Apr. 12 〜 Apr. 18 2010




”Power of Egg Skin”


今週、世界で最も大きく報じられていたのが アイス・ランドの火山爆発で、ヨーロッパのエア・トラフィックが殆ど麻痺する事態になっているニュース。
その火山灰の影響で、フライト・キャンセルはイギリスからウクライナにまで及んでいて、 4月17日土曜日には2万2000のフライトのうち、テイクオフ可能だったのは4分の1以下の5000便。 航空業界は1日当たり200億円の損害を被っているとのことだけれど、 これだけの規模で 空のダイヤが乱れたのは9・11のテロ以来。当時は1日4万のフライトが3日間に渡って全てキャンセルされるという事態になっていたのだった。
科学者は一様に、この火山爆発が何時まで続くのか分からないとしているけれど、まるでCGでクリエイトした映画「ロード・オブ・ザ・リング」の1シーンを思い出させるような 火山爆破の映像は、アースデイを直前に控えて、自然のパワーとその恐ろしさを見せ付けている印象なのだった。

そんな火山爆破と同じような規模の衝撃がウォール・ストリートに走ったのが4月16日、金曜のこと。
SEC(米国証券取引委員会)がこの日、ゴールドマン・サックスに対し、 値下がりが見込まれていたサブプライムローン(低所得者向け高金利住宅ローン)を 債務担保証券(CDO)として商品化し 投資家に売る一方で、裏ではその空売りで巨額の利益をもくろむ 大手ヘッジ・ファンド、ポールソン・アンド・カンパニーと 結託していたという詐欺罪で、同社をニューヨーク連邦地裁に提訴したと発表。 これを受けて金曜のゴールドマン・サックスの株価は13%も値下がりし、同社はこれによって$12.4ビリオン(約1兆1421億円)の企業価値が失われた計算になるのだった。

この詐欺行為のシナリオで、重要な役割を果たしているのが、ヘッジ・ファンド、ポールソン・アンド・カンパニー。
サブプライムローンが破綻すると見込んだ同ヘッジファンドは、信用格付けが最低ランクで 債務不履行に陥ることが見込まれる債券を 買い漁り、この空売りで利益を上げるためのパートナーを模索していたけれど、このオファーに乗ってきたのがゴールドマンとドイツ銀行。
ゴールドマン側は 当時のバイス・プレジデントで、今回、個人として唯一 訴追対象になっているファブリス・トゥールがこのプロジェクトの中心人物となっており、 彼は、ACAマネージメントという第三者を介して この破綻すると分かっている債務担保証券(CDO)を 「ABACUS/アバカス」 というネーミングで2007年2月に投資家に販売。 アバカスの99%は 2008年初旬までに大幅にダウングレードされることになり、これを空売りしていたポールソン・アンド・カンパニーの クレジット・ヘッジファンドは 590%のアップという 巨額な利益を生み出す結果に至っているのだった。
ちなみに、ゴールドマン・サックスはアバカスのCDOで損失を被ったとしているものの、投資家からも ポールソン・アンド・カンパニー側からも、 損をしても得をしても、フィーが舞い込んでくる立場。 CDOはサブプライム問題を更に悪化させ、今回の金融危機の引き金ではなくても、火に油を注いだ存在と見なされているけれど、 ゴールドマン側は、SECの訴追内容は全くの無根拠とコメント。
また、同詐欺行為による投資家の損失として見積もられているのは数十億ドル(数千億円)であるけれど、 たとえゴールドマンが敗訴した場合でも、そのペナルティとして見込まれているのは$1ビリオン(約9210億円)。 同社が2009年のボーナスとして社員に支払った総額の16分の1に過ぎない額な訳で、 ゴールドマン側はSECの訴追と対決する構えを見せると同時に、 たとえ 敗訴してもビジネスに影響は無いという強気の姿勢を見せているのだった。


さて、ニューヨークはすっかり春になって、桜やチューリップ、水仙などがセントラル・パークで見ごろの季節を迎えているけれど、 3週間ほど前から私がスタートしたのが、セントラル・パークでのジョギング。
ジムのランニング・マシーンで冬の間から走り始めていたものの、果たして外はどの程度走れるのか、正直なところ内心 心配していたけれど、 いざ走ってみると、 外を走る方がずっと気分的に楽な上に 体力的にも負担にならないことに気づいたのだった。
というのも、まず外を走るとその景色や他のランナーなど、気が散る要素が沢山あるので、精神的に走っていることが苦にならないのに加えて、 走ると風が身体に当たる分、抵抗力になるかと思いきや、汗を乾かしてくれるので、室内のジムよりもずっと快適に走れるのである。
なので、週3回程度、その日の体調やスケジュールに合わせて、セントラル・パーク全体を1周する最長の10キロ・コース、貯水池の周りの2.5キロ・コースをミックスして 走り始めたけれど、私がエクササイズやスポーツをする最大の理由はやはり、健康と若さの維持。 でもそれ以外にも、骨と筋肉を丈夫にして、柔軟性や反射神経を養うことによって 怪我とそのダメージを防ぐという理由があるのだった。

