Apr. 24 〜 Apr. 30




運勢と人生




今月は、 仕事でも、個人レベルでもいろいろな事件やらトラブルが起こっていたので、 すっかり忘れていたけれど、4月19日は私がニューヨークにやってきて16周年目のアニヴァーサリー。
1989年4月18日に日本を出て、19日にニューヨークに到着して 暮らし始めて以来、毎年何となくこの日を意識しながら過ごしてきたし、 時にはお祝いしたり、過去を振り返って日記をつけたりしたこともあったけれど、今年ばかりはあまりにバタバタしていて、気が付いたら NY生活17年目に突入していたという状態だったのである。

以前にも このコラムに書いたことがあるけれど、私はアメリカ人に「何がニューヨークに来るきっかけになったの?」と訊かれる度に、 「Destiny (運命)」と答えていて、これは尋ねたアメリカ人にはジョークのようにも受け取られているけれど、 私がニューヨークに来ることになった経緯を思い出すにつけて、これほど端的な表現は他に無いというのが私の正直な気持ちなのである。

私は1988年に初めて出張でニューヨークに来た時、生まれて初めて旅先で「帰りたくない!」という思いを抱いてしまい、 多くのニューヨーカー同様に、この街に「一目惚れ」 してしまったの訳である。 それ以降、出張前は「行ってみたい街」だったニューヨークが、「住んでみたい街」に変わった訳だけれど、 それを口に出して言っていた私本人でさえ、それが現実になるとは思ってもみなかったのである。
ところが翌年、1989年1月、母に連れられて占いの大家を訪ねたところ、その大先生が開口一番に語ったのが、 「お嬢さんは、1〜2年くらいニューヨークに勉強に行かれたらどうですか?」ということ。 私は その大先生が「海外」などと言わず、いきなり私が行きたがっていた「ニューヨーク」をピンポイントで名指ししてきたのにビックリしたし、 母は母で、自ら占い師として私の運勢を見ていて、以前から思うところがあっただけに、 その時点で私を「ニューヨークに行かせなければダメだ」と完全に悟ることになったのだった。
そして、私がキツネに摘まれたような気持ちで、ただ黙って聞いている中、母とその大先生が、2人で決めたのが私のニューヨーク行きだったのである。

それから2ヶ月半後には、私はニューヨーク生活を留学生としてスタートすることになったけれど、この時は本当に運命によってニューヨークに 引き寄せられているような感じで、準備はすこぶるスムースだったし、とにかくニューヨーク行きが決まってから、あっという間に ニューヨーク生活が実現したという感じだったのである。
でもニューヨークに来てからの生活というのは、そんなに甘いものではなくて、最初の2ヶ月くらいは、ニューヨークという新しい環境が新鮮で、 エキサイティングで、あっという間に過ぎたけれど、3ヶ月目を迎える頃から、生産性が無い学生というポジションで、英語を話す勉強をしている自分が 情けなくなってしまい、物凄い焦りや行き詰まり感を覚えて 落ち込んでしまったし、ニューヨークに来ること、ニューヨークで暮らすことに対して 満足感や達成感を抱いていた自分が本当にバカで小さな存在に思えてしまったのだった。
その後FIT(Fashion Institute Of Technology / ファッション工科大学)に通い始め、翌年2月からは、これも運命の巡り合わせのように、日本で務めていた会社と関連のあった雑誌社に、自分の書いたものも見せないまま エディター兼ライターとして雇われることになったけれど、 ここでニューヨークという街や、アメリカのファッション&ビューティー業界を仕事として学ぶチャンスに恵まれたのは とてもラッキーなことだった。 でも、労力の割に給与は安かったし、務めてから3年半後には雑誌が休刊になり、それと同時にレイオフとなってしまったのだった。
幸い給与が安かったお陰で、エディターをしながらも既にフリーランスの仕事を受けていたので、 その後は、本格的にフリーランスとして活動を始めたけれど、不思議なことには、雑誌社をレイオフされる半年くらい前から、 私は「そろそろ次のステップに行きたい」と職場以外の友人に話したり、日本に居る家族への手紙に書いていたのだった。 エディターの仕事は楽しかったけれど、当時の私には「この先何年も、安い給与で記事だけ書いて終わりたくない」、 「せっかくニューヨークに居るのだからもっと別の可能性も試したい」という気持ちが強く、「このままじゃいけない」と 思いながらも、毎月の記事に追われて 月日だけが経過していく状況を打開したいと思っていた矢先、 やはりこれも運命だったのか、自ら退社の決断を下すまでもなく、会社の方が無くなってしまったのだった。

