Apr. 11 〜 Apr. 17 2005




シリコン論争



今週のアメリカで、物議をかもしていたのが、シリコン樹脂を使用したブレスト・インプラント (豊胸手術)をめぐり、日本の厚生省にあたるFDA(アメリカ食品医薬品局)の 諮問委員会が行った公聴会である。
アメリカでは1992年以来、美容目的のシリコン・インプラントが禁止されており、 現在、シリコン・インプラントが許可されているのは、乳がんで乳房を摘出した女性の リコンストラクティング(補整)目的のみ。同インプラントが禁止された理由となったのは、 体内におけるシリコン樹脂漏れの危険が明らかになっためであるけれど、 シリコン・メーカーでは、過去数年に渡ってその安全性をFDAにアピールする公聴会を 行っており、前回、2004年1月に行われた同様の公聴会では、 まだその安全性が十分に立証されていないことを理由に、シリコン・インプラントの使用認可が 先送りされる形となっていたのだった。
今回の3日間の公聴会では、160人が証言台に立ち、 シリコン樹脂を用いたブレスト・インプラントを支持する側、反対する側が それぞれの言い分を述べたけれど、実際に豊胸手術を受けて、支持側の証人となった 女性達が、「豊胸手術によって、自信が得られ、それによって人生が変わった」こと、 「シリコン樹脂を用いた豊胸手術の方が、ナチュラルに見える」といった利点を述べたのに対し、 反対側に回った女性達は、「豊胸手術以来、定期的な高熱や、 記憶障害に悩まされる」こと、「シリコン漏れによる、ガンを始めとする様々な 健康障害への危険性」について証言し、そのうちの1例は 体内で漏れたシリコンが目や耳から流れ出てくるといった生々しいものであった。

でも、この4月11日月曜から13日水曜までの公聴会で意外とも言える展開が起こったのが、 火曜日にINAMED/インンネームド社のシリコン・インプラントを僅少差で不承認とした委員会が、 翌日水曜になってMENTOR/メンター社が開発した同様のプロダクトに対して、 条件付でその使用を認可したということ。
インネームド社とメンター社は、ともにカリフォルニアの企業で、現在のアメリカにおける シリコン・インプラント市場を2分する存在であると同時に、2社で世界の75%のシェアを 握る業界の大手で、ことにインネームド社の製品は、日本における豊胸手術で、 「シリコン漏れの危険ゼロ」という謳い文句とともに用いられているものである。
しかし、今回の公聴会でこの2社が明暗を分けたことから、メンター社の株価は翌日には77%アップしたのに対し、 インネームド社の株価は4.37%の下落を見せたことがレポートされている。
明暗を分けた要因と言われるのが、メンター社の製品の方が、シリコン漏れに対する 安全性や耐久性に優れていた点で、ことに同社が委員会に提出した、 シリコン・インプラントをはさみでカットしても、シリコンが硬いゼリー状となって 流れ出して来ないという映像は、視覚的な説得力に満ちたものだったと言われている。

でも、何故女性の豊胸手術に使用されるマテリアルがこれだけの物議をかもし、 多くの知識人や、医師、及び女性団体が真剣に意見を戦わせることになるかと言えば、 それは、豊胸手術が今やアメリカの一大産業として見なされているからに他ならない。
アメリカでは昨年1年間だけで、美容目的でブレスト・インプラントを受けた女性の数は、 約26万人にも上っており、これに対して、乳がんで乳房の摘出手術をした女性の 体型補正のために行われた件数は約6万程度に過ぎないという。 美容目的のブレスト・インプラントは、今年も約10%の増加が見込まれる人気ぶりで、 特に最近では手術を受ける女性の低年齢化が進んでいることも指摘されているものである。

