの良さも手伝って、広告業界が飛びつきそうなキャラクターなのだった。
今回のマスターズは、ギャラリーの若返りがメディアから指摘されていた大会でもあり、 ゴルフの世界で確実に世代交代が起こっていることを実感させていたのだった。

それとは別に、今週明らかになったのが、ジェニファー・ロペスが2000年のグラミー賞授賞式で着用した ヴェルサーチのグリーンのドレス(写真上右側)が、グーグルのイメージ・サーチが生まれるきっかけになったという事実。 当時、この大胆なドレスは一躍人々の話題の的になり、当然のことながらグーグルで検索する人々が殺到したけれど、 グーグル側はこの時に初めて 人々が求めている「ジェニファー・ロペスのドレスの画像」に辿り着ける検索手段を持っていないことに気付いたとのこと。
今では、当たり前のように活用されているグーグルのイメージ・サーチが、こんなことがきっかけで 誕生したというのは、ジェニファー・ロペス本人にとっても意外だったようで、 彼女は、「1枚のドレスが世界を変えることができる」というメッセージをインスタグラムに アップしているのだった。




さて、今週月曜に報じられて、ビューティー&ファッション界を中心に衝撃を与えたのが、 セレブリティ美容整形医、ドクター・フレデリック・ブラント(写真上、左)が、フロリダの自宅のガレージで 首を吊って自殺しているのが発見されたというニュース。

ニューヨークのお隣、ニュージャージー州、ニューアーク出身で、フロリダで 美容整形医として活躍し始めたドクター・ブラントは、 過去10年以上に渡って、アメリカで最も有名な美容整形医と見なされてきた存在。 そのクライアント・リストには、ナオミ・キャンベル、リンダ・エヴァンジェリスタ、ステファニー・シーモア等の往年のスーパーモデル、 ドナ・キャラン、カルバン・クライン、マーク・ジェイコブスといったファッション・デザイナー、女優のエレン・バーキンや ケリー・リパに代表されるTVパーソナリティやキャスター、リンダ・ウェルズを始めとするビューティー・エディター、 スティーブン・マイゼル、スティーブン・クラインといった著名フォトグラファーらが こぞって名を連ね、 その1回の施術代は 6000ドル(約72万円)と言われていたのだった。

ドクター・ブラントのビジネスが急拡大したのは、彼が90年代後半からニューヨークで施術を行うようになってから。 当初は月に2回ほど フォーシーズンス・ホテルのスウィート・ルームで施術を行っていたドクター・ブラントであるけれど、 ニューヨークのメディアから多数のパブリシティを獲得した彼は、 「マドンナのドクター」、「ドクター・プラダ(当時の彼が 常にプラダを着用していたためについたニックネーム)」として一躍有名になり、 ウェイティング・リストに ソーシャライトが名を連ねるほどに クライアントが増加。
これを受けて、彼はニューヨークにアパートを購入し、1年の大半をニューヨークで過ごすようになっていったのだった。
このビジネスの拡大に伴って、ドクター・ブラントのスキンケア・ラインも発売され、 セフォラのような大手の小売店も販売されるようになったのは、スキンケアに詳しい人にとっては周知の事実。
そのドクター・ブラントのスペシャルティと言えば、何と言ってもボトックス。 彼は「バロン・オブ・ボトックス(ボトックス男爵)」という異名を取るほど、ボトックスの施術で知られる存在で、 フェイスリフトで肌にメスを入れる替わりに、ボトックスでシワを除去し、フィラーで張りを出すという注入トリートメントで セレブリティやソーシャライトの顧客から絶大な支持を集めていたのだった。