実は、私は占い師の母に「一生に渡って怪我が多い」と宣告されている身。
母によれば怪我は多くても、事故などによる怪我ではないそうだけれど、実際、これまでの人生を振り返ると、 普通の人がしないような怪我をしてきたのが私なのである。
大体、大きめの怪我というのは2〜3年に1度程度のサイクルで やって来ていて、最後に大きな怪我をしたのは 2007年6月3週目のこのコラム にも書いた、2本の長い蛍光灯を持ったまま 転んでしまい、その破片による皮膚のカットやアザ、擦り剥きを含めて37箇所も キズを作ってしまったというもの。

この怪我のサイクルを自ら熟知しているだけに、そろそろ気をつけなければ・・・とは思っていたけれど、それでも怪我をしてしまうのが 運命であり、運勢の悲しいところ。 それが起こったのが今週木曜のことなのだった。

私はセントラル・パークを走るようになってから、バイク(自転車)・レーンを走っているバイカーが時にうらやましくて、 そのうち自分も自転車をレンタルしようと考えていたのだった。
でも高校時代に自転車で大怪我をした経験がある私は、自分1人で 久しぶりに自転車に乗るのには抵抗があったので、 先週男友達に付き合ってもらって、パークの最長のコースを自転車で快適に走ったのだった。 それで、「大丈夫」と思い込んだ私は、木曜の朝、ジョギングをする予定を自転車に切り替えたのだけれど、 それが大間違いのもと。
この日借りた自転車は前回借りた自転車よりシートが高く、自転車本体も重たく、走り出した途端に 靴紐の緩みを感じて、 一度止まって それを結び直そうとした私は、傾いた自転車の重さが支えきれず、サイドウォークになぎ倒されてしまったのだった。 しかも倒れる瞬間に路側帯のブロックで、左足のアキレス腱を音がするほど強打してしまい、慌ててアキレス腱を見ると、既に血が噴出して、 大きな擦り傷が出来ていたのだった。 でも良く見ると、一番出血が激しい部分は、皮膚に直径2ミリ程度の深い穴が開いていて、穴の周囲には皮膚と皮下脂肪がえぐり出ているのが見て取れる状態。 穴の中を覗き込むと、何と骨が見えたので、 さすがに怪我に慣れている私も 唖然としてしまったのだった。

でも強打したとは言え、足の骨が折れている訳ではないのは直ぐに感じられて、まずは自力で立ち上がったけれど、 前回怪我をした時同様、 こういう時のニューヨーカーは本当に親切で、走ってくる人達が次々に「大丈夫?」と言って止まってくれたり、バンドエイドをくれたりして、 走っている最中に止まるのが いかに難しいかを熟知している私としては、本当に彼らの優しさに感謝してしまったのだった。

怪我は、走り出した直後だったので、バイク(自転車)のレンタル料もチャージされることなく、持っていたティッシュ・ペーパーと貰ったバンドエイド、 そして髪の毛用のゴムで傷の応急処置をした私は、歩いて自分のアパートに戻ったけれど、頭の中は病院に行ってステッチで穴をふさいで貰うべきか、 自然治癒で直すべきかで迷っている状態。でもこの日はアポイントメントが2つあった上に、キズ自体はそれほど痛くないこともあって、 化膿止めとテーピングをして、予定通りのスケジュールをこなすことにしたのだった。
でも昼過ぎ頃から感じ始めたのが物凄い睡魔。目を開けていられないほどに眠たくなって、ふと見ると足は痛みは無いものの、徐々に腫れて来ているのだった。 なので、「早く自宅に戻って寝てしまいたい」と思ったけれど、ふと思い出したのが、「腫れた傷が出来た直後に眠ると、腫れが益々酷くなるので、12時間くらい 経過するまで眠らない方が傷のためにはベター」というアドバイス。 ボクサーも試合の後、この理由で直ぐに眠らないようにするのだそうで、私もこのアドバイスを守って、怪我をした時間から12時間後までは眠らないことにしたのだった。

