May. 2 〜 May. 8 2011

” You Can't Be Ines ”

今週のアメリカのトップニュースは、何と言ってもアメリカ軍特殊部隊によるオサマ・ビン・ラディン殺害の ニュース、及びその詳細についてで、9・11のテロの首謀者であるビン・ラディンの死は、アメリカ国民、 特に9・11テロの遺族には非常にポジティブなニュースとして受け取られていたのだった。
この報道を受けてオバマ大統領の支持率は大幅にアップしたけれど、その一方で、あまりテロのことを覚えていない若い世代のアメリカ人の間では、 たとえテロリストでも、人が殺害されたこと対して喜ぶことに疑問や抵抗を感じる人々もおり、 また遺族の中にも、「ビン・ラディンが死んだところで、テロで失われた命は帰って来ない」という声が聞かれていたのだった。
オバマ大統領がビン・ラディン射殺時の写真を公開しないとする一方で、一部の反オバマ勢力を中心に その公開を迫る声が聞かれているけれど、 その一方で、射殺時の状況については、当初はビン・ラディンが武装していたと報じられたものの、その後 ビン・ラディンは武器を所持していなかったと 伝えられ、射殺時の発砲についても、最初に発表された内容が後から訂正されるなど、 話が二転三転していたのはあまり好ましくないこと。 それと同時に、今回のアメリカ軍の暗殺とも取れる行為が、果たして容認されるべきなのか?という声が諸外国から聞かれていることも また事実なのだった。



話は変わって、アメリカで4月末に出版されたのが、イネス・ド・ラ・フレサンジュ著の「パリジャン・シック」。(写真上)
イネスと言えば、80年代にシャネルの専属モデルとなり、カール・ラガーフェルドのミューズとして、シャネルの大復活に 貢献した存在。ちなみに、モデルがブランドの専属契約を交わしたのは、イネスが史上初めて。 90年代に入って、リンダ・エヴァンジェリスタやシンディ・クロフォードに代表されるスーパーモデル・ブームが訪れる前は、 多くの人々にとって名前と顔が一致する 唯一のモデルと言える存在なのだった。

かくいう私も、80年代にイネスに憧れた1人で、当時TVで放映されていたイネスが出演するシャネルのフレグランス、 ココのCMをビデオに撮って何度も観ていたほど。 現在アメリカで放映されているココ・マドモアゼルの広告に登場しているキアラ・ナイトリーなどは、 当時のイネスに比べると 全くの役不足というか、カリスマ不足の存在なのだった。
そのイネスも今や53歳になっているけれど、過去2シーズンはシャネルのランウェイ・ショーにも復活し、 「パリジャン・シック」は、この本が売れない時代に、フランス国内だけで10万部以上を売り上げるベスト・セラー。
かつては自らのブランドを運営していたイネスであるけれど、2003年からはロジェ・ヴィヴィエのブランド・アンバサダーとして、 同ブランドのデザイナー、ブルーノ・フリゾーニのクリエーションをサポートすると同時に、 ロジェ・ヴィヴィエのウェブサイトでは、主にパリのショップを紹介する「イネス・ダイアリー」という ビデオ・セグメントに登場。
かつてカール・ラガーフェルドに「No One Can Be Chicer Than Ines」(誰もイネスよりシックになることは出来ない)と言わせ、 ココ・シャネルの再来とも言われたイネスであるけれど、 彼女自身もココ・シャネル同様のサヴィーな(Savy:精通した)ビジネス・ウーマン。 女性にアピールする抜群のセンスと、自分自身をブランドとして売り込む才能に長けており、 彼女は、そのファッション業界への貢献が認められ、2008年にはフランス市民に与えられる最高の栄誉である、レジオン・ドヌール勲章を、 そして2010年にはパリ市長よりグラン・メダイユ・ヴェルメイが送られている、 フランスが世界に誇るファッション・アイコンなのだった。


そんな彼女が、ファッション誌、エルのエディターであるソフィー・ガシェットと共に出版した「パリジャン・シック」は、サブタイトルに 「スタイル・ガイド・バイ・イネス・ド・ラ・フレサンジュ」とあるように、その内容はエッセイ兼、ガイド本。
イネスは、もう何年も前からファッションのアドバイス本を出版するオファーを受けていたものの、それを断り続けていたという。 でも「ファッション誌はトレンドについてレポートしていても、オフィスに出かける服装や日常のシックな装いについての 情報を得ることが出来ない」と考えた彼女は、自身のパリジャン・スタイル&フィロソフィーのレクチャーを するために同書を手掛けたと語っているのだった。

