Apr. 17 〜 Apr. 23




スター・パワーのパラドックス




今週のアメリカのエンターテイメント関連のニュースで最も大きく報じられていたのが、ジュリア・ロバーツ ブロードウェイ・デビューである。
イーサン・ホークやデンゼル・ワシントン等、ハリウッド・スターのブロードウェイ出演が さほど珍しくはない昨今であっても、 メガ・スター中のメガ・スター、ジュリア・ロバーツの登場ともなれば、話題性や報道の規模が違うのは言うまでもないこと。 しかも今回の舞台は、ジュリアにとって、双子を出産して以来の初仕事、すなわち産休を終えたカムバックにも当たる訳で、 その初仕事が映画ではなく、彼女にとって初のステージ・プレイということで、メディアは ジュリアのブロードウェイ・デビューをことさら大きく扱っていたのだった。

彼女が今回ブロードウェイ初出演を果たしたのは「スリー・デイズ・オブ・レイン」というリチャード・グリーンズバーグ作の2部構成のストレート・プレイで、 1997年初演以来のリバイバル。登場人物はジュリアを含め3人のみで、共演はTV「エイリアス」や「キッチン・コンフィデンシャル」に出演しているブラッドレー・クーパーと、古くは映画「クルーレス」、TV「フレンズ」、最近では「フォーティー・イヤー・オールド・ヴァージン」に出演し、舞台経験もあるポール・ラッド。

第1部の時代設定は1995年。有名建築家の父、ネッドの死後、遺産を巡ってその腹を探り合う 娘ナン(ジュリア)、その弟ウォーカー(ポール・ラッド)、 ネッドのパートナー、セオの息子で、ネッドが最初に建てた家の相続を遺言で定められているピップ(ブラッドレー・クーパー)の3人を描くもの。
第2部では、時代が1960年に遡り、同じ3人がその親の世代を演じることになる。ジュリアが演じるのは 後にネッドの妻となり、 彼女が第1部で演じたナンの母親となるリナ。ポール・ラッドが演じるのがネッド、そしてブラッドレー・クーパーはピップの父、セオを演じるというもので、 ここでは建築学校に通う友人同士のネッドとセオ、初めはセオのガールフレンドだったリナ、でもセオが旅に出ている間にリナと結ばれてしまうネッド という、第1部より分かりやすい恋愛の三角関係が描かれている。

舞台関係者の間では、ジュリアがこの「スリーデイズ・オブ・レイン」への出演を決めたと発表された直後から、 「どうして よりによってこんな難しい芝居を選んだのか?」と彼女の選択を疑問視する声が聞かれていたというけれど、 実際、このリチャード・グリーンズバーグの「スリーデイズ・オブ・レイン」は、台詞がヴェルディのオペラ 「リゴレット」のように流れていかなければならないプレイで、登場人物3人は舞台経験豊富な性格俳優が演じるべきキャラクターとされており、 これはハリウッド女優、ジュリア・ロバーツとは全くかけ離れたプロファイルなのである。
案の定、4月19日のプレミアの翌日、ニューヨーク・タイムズ、ニューヨーク・ポストといった地元の有力メディアだけでなく、 全米各都市の主要紙のシアター・レビューに掲載された同プレイのレビューは、惨憺たるものとなっており、 ニューヨーク・タイムズ紙のベン・ブラントレーは、自らをジュリアホリック(ジュリア中毒)としながらも、彼女の演技が固く、 時に自意識過剰であるとし、劇場内にはジュリアと彼女を観に来たファンの間にはエモーションが感じられても、 ステージ上にはエモーションが感じられないと指摘する。 ベン・ブラントレーは、ステージから感じられるジュリアの真のスター・パワーを評価し、同舞台で「ジュリアを観る価値はある」としながらも、 リチャード・グリーンズバーグとそのプレイのファンに対しては「Stay Home」と釘を刺し、 この舞台で彼女がファンを失うことは無くても、決して新しいファンを獲得することは無いだろうとも語っている。

でも、このレビューは比較的好意的と言えるもので、ニューヨーク・ポスト紙のシアター・レビューアーのクライブ・バーンズは、 最高4つ星の評価基準で、「スリー・デイズ・オブ・レイン」に与えたのは、星1つにも満たない星半分。
「プレイも酷かったが、正直なところジュリアも酷かった」という書き出しの彼のレビューでは、 第1部でのジュリアは、「顔と鼻が長いだけの 映画とはかけ離れたごく普通のルックス」 と評され、第2部では「やっと我らが愛するジュリアらしい笑顔が見られる」と言いながらも、発声がさほど良くないことを指摘する。 「スリー・デイズ・オブ・レイン」は6月18日までの12週間の限定上演で、既に最も安い61.25ドルのチケットと、それに次いで安い81.25ドルのチケットは かなり前に完売しており、現在残っているのは、101.25ドルと251.25ドルのチケットのみとレポートされているけれど、クライブ・バーンズは「もし251.25ドルのチケットが買えなかったとしても、それはラッキーだと思うべき」という文句で締めくくっている。
この他、ボストン・グローブ紙は、「”スリー・デイズ・オブ・レイン”は2時間半のジュリア・ロバーツであり、150分間の退屈」と評し、 シカゴ・トリビューンは「ステージに飛び上がってジュリアに近付きたい衝動を抑えて、彼女の(退屈な)演技を見なければならない」としており、 ジュリア・ロバーツというハリウッドのトップ女優、「アメリカズ・プリティ・ウーマン」とニックネームされる国民的スターは、 そのスターダムが大きいがゆえに、バッド・レビューの報道規模も全米メディアに及ぶものとなっていたのだった。

