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Apr. 23 〜 Apr. 29 2007
” Made Up Socialite ”
4月27日付けのニューヨーク・ポストのゴシップ欄、「ページ・シックス」に掲載されていたのが、
ウェブサイト 「SocialiteRank.com / ソーシャライトランク ドットコム」 が閉鎖されたというニュース。
このサイトは、一部のソーシャル・ゴシップ好きや ”Socialite Wanna be” すなわち、ソーシャライトを目指しているいるような
人々には好まれていたものの、広く一般に知られているようなウェブサイトではなく、
サイトに掲載されていたのは ソーシャライトのゴシップやパーティー・スナップ、そしてサイト名にもなっている
ニューヨークのソーシャライトのランキング。
このランキングは、パーティーでどれだけスナップされ、メディアに何回掲載されたか等を サイト運営者が独断で判断して、
ホットなソーシャライトの順位を決めるというもので、同ウェブサイトは昨年春に 運営者が匿名のまま 突然出現したものだった。
この「ソーシャライトランク ドットコム」が閉鎖されることになった理由として、当初サイト上では
ウェブサイトが成功を収め、過去1年の経験を基にサイト運営者が「The Year Of The Rank / ジ・イヤー・オブ・ザ・ランク」
という本を執筆することになったため、と説明されていたけれど、現在ではその説明文もサイトから削除されており、
「同サイトに対する 訴訟を恐れてサイトをクローズした」という説の方が有力になっている。
とは言っても、ソーシャライトのゴシップ(もっぱら暴露や悪口)を掲載したサイトならば他にもネット上にはいくつも存在している訳で、
どうして「ソーシャライトランク ドットコム」だけが訴訟のターゲットになるのかと言えば、
サイトとランキングが一部のソーシャライトの側近によって作られ、一部のソーシャライトが恩恵を受けるように操作されているためである。
この一部のソーシャライトというのは日本のバッグ会社のデザインを手掛けているティンズレー・モータイマー(写真右)と
彼女の親友のファビオラ・ベラカーサ。
この2人は同ランキングが始まってからというもの、 ほぼ常に1位と2位を独占しており、
逆に彼女らのライバルと思しき存在は ランキングでは決して上位にランクインされないのがお決まりになっている。
なので、このランキングについては、ソーシャライトの間から 「誰が どういう視点で決めているのか?」を不思議がる声が
聞かれていたという。
また無責任に匿名で運営される同サイトの存在に腹を立てているソーシャライトも多かったようで、
このサイトの運営者を探偵を雇ってまで調査させたと言われているのが元キャロリーナ・ヘレナのPR担当で、
現在ヴォーグのスタッフであるローレン・デイビスと、2月に行われたニューヨークのファッション・ウィークの際、ニューヨーク・タイムズ紙に
ソーシャライトのライジング・スターと言われたオリヴィア・パラーモ。
そしてその結果、このサイト運営者として名前が挙がってきたのが 「ソーシャライトの腰巾着」と評判の
ピーター・デイビスとデレク・ブラスバーグの2人である。
この2人が何者かと言えば、ピーター・デイビスはティンズレー・モータイマーの義理の弟で、彼の曽祖父はテニスのデビス・カップ(日本語ではDavis Cupを
デビス・カップと発音しているけれど、英語での発音はデイビス・カップである)の創設者。
彼自身は、ニューヨークのダウンタウンで発行されているペーパー・マガジンのバッカーになっている人物。
もう1人のデレク・ブラスバーグは、ジャーナリスト志願であったものの、ソーシャライトにくっついてパーティーに出掛けていることで
存在が知られるようになった人物。ソーシャライトの中には彼をひいきにする女性と、毛嫌いする女性に分かれていると言われているけれど、
彼が最も親しくしているソーシャライトがティンズレー・モータイマーとファビオラ・ベラカーサである。