仕事を終えて帰宅して、再び傷を覗き込むと穴からは未だ軽く出血が続いている状態。でも人間の皮膚というのは、開いているところが勝手にくっつくように 出来ているのは 私のこれまでの怪我の経験から言えること。なので、最初はテーピングでくっつけようと考えたけれど、 皮膚の再生を早める方法を考えるうちに思い出したのが、プロレスラーの皮膚の治癒方法。
プロレスラーというのは、試合中に簡単に出血するように 試合前に予め肌を傷つけておくのは比較的 知られていることだけれど、 試合後に 肌の再生をスピードアップさせるために使っているのが ゆで卵の皮。これは殻の内側の薄い皮のことで、 生卵では効果が無いといわれているのだった。 この皮にはたんぱく質が豊富に含まれているのだそうで、これを傷口に貼り付けておくと、皮膚の再生が著しくスピードアップするとのこと。
たとえ これが ウソだったとしても、 払う犠牲は ゆで卵数個 と判断した私は、 早速 卵を茹でて、キレイに皮をむいて、化膿止めが乾いた傷に貼り付けることにしたのだった。
卵の皮は最初は半透明で柔らかいけれど、乾いてくると硬くなって縮んでくると同時に、真っ白いパリパリしたテクスチャーになってくるもの。
はがす際は、皮が傷に付着しているので、はがした途端に出血してしまう恐れがあるけれど、これは一度 皮を水で濡らせば防げる状態。 最初のうちは 効果があるのか 無いのか、全く分からなかったけれど、とにかく数時間置きに、卵の皮をむいては傷に貼り付ける作業を2日続け、 夜も、皮を貼り付けたまま眠るようにしていたのだった。
そうして土曜日になって傷をよく見ると、穴は殆ど塞がっており、穴の周りにグシャグシャ溜まっていた皮膚や皮下脂肪も傷の一部として 皮膚に同化しており、明らかな改善が見られたのには自分でもビックリしてしまったのだった。
しかも卵の皮は乾いて縮むことによって傷口を閉じる役割を果たしているようで、穴が閉じただけでなく、怪我をした直後より 傷のサイズも明らかに小さくなっていたのだった。
もちろん卵の皮を貼り付ける以外にも、打撲で腫れた部分は冷やしていたし、目下私のお気に入りで、CUBE New York のサイトでも販売を始めた シャクティ・マットの上で足を休ませるなど、自分なりのフィジカル・セラピーをしまくっていたのと、 カルシウムの摂取を増やして、金曜、土曜は全く運動をせず、特に土曜日はひたすら眠るようにしていたのだった。 その結果、私が眠っていたのは何と18時間。食事と卵の皮の貼り替えで目を覚ました以外は、ずっと眠っていたのだった。
いずれにしも、私の怪我は 今日日曜には、1時間のヨガ・クラスと、1時間の簡単なエクササイズを全く痛み無しにこなせるほどに回復。 一体誰がどうやって考えだしたのかは知らないけれど、「この卵の皮のトリックは物凄い!」と思ってしまったのだった。
アメリカは、こうしたちょっとした怪我で、ステッチをしてもらおうとしても 病院で長時間 待たされた上に、不愉快な思いをしたり、 ストレスが溜まる思いをするのが常。なので、私としては病院に行かずに卵の皮で治療できたことは、仕事の予定も替えることなくこなせて、 ラッキーの一言なのだった。


ところで私は以前、友人に 「健康的な出会いを求めるならセントラル・パークでジョギングをすること」 とアドバイスされたことがあるけれど、 これはかなり言えていると思うのだった。
というのも 怪我をする前の今週、 セントラル・パークの貯水池の周りを走っていたところ、全く同じペースで走っている男性が居て、 抜こうとしてスピードアップすると、向こうもスピードアップしてきて、だからと言ってスローダウンして彼を先に行かせようとすると、 せっかくのこちらのペースが狂ってしまうので、結局、彼とは貯水池の周りを1周半、ランニング・パートナーのように一緒に走ることになってしまったのだった。
私が2周目を終えて帰ろうとした時、その男性が「It was nice to run with you!」 と声を掛けてきたけれど、 よく見ると、背は高くないものの なかなかキュートな顔立ちのブロンド青年。なので、携帯電話番号を交換して 機会があったら また一緒に走ろうということにしたのだった。
その彼からは、「今週末 一緒に走ろう」 というお誘いの携帯メッセージが入っていたものの、あいにく私は 未だ走るほどには回復していないので、 断ってしまったのだった。ニューヨーカーというのは最初のお誘いを断ると、もう2度と誘ってこないケースが多いので、 彼とはもう縁が無いと思うけれど、よく考えてみれば閉所恐怖症である私としては、人が傍を走っているのはあまり気分が良くないもの。 なので、一緒に走るパートナーは必要無いけれど、友人の言うとおり、セントラル・パークで こんな風に健康的な出会いがあるということは この例を通じて学んだのだった。






Catch of the Week No. 2 Apr. : 4月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Apr. : 4月 第 1 週


Catch of the Week No. 4 Mar. : 3月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 Mar. : 3月 第 3 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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