では、ここで豊胸手術の歴史を簡単に遡ってみると、豊胸手術が一番最初に行われたのは、1920年のことと 言われている。
当時は、ヒップや腹部から採った脂肪細胞を胸部にトランスファーする形で行われたというけれど、 この方法では、移した脂肪が身体の他の個所に吸収され、胸の形が歪んでしまったり、 傷口が残ることから 非常に不評で、1940年代を迎える頃にはこの手段は行われなくなったという。
そしてこれは美容整形界でも単なる噂の域を出ない話であるけれど、 世界初のシリコンを用いたインプラントが行われたのは、第二次大戦中、日本の娼婦に対してで、 この時はシリコンを直接胸に注入してボリュームを増すのがその手法であったという。
この手法は1960代まで行われていたというけれど、その頃までには、アメリカでも、 ストリッパー、ダンサーを中心に豊胸手術を受ける女性が徐々に増え始めており、 そうした女性達の間に多く見られた化膿や拒絶反応等の諸問題に対応するために開発されたのが、 シリコンを袋の中に収めて、それを胸にインプラントするというやり方。 この手法で初めて手術が行われたのは1963年のことだったという。
以来、このシリコン樹脂を入れた袋をインプラントする方法が、長く豊胸手術の メインストリームとなってきたけれど、年月の経過とともに袋が破け、 シリコン樹脂が体内に流出し、それに伴って胸の形が崩れ落ちる、もしくは健康に支障をきたす というトラブルが続出したために、1992年、FDAはシリコン樹脂を用いたブレスト・インプラントを 禁止。そのメジャーな生産元であったダウコーニング社に対しては、 インプラントを受けた女性からの集団訴訟が起こり、 2000年には、同社が30億ドル(約3024億円)を被害者に支払うという和解案が 纏まる結果となっている。

現在行われているインプラントは、中身がシリコンではなく、食塩水をつめたもので、 これに対しては、FDAからは何の規制もなく行われているものである。
この手法であると、万一体内で漏れが生じても、流れ出てくるのは 単に水であるという点が、インプラントを受ける女性達に 安心感を与えているけれど、その一方で形や動きの不自然さが指摘されるのも事実で、 専門家はもしシリコン・インプラントがアメリカで認可された場合、 その初年度だけで約20万人の女性がこれを受けることになるであろうと予測する。

しかしながら 水曜の諮問機関による条件付の認可は、ほどなくFDAによって覆され、 結局のところメーカー側は、更なる安全性の立証を迫られることになっている。
メンター社が発表した、同社製品のインプラントを受けた女性、 420人に対する調査によれば、手術から3年以内に液漏れが起こったケースは1.4%と 極めて低い数字が提示されているけれど、これには、途中で本人の希望から インプラントを除去した女性の数字は含まれておらず、 この試験データのテスティモニアルには、インプラントが馴染まない体質の女性達も 含められていないことがレポートされているのである。
さらにメンター社では、同社の製品が「10年は確実に液漏れの無い状態で持続するであろう」という 社外調査結果を提出し、メンター社の自社見積もりでは25〜47年の持続性があることを 述べているけれど、それと同時に手術から約12年までに、9〜15%の女性達が 液漏れによる胸の形の崩れや、何らかの健康障害を経験するであろうことも明らかにしている。 加えて、その認可をサポートする医師の証言などにも「10年間安全なプロダクトなのだから、 破損の前に入れ替えれば良い」的な意見が聞かれていたのは事実である。
でも、豊胸手術は当然保険が利かないだけに、インプラントを受ける女性の全てに 10年ごとに手術を受け続けられるだけの経済力があるか?という点は、 安全性以前に問われる問題と言えるものである。