「ソーシャライトランク ドットコム」が2人によって運営されているということは 私立探偵が調査するまでもなく
ソーシャライトの間では既に噂になっていたこと。
そしてサイトの運営費は同サイトによって恩恵を受けているソーシャライトとその関連人物によって支払われていたとのことで、
サイトの からくりが明らかになったために
彼らに対して リーガル・アクション(訴訟)を起こそうというソーシャライトも出てきているという。
その中には、先述のオリヴィア・パラーモやソーシャライト・デザイナーとして知られ、
現在ランス・アームストロングとの交際が伝えられるトリー・バーチも含まれているとのこと。
そのトリー・バーチは、ティンズレー・モータイマーが日本のバッグ会社が製作する彼女のブランドのバッグのロゴに、
彼女のブランド・ロゴに類似した円形のメダリオンの中に頭文字のTをフィーチャーするデザインを用いていることに対して
不満を持っていることも伝えられている。
では、このウェブサイトが訴訟に値するようなダメージを他のソーシャライトに与えているかと言えば、答えは「Yes」であり「No」である。
同ウェブサイトは、ニューヨークのソーシャル・ライフのインサイダーの運営としていただけに、
同サイトの情報を引用したメディアがアメリカ国内や日本にもあり、公正とは言えない情報をエクスパートを装って提供するのは
訴訟の対象になっても仕方が無いこと。
更にそうした情報が、ソーシャライトにパブリシティだけでなく 時にモデル契約などのビジネスをもたらす訳であるから、
尚のことである。
しかしながら、サイトでのランクは上がらなくても 名前が登場することによって 存在が知られるようになったソーシャライトも居る訳で、
そうした”下っ端”ソーシャライトは、同サイトの存在を惜しんでいるとも言われている。
でも 元を正せば このウェブサイトはティンズレー・モータイマーとファビオラ・ベラカーサを有名にするために始まったようなウェブサイトであり、
事実このウェブサイトの登場を前後して、ティンズレー・モータイマーが かなり知名度を上げたのは紛れも無い事実である。
彼女の名前が初めてニューヨーク・タイムズに登場した時は、「ティンズレー・モータイマーって何者?」
という疑問はソーシャライトでさえ持っていたもの。また2006年春には、ニューヨーク・ポスト紙が
誤って彼女のことを「ティンズレー・マルティネス」 とキャプションをつけて、これに大笑い&大喜びをしたソーシャライトは多かったという。
(スペルや名前が間違って掲載されるパブリシティは、ソーシャライトの間では恥とされるのである)
でも彼女がその謝罪パブリシティとして後にニューヨーク・ポスト紙から獲得したフィーチャーでは、かなり皮肉たっぷりな内容ではあったものの、
「最も戦略的にのし上がったソーシャライト」として2ページに渡って特集が組まれたのだった。
そのティンズレー・モータイマーとは実際に何者かと言えば、これほどインターネットで悪口とほめ言葉が書かれているソーシャライトは
居ないと言える存在。その悪口は 他のソーシャライトからの中傷、ほめ言葉は彼女の身内が書き込んでいると言われるものである。
通常、ソーシャライトと言われる人々は幼い頃から有名プライベート・スクールに通っているので、幼馴染み同士であることが多いけれど、
そのソーシャライト達が彼女の出所を知らないということは、推して知るべしである。
彼女はヴァージニア州の出身で、父親のジョージ・マーサーは絨毯と不動産のビジネスを営んでいるとのこと。
このバック・グラウンドは時に ティンズレーがスノッブなソーシャライト達から後ろ指を差される部分でもあるが、
彼女の父親は 自分の家柄がトーマス・ジェファソンの血を引いていると語っており、彼はティンズレーが
その生まれをインターネット上で批判されると、「彼女は良い血筋の家柄である」 と反論の書き込みをしていることでも知られている。
ティンズレーはその後ニュージャージーのボーディング・スクールに通い、そこで夫となるロバート・トッパー・モータイマーと出会っている。
やがてコロンビア大学を卒業した彼女は9ヶ月間ヴォーグ誌に勤めるものの、職場が自分に合わないことを理由に辞めてしまう。
