May 12 〜 May 18,  2014

”September 11 Memorial Museum”
あのテロの惨劇が再び、鮮やかに甦る 、
9・11 メモリアル・ミュージアム


今週のニューヨークで最も大きく報じれたのは写真上の2つのニュース。
まず左側は、月曜に芸能メディアTMZで公開された 、ミートパッキングング・ディストリクトのホテル、 スタンダードのエレベーター内を撮影した防犯ビデオの報道で、 ここに捉えられていたのが、ラッパーのジェイZに殴りかかる 彼の妻 ビヨンセの妹、ソランジュ・ノールズの姿。 ビデオが撮影されたのは、5月5日、メトロポリタン・ミュージアム・コスチューム・インスティテュートのガラ のアフター・パーティーの際で、エレベーターの扉が閉まるや否や、ジェイZに殴りかかったソランジュは、一度はセキュリティ・ガードに 取り押さえられて 落ち着いたかと思いきや、バッグをジェイZに投げつけて、彼を蹴り上げており、 その段階で、ようやくビヨンセが止めに入っているのだった。
ホテルから出てきた一行の姿は、写真上左のニューヨーク・ポスト紙の写真のようにパパラッツィにスナップされていたけれど、 ジェイZは義理の妹に襲い掛かられたショックが隠しきれず、ソランジュも明らかに不機嫌そうな様子。 ビヨンセだけが うっすら笑みを浮かべて何事も無かったかのように振舞っているのだった。

この後、一向はビヨンセとソランジュが同じリムジンに乗り込み、ジェイZが別のリムジンに1人で乗り込んでその場を去っていたけれど、 これによって憶測を呼んでいたのが、どうしてソランジュがジェイZに対して過度に暴力的な攻撃に及んだのかという理由と、 何故ビヨンセが直ぐに止めに入らなかったのかということ。 ネット上には、「ジェイZがビヨンセを置いて1人でリアーナのアフター・パーティーに出かけようとした」、「ジェイZがソランジュのキャリアを サポートしていない腹いせ」、「ジェイZが不倫をしている」といった理由に加えて、浮上していたのが「ジェイZとビヨンセがジョイント・サマーツアーを終えた後に 離婚を発表する予定だった」という説。
週末になってジェイZ、ビヨンセ側は、「どんな家族にも、時に争い事は起こるもの」という声明を発表。 その一方で、このビデオをTMZに約2500万円で売却したといわれるスタンダード・ホテルのスタッフが 解雇されたことが報じられているのだった。





もう1つ大きな報道になっていたのは、木曜に行われたナショナル・セプテンバー・イレブン・メモリアル・ミュージアム デディケーション・セレモニーと、 メディアに初公開されたその全容のニュース。
セレモニーはオバマ大統領、クリントン前大統領夫妻、現職、歴代のニューヨーク市長をはじめとする 700人のゲストが列席して行われ、 それがライブ放映されたのに加えて、今週は多くのメディアがメモリアル・ミュージアムの 特番や特集を組んでいたのだった。

9・11メモリアル・ミュージアムは、総面積が約1万220平方メートル。 地上が入り口で、地下7階まで降りて行くという造り。 これは、飛行機激突後のワールド・トレード・センター・ビルの階段を 下りながら避難した人々の気持ちや様子を伝えるためにデザインされた設定。 でも、ハリケーン・サンディの際には浸水の被害を受けてしまい、 そのせいで公開が大幅に遅れてしまったのだった。





現時点では被害者家族にのみ公開されているミュージアムは、ニューヨーカーならば誰もが忘れられない 2001年9月11日 朝のニュースの映像で、「ワールド・トレード・センターに飛行機が突っ込む 事故が起こった」という報道のビデオ・プレゼンテーションからスタート。
その後 2機目が激突し、これが事故ではないことを誰もが悟った瞬間から、 ありとあらゆるディテールの展示によって生々しく再現されていくのが、 ニューヨーカーにとって最も長かった2001年9月11日という日。
行方不明の家族や友人を探す人々の張り紙、生存者を助けて命を落とした一般人や消防士の遺品、 避難する人々が実際に歩いて降りた非常階段、崩壊後のビルで唯一残った鉄柱や、 変形してしまったはしご車、ワールド・トレード・センター・ビル崩壊の埃をかぶって 真っ白になってしまった近隣のストアの売り場、テロの犯人像など、 この日に関連する ありとあらゆる品物、オブジェ、情報、そして そのバックストーリーが 次から次へと重々しくこの日の出来事、それに関わった人々の姿を甦らせているのだった。

そのミュージアムのミッションは、2700人もの犠牲者を出したこのテロのストーリーを 犠牲者、生存者を通じたマルチ・レベルから的確に歴史に残すことに加えて、 この日からいかに世界が変わったかを後世に伝えること。
そのディレクターのアリス・グリーンワルドでさえ 「企画段階から、何度涙したか数え切れない」と語っていた同ミュージアムには、 各所に そんな涙をぬぐうためのティッシュ・ペーパーが設置され、 展示を見る間に感情が高まって、耐えられなくなった人々のために、 出口も各所に設けられているのだった。







私は今週、ミュージアムのプレビューをNBCテレビの特集で観ていたけれど、 その時点で既に涙がこみ上げてきて、まだ9・11のテロが13年近く経った今も 自分にインパクトを与えていることに改めて驚いてしまったのだった。
中でも最も強烈だったのは、死を悟った犠牲者が家族に残したヴォイス・メッセージのセクション。 これは犠牲者の家族がミュージアムに寄贈したヴォイス・メッセージで構成されていて、 それぞれに「自分はたぶん生き残れないと思うけれど・・・」と言いながら、 家族に「I love you」と 涙ながらに語る最期のメッセージは、 息が詰まりそうなくらい 聴いていて辛くなるもの。
この時点で、私はまだまだこのミュージアムには足を運べないことを痛感してしまったのだった。

さて、9・11のテロを的確に再現しているとして 一様に評価されているメモリアム・ミュージアムであるけれど、 唯一、大顰蹙を買っているのがそのギフト・ショップ。
ここでは、9・11メモリアム・ミュージアムのロゴが入ったTシャツや、マグカップ、 消防士のユニフォーム等が販売されており 普通のミュージアムであれば、その維持費を得るためにも運営されてしかるべきなのがギフト・ショップ。
でも同ミュージアムの場合、「悪趣味だ」とニューヨーク・ポスト誌が批判したのに加えて、 自分の家族が死去した場所と、その出来事が商品化されることに 憤りを感じる遺族もいるのが実情なのだった。

その9・11メモリアル・ミュージアムの入場料は24ドル。年間約40億円の入場収入が見込まれており、 これがミュージアムの60億円と見込まれる年間維持費の支払いに当てられるとのこと。
残りの約20億円は、寄付によってまかなわれることになっているのだった。

メモリアル・ミュージアムの一般公開は5月21日から。 でも観光気分で出かける場所ではないことを覚悟して足を運ぶ必要があると思うのだった。





執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


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