Apr. 16 〜 Apr. 22 2007




” ヴァージニア工科大学銃乱射事件、5つの不思議 ”



今週のアメリカは、4月16日 月曜にヴァージニア工科大学で起こった 銃銃乱射事件の報道で持ちきりであったのは言うまでもないこと。
でも、この32人の犠牲者と犯人の自殺というアメリカのキャンパス史上最悪の惨劇は、犯人がアジア人であったことを除けば、 コロンバイン高校の銃乱射事件やそれ以外のキャンパス内での射殺事件とは さほど変わらないシナリオであったのだった。
すなわち、「日ごろからクラスで馬鹿にされたり、からかわれている 一見大人しい 孤立した学生が、 銃によって その復讐を果たす」というもので、事件から日が経つに連れて明らかになってきた犯人、チョ・ソン・ヒの キャンパス・ライフは、コロンバイン高校の事件の犯人、エリック・ハリスとディラン・クレボルドよりも悲惨なものだった。 エリック・ハリスとディラン・クレボルドは学校の中で異質な存在であっても、彼らがトレンチコート・マフィアと呼ばれるグループを 形成していたのに対して、チョ・ソン・ヒは時に大学寮のルーム・メイトに訳の分からない妄想を口にする以外、 殆んど口を利かず、カフェテリアでは1人で食事をし、夜は9時に眠るような 今時の大学生とは思えない生活をしていたのである。
そもそも幼い頃から母親の語りかけに対しても 応答も 反応もしないことが多かったという彼は、時折尋ねてくる親戚からは 「大人しくて良い子」と思われていたが、母親はコミュニケーションを取ろうとしない彼を心配していたとのこと。 高校時代から 大人しい上に英語が上手く話せないために いじめの対象になっていた彼であるけれど、 それは大学に入ってからも続いていたという。
クラスで彼がつたない英語で話し始めると、学生達は一斉に笑い、韓国人の彼に向かって ”Going Back To China / 中国へ帰れ!” という野次が飛んでいたことは クラスメートの証言から明らかになっている。 また、彼があまりに無口なので、彼に 言語障害や聴覚障害があると思い込んでいた学生も居たそうで、ある日「10ドル払うから ハローって言ってみろ」とクラスメートがオファーした際も、彼は沈黙を守り続けていたという。
チョン・スン・ヒが 僅かに会話を交わしていたのはルームメイトで、彼はある時 「ジェリーっていうガールフレンドが出来た。 彼女は宇宙に住むスーパーモデルなんだ」と いう妄想を語っていたことがルームメイトによって証言されている。

その一方で、チョン・スン・ヒの異常さを危惧する教師は何人も居り、あるクラスでは彼が机の下で 携帯電話を使って写真を写していたため、 気味悪がって クラスに来なくなった生徒が数人居たことが伝えられているし、彼が英語のクラスで暴力的かつ残虐な脚本を書いていたことは 既に大きく報じられている通りである。 また彼は数人の女子生徒を追いかけていたようで、そのうちの2人は警察に通報。警察から2度目の警告を受けた直後、 彼が ルームメイトに自殺をほのめかすテキスト・メッセージを送付したことから、彼はキャンパスでの精神カウンセリングを受けることになり、 その後 精神科の病院に送られたが ここでは通院治療で十分と判断されている。しかしその後 彼が治療を続けていたかについては 誰も確認さえしていなかったという。

今回の事件で、私が不思議に思うのはこれだけクラスメートや教師が 彼の異常さ、”いじめ”にあっていた状況について 詳しく語っているにも関わらず、学校関係者が ”何故彼があんなことをしたのか分からない” と語っていること。
彼がオープンな性格で、常に明るく、友達も沢山居たならば、”何故彼があんなことをしたのか分からない”と疑問視するのは筋が通っているけれど、 チョ・スン・ヒは、大人しいものの 周囲からは何を考えているか分かず、文章を書かせれば異常なほど暴力的であった訳で、 こうした事件を起こす学生とプロファイルがピッタリ マッチしているのである。 したがって何を今更不思議がる必要があるのか?が私には逆に理解に苦しむ部分なのである。
しかもニューヨーク・ポスト紙の報道によれば、チョン・スン・ヒは日ごろから彼をいじめる学生の「Hit List / ヒット・リスト(暗殺リスト)」を 作っているということが 学生達の間では噂になっていたそうで、学生達は怖がるよりも面白がってその噂話に興じていたとの事である。

