Apr. 20 〜 Apr. 26 2009




” スーザン・ボイルの本当のソーシャル・インパクト ”


今週末のニューヨークもとても天気が良くて、既に夏のような気候だったけれど、こんな風に コートとブーツで街を歩いていた 翌週にはタンクトップとサンダルに装いが様変わりするのは典型的なニューヨークの季節の移り変わり。
なので、ニューヨーカーにとって春物は要らないというのはまさに事実なのである。

そんな中、今アメリカで大きな脅威になる可能性があると警鐘が鳴らされているのが、未だワクチンの無いスワイン・インフルエンザ A (H1N1) 、 すなわち豚インフルエンザである。 アメリカの疾病予防管理センター(CDC)によれば、米国内でも 20件の豚インフルエンザが確認されているというけれど、 未だ誰も死亡には至っていないという。 でも感染の源であるメキシコの首都、メキシコ・シティでは既に61人が命を落としており、 感染者の数は800人以上に上っていると見られているのだった。 これを受けて、メキシコでは美術館を始めとするカルチャー・センターや学校が閉鎖され、市民は映画館や公共のイベントなど 人が集まる所へは行かないように、更に挨拶の際の握手やキスを自粛するように呼びかけているという。 また、アメリカ政府もメキシコへの旅行を控えるように、もしメキシコから戻って風邪の症状がある場合は、直ぐに 医師に相談するようにと警告しており、同様の警告はカナダ政府によっても行われているという。
豚インフルエンザは、その名の通り 通常は豚の間で流行するインフルエンザで 人間には感染しない というけれど、 鳥インフルエンザ同様、一度人間に感染すると、人と人の間では感染するとのこと。 こうしたインフルエンザというと、老人や小さな子供が命を落とすケースが多いけれど、 豚インフルエンザの場合、これまでの犠牲者には 3歳以下と 60歳以上 が1人も含まれておらず、 1918年に大きな被害をもたらしたスペイン風邪等と同様に、健康的な若者ほど感染の危険が高いとも言われるのだった。

さて過去2週間、世界中で大センセーションを巻き起こしていたのが、 イギリスのタレント発掘番組 「ブリテンズ・ガット・タレント」で、 そのルックスに似合わぬ 素晴らしい歌声を披露したスーザン・ボイル(48歳、写真左)である。
彼女は教会のボランティアを勤める失業者で、つい最近 母親に先立たれ、 現在はネコと一緒に暮らす孤独な独身女性。 当初は 「一度もキスをしたことが無い」 と語っていたものの、 このコメントは後に 本人によって取り消されている。
スーザン・ボイルが番組の中で見せたパフォーマンスは、You Tubeの1週間のダウンロード世界記録を打ちたて、世界中の5千万人以上が そのビデオを観たことが伝えられているのだった。
彼女はアメリカでも 番組に出演した翌週には、モーニング・ショー3つを含む数々の番組にゲスト出演する 引っ張りダコぶりであったけれど、”ショー・ビジネス=ルックス完璧主義” のアメリカでは、 各メディアが彼女のルックスの メイク・オーバーを専門家に依頼し、そのシミュレーション画像を製作するセグメントを設けており、 ビューティー・スペシャリスト達が彼女のヘアを染めて、眉の形を整えるといったプランを披露していたのだった。
その一方で、今週に入ってからのアメリカは それまでの彼女に対する ”センセーショナルなスターの誕生” を手放しに 祝福する声が未だ聞かれる一方で、 ”ヤラセ説” が浮上したり、今日のニューヨーク・タイムズ誌のスタイル・セクションの記事のように、 彼女のルックスがそのパフォーマンスと 人々の心理にもたらしたインパクトが分析されるなど、 この突如のセンセーションを徐々に冷静に捉える報道が出てきているのだった。