本のページの大半は、イネスがロジェ・ヴィヴィエのウェブサイトで行なっているのと同様、 彼女のお気に入りのパリのファッション&インテリア・ショップ、レストランやホテルの紹介に割かれており、 パリのショッピング・ガイドといえるもの。
なので、もっと突っ込んでイネスの人生観やスタイル・フィロソフィーを知りたいと思っていた私にとっては、 正直なところ物足りない内容で、あっという間にざっと斜め読みが出来てしまうのがこの本。
というのも、同書にはイネスのスタイルを彼女の17歳になる娘、ナインがモデルになって具現化したショットや、 イネス自身が描いたイラスト、ショップの写真などが、ふんだんに盛り込まれており、文章の量が極めて少なくなっているのだった。



イネスのスタイルに憧れる女性は非常に多く、私はイネスが嫌いというフランス人女性に出会ったことは一度も無いけれど、 そんなイネスが提唱するパリジャン・シックのキー・アイテムとは、ブレザー、トレンチ・コート、ネイビーのVネック・セーター、パーフェクト・フィットのジーンズ、 タンクトップ、ブラック・ドレス、レザー・ジャケット。
そうしたベーシック・アイテムに変化を付けるのがアクセサリー。アクセサリーに投資をすれば、 服は安くても大丈夫というのが彼女の持論。昼間にダイヤモンドを身につけるのを奨励している彼女であるけれど、 ”Bling / ブリング”のスラングで知られる、ジャラジャラしたゴージャス・ジュエリーはパリジャン・シックには無縁のもの。
その他、イネスのパリジャン・シック・フィロソフィーは以下のようなもの。

  1. コーディネートは犯罪! カラー、素材、テイストをミックスすること。

  2. ネヴァー・ルック・リッチ(リッチに見えないこと!)。ロゴやグリッターはアウト!

  3. 常に 自分だけの新しいブランドやショップを探すこと、

  4. もし似合っていると思ったら、ためらわず身につける。着心地が悪いものは避けること。

  5. ファッション・アイコンをお手本にしないこと。

  6. ルールに囚われず、自分のテイストにこだわること。

  7. ショッピングの仕方を学んで、着ない服が無いワードローブを構築する。

  8. ファッション・ヴィクティムにならない。(ファッション・トレンドに振り回されない)


加えてイネスは、誰もが憧れる彼女のエクレクティックな着こなしについても、実例を挙げて説明をしていたけれど、 それによれば、イブニング・ドレスにニット・カーディガンや籐のバッグ、モーターサイクル・ブーツをコーディネートしたり、 ロック・バンドのロゴ入りTシャツにパールのネックレスを合わせたり、デニムのシャツにダイヤモンド・ネックレスを身につけたり、 メンズ仕立てのパンツにシークィン(スパンコール)のセーターを合わせるなどで、ふと考えると、これは「セックス・アンド・ザ・シティ 」の 初期のキャリーのファッションに近いもの。
その一方でイネスがファッションのご法度と考えるのは、フィッシュネットTシャツ、レザー・スーツ、ソックスとサンダルを合わせること、 ハロー・キティ等の子供向けキャラクターが付いた服、レギンス、ゴム製のビーチ・サンダル、 タイツとシューズとバッグのカラーをマッチさせること、ベースボール・キャップを後ろ前に被ること、バックパック、 大きなイヤリングとネックレスを一緒につけること、ヒップをカバーしない小さなビキニ等。

「パリジャン・シック」のチャプター2では、イネスのビューティー・フィロソフィーも披露していて、 それによればイネスは、
  1. アンチ・ボトックス派。睡眠の方が有効なシワ取り効果がある。

  2. コンシーラーは使わない。

  3. 決して石鹸で顔を洗わない。

  4. たとえ週末でも、家族に自分をより美しく見せるためにメークアップをする。

  5. ヘアは毎朝シャンプーする。どんなシャンプーを使うかよりも、いかにブロードライをするかが大切。

  6. スキンケアで 最も大切なのはクレンジング。

  7. 決してピンクのリップスティックは付けず、ヌードカラーのグロスを使う。

  8. たとえプロの手によるものでも、スクラブやピーリングのやり過ぎは防ぐ。


とのこと。
これ以外にも、イネスはホーム・デコレーションにもチャプター3を割いて パリジャン・スタイルを説明しており、 ニューヨーク同様、決して広くないパリのアパートのデコレーション・アイデアを披露しているのだった。
ちなみに、イネスは暮らしの空間である ”ホーム” の重要性を以前から説いており、 若さと美しさを保ち、クリエイティビティや好奇心を持ち続け、ストレスから開放されるためには、 自宅を自分に合ったスタイルにデコレートすることが大切であることを語っているのだった。