彼は、一風変わったユーモアのセンスで知られる一方で、セレブリティ・クライアントと個人的に親しくなっては、 ムード・スウィング(感情の起伏)の激しい彼らを慰めたり、盛り立てたりする 優しさや献身的な部分を持ち合わせていたという。 しかしながら 彼自身は精神的に非常にデリケートで、表向きには明るく振舞うものの、 それは鬱(うつ)の状態や落ち込みを隠すための マスクに過ぎなかったことも指摘されているのだった。
そんな彼の自殺の要因になったと周囲が指摘したのが、 ネットフリックスの新コメディ・シリーズ「The Unbreakable Kimmy Schmidt / ジ・アンブレーカブル・キミー・シュミット」の中で、 コメディアン、マーティン・ショートが演じる奇妙な美容整形医、”ドクター・グラント (写真上、右側)”が明らかに ドクター・ブラントをモデルにしたキャラクターであったこと。
これについては、ドクター・ブラント本人もクライアントに冗談めかしに話していたというけれど、 近しい友人は ドクターが 自分のことをコメディ番組の中でからかっている様子を、快く思っていなかったと証言。 このため、ドクターの友人やクライアントからは、ネットフリックスのTVコメディを 「エンターテイメントを装ったいじめ」とさえ 批判する声も聞かれたけれど、実際には 彼のうつ病は 番組がスタートする前の 2014年の後半から かなり悪化していたことが伝えられているのだった。

そのきっかけになったのは、まずドクター・ブラントがホストしていたラジオ・トークショーがキャンセルされ、 その後TVのリアリティ番組の企画をケーブル局に働きかけていたものの、一向に前に進む気配が無かったとのこと。
また、1949年6月26日生まれの彼は 65歳であったけれど、20代、30代の頃から仕事ばかりで、 長く交際するパートナーもいなければ、殆ど恋愛関係も無かったという。
ゲイであり、美観にこだわる彼は、若く、美しい男性に惹かれる傾向が強かったと言われるけれど、 彼の色白で、女性的なルックスや、派手なデザイナー・ファッションが かえって そんな彼の好みのゲイ男性達を遠ざける要因になっていたのは多くが指摘するところ。
ドクター・ブラントは、先述のように ”ドクター・プラダ”として有名になったけれど、 その後もランバン、ジヴァンシー、コム・デ・ギャルソンなど、 ランウェイから飛び出してきたような個性的なファッションで知られた存在で、彼自身スタイリッシュに装うことに 幸福感を感じていたという。


その一方で、ドクター・ブラントは 過度なボトックス注入や美容整形がメディアで取り沙汰される際には、 真っ先に批判の矛先になっており、その理由の1つは 彼がボトックス注入で知られる最も有名なドクターであるため。 でも、それに加えて ”Over Botoxed / オーバー・ボトックスド”と表現される 彼自身のルックスも その大きな要因であったのが実情。
このため彼の友人達は、ドクター・ブラントにボトックスの打ち過ぎを警告していたとのことで、 彼自身だけでなく、彼の手に掛かかったセレブリティやソーシャライトも、 ボトックスとフィラーで顔がパンパンになって白光りするというのが その典型的な仕上がりになっていたのだった。

このため、ネットフリックスのコメディ以前にも、ドクター・ブラントは ネット上の書き込みで「気味が悪い」、「あんな容姿になるくらいなら、シワクチャの方がマシ」と、こき下ろされることは珍しくなく、 友人達は、彼に「自分の名前をグーグルしないように」、「インターネットの書き込みなど読まないように」と アドバイスしていたことも明らかになっているのだった。
でもそんな風にからかわれることがあっても、ドクター・ブラントはメディアのスポット・ライトを非常に好んでおり、 人々から関心が注がれることに喜びを感じていたのもまた事実であったという。

しかしながら最近では、 彼が週末も家にこもって、自分の顔にボトックス注射をし続けていることを、 周囲が危惧していたとのことで、加えて昨今の彼は 友人からのメールや電話に返事を返すのに時間が掛かるようになっていたことも 指摘されているのだった。
結局、ドクター・ブラントは 彼のことを励まそうとした友人のメールに返事を出すことも無く、 この世を去ったことが今日、4月12日付けのニューヨーク・タイムズ紙スタイル・セクション第一面に大きく掲載された 記事の中で伝えられていたのだった。 同じ日には フロリダで彼の葬儀が行われ、 友人や彼のクライアント、約200人が参列したけれど、 メディアの取材を嫌ってか、マドンナ、ケリー・リパなど、彼の長年のセレブリティ・クライアントは1人も姿を見せず終いであったという。


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執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。




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