私が記憶する限り ブロードウェイ・レビューが これだけ一般メディアでも大きなニュースになるのは、未だトム・クルーズと結婚していた頃の二コル・キッドマンが出演した「ブルー・ルーム」以来で、この時は二コルがステージ上でヌードになるというのが話題で、観客がオペラ・グラスではなく、双眼鏡持参でシアターに訪れていた様子や、 プレミアの際、観客席に座ったトムが、二コルのヌード・シーンをどんな表情で見守るのかに関心を示す観客が多く、彼に視線が集中したというエピソードは、今でもはっきり覚えているもの。 この時の二コルも、ステージ女優としては決して高い評価は得た訳ではなかったけれど、ジュリアのように「一部台詞が棒読み」とか「間の取り方が下手」というような、初歩的な演技のテクニックについて批判されることはなかったと記憶している。
ジュリアも二コルも、共にハリウッドのメガ・スターであり、オスカーで主演女優賞に輝いているけれど、やはり映画女優と舞台女優というのは、 同じ役者でも似て非なるもの。
1シーン、1シーンを細かく演じ、失敗すれば撮り直しをし、撮り終えたフィルムの編集によって1本のアクトに仕上げるのが映画である一方、 舞台というのは、休憩を挟むものの、基本的にはやり直しが効かないノンストップのアクト。 以前、「映画女優はバカでも務まるけれど、舞台女優はバカには務まらない」と舞台女優が語っていたのを聞いた事があるけれど、 覚える台詞の量もさることながら、失敗をカバーする機転など、映画俳優とは異なる演技能力やスタミナが要求されるのが舞台俳優であるし、 映画と舞台の演技が異なるというのは、舞台経験をした映画俳優も、映画出演を果たした舞台俳優も語ることである。
あの名映画俳優でオスカー主演&助演男優賞に輝く、デンゼル・ワシントンでさえ、昨年の「ジュリアス・シーザー」のブルータス役は不評であったから、 名映画俳優の演技力がそのままステージにコンバートできる訳ではないのは容易に想像が付くものだけれど、 ことにジュリア・ロバーツの場合、彼女が映画で例え誰を演じようと、人々が銀幕上に観るのは 「ジュリア・ロバーツ」 という アメリカの誰もが愛する彼女自身のキャラクター。 彼女のスクリーン・プレゼンス(存在感)と人を惹き付けるスター・パワーは 演技力とは全く無関係の彼女が生まれ持った魅力であるし、 どんなに演技力のある俳優がどんなに努力しても身につけられないものである。


今回の「スリー・デイズ・オブ・レイン」の場合、プレイそのものが退屈であったというのは、ありとあらゆるメディアのレビューに 共通した見解であり、芝居としては全く評価されないのは明らかであるけれど、 そのバッド・レビューの全てが、彼女のスター・パワーを称えていたというのは非常に興味深いところであるし、珍しい現象とも言えるものである。
ジュリアには未だ舞台俳優としての演技力が備わっていないのは明らかであるけれど、例え彼女にそれが備わったとしても、 彼女がジュリア・ロバーツというハリウッドのスーパー・スターである以上、彼女がブロードウェイに登場すれば、人々が見に来るのは芝居よりも、 まずジュリア・ロバーツであると思うし、人々は芝居自体が面白かろうと、つまらなかろうと、生のジュリアをその目で見たことに 満足感を覚え、レビューが悪かろうが、良かろうが、ジュリア観たさにチケットを購入する訳である。 もちろん これが映画の場合、ジュリアが出演していて興行成績が振るわなかった映画は何本もある訳だけれど、 彼女を 同じ空間で、生で眺められるシアターとなれば話は別である。
共演者や舞台監督は、観客が自分達の携わっている芝居ではなく、ジュリアを目当てに劇場に足を運ぶことことから、 無力感を味わうことになるであろうけれど、芝居は大々的にメディアにフィーチャーされるし、 劇場はほぼ満員を続ける訳で、これこそがジュリア・ロバーツというメガ・スターをプレイにフィーチャーするという メリットであり、デメリットなのである。



Catch of the Week No.3 Apr. : 4月 第3週


Catch of the Week No.2 Apr. : 4月 第2週


Catch of the Week No.1 Apr. : 4月 第1週


Catch of the Week No.4 Mar. : 3月 第4週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。