その後フリーランスとして3年間を過ごしてから、96年にパートナーと一緒にスタートしたのがヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク&CUBE New York だったけれど、これも当初はショッピング・サービスをするために始めようとしたビジネスではなく、海外通販カタログの取り寄せサイトとして 考えついたアイデアだった。 でも準備を進めているうちにそのアイデアが時代遅れになったので、急遽それを物販に変更し、現在とほぼ同じスタイルのサイトとして ビジネスをスタートすることになったのだった。
そして、2000年2月にはパートナーと決別して自分で会社を起こすことになるけれど、これについては、2003年4月の "私のNYアニヴァーサリー" や、2004年7月の "キャリア & ターニング・ポイント " でも触れたことがあり、、 特にパートナーについては、私にとってはこれ以上 書きたいような良い思い出ではないので、あえて今回は説明を避けるけれど、 CUBE New Yorkを自分の会社としてスタートしようと決心する以前に、決心せざるを得ないような状況になっていたのは 紛れも無い事実で、私はこれも自分の運命だったと思っている。

こうやって振り返ると、ニューヨークにやって来たことから始まって、キャリアについても、私生活では人間関係からアパートの引越しに至るまで、 私の人生は、自分が決断を下す以前に 運命によって 既にノーチョイスの状況に置かれているために それに従ってきた、 もしくはそうせざるを得なかったケースが多いことに気付くのである。
このことは、私だけでなく、多かれ、少なかれ、誰にでも言えることであるけれど、一般に「運命」という表現で片付けられている 起こるべくして起こった出来事や、避けられない事件、人生を変えるような出会いや別離などは、 占いという見地からだと「運勢」という言葉に置き換えられるもの。 そして、占いという見地から見ると、人間というのはビックリするほど、運勢通り、星の示す暗示の通りに、まるで操られているかのように 生きているものなのである。
私は、母が占いをする関係で、幼い頃から運勢というものに興味を持っていて、自分でも母に教わって、少しずつ四柱推命の勉強をしてきたけれど、 これまでに起こった自分の出来事を1年1年 客観的に振り返ると、 何らかの変化が起こるところで仕事が変わったり、引越しをして 住むところが変わったりしているし、会社を起こすべき時に会社を起こすことになっているし、人生の悲哀を味わう時期には、人から裏切られることもあったし、生まれて初めての手術をしたのも、 静養が必要になる暗示の年だったりするのである。

私がこういう説明をすると、「自分の人生にこの先何が起こるかを知ってしまうと、受身の人生になってしまいそう」、とか 「運勢が悪かったら、人生を諦めなきゃならないのが怖い」などと言う人が居るけれど、 こんな後ろ向きな発想のためなら、占ってもらわない方が良いと思うのは私も同感である。
本来の占いというのは、人生を効率よく生きていくためのゲーム・プランであり、試合前の作戦のようなものである。 私の母は「運勢は変えられないけれど、人生は変えられる」と常々言っているけれど、 人間の運勢というのは、この世に誕生した時に授かるもので、どうあがいても人間はその運勢にしたがって生きていくことにはなるのである。 でも、その運勢の流れを予め理解することによって、自分に適さないもの、自分に得られるもの、気をつけなければいけない事を理解して、 1人の人間に与えられた限られた時間とエネルギーを出来る限り効率良く使って、人生を充実させるために活用するのが占いである。
人間には、どう頑張っても仕事で成功しない時期、結婚できない時期、子供が出来ない時期、お金が身に付かない時期というのがあれば、 それらを労せずして得られる、叶えられる時期もある訳で、それを知らずして、無駄なエネルギーを使って苦しむよりも、 それを運勢だと割り切って、その時々に適したことに時間とエネルギーを注ぐ方が、遥かに実りある人生の過ごし方が出来るものなのである。

以前の世の中であったら、20代に適齢期を迎えて、男性なら30代、40代の働き盛りに仕事運に恵まれて、 女性だったら、子供を産んで育てる 健康に恵まれて、60代で衰運に入って、穏やかにリタイアするような運勢の持ち主が、 一番幸せになれたであろうけれど、今や60歳で起業しても、50歳で結婚しても、70歳で再婚しても 誰にも文句を言われない時代。 だからこそ、社会常識に捕らわれずに、自分の運勢に適した人生設計をするためにも、正確に自分の運を知ることというのは、 これまで以上に大切になって来ているというのが私の考えである。

私が何故、今週突然、このような運勢論を展開してしまったかと言えば、最近体調が優れず、トラブル続きの私に、 知人が、「ちょっと値段が高いけれど・・・」と言いながら ”有名な占い師の良く効くお守り” なるものを薦めてくれたからである。 でも残念ながら、自分の不運の特効薬というのは、自分の運勢の流れを理解して、それに対処しようと努力することのみ。
”良く効くお守り” というものは、「それを心の支えに不運を乗り切るプラシーボー効果」すなわち、精神的な救いになってくれれば良い方で、 状況打開には全く無力のものであるし、”有名”でなくても、”有能”な占い師であればそれは、そのことは十分理解しているはずのこと。 そして、お金儲けが目的でない限り、そんなものを高額で売ろうとはしないものなのである。





Catch of the Week No.4 Apr. : 4月 第4週


Catch of the Week No.3 Apr. : 4月 第3週


Catch of the Week No.2 Apr. : 4月 第2週


Catch of the Week No.1 Apr. : 4月 第1週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。