ヤラセ説に関しては、You Tubeで公開されている 7分間のビデオが エコーが効いた歌声など、 ”上手く脚色され過ぎている” という指摘が まず1つであるけれど、これはアメリカの多くのメディアがヤラセ説抜きでも既に指摘していること。
また彼女が歌った ミュージカル 「レ・ミゼラブル」の中の 「I Dreamed a Dream / アイ・ドリームド・ア・ドリーム」 という楽曲の歌詞の内容が 彼女の境遇にマッチし過ぎていて、「出来過ぎだ。 自分で選んだのでは無いのでは?」 といった憶測に加えて、 彼女が当初 言われていたような 一度もチャンスが与えられたことが無い アマチュア・シンガーではなく、実際には1999年にチャリティのためのCD 「Cry me a river」 をリリースしているといった事実も、 それだけの実力があるシンガーを 「醜いアヒルの子」、すなわちアヒルのルックス&白鳥の歌声のスターとして売り出そう という プロデューサー側の商業的意図を疑われる要因になっているようである。
スーザン・ボイル自身は、母親の死去をきっかけに番組のオーディションを受ける決心をしたと語っており、 ヤラセ説を唱えるメディアも彼女のシンガーとしての実力や彼女自身のキャラクターを作り物だと言っている訳ではないけれど、 その千載一遇の逸材を ”センセーショナルなシンガー誕生” の美談として、力を入れてプロモートしようという裏の力が働いていることは、 彼女の歌声を聴いて 心から涙した人々も 薄々感じるもののようである。

さて、25日の土曜に大きく報じられたのが、そのスーザン・ボイルが遂にメイクオーバーを行ったというニュース。
写真右の左側が Before で、右側がAfter であるけれど、メディアがそのメイクオーバーの成功ぶりを報じるのとは裏腹に、 「ブリテンズ・ガット・タレント」 の番組関係者は、 スーザン・ボイルが ”ugly-duckling image”、 すなわち 醜いアヒルの子のイメージを脱却してしまう ことによってファンを失うことを懸念しており、 「世界中がその歌声を聴いて惚れ込んだままのスーザン・ボイルで居るべき」 とコメントしていたのだった。
確かに写真左側の メイクオーバー前のスーザン・ボイルは、ブラの選び方さえ知らないという感じで、白髪だらけのヘアと ノーメークの赤ら顔が ルックスに全く気を配っていない 彼女の実情を露呈しているもの。 これに対して メイクオーバー後のスーザンは、白髪が染められ、きちんとヘアカットやメークが行われ、 服装もモダンで 体型をカバーするものになっているけれど、私個人の意見では 普通のオバサンになってしまったという印象で、ショー・ビジネスの見地からだと 逆に商品価値を損ねてしまったという印象が強いのだった。

私は人が美しくメイクオーバーされるのは基本的に大賛成で、もしスーザン・ボイルがこれからマッチ・メーキング・サイトでデート相手を 探そうとしている普通の40代の独身女性だったら、右側のメイクオーバー後の姿の方が 遥かに彼女が幸せを掴むチャンスが高い と確信するけれど、 彼女がこれから花開こうとしているショー・ビジネスの世界は 個性やインパクトが人並みのルックスよりも ずっと価値を持つ世界。
そもそも、彼女はステージに登場した時は グラマラスさのかけらも無いようなルックスに誰もが顔をしかめたものの、 一度歌い出した途端に その歌声で人々を魅了したことにより 大センセーションを巻き起こした訳で、 その強烈なインパクトは ルックスと歌声の激しいギャップから生まれたと言っても 決して過言ではないのである。 なので、もしこの歌声の主が ブロンド美女であったら、逆にこれほどまでのセンセーションは起こらなかったと思われるのである。
したがって、彼女がメイクオーバーをしてしまうということは、あえてそのルックスと歌声のギャップを埋めて、 インパクトを減らす結果をもたらす事になるのである。
私個人としては、彼女のキャリアのためには、たとえ何件ものメイクオーバーのオファーを受けても、 「自分は自分のままでありたい」 とそれを断わり続けたほうが、マーケット・バリューがアップしたのでは?というのが正直な感想で、 その方が彼女に共鳴する人々は遥かに多いと思うのだった。

