June 1 〜 June 7 2015

”Social Impact of Caitlyn Jenna ”
性転換をしたケイトリン(元ブルース)・ジェナが
アメリカ社会に与えたインパクト


今週のニューヨーク、およびアメリカのスポーツ・ニュースで最大の関心事になっていたのが、 6月6日土曜日にニューヨークで行われたベルモント・ステークスで、 37年ぶりにトリプル・クラウン、すなわち三冠王馬が誕生するか否か。
アメリカでは、最も由緒あるケンタッキー・ダービーを皮切りに、 その2週間後にボルティモアで行われるプリークネス・ステーク、 そして今週末のベルモント・ステークが3大競馬になっているけれど、 これら全てに勝利するのが米国競馬界のトリプル・クラウン。
初のトリプル・クラウンが誕生したのは1919年で、以来、昨年までの約一世紀の間に誕生した トリプル・クラウンは僅か11頭。その間、23頭がケンタッキーとプリークネスを征しながらも ベルモントで敗れて、その度にホース・レーシング・ファンを失望させてきたのだった。 でも、今年両大会を征したアメリカン・ファロア(American Phoroah、ファロアとは、エジプトのファラオのこと)は、 非常に前評判が高く、今回のベルモント・ステークにおける総額約17億円の掛け金の半分が集中。
9万人の観衆を前に、見事レースで勝利したアメリカン・ファロアは、史上12頭目のトリプル・クラウンとなったけれど、 1978年以来の快挙とあって、週末のメディアは大々的にこの勝利を報じていたのだった。




でも、今週のメディア&ソーシャル・メディア、人々の話題が集中していたのは、70年代のオリンピック・ゴールド・メダリストで、 昨今ではキム・カダーシアンの義父としても知られるブルース・ジェナが、 性転換後の姿で、『ヴァニティ・フェア』誌の表紙を飾ったというニュース。
ブルース・ジェナは、昨年から徐々に性転換手術を図っていたことが、 ゴシップ・メディアで報じられており、4月には3大ネットワークの1つ、ABCとの独占インタビューで、 自らの性転換について告白。したがって彼の性転換については周知の事実であったけれど、 実際にその女性としての容姿を独占初公開したのが 『ヴァニティ・フェア』誌。
本来なら、このイッシューが発売される来週まで、写真とヘッドライン、及び記事は 極秘になる予定であったけれど、印刷のプロセスで 表紙のイメージがインターネット上に流出してしまったため、 ヴァニティ・フェア誌がその発売を待たずして、今週月曜にメディアに公開したのが表紙、及びグラビア写真とその記事。

性転換後のブルース・ジェナは、”Caitlyn / ケイトリン” と名前を変更。
”彼女”がカバーで着用した約200ドルのビスチェがあっという間に完売したのに加えて、 ケイトリン・ジェナのツイッターアカウントは、オバマ大統領が打ち立てた記録を破って、 最短時間で100万人のフォロワーを獲得。その後もフォロワーは増え続け、48時間で200万人以上がケイトリン・ジェナのフォロワーになったのだった。 さらに”彼女”はミス・アメリカ・コンテストの審査員に招待され、もうすぐ行われる スポーツ・ケーブル・ネットワーク、ESPNのエスピー・アワードでは アーサー・アッシュ・カレッジ・アワードを受賞することになっているのだった。

また、これまでにも元ゴールド・メダリストのセレブリティとして 1講演で平均240万円のギャラが支払われてきたブルース・ジェナであるけれど、 ケイトリン・ジェナになってからは、そのギャラが5倍に跳ね上がることをタレント・エージェンシーが予測しているのだった。






ブルース・ジェナの性転換が何故これだけ大きなニュースになっているかと言えば、 彼がリアリティTVから一大エンパイアを築いたカダーシアン・ファミリーの家長であるというよりも、 彼が1976年のモントリオール・オリンピックの陸上で金メダルを獲得して、一躍 国民の英雄的セレブリティとなり、 以来、スター・アスリート兼TVパーソナリティとして活躍してきた長年の知名度に因るところが大きいのが実情。
彼は、90年代にO.J.シンプソン裁判の弁護士として有名になったロバート・カダーシアンの死後、 その未亡人、クリスと結婚。彼女の連れ子であるキムを含む義娘、義息に加えて、 クリスとの間に生まれ、現在モデルとしてどんどん知名度を上げているケンドールとカイリーを加えた ファミリーは、世間の注目と批判を浴びながらも リアリティTVと ライセンス・プロダクトで、ビジネスを拡大し続けているのだった。
でも、彼の存在を カダーシアンのリアリティTVで知った世代は、同性婚やトランスジェンダーには オープンな考えを持っているジェネレーション。 ブルース・ジェナの性転換をショッキングに捉えているのは、70年代から彼に対してマスキュランなアスリートのイメージを描いてきた人々で、 その彼が4月のABCTVとのインタビューで「自分は長年自分を男性ではなく、女性だと思って生きていた」と語った 意外性などがこの報道を大きくしていたのだった。

