May. 7 〜 May. 13 2007




” フード・オペレーション&コンフォート・フード ”



今日、日曜は ”Mother's Day”、すなわち母の日であるけれど、アメリカではこの日は母親に朝寝坊をさせてあげて朝食を作ってあげる、 もしくはブランチに連れて行ってあげるというのが 一般的な風習。
ニューヨークは核家族が多いから、マザース・デイ・ブランチに力を入れているレストランはそれほど多くないけれど、 地方や郊外では、この日に家族が集まってレストランでブランチをする習慣は今も根強く、 母の日はブランチが評判のレストランが一年で最も混み合う日。 それだけにこちらに家族が住んでいない移民は、あえてブランチに出掛けないようにする日であったりもする。

母の日というのは日本やアメリカだけでなく、世界的にも 父の日より 商業的にビッグであるし、人々が意識しているもの。 また、歌にしても 母親をテーマにしたものの方が父親をテーマにした曲よりもずっと多いことが指摘されているけれど、 この理由は 多くの人々が、人格形成がなされる子供時代に母親と過ごしている時間の方が長いことに加えて、 例え経済的には父親に養われているケースが殆んどであっても、食事を母親によって与えられていることが指摘されている。
これは言ってみれば、どんな動物でも餌を与えてくれる人に懐いてしまうのと同様であるけれど、そもそも 成長過程における食事や食生活は 食べ物に対する価値観や味覚だけでなく、愛情の概念を意識の中に植えつけるもの。 何処の国でも、家族愛の象徴が 家族で食卓を囲む姿であることを思えば 理解できる通りで、 それだけに母親の手料理というものは 誰にとっても、 ことに親と離れて暮らし始めて それが毎日食べられなくなってからは とても価値あるものである。
アメリカでは、こうした母親の手料理は、「ホッとする、懐かしい 美味しさ」があることから「コンフォート・フード(癒しのフード)」と呼ばれており、 特に9/11のテロの後は、ニューヨークにもこうした癒しを与えてくれるコンフォート・フードをコンセプトにしたレストランが登場しては 人気を博していたのだった。

さて、私が人によく言われるのが「全然料理をしないでしょう?」ということ。 何でも私は 料理をしそうなタイプに見えないのだそうで、いつも外食やテイクアウトで済ませているように思われがちなのである。
実際に私が 外食するのはニューヨーカーの平均である週3〜4回程度。それ以上外食すると まず太ってしまうし、 外食だと野菜やフルーツが十分取れないので 便秘になりがちだし、さらに 例え日本食を食べに行っても どうしても塩分や 脂が入り過ぎるので、胃に負担が掛かっているのが感じられたり、喉が渇いて不快な思いをすることも少なくないのである。
1週間の外食以外の食事を私がどうしているかと言えば、デリバリーは月1回以下、テイクアウトも 一部の例外は除いては まずはしないのである。それではお抱えコックが居る訳ではない私がどうしているかと言えば 自分で作っている訳だけれど 私には ”料理”という言葉に確固たる定義があって、4工程以上を経て出来上がったもの以外は 私は 料理 とは呼ばないのである。
すなわち、”野菜をカットする”、”炒める”、”味付ける”では 3工程しかしていないので、これは私にとっては料理ではなく、 肉に調味料を手で擦り込んで 両面を完璧に焼き上げたとしてもこれは2工程であるから 料理ではない訳であるけれど、これらが1皿の上に乗れば、 合計5工程になるので、料理をしている認識になる訳である。
私は滅多に食べないけれど インスタント・ラーメンにしても麺を茹でて、スープを作るだけであるから2工程。これを私が料理と呼ぶには、 具が2種類以上乗らなければならないのである。
4工程に満たないものは、私の頭の中の勝手な解釈では 料理ではなく、フード・オペレーション(作業)、もしくはフード・プレパレーション(準備) と見なされており、実際のところ私が自宅で食べているものの多くは3工程フードが多いのである。 したがって 人に 「料理をしないでしょう?」 と言われて 「あまりしませんね。」と答えるのもこのためである。

