May 30 〜 June 5 2016

”American Drug Head”
プリンスの死因が改めて問題を投げかけた、アメリカの深刻な薬漬け社会



今週末は、6月3日 金曜夜のモハメッド・アリ(74歳)死去のニュースを受けて その追悼報道が盛んに行われていたけれど、 モハメッド・アリは アメリカという国にとって、歴史的なマッチの数々で知られるボクシング・チャンピオンというだけでなく、 ヴェトナム戦争の徴兵を拒んで、ボクシングのタイトルを剥奪された反戦のシンボルでもある存在。 1975年にイスラム教徒となった彼は、9・11のテロ後にはイスラム教がテロとは無関係であることをアメリカ国民に訴えた1人でもあるけれど、 1981年に引退した彼の後世は、32年間に渡るパーキンソン病との戦いで知られることになったのだった。
アリゾナ州の病院で死去したモハメッド・アリは、生前から人々に”The Greatest”と讃えられてきた存在で、、 彼の死後にはオバマ大統領、ヒラリー・クリントンといった政治家、マイク・タイソンや彼のライバルであったジョージ・フォアマン といったボクシング界のレジェンド、ジェイミー・フォックス、キャリー・アンダーウッド、 彼同様にパーキンソン病と戦う マイケル・J・フォックスを始めとするハリウッド・セレブリティらが こぞって追悼のメッセージを寄せており、彼の生まれ故郷、ケンタッキーでは、その死を悼んで アメリカ国旗が半旗になっているのだった。

それ以外で、今週大きな報道になっていたのが、シンシナティの動物園で、 フェンスを越えて体重200キロ以上のゴリラの目の前に転落した3歳の少年を救うため、 動物園側がゴリラを射殺した事件。このゴリラは17歳になる”ハランビ”という名前の人気者であったけれど、 動物園側はその射殺を敢行した理由として、「麻酔銃を使うと効き目が表れるまで10分以上がかかること」に加え、 「ゴリラが興奮してしまうケースがあるため」と説明。 しかしながら少年が転落してからの一部始終を捉えた来園者のビデオでは、ハランビが 特に凶暴な行為を見せていなかった という指摘が多く、この動物園側の対応は 動物愛護家から大非難を浴びることになったのだった。
その一方で 目撃者の証言から、何度も柵を越えて中に入ると言っている少年に対して 母親が真剣に取り合わなかったことも明らかになっており、 「親に対して政治責任を追及するべき」というインターネット上のキャンペーンには 30万人以上の署名が集っているのだった。 これを受けて、警察は両親と動物園に対する取調べは行ったものの、 現時点では どちらも訴追される見込みはたっていないのだった。




今週のもう1つの大きな報道は、4月21日に死去したプリンスの司法解剖の結果が明らかになり、 かねてから報じられていた通り 彼の死因が処方箋ペインキラー(痛み止め)のオーバードースであったことが正式に確認されたというニュース。
プリンスの直接の死因となったペインキラーは、”Fentanyl / フェンタニル”というもので、これは1960年に合成に成功した薬品。 その効力はモルヒネの100倍、ヘロインよりも30〜50倍パワフルと言われるもの。医薬品としては 極めて中毒性が高いことを意味する ”スケジュール2”とカテゴライズされており、”アクティック”、”デュラジェシック”という商標で流通されているもの。 激痛を和らげ、極限値のリラクセーションや快楽をもたらすものの、少量でも死に至るケースがある危険な薬品。
ストリート・ドラッグとして流通される際には、”チャイナガール”、”マーダー・エイト”、”ジャックポット”、”ダンスフィーバー”といった 名称で取り扱われ、殆どの場合、コカインやヘロインがミックスされているものの、 レクリエーショナル・ユーズでこれを購入している人々はその実情を知る由もないのだった。

フェンタニルの問題は、アメリカよりも一足先にカナダで深刻化しており、アメリカのDEA(Drug Enforcement Administration / 麻薬取締局)が 正式にフェンタニルについての警告を発したのは2015年3月のこと。 これはメキシコのドラッグ・カルテルによって流通されていた多量のフェンタニルがカリフォルニア州で押収されたのがきっかけ。 今やメキシコのドラッグ・カルテルは ヘロインよりも安価にフェンタニルを生産する手法を開発しており、 カルテルの主要商品として急ピッチで生産されているのがフェンタニルなのだった。
フェンタニルが他のドラッグよりも危険視される理由は、オーバードースの際に投与される”Laloxone/ラロクソン”等の解毒剤が ヘロインやコカインのオーバードースよりも多量に必要となるため。 かつては処方箋薬として販売されていたラロクソンは、今ではアメリカで 20分に1人が ドラッグのオーバードースで死亡するという 危機的な状況を受けて、全米の多くの州で処方箋無しで購入することができるようになっているのだった。




それほどまでにドラッグの問題が深刻化しているのがアメリカで、特に社会問題として急浮上しているのが ヘロイン中毒の増加。 近年増加している中毒者の多くは、パーティー・ドラッグとしてヘロインを摂取している若者ではなく、 年配者や主婦など これまではドラッグとは無縁だった人々。
何故こうした人々がヘロインに手を出すかと言えば、プリンスのように怪我や手術が原因で ペインキラーの中毒となり、 プリンスのようにペインキラーを払い続ける経済力の無い人々が、 藁(わら)をも掴む状況で手を出すのが 安価で、ハイな状態が長続きするヘロイン。 このため蔓延するヘロイン中毒に対する政策が 今回の大統領選挙の争点の1つになっている州は少なくないのだった。

