May. 1 〜 May. 7




ニューヨーカーとは・・・




数週間前のニューヨーク・タイムズ・マガジンを読んでいたら、日本を旅したアメリカ人トラベル・ジャーナリストの 旅行記が掲載されていたけれど、私はその内容をちょっと腑に落ちない思いをしながら読むことになってしまった。
そのトラベル・ジャーナリストは、家族と日本を旅行していて、新幹線の中にハンドバッグを置き忘れて来てしまったトラブルを書いており、 新幹線が走り去った後のホームでパニックになっていた彼女は、通りがかりの日本人から「多分見つかるから・・・」と、 駅員室に行くように勧められ、実際に駅員室から問い合わせをしてもらったところ、バッグが見つかり、隣駅で引き取りに行くまで 保管してもらえることになった経緯をハッピー・エンドのストーリーとして記事の序盤にフィーチャーしていたのである。
電車の中に置き忘れた物、しかも財布を入れたハンドバッグがそのまま戻ってくるなどということは、アメリカではそうそうないことであるから、 このアメリカ人ジャーナリストはとても感激して、「心から感謝のお辞儀をしてしまった」と書いているけれど、 私が気に入らなかったのは、それと同時にこのジャーナリストが「スウェーデンやロシアでなら、こういう(置き忘れた物が戻ってくる)事が起こっても不思議ではないけれど、まさか日本で起こるとは・・・」と書いていた点。
私は、例え昨今 凶悪な犯罪が増えていても、日本人というのは世界のスタンダードの中で、最も善良な人種だと思っているし、 日本人ほど、落し物や忘れ物をケアする人種は居ないと思っているので、「まさか日本で・・・」と彼女が書いていたことが 非常に心外に受け取れてしまったのだった。
加えて、スウェーデンについては良く知らないけれど、ロシアに関しては、置き引きならまだ良いほうで、スリや引ったくりが横行していて、 私の知人でロシアを旅した人の殆どが何らかを盗まれる経験をしており、最悪の例としては、「ホテルで寝ている最中、 泥棒が扉を開けて入って来た」などという話もあるくらいなので、どうしてこのジャーナリストが忘れ物が戻ってくる国の例としてロシアを持ち出してきたのかが全く理解出来なかったのである。
まるで、社会主義や、共産主義国家だったら、忘れ物が戻って来ると思い込んでいるかのような文章で、ニューヨーク・タイムズ・マガジン (ニューヨーク・タイムズ紙の日曜版に付いて来る雑誌で、新聞ほどの権威はないメディア)に記事を書くほどのジャーナリストが、 こんな歪んだナショナリズムの解釈をしていて良いのだろうか?と真剣に考えてしまったのである。

でも、諸外国の人々に対して、特定のイメージを描くというのは、多かれ少なかれ、誰でもすることで、 ゴールデン・ウィークに日本からやって来た知人の友人で、ニューヨークは10年以上ぶりという人物も、 「ニューヨーカーって、意外に親切なんですね。どうしても冷たい、他人には構わない スノッブなイメージがあるんで・・・」などと 語っていたので、ニューヨークに16年暮らした私としては「ニューヨーカーって、実際には親切だし、正義感もあるし、 フレンドリーですよ」と、そのイメージの払拭に努めることになってしまった。

事実、私はニューヨークに来てからというもの、日本では経験したことがないような親切をニューヨークの人から沢山受けていて、 特に 困っている人を助けることにかけては、ニューヨーカーは日本人より遥かに積極的だと言えるのである。
もう10年以上も前のことだけれど、私の家族がニューヨークを訪ねて、日本に帰国しようとした朝、カー・サービスを頼み損ねて、タクシーを拾おうとしても、通勤時で全く捕まらず、スーツケースを持ったまま、私達は飛行機の時間を心配しながらストリートで右往左往してしまうことがあった。 その時に私達を助けてくれたのが、通勤途中で自分達も急いでいるはずの2人のニューヨーカー(この2人は友人同士ではなく、お互い赤の他人)で、 道に出て、私達のために車を捕まえようとしてくれて、結局、いわゆる「白タク」ではあったものの、 JFKまでの値段の交渉までしてくれて、車に乗せてくれたのだった。

また、これもかなり前のことだけれど、仕事帰りのバスの中で居眠りをしてしまい、目を覚まして 降りるバス停を通り過ぎたかと思ってキョロキョロ していたら、隣に座っていたニューヨーカーに「68丁目よ。何処で降りるか教えてくれたら、起こしてあげるから、疲れているなら寝ていなさい。」 などと声を掛けられてしまった。この時私は、本当に疲れていたので、「86丁目です」と言って また眠ってしまったけれど、 ちゃんとウェイクアップ・コールを受けることになったのである。

もう1つバスに関する出来事で忘れられないのは、未だメトロカードが普及する前のこと。コインを掻き集めて バスのコイン・ボックスに入れたところ、何度も数えて、絶対間違いない金額を入れたにも関わらず、 運転手の作動ミスで、コインが足りないという表示が出てしまったことがあった。 ニューヨークのバスは紙幣を受け取らない上に、私はそれ以上コインの持ち合わせが無く、しかも自分はきちんと運賃を支払っていて、 運転手がコインボックスの底の蓋を閉めるタイミングを逸したのを目撃していただけに、 私は「絶対にきちんと運賃を払った」と引かなかったし、運転手は運転手で私がコインを入れた時には底をちゃんと閉めていたと言い張り、 物凄く不愉快な思いをしながら、バスを降りることになったのだった。
すると、なかなか美人の小柄の女性が「私も同じような思いをしたことがあるから、あなたの気持ちは良く分かるわ」と声を掛けてきて、 「こんなことで1日を台無しにしないようにね」と慰めてくれたのだった。当然の事ながら、私は気分を取り戻したどころか、 彼女の優しい言葉に逆に気分が良くなったくらいで、以来私も、マナーの悪い人のせいで気分を害している人などに遭遇すると、 声を掛けてあげるようになってしまった。