では3工程で何が作れるのか? ということになってくると、ヴァラエティはビックリするほどあったりする。 これは何故か言えば、最も手間と時間が掛かる部分を ゼイバースなどのグルメ・デリで調達してくるため。 でも私の場合、ミート・ボール入りのパスタが作りたいと思って買ってくるのは、電子レンジで暖めるだけの出来合いのスパゲッティ・ミートボールや、 ミートボールのトマトソース煮などではなく、お気に入りのミートローフと、グルメ・レストランが作っている瓶詰めのトマト・ソース、 本場イタリアから直輸入したパスタである。
調理プロセスはみじん切りにした玉ネギとサイコロ状にカットしたミートボールを一緒に炒めたところにトマトソースを入れて、茹で上がったパスタと混ぜるだけ。 ゼイバースのミートローフは、ヴィールとチキンの2種類の肉を使っていて、私が思いつかないようなスパイスのコンビネーションと塩コショウで 完璧に味が付いているので、そのまま食べても、カットして料理に使うにも最適なのである。
要するに 私は買ってきたものに手を加えて食べるケースが非常に多くて、私が友人をブランチに招待して必ずご馳走する クラブ(カニ)・オムレツも その典型。こればゼイバースで買って来たクラブ・サラダ(カニとセロリのマヨネーズ和え)と クセの無いチーズを溶き卵に混ぜて、 オムレツを作るだけの話。この時 大切なのは、コショウは振っても塩は入れないこと。というのもクラブ・サラダとチーズが十分に塩辛いので、 この上に塩を振ったら味が付きすぎるのである。
そもそもこの料理は1人分のクラブサラダを2人で食べるために生まれた苦肉の策であったけれど、 塩を入れない方が正解であることは、塩を入れ忘れたにも関わらず 美味しく食べられたことから発見した怪我の巧妙だったのである。
でも私は何を隠そうオムレツにはかなり自信があって、未だ日本に居た頃に東京會舘の料理教室に通った 最大の収穫が、 カレーを作るのにタマネギを50分炒めると味が全く違うことを発見したことと、そしてテフロン加工のフライパンを使わずに完璧なオムレツを作れるようになったことだった。
ちなみに、私はアルツハイマーになりたくないので テフロン加工のフライパンは一切使わない主義であるけれど、 テフロン・パンだとオムレツは外側に焦げ目が付かない上に、中身が美味しい半熟状態にならないもの。 野菜はカリッと炒められないし、ステーキのような肉を焼くのは論外 という訳で、私にとってテフロンのフライパンは洗うのが簡単な以外の利点が見出せない道具であったりする。

今ではフード・オペレーションしかしなくなった私であるけれど、ティーンエイジャー〜20代前半に掛けては大の料理好きで、 母から夕食を任されると前日からメニューを検討して、午後2時からデザート作りを始めて、フルコースを作っていたのだった。 アメリカに来てからも、一時は料理に凝ったことがあって、今では食器棚の一番上で上でホコリをかぶっている何種類ものケーキ型やマフィンの型などは、 もう一生使わないかもしれない・・・と思いながらも取ってあるけれど、全てその時期に購入したものである。
でも料理好きだった頃も、 今も 私にとって 変わらないフード・ポリシーになっているのは、食材にこだわること。そして色のきれいな物を食べることである。
食材については 私は、「これはここのじゃないとダメ」みたいな こだわりが結構あって、コーヒーとチーズ、プロシュート、ハム、サラミ、スモーク・サーモンは 殆んどゼイバースでしか買わないし、プレパッケージされたものではなく、その場でカットしてもらったものしか買わないようにしている。 これは味が違うのはもちろん、身体に入る栄養も違う気がするため。
でも、食材にこだわると 料理をする必要というのはどんどん減ってくるもの。 例えば ”プロシュート・メロン” のようなメニューが、プロシュートとメロンをお皿に盛るだけで人に喜ばれる1品になるのは、 これら両方が何もしなくても抜群に美味しいためで、そういうものには 手を加えることの方が邪道なのである。