次に私にとって不思議なのは、最初の犠牲者、エミリー・ヒルシャーと、そこに駆けつけたライアン・クラークが撃たれた際、 キャンパス・ポリスがエミリーのルームメイトの証言から、近隣の大学に通うエミリーのボーイフレンドが犯人だと思い込み、 無実の彼に捜査を集中させ、警察も学校側も「ガンマンはもうキャンパス内に居ない」と信じきっていたという事実。
そのルームメイトの証言というのが、もし「ボーイフレンドがエミリーを撃ち殺して逃げたのを見た」という目撃情報ならば そうなるのも理解できるけれど、 彼女が語ったのは「エミリーのボーイフレンドは銃を所有していて、2週間前には彼がエミリーをシューティング・レンジに連れて行った」という 情報のみ。これだけで、エミリーはボーイフレンドによって射殺されたと思い込むのは、あまりにお粗末というか、警察の捜査たるものが そんな短絡的なもので良いのだろうか?と真剣に疑問に思えてしまうのである。
この警察の見込み捜査のせいで、当初はエミリーが チョン・スン・ヒのガールフレンドだったという誤報までもが流れる結果にもなったけれど、 こうして警察が勘違いしている間にチョン・スン・ヒは、自分が撮影したビデオと写真を3大ネットワークの1つ、NBCに 翌日届くよう 近くの郵便局から自ら送付しており、寮に戻って武装した彼は 更に30人の殺害の現場となったノリス・ホールに向かうことになるのである。

そのチョン・スン・ヒがNBCに送付したビデオと写真は、彼が誤った郵便番号を記入したために彼が意図した事件の翌日火曜日ではなく、 翌々日の水曜に届いているけれど、NBCはこれを受け取ってFBIに通報した後 各メディアに配信しており、これによって チョン・スン・ヒの思惑通り、武装した彼の姿は全米の主要メディアの一面トップに掲載された他、数多くのTVニュースが彼が 自ら撮影したビデオを放映したのだった。
このため、ヴァージニア工科大学の関係者はNBCを始めとするメディアに対して怒りを露わにしており、学校内には「メディアは立ち去れ!」という 横断幕が見られたほか、ことにNBCに対してはそのニュース番組とのインタビューをキャンセルする遺族も続出したのだった。 NBCはこの公開について「人々が 犯人の事件を起こした意図を知りたがっていたため」と説明していたけれど、これについて 私は、 ビデオや写真を見ても何も新しい犯人像やその意図が浮かび上がって来ないと思っただけに、 特にその公開に必要性があったとは思えないのが個人的な感想である。
でも、その公開に意義があったとしても やはり不思議に思えてならないのは、どうしてNBCがもっと遺族や大学関係者に配慮した 公開をしなかったのか?という点。 ただでさえ昨今視聴率が低下しているNBCが チョン・スン・ヒ から送れたビデオと写真を まるで誇らしげなスクープのように公開したのは、視聴率が絡むビジネス・デシジョンのように思えて、 不思議というより、情けないとさえ思えてしまうのである。