次にパーソンズでデザインの勉強を始めるものの、こちらも4ヶ月で脱落。やがて当時婚約中のトッパー・モータイマーの紹介で、
パブリック・リレーションの会社に勤め、パーティーのオーガナイザーを務めていたものの、2002年にトッパーと結婚し、その後一切仕事はしていない。
結婚によってモータイマーのラスト・ネームを得た彼女は、自分の勤めていたPR会社のパーティーやファッション・ショーに招待されるようになり、
ブロンドでルックスが良いことから、パーティーでスナップされるうちに有名になっていったという不思議な存在。
多くのフォトグラファーが 彼女をスナップする理由を「いつもパーティーに来ていて、ブロンドで目立つから」と説明しているという。
夫のトッパー・モータイマーは、スタンダード・オイル・カンパニーの社長、ヘンリー・モーガン・ティルフォードの曾孫で、
彼の財産相続権があると噂されるものの、真相は定かではないとのこと。
妻とは異なり、パブリシティを嫌う彼はインベストメント・バンカーであるけれど、
彼にどのくらいの財産があるかは憶測を呼んでいる状態である。
ティンズレーの妹のダフネ・マーサーは未だ独身で、父親のジョージ・マーサーが必死で売り込もうとしている存在。
姉とは2歳離れの現在29歳の彼女は、2000年の夏に ハンプトンのナイトクラブに入ろうと並んでいるところに
ソーシャライト・パブリシスト、リジー・グラブマンの運転する車が突っ込んできて、それに轢かれた7人の犠牲者の1人。
ハリウッドで最もパワフルなエンターテイメント・ロイヤーの娘で、P・ディディやシャネルをクライアントに持っていたリジー・グラブマンは、
その当時 売り出し中のソーシャライトであっただけに、この事件はニューヨーカーなら誰もが覚えている
最も有名な出来事。
そのリジーに対して、ダフネと彼女の父親が請求した損害賠償金額は 約8.5億円だそうで、
ソーシャライトの間では この貪欲ぶりも ティンズレーやダフネの格好の悪口に使われているようである。
写真右上のニューヨーク・ポストの記事のサブタイトルに「Famous for Nothing, Ready for Anything (何で有名なのか分からないけれど、
何でもする用意がある)」とあるけれど、
記事の中でも、「今日のソーシャライトはブルー・ブラッド(良い血筋)である必要もなければ、オールド・マネー(古くからの金持ち)
である必要もなく、極めてグッドルッキングである必要も無い」などと、褒め言葉には程遠いフレーズも登場しており、
現在”ソーシャライト” を名乗る人々を捕らえるメディアの目はシニカルかつ、シビアである。
ニューヨーク・タイムズ紙でも 「昨今のソーシャライトと呼ばれる人々は
デザイナーにインスピレーションを与えるファッション・アイコンではなく、服を買いたくないから 借りる来るだけの存在」、
「パーティーのドアマンが顔写真を招待客リストに付けておかないと識別できないくらい無個性」といった非難めいた記事が
登場していたけれど、確かに現在のニューヨークでソーシャリートとして知名度を上げようとしている人々は、
70年代のダイアン・フォン・ファーステンバーグや、80年代のキャロリーナ・ロームやニーナ・グリスコム、
90年代のミラー・シスターズ等とはかなり異なる存在。
メディアさえもでっち上げて のし上がっていこうとする姿には逆に脱帽してしまうけれど、
そうした存在は かつては”ソーシャル・クライマー” と呼ばれていたもの。
ニューヨーク・ポスト紙の「ソーシャライトランク ドットコム」閉鎖の記事に、
「ランキングにリストされていた中に、本当のソーシャライトなんて居ない」というインサイダーのコメントが掲載されていたけれど、
確かに、どんなパーティーにも 出て行って、写真を取られることに熱心になっているのは「パーティー・ゴーワー」ではあっても
”ソーシャライト” とは言い難いのである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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