4月末には、同書出版のプロモーションのためにイネスがニューヨーク入りしており、 ニューヨーク・タイムズ、ニューヨーク・ポストといったローカル・メディアがそのスタイル・セクションで彼女の特集をしていたのだった。
その中で、ニューヨーク・タイムズの記事が指摘していたのが、同書は 普通の女性達が イネスのアドバイスに従って、彼女のように自信を持って行動すれば、イネスのようになれるかのような錯覚を与えることに成功しているけれど、 実際には、そう簡単にはイネスにはなれないということ。 同記事では、「イネスのトレードマーク・スタイルであるメンズ仕立てのブレザーに、裾を捲り上げたジーンズ、ブラウンのローファーを着用したら、 普通の女性はイネスのように見えるどころか、L.L.ビーンのカタログのように見えるのが関の山 」と述べられていたけれど、 それはまさに事実。
そもそも、イネスは伯爵家の生まれで、母親はモデル。4カ国語を話し、180センチの長身に56キロの体重。肩幅はあるけれど、ウエストとヒップは極細で、 長い脚に向かって流線型のボディ。でも骨と皮のような拒食症的なガリガリのボディではなく、あくまでフィットしたスリムというイメージ。
そんな彼女はエクササイズもダイエットもしたことがなく、ワインやエスプレッソのショットを1日に何杯も飲み、チョコレート、 焼きたてのパンを好み、しかもヘビー・スモーカー。でもアメリカ人の前ではタバコは吸わないという所は、 マーケティングを心得ていると言える点なのだった。
アンチ・ボトックス派の彼女は、ボトックスを打ったことが無いというだけあって、顔のシワが若干目立つものの、 それでも53歳とは思えない若々しさ。 かねてから身のこなしの美しさや、生き生きした顔の表情には定評があったイネスであるけれど、その魅力は全く変わっていないのだった。

だから、イネスと同じ風に装ったところで、殆どの女性にとっては中味が違うという厳しい現実を突きつけられるだけになってしまうのは ごく自然の成り行き。そもそも普通の女性が、ダイエットやエクササイズをしないヘビー・スモーカーであった場合、イネスのような美しさを保つのは30代でも 難しいと思われること。
私自身、イネスには憧れても、彼女とは身体から発しているオーラが全く異なることは熟知しているから、彼女の本を読んでも、 彼女と同じように装ったり、同じようにメークをしようとは思わないし、 実際、イネスも本の中で、自分に合ったことするべきであると語っているのだった


私にとって、個人的に興味深かったのは、イネスがブランド物のコピーバッグを嫌っていることで、 それというのも、私はかつて彼女がレプリカのアートを 「レプリカと知っていても、気に入っているから部屋に飾っている」と語っていた インタビュー記事を呼んだことがあるためで、彼女はフェイク・ダイヤのジュエリーも身に付けると語っているのだった。 その一方で、ジェーン・バーキンは 4月に日本の被災チャリティのために、自らのバーキン・バッグをオークションに掛けた際のインタビューで、 「本物のバーキンが買えない人でも、スタイルが好きならフェイクを持てば良い」と語っており、 フランス人女性から圧倒的な支持を得ている2人のアイコンの見解の相違点が面白く感じられたのだった。

いずれにしても、イネスがファッション・アイコンとして、これだけの成功を収められたのは、 誰もがそう簡単にイネスになれないからであることは言うまでも無いこと。
朝起きて、ネイビーのVネック・セーターを着ただけで、シックかつファッショナブルに装える女性は そうは居ないものなのである。
それを思うにつけ、「パリジャン・シック」という本は、パリジェンヌになりたい女性のファンタジーをかき立てる本ではあるけれど、 その内容を実践してもパリジェンヌ、ましてやイネスにはなれないもの。
でも、女性に向上心がある限り、達成できない目標を掲げて、その追求を煽るのは、 ビジネスの世界においては、不滅のマーケティング・コンセプトなのである。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


PAGE TOP