June 7 〜 June 13 2010




” サステイナブルなワールド・カップ ”


今週もアメリカでは最も大きなニュースになっていたのが、メキシコ湾沖での原油流出事故の報道。
既に事故から50日以上が経過し、石油掘削施設を操業していたイギリスの石油会社、BPに怒りと非難が集中していることは 先週もお伝えしたけれど、今週になって報じられたのは イギリス側もアメリカ、ことにオバマ大統領に対してBPを 非難し過ぎるとして 怒りとフラストレーションをつのらせているというニュース。
というのも原油流出事故以来、イギリス最大の企業であったBPの株価は下がり続けており、木曜には 過去13年で最安値を記録。 既に失った市場価値は690億ポンド(1010億ドル=約9兆1792億円)でこれは、企業価値の40%に当たる数字。 イギリスでは約1800万人がBPの株式を保有しており、その多くが年金基金を通じてのもの。
実際BPの年間配当金総額は 70億ポンド以上で、イギリスの年金プランで支払われる6分の1がBPの配当によるもの。 したがって、これ以上BPの株価が下がることはイギリス国民にとって、ただでさえ減っている年金がさらに 減っていくことを意味しているのは言うまでもないこと。
このため、イギリス議会は就任したばかりのデヴィッド・キャメロン首相に、 オバマ大統領に対して BPへの批判をトーン・ダウンさせるよう 働きかけるように要請したことが報じられる一方で、 イギリスの企業リーダーやメディアは オバマ大統領を「アンチ・ブリティッシュ」呼ばわりしていることも伝えられているのだった。

そんな中、12日の土曜日に行われたワールドカップ ファースト・ステージのイングランドVS.アメリカ戦は、 右上のニューヨーク・ポスト紙の表紙に見られるように、BPの原油流出を巡るアメリカ、イギリス間のギクシャクした政治的駆け引きと サッカーがゴッチャになったような報道も行なわれており、「ワールドカップを1試合だけ観るつもりならこの1戦!」とまで 言われる ”因縁の戦い” の様相を呈していたのだった。
そんな報道が行き渡ったお陰か、土曜日はニューヨークのありとあらゆるところでウォッチ・パーティーが行われていたようで、 この日は USのサッカー・ジャージーを着ている人を何人も見かけた上に、私が友人とゴルフの練習をしにチェルシー・ピアーズのドライヴィング・レンジに 出かけたところ、週末にも関わらずガラガラ。
その後、ミートパッキング・ディストリクトのレストラン、パスティスにブランチに出かけたところ、同店のような トレンディ系レストランまで ビッグ・スクリーンTVが US VS. イングランドのサッカーの試合を映し出していて、少々驚いてしまたのだった。
試合は1−1の引き分けであったけれど、この結果は アンダー・ドッグ(明らかに実力が下だと見なされる存在のこと)のアメリカにとっては勝利に匹敵するもの。 一方、勝って当たり前のイギリスにとっては敗北に匹敵するもので、同じ引き分けでも 両国の心理状態は 全く正反対になっていたのだった。
これが弾みになって、今回のワールドカップのアメリカにおける視聴率がアップするか否かは定かではないけれど、 USサッカー・チームは2009年のコンフェデレーション・カップで、今回の優勝候補、スペインを 2−0で破っていたりするので、 時々スゴイことをやってのけるチームであることは事実なのである。


ところで、ここ2〜3年の間に環境問題に取り組む企業努力を語る際に 頻繁に登場するようになった言葉が「Sustainable / サステイナブル」。
アース・フレンドリー・プロダクトを語る際に 何故 ”サステイナブル(持続可能) ” という言葉が出てくるのか? 私も最初にこの言葉を聞いた時はあまりピンと来なかったけれど、 昨今ではリサイクル原料や トキシック(毒物)が少なく、環境に優しい原料を用いたプロダクト生産などを”サステイナビリティ・プロジェクト”と呼ぶのが ビジネスの世界では一般的になってきているのだった。
こうしたサステイナブル・デザイン、サステイナブル生産を他企業に先駆けて1993年から行ってきたことを謳っているのが、 今回のワールドカップでブラジル、アメリカ、イングランドなど9カ国のユニフォームを手がけているナイキ。
ナイキでは1993年から 古くなったスニーカーや、生産工程で生まれる廃棄物を細かく切り刻んで、それを 陸上のトラックやバスケットボール・コートのフロアとしてリサイクル利用するために建設業者に寄付しており、 そのプログラムを進めるうちに 長期スタンスで 人体や環境に害を及ぼす原料の排除、もしくは軽減を図ってきたという。 このため、ナイキでは靴底を貼りつける毒性の強いグルー(糊)の使用が激減したことが指摘されているのだった。
そして4年前からは、同社の工場から出る廃棄物から 商品を生産するプロジェクトも進めており、 現在販売されているナイキのスポーツ・ウェアのジッパーやコードは 古いシューズのリサイクルで生まれているという。
今回のワールドカップのチーム・ユニフォームにしても、そのジャージーのファブリックは 日本と台湾のごみ処理場から集めた プラスティック・ボトルから生産したものだそうで、そのボトルの数は1300万本。これは25万4000キロのポリエステルに相当するという。
ナイキではワールドカップという スポーツの大舞台に関連したサステイナブル・プロダクトを手がけることによって、 同社の環境努力を広く世界にアピールし、企業のイメージ・アップを見事に図っているのだった。