ヴァニティ・フェア誌のカバーやグラビア、そしてその記事が公開されてからというもの、 ケイトリン・ジェナに対しては、もっぱらポジティブなサポートが寄せられているけれど、 その一方で批判を展開しているのは、ゲイや同性婚、性転換が キリストの教えに反するという考えを持つ、 カソリックを中心としたキリスト教系コンサバティブの人々。
その一方で、女性の社会的地位向上を掲げるアクティビスト・グループも、 ケイトリン・ジェナのグラマラスなヴァニティ・フェア誌のグラビアが、 「女性=外観の美が重視される」という長年女性が戦い続けてきたコンセプトを 肯定しているとして、社会に誤ったメッセージを送っていると批判していたのだった。




そんな状況なので、今週はケイトリン・ジェナの報道に関連して、様々な女性論や、 トランスジェンダーについての論議がメディア上で展開されてきたけれど、 その中には、過去20年ほどの間に如何にアメリカ社会がゲイ&レズビアン、トランスジェンダーに対してオープンマインドになってきたかを 指摘するものから、性同一性障害と性転換についての見解など様々なものが見られていたのだった。
中でも私が最も興味深く読んだ論説は、今日、6月7日付けのニューヨーク・タイムズ紙に掲載された「What Makes a Woman?」というもの。 この記事で 著者エリノー・バーケットが述べていたのが「ケイトリン・ジェナをサポートしたい気持ちはあるものの、 これまで女性として生きたことが無い人間が、果たして女性が何たるかを語るべきなのか?」という意見なのだった。
これを読んで私がふと思い出したのが、何年か前に友達の友人として出会ったゲイ男性で、当時真剣に性転換手術を考えていた人物。 彼によれば、性転換をしたい理由は女性としてドレスアップするのが好きなだけでなく、 「自分は本来は弱い人間なのに、男性として強くなければいけないという意識に苦しめられてきた」とのことで、 「本来は弱い人間である本当の自分で居ても 咎められない女性として生きる方が自然だと思う」 と語っていたのだった。

これを聞いて私が彼に言ったのは、「弱かったら女性は務まらない」ということ。 私は以前もこのコラムに書いたことがあるけれど、これまで生きてきて 本当に強い男性と、本当に弱い女性には会ったことが無いので、 「女性が 本来弱い生き物」 というのは女性を良く知らない男性の思い込み。 肉体的には男性の方が筋力や体力が勝っている場合が多いけれど(昨今のアメリカでは、決してそうとは限らないのが実情!)、 精神的に強いのは圧倒的に女性だと思うのだった。
このゲイ男性が果たして性転換をしたかは定かでは無いけれど、 今週多くのアメリカ女性が、性転換で女性に生まれ変わったケイトリン・ジェナの姿に複雑な印象を抱いたのは、 女性という生き物は、男性がホルモン投与をしながら、髪の毛やマスカラ、ゴージャスなドレスやネールで女性らしく装っても 決してなれるものでは無いという考えがあるため。 たとえケイトリン・ジェナが、ブルース・ジェナであった時代に「自分は男性よりも女性として生まれてきた」と思い続けて来たとしても。 「では女性とは一体何たるものか?」を彼が本当に理解していたかは定かで無いのだった。
彼は80年代から女装癖があったというけれど、世の中にはヘアやメークやファッションに一切関心が無い女性も沢山居る訳で、 そんな女性達が女性らしくないというようなことは決して無いし、男勝りに仕事をしたり、一家を支える女性にしてもそれは然りなのだった。

今後のケイトリン・ジェナのトランスジェンダーとしての生活は、リアリティTVで放映されることになっているけれど、 現時点の”彼女”は、容姿は女性でも、声や喋り方から身のこなしまで、全て男性のまま。 果たして彼女が本当の意味で女性になれるか、本当に中身が女性として生まれてきていたのかは、 これからの彼女の生き方に現れると思うのだった。


Will New York 宿泊施設滞在



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。


PAGE TOP