でも私の友人の経験はこれをさらに上回るもので、彼女は雨の日にクライアントのオフィスに行くためにタクシーを捕まえようと10分以上待った挙句、 やっと来たと思ったタクシーが 走ってきたビジネスマンに横取りされてしまい、「悔しくて泣きそうになってしまった」という。 すると、黒のリムジンが目の前に止まって、窓がサーット下りて、中に居たブロンドの中年女性が 「あれは酷いわ!、私の車を使っていいわよ」と言って、クライアントのオフィスまで送ってくれたというのである。
さすがにここまでしてくれる人は なかなか居ないとは思うけれど、でも 「不愉快な思いをさせられている罪の無い人を見たら 声を掛けて慰める」というのは、ニューヨーカーはかなり積極的に行っていることである。
そうかと思えば、私が考え事をしながら、しかめ面でミッドタウンを歩いていた時、いきなり通り掛かりのニューヨーカーに 「スマイル!」 と 言われてしまったこともあるけれど、私の経験上、ご自慢のシューズを履いて歩いていて、道行く他人が、 男の人まで 「Nice Shoes!」 などと褒めてくれるのは、今のところニューヨークだけである。

さて冒頭で、「アメリカでは財布を入れたバッグを置き忘れて 戻ってくることはそうそう無い」 と書いたけれど、 私はニューヨークのタクシーの中に置き忘れたヴィトンの財布が、手付かずで戻ってきたという経験をしていたりする。
この時は、財布の中に身分を示すIDを入れていなかったこともあり、「絶対に見つかることはない」と思って 落胆して帰宅すると、 エステティシャンから留守電に「貴方の財布を拾ったっていう人がコンタクトしてきて、先方の電話番号を渡して欲しいと言われた」 というメッセージが入っていた。 財布の拾い主は、私の財布に入っていたスキンケア・サロンのメンバー・カードを見つけて、 そのサロンを通じて、私を捜し出してくれたのだった。 結局、拾い主は私の家の傍まで財布を届けに来てくれて、 財布は全く無事な状態で私の手元に戻ったのだった。
さすがに交通機関の中に置き忘れた財布が手付かずで戻るというのは、ここニューヨークではかなり珍しい経験 と言わなければならないけれど、ニューヨーカーは目の前で人が物を落としたり、置き忘れたりすると、 必ず声を掛けてくる人々で、見て見ない振りをする人はまず居ないと言って良いほどである。

また、ニューヨークに限らず、アメリカはレディ・ファーストが徹底しているだけでなく、男性が女性に席を譲る、例え他人同士であっても 男性が女性のためにドアを開けるというのはマナーであるし、 男女を問わず、自分がドアを通過するする時点で後ろを振り返って、後続の人が居たら その人のためにドアをホールドするというのは、ヒップホップ・ファッションのデリバリー・ボーイでさえ忠実に守るほど 非常に徹底されているマナー。 それだけに、後ろをチェックせずに 人の目の前で扉をピシャリと閉めるのは 非常に失礼なことと見なされるけれど、 ニューヨークでこれを経験することはまず無いと言えるものである。

私が個人的にニューヨーカーから 最も学ぶところが多いのは ユーモアのセンスで、ニューヨーカーは短いながらも「気の利いた受け答え」をしたり、 会話のやり取りがユーモアの応酬であったりして、ユーモアが自分を売り込んだり、人にアピールする手段となっているのである。
こんな会話の例を挙げていったら、キリがないけれど、1つ象徴的なものをご披露すると、友人が車で ウエスト・ビレッジの入り組んだ道を迷っていた時、ポリスマンを見つけたので 「How to get to the Broadway? / どうやったらブロードウェイに出られますか?」と訊ねたところ、 返ってきた答えというのが「歌と踊りの勉強をしなきゃな」 というもの。これには道に迷ってイライラしていた友人も大笑いしてしまったそうだけれど、 警官からこんなユーモアが聞けるのはニューヨークならではである。

さて、一口にニューヨーカーというけれど、果たして何年ニューヨークに暮らしたらニューヨーカーと名乗れるか?については、 人によって意見の分かれるところである。ニューヨークで生まれ育ったニューヨーカーは、「ネイティブ・ニューヨーカー」と呼ばれるけれど、 それ以外の殆どのニューヨーカーは、何処か別の州や別の国で生まれ育って、ニューヨークにやって来た人々。
一般には、10年ニューヨークに暮らせばニューヨーカーと言われるけれど、アメリカ人、もしくはイギリス等英語圏から来た人々は 5年でニューヨーカーに同化すると言われている。
でも、何年ニューヨークに暮らそうと、「ニューヨークに愛着とプライドを持たなければ、ニューヨーカーは名乗れない」というのは、 ニューヨーカーの共通した見解のようである。



Catch of the Week No.5 Apr. : 4月 第5週


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執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。