さて、アメリカのキャンパス史上最悪の事件の犯人が韓国からの移民であったということで、 ヴァージニア工科大学の韓国人学生は、その後の人種的嫌がらせを避けるために、キャンパスを一時的に離れたことが伝えられており、 その一方でウエスト・コーストのラジオ局には 韓国人の親から「子供が学校で唾を吐きかけられた」と嘆く声が 寄せられるなど、事件後の韓国人移民達の戦々恐々とした様子がメディアによってレポートされていたのだった。 韓国では アメリカ大使館の周りで、犠牲者の冥福を祈るキャンドル・サービスが行われたりもしていたようであるけれど、 ニューヨークに住む韓国人の知人に聞いたところでは、特に今回の事件のせいで嫌がらせを受けるような事はなかったという。
でも、国同士が戦争をしていたり、特定の国に対する悪感情が こうした人種的な差別や嫌がらせを生み出すのならば まだ理解が出来るけれど、単なる1個人の残虐な行為のせいで、その国から来た移民全てが差別や嫌がらせを恐れて ビクビクしなければならないというのは、不思議であり、馬鹿げているとさえ思えることである。 こんな風潮の社会だと、日本から来ている移民とて明日はわが身で、精神的に錯乱した日本人が残虐な事件を起こしたら、 自分とは一切関わりの無い出来事であっても 罪悪感を覚えたり、アメリカ人の怒りの矛先になることを恐れてビクビクしなければならない訳である。
ここで私が不思議に思えるのは、アメリカという国は 個人主義な社会のように見えているものの、 何か事件が起こると 直ぐに人種でくくられてしまう社会であるということ。今回の事件にしても、例えばチョ・スン・ヒが 韓国の国旗を持って、「韓国民のために・・・」などと叫びながら銃を撃ったのであれば、彼と彼の出身国、韓国を結びつけて アメリカ人が韓国系移民に怒りの矛先を向けても不思議ではないのである。 でも 1個人の犯罪であることを理解していても、人種でくくって嫌がらせの標的にしてしまうというのは、 事件への怒りだけでなく、日ごろの生活のフラストレーションのはけ口を探しているようにも見えるもので、こうした事は 都市部にはそれほど起こらなくても、田舎町では決して珍しく無い事のようである。

さて最後に、やっぱり不思議でならないのは、何故アメリカはこれだけの事件が起こっても本格的な銃規制に乗り出さないのか?ということ。
事件が起こった翌日に、ヴァージニア工科大学のガン・クラブの学生が、「校内に拳銃を用意しておけば、 ここまでの惨事になる前に食い止められたのに・・・」などとインタビューで語っているのを聞いて愕然としてしまったけれど、 アメリカの一部の州で育った人々にとっては拳銃は、生活に身近なもので、銃に対する考えが 全く異なっているのである。
なので、こうした惨劇が起こってヴァージニア州が銃の規制に動くかと言えば むしろその逆、すなわち「力には力で対抗する」という考えで、 銃装備を強化してしまう傾向が強いのである。
今日、4月22日付けのニューヨーク・タイムズ紙によれば、アメリカで年間に銃によって命を落としている人の数は、 最も最近の2004年のデータで2万9569人。 1日平均81人が死亡している計算になるという。
この資料によれば、1日平均の81人の内訳は、最も多いのが40歳以上の白人男性の自殺で、その数は25人。 これを筆頭に、死者の約半分に当たる41人が自殺によるものである。 最も殺人の犠牲者になるケースが多いのは黒人男性の18〜25歳、26〜39歳で、ともに1日に6人ずつの犠牲者を出していると言われる。 自殺、他殺以外には、銃の暴発事故や発砲ミスによる過失致死などが銃による死亡原因であるけれど、 これだけ死者が出ていても本格的な銃規制が行われないのは本当に理解出来ないもの。
とは言っても銃規制は、州によってそのレベルが異なり 都市部ほど厳しく、所謂 ”田舎の州” ほど緩いもの。 今回のヴァージニア州のように2種類のIDがあれば月1丁の拳銃が購入できるという 極めて甘い州も少なくないのである。
私にとって、アメリカ人の銃に対する考えの違いをセンセーショナルに感じさせた事件といえば、 約15年ほど前にルイジアナ州で起こった日本人留学生の射殺事件。ハロウィーンの日に仮装をして 間違った家を訪ねてしまった 日本人男子留学生が武器を持った不審者だと勘違いされて 射殺され、その加害者男性に対して 陪審員が僅か15分で 正当防衛の無罪判決を下したのは、カルチャー・ショックを超越した大ショックだったのは非常によく覚えていたりする。
私はこの時、「アメリカの田舎町には決して足を踏み入れない!」 と心に誓ってしまったけれど、その気持ちは 「銃社会」や 「人種問題」を考えるにつけて 今も全く変わらないものなのである。



Catch of the Week No.3 Apr. : 4 月 第3週


Catch of the Week No.2 Apr. : 4 月 第2週


Catch of the Week No.1 Apr. : 4 月 第1週


Catch of the Week No.4 Mar. : 3 月 第4週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。