今週、私が出かけたディナーでも スーザン・ボイルのことが話題になっていたけれど、 彼女のルックスについては賛否の意見が真二つに分かれていたのだった。
私同様に、彼女のルックスはそのままで良いと考える側は 「ルックスもシンガーとしての個性のうち」、 「美しさだけがショー・ビジネスの武器ではないことは、既にエイミー・ワインハウスも証明している」 といった主張であったけれど、 彼女のルックスは特に男性陣にウケが悪く、「どんなに歌が上手くても、あのルックスは何とかするべきだ」というような 厳しい指摘がなされていたのだった。
でもルックスについては折り合わなくても、皆の共通した意見だったのが 「スーザン・ボイルがこれだけのセンセーションになったのは、 世の中が彼女のような存在や美談を必要としていたから・・・」というもの。
世界的な経済危機で人々の気持ちが落ち込みがちな今、 ”醜いアヒルの子” 的 スター誕生の エピソードは、 「ルックスに囚われない真の美しさ」、「不遇な境遇でも希望を追い求める姿」、「人々に見下されても、実力を発揮して 逆に人々を魅了してしまうパワー」といった様々なポジティブなメッセージを アピールしている訳である。 人々は彼女の中に いつの日か成功する 夢や希望を抱いたり、 人を見かけで判断する世の中の愚かさが立証されたことへの満足感を覚えたり、 ずる賢い人間、見掛けだけで中身が無い人間だけが成功してきた世の中の終焉を期待して、 明るく晴れ晴れした気分になったり、心の乾きが癒された気分を味わっており、 そんな感動や、ポジティブな気分を新たにするために 過去2週間、何度もYou Tubeのビデオを観ている人は多いという。

そう考えると、エンターテイメントというのはアルコールやドラッグよりもずっと強力で、多大な影響力を持つ現実逃避の手段とも言えるけれど、 実際の世の中は 景気の悪化がどんどん中小ビジネスを倒産や、更なるレイオフに追いやっている状況。 取引先に電話をしたら、長年の担当者がレイオフされていたというような状況は、誰もが味わっているのが昨今である。
私にしても、 今週で過去10年に渡って取引をしてきたダイヤモンド・ディストリクトの業者がビジネスをクローズしてしまって 大ショックを受けたけれど、 ダイヤモンドの最大手、デビアスでさえ昨今、全く売れなくなってきたダイヤモンドの値崩れを防ぐためにファクトリーを2軒も閉鎖する状態。 また、昨今はダイヤモンドを質入して生活費を捻出する人が増えており、その買取価格さえもがどんどん下がっているのだった。
なので、ダイヤモンド・ディストリクトのビジネスの打撃はかなりのもので、閉店に追い込まれたり、レントが安い小さな物件に移る業者が続出しているのだった。
ダイヤモンド・ディストリクトに限らず、銀行からの借り入れが出来ないためにビジネスが回らない企業は多く、 営業時間を短縮しての給与カットなどは 郵便局さえもが行っていること。 また今週は、ブロンクス動物園が 運営費不足のために100匹以上の動物を ”レイオフ” して、 国内の別の動物園などに移すことが発表されているのだった。 ブロンクス動物園といえば、都市部に位置する動物園としてはアメリカ最大で、114年の歴史を誇る動物園。 でも財政難に苦しむニューヨーク市からの助成金も期待できない今、エキジビジョンの閉鎖とその動物を手放すことは 選択の余地が無い状況になっているのである。

私は高校時代の現代国語の先生が「愛情とか、物事に感動する心は、人間としての最低限の生活をしていて初めて沸いてくるものだ」と、 自らの経験から語っていた言葉が 今も頭から離れなかったりするので、 果たしてスーザン・ボイルの歌声が、本当に生活に困った人々の心までもを潤すことが出来るかは 定かではないと考えるけれど、 エンターテイメントでも何でも、人々の心に活力を与えるものは このご時世に有難く感じられるもの。
でも その一方で、スーザン・ボイルの歌声に感動した人々が、「貧しくても、恵まれなくても、いつか成功する日を夢見て 努力しよう」 などと 心のオアシスに辿り着いている間にも、現在の 経済危機を招いたウォールストリートの 金融機関は 既に今年のボーナスを2007年度の水準に戻すためにお金をプールし始めていることが報じられている訳である。
なので、スーザン・ボイルとその歌声は ポジティブな心理効果を一般大衆に与えていると共に、 大切な出来事への問題意識を希薄にする 危険性も同時に持ち合わせている訳であるけれど、 不思議なことに彼女のような存在は 何故か 好況時には 決して現れないものなのである。





Catch of the Week No. 3 Apr. : 4 月 第3 週


Catch of the Week No. 2 Apr. : 4 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 Apr. : 4 月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 Mar. : 3 月 第 5 週







執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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