もう1つの ”色がキレイなものを食べる”というポリシーは、見た目で食欲が刺激されるだけでなく、色がキレイな野菜は酸化防止作用が強いこと。 加えて私は色にとても影響されやすい星の下に生まれているので、インテリアでも食べ物でも、明るい きれいな色に 感動したり、エネルギーを感じたりするのが精神的にとても好影響を与えるためである。
なので、サラダを作るにしても緑1色のサラダということはまずなくて、ローメイン・レタス、赤キャベツ、グレープ・トマト、枝豆、茹でたエビ を一気に入れて、「色がキレイ!」と思いながら食べることになる。 しかも外食だと野菜が不足するので、自宅に居る時は小洒落たレストランで出される5皿分くらいのサラダや、野菜料理を食べるけれど 自分が健康を保てているのは、この大量の野菜摂取に拠るところが大きいと思っているほどである。

さて、最後に私にとって日本に住んでいる母に作ってもらった 「コンフォート・フード」 の中で、時々むしょうに食べたくなるものの トップ4と言えば カニ・コロッケ、ロースト・ビーフ、フレンチ・トースト、風邪の時に作ってもらったお粥である。
カニ・コロッケはカニ・クリーム・コロッケというほどクリームが入っていない、殆んどがカニのコロッケ。これを母が作っているのを見ているのも 子供の頃から大好きで、パン粉も食パンの耳から作るので、衣に時々そのパンの耳のかたまりが混じっているのが 逆に食感に変化を与えて美味しかったもの。
ロースト・ビーフは我が家のおせち料理のメイン。なので大晦日になると、肉をローストしたなんとも素晴らしい香りがキッチンにたち込めていたのは 記憶に鮮明であったりする。
フレンチ・トーストに関してはシロップを使わず、卵とミルクを解いたものにあらかじめ砂糖を混ぜて、食べる時はバターだけを使うのが母のスタイルで、 これを作っていたのは、カビが生えないようにと冷蔵庫の中に入れた食パンが硬くなってきた時。 なので乾いたパンが卵と砂糖を混ぜたミルクをいっぱいに吸込んで、それを適度に焦げ目が付くまで両面を焼き上げると、 絶妙の美味しさなのである。ところがこんなシンプルなものでも 私が作ると何故か別の味になるのは不思議であり、悲しい現実である。
さらに 風邪の時に作ってもらったお粥。これは学校を休んで風邪で寝ていた時の唯一最大の楽しみで、 普通 風邪で熱があると 食欲が落ちるはずなのに、常に 食べ終わると寂しくなるほどの美味しさだった。 しかもそれがお米からコトコト鍋で煮る訳ではなく、健康な家族用に炊き上がったご飯からあっという間に作ってしまうのは 私に言わせると神業のようなもの。 お粥のように手の掛からないものを絶賛すると 母は気分を害するけれど、 私にとっては、未だに一体どうしたらあんなにお米が美味しく感じられるお粥が作れるのか? 全く解明出来ないミステリーなのである。
これら4品については 決して主観やノスタルジーではなく、 客観的な視点に立っても 今までの人生で 母が作ったものより 美味しいものを食べたことがなく、 ゼイバースがこれだけ好きな私が、同店でローストビーフは買わないのも 母の味を決して超えられないからなのである。



Catch of the Week No.1 May : 5 月 第 1 週


Catch of the Week No.5 Apr. : 4 月 第 5 週


Catch of the Week No.4 Apr. : 4 月 第 4 週


Catch of the Week No.3 Apr. : 4 月 第 3 週






執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。