アメリカ国内では、昨今の気候変動に対する危機感もあってか、エコ・コンシャスでアース・フレンドリーな サステイナブル・プロダクトやサービスを 意識して購入する消費者が増えており、その市場規模は見積もりで5000億ドル。
もちろん、ナイキ以外にも世界最大の小売チェーン、ウォルマート、エコ・コンシャスなアウトドア・グッズで知られるパタゴニアなど、 様々な企業がサステイナビリティ・プロジェクトを行っているけれど、企業がこれに取り組む理由は アース・フレンドリーというモラル以前に、プロフィット・フレンドリー、すなわち企業の利益に深く関わっていることは ニューヨーク・タイムズ紙のビジネス欄の記事でも指摘されていること。 この記事では、ウォルマートが使用したダンボールを 廃棄物処理業者にお金を払って処分してもらう替わりに、リサイクル業者に販売することによって膨大な利益を 上げるようになったことを伝えているのだった。
こうしたサステイナビリティ・プロジェクトを実践させるために、通常、企業は外部のコンサルタントを雇い、 いかに、廃棄物をリサイクルするか?、毒性のある原料を排除するかのアドバイスを受けているというけれど、 今やスポーツ・メーカーや大衆量販店だけでなく、グッチやルイ・ヴィトンのような一流ファッション・ブランドも サステイナビリティを目標に掲げるようになっているだけに、こうしたコンサルタント企業のビジネスの未来は明るいとも言われているのだった。


さて 話をワールドカップに戻せば、今回 初めてアフリカ大陸で行われたワールドカップであるけれど、 日本でも報道されている通り、現地の治安が良くないのは試合観戦に訪れる旅行者にとって不安の材料。
このため、4万1千人の警官がワールド・カップの警備に当たっているというけれど、 同時に 56もの裁判所を余分に設けて、犯罪を短時間で裁けるように準備しているというのは、 それだけ犯罪が多発することを見越した措置とも言えるもの。
犯罪に加えて、旅行者に注意が呼びかけられているのはエイズ。 サウス・アフリカは世界一 H.I.Vウィルスの感染者が多い国で、 人口4900万人中、エイズ感染者の数は570万人。約8.6人に1人の割合で感染者が居ることになる訳で、 殆どのホテルの寝室にはコンドームが配給されているという。
エイズ問題の活動グループはサッカー・スタジアムでも無料でコンドームを 配る企画をしたというけれど、FIFAに「スポンサー以外のプロダクトの配布は許可できない」と断られたことが報じられているのだった。

ところで、犯罪やエイズが多いというのは やはりサウス・アフリカに貧困者数が多いことを同時に現しているけれど、 そのサウス・アフリカがワールドカップをホストするためのスタジアム建設、インフラ整備に費やした金額は約55億ドル(約5040億円)。 このうちワールドカップ開催の観光収入などで 直ぐにもとが取れるのは17億ドル(約1558億円)と言われているだけに、 サウス・アフリカが アテネ・オリンピックを開催したギリシャのようになってしまうことを危惧する声は 国内外から聞かれているのだった。
果たしてサウス・アフリカの人々が期待を寄せるとおり、今回のワールドカップによって同国がビジネス・フレンドリーで、民主的な国家であることを 世界にアピールすることが出来るか、 多額の投資をして大会をホストする価値があったか、の成果は、 恐らく数年先に問われることになる見通しである。





Catch of the Week No. 6 June : 6月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 May : 5月 第 5 週


Catch of the Week No. 4 May : 5月 第 4 週


Catch of the Week No. 3 May : 5月 第 3 週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





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