マイケル・ジャクソンや俳優のヒース・レジャーなど、多くのセレブリティがペインキラーや、入眠剤、 Social Anxiety Disorder(社交不安障害)治療薬等の 処方箋薬のミックス&オーバードースで死亡しているけれど、 これは一般の人々も然りで、アメリカにおける医薬品のオーバードースによる死亡者数は年間で10万人を軽く超える状況。 これはヘロイン、コカイン、”クリスタル・メス”として知られるメタンフェタミンのオーバードースによる死者の合計の3倍に当たる数字なのだった。
事実、ここ数年でストリート・ドラッグよりもアメリカで深刻な問題になってきているのが医薬品、特に処方箋薬。
アメリカの人口は世界人口の5%であるけれど、その国民が世界の医療薬の50%、処方箋薬の80%を消費している薬漬けの社会。 2012年の調査の段階で、アメリカ人の5人中3人、すなわち60%が処方箋薬を摂取しており、 そのうちの10%は5種類以上の処方箋薬を常用しているのだった。

では何故 アメリカ社会で これほどまでに処方箋薬が蔓延しているかと言えば、 政治、ビジネス、医療の仕組みが 全て製薬業界の思うままに動く体制が整ってしまっているからに他ならないけれど、 近年、処方箋薬の売上げが大幅にアップした要因の1つは、 TVCMを含む 様々な広告媒体を通じて一般消費者に対して行われるマーケティングが功を奏した結果。
かつては、処方箋薬についての知識を擁しているのは医師や医療関係者のみであったけれど、 処方箋薬の広告が法律で認められて以来、激増したのがTVCMや雑誌広告。 特にTVCMは、体調不良を訴える人々の姿からスタートし、コンピューター・グラフィックを用いて 薬が身体にもたらす効力を 簡単にビジュアルで説明。その後、薬によって体調が良くなった人々の幸せそうな映像が映し出されるけれど、 その映像と晴れやかなBGMと共に、早口で淡々と語られるのが法律で規定されている副作用の説明。
でも薬の効果を演じている俳優が 笑顔で家族や犬と戯れたり、CMの冒頭では出来なかったスポーツを のびのびとプレーする様子がスローモーションで映し出されるなど、副作用の説明に関心が行かないようにCMがデザインされているので、 「死に至る場合があります」、「自殺願望が高まったり、うつ病が悪化した場合は摂取を止めて下さい」等、 とんでもない副作用の列挙には気が付かない、もしくは気に留めない視聴者がが圧倒的であるという。 そして締めくくりに「Ask Your Doctor About (薬の名前)」と付け加えて、患者側から医師に処方のリクエストを奨励するのがこうしたTVCMなのだった。




また製薬会社はTVCMを通じて薬だけでなく、体調不良の症状もマーケティングしており、 精力の衰えを感じる40代以降の男性に向けては ”Low T / ロウT (ロウ・テストステロン / 男性ホルモン低下)、 PMSがひどい女性に対してはPMDD(Premenstrual Dysphoric Disorder)と、誰にでも当てはまる症状を列挙しては、 人々の不安を煽って 「Ask Your Doctor About…」と処方箋薬をプロモートするのが常套手段。 これらは医療の世界では病気と認識されていないので、”Disorder / 障害”, ”Syndrome / 症候群”といった言葉で 病気のように仕立て上げられているけれど、 中でも最も馬鹿げていると指摘されていたのが ”Restless Leg Syndrome / レストレス・レッグ・シンドローム”、 日本では ”むずむず脚症候群”と呼ばれるもの。 ほんの数年前まで誰も聞いたことがなかった この症候群のCMが放映された途端、これを訴える人々がドクターに処方箋を依頼し始め、 当然ながらレストレス・レッグ・シンドロームとその治療薬を同時にプロモートした製薬会社に巨額の利益をもたらしているのだった。

こうしたTVCMによって 一般の人々が、次に購入するシリアルや洗剤を選ぶのと同じ感覚で 処方箋薬をドクターにリクエストするようになった結果、 現在、アメリカの処方薬の半分以上が患者のリクエストによって処方されるという状況を生み出しているけれど、 何故医師が 医療の専門家でもない患者のリクエストに応じて簡単に 薬を処方するかと言えば、 アメリカでは それが医師の重要な収入源になっているため。
製薬会社は、処方箋薬を売るために 医師に対しても大金を投じたマーケティング&ロビー活動を行っており、 製薬会社とドクターは、薬を処方すれば するほど儲かるという同じ利害関係をシェアする立場。 要するに製薬会社がドラッグ・カルテルで、ドクターがドラッグ・ディーラーの役割を果たしているのだった。

悲しいことに アメリカにおけるこうした合法ドラッグ・ビジネスに資金を投じているのは国民健康保険や、高齢者保険、すなわち国民の税金であり、 毎年のように何兆円もの売上げを記録し、利益を増やし続ける製薬会社の株式には大勢のアメリカ国民が投資、もしくは 401Kを通じて知らないうちに投資をしているのが実情。
アメリカの合法ドラッグの問題は あまりに根が深く、そしてあまりに広範囲に問題が根付いているだけに 正義感のある医療関係者は、「アメリカはドラッグとの戦いに敗れた」とはっきりと敗北宣言をしているけれど、 これだけ処方箋薬で死亡例が出ていても、一般の人々が「医師が処方する薬が人体に危険なはずは無い」と信じて疑わず、 常識を疑う量を抵抗無く摂取しては 中毒に陥る様子は、傍から見ていると不思議とも受け取れる状況。
こんな有り様なので、今年の大統領選挙で誰が選ばれようと、アメリカのドラッグ中毒問題は改善はおろか、 歯止めをかけることさえ不可能と思われるのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

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