さて、私が時々ビックリすることの1つに、女性の多くが、 自分のバストのサイズにコンプレックスを抱いているということがあるけれど、 実際私の周囲にも「ブレスト・インプラントを受けたい」、「ブレスト・インプラントを 受けていたら絶対に人生が変わっていたと思う」という女性は何人も居るし、 私の親しい友人の1人は、実際に5年ほど前にインプラントを受けていたりする。
私は、よく女性達にブレスト・インプラントについての意見を求められることがあるけれど、 相手が既に手術の日を決めてしまったというような実行を目前に控えているケースを除いては、 個人的には豊胸手術は勧めないのが私のポリシーである。
というのは、どう考えても、あんなブヨブヨした物体が体内に異物として混入されて、 20年も30年も同じクォリティを留めると考えられないこともあるし、実際に 早いうちに手術をした女性達は、既に1度はインプラントの入れ替えを行っている場合が殆どである。 にも関わらず、手術を受けたがっている女性の多くは、一度インプラントを行えば、一生 張りのある大きな、形の良いバストが保てるものと信じきっている場合が少なくない訳で、 例え 入れ替えを厭わないとしても、その都度、手術を受ければ、 どんなに上手い医者にかかったところで 小さな傷が増えていく事になるのである。
さらに女性は年齢を重ねるとどうしても体重が増えるのは仕方が無いことであるけれど、 ブレスト・インプラントをした女性の場合、そのインプラントのせいで、 増えた体重以上に太って見えたり、老けたイメージのもったりした体型になってしまう 傾向があることは、まだそれほど指摘されていない豊胸手術の問題点である。 比較的痩せている時の大きめのバストは魅力的に感じられるかもしれないけれど、 徐々に体重が増えて、それに伴って自分の皮下脂肪が増えた場合、 インプラントが全体のプロポーションに与えるイメージが以前と異なるのは、 当然と言えば当然のことなのである。
加えて、私は仕事柄、これまでに多くの美容整形医とインタビューをしたり、 個人的に話を聞いてきたけれど、私がこれまで話をした男性医師は全員「自分の妻には ブレスト・インプラントはさせない、してほしくない。」と語っている訳で、 これは、何よりのサインだと考えていたりするのである。

それでも実際にインプラントの手術を控えた女性、既に決心している女性に対しては、 特にやめさせようとは思わないのは、彼女らには何を言っても耳に入らないし、 自分の決断を支持して欲しくて私に意見を求めているのが分かりきっているからである。 私はそうした女性に「豊胸手術が如何に安全で、自分の人生を変えてくれるか」について 何度か説明を受けたことがあるけれど、それは往々にして私に語っているというよりも、 自分の不安をかき消すために安全や利点を説明して、 それを私に認めてもらうことによって安心したい、という感じの レクチャーだったのである。

豊胸手術を受けた私の友人によれば、彼女はインプラントをしたことは後悔していないし、 実際一時は自分の大きくなったバストに非常にハッピーであったというけれど、 やはり人間というのは状況に慣れてくるもので、今では、自分の胸が小さかった時代の 記憶の方がどんどん薄れてきたという。
そんな彼女でも、手術を受けた直後からの3日間ほどは、介護が必要なほど体調が悪く、 数日間は高熱に悩まされ、その間は本当に手術をしたことを後悔したというけれど、 一度その状態を脱すると、今度はブラや水着を買うのが楽しくてたまらない日々が訪れ、 最初は難色を示していた彼女の夫も、徐々に彼女の「作りものの胸」に慣れて、 だんだん気に入ってさえ来たという。
でも、インプラントから5年が経とうとしている彼女の頭を時々よぎるのが、 液漏れ、インプラントを入れ替える日がやってくるかもしれないという不安で、 特に体調を崩したりすると、「インプラントに異常が起こっているのかも知れない・・・」という 気持ちに襲われることも少なくないという。
すなわち彼女はバスト・サイズのコンプレックスを払拭した一方で、 インプラントの入れ替えとそれに対する不安という言わば時限爆弾を背負い込んだ訳であるけれど、 人にはそれぞれの価値観というものがあって、それでも大きめのバストで、 自信に溢れた生活がしたいと考えている女性が、この世の中に多いのは紛れもない事実である。

今回、諮問委員会から承認を受けたメンター社のCEO、ジョン・レヴァイン氏が、 「(豊胸手術によって得られる)自分に対する自信こそが、健康的な生活をサポートするもの」とコメントしていたけれど、 確かに、「使える物は全て使って自分を幸せにしよう」という姿勢には 私も決して反対ではなかったりする。 でも、それは安全性が確保されているものに限って使うべきであるというのが、 私の考えで、女性が大きなバストで幸福感や自信が得られるのも、 健康や命があってこそなのである。



Catch of the Week No.2 Apr. : 4月 第2週


Catch of the Week No.1 Apr. : 4月 第1週


Catch of the Week No.4 Mar. : 3月 第4週


Catch of the Week No.3 Mar. : 3月 第3週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。