June 6 〜 June 12 2016

”Stanford Rape Case Outrage”
空前のバックラッシュを招いたスタンフォード大学レイプ判決とそのインパクト



今週最大の報道となっていたのは、ヒラリー・クリントンが女性として歴史上初めて メジャー政党の大統領候補に擁立されることが決定したニュース。
今週火曜日に行われたカリフォルニア、ニュージャージーを含む 4つ州の予備選挙 全て勝利を収めたヒラリー氏は、民主党大統領候補に必要な2383のデリゲートを獲得。 彼女が大統領候補に選ばれるのは、かなり以前から数字的には 織り込み済みの事実であったものの、 バーニー・サンダースの追い上げと、Eメール・スキャンダルの影響で 思わぬ苦戦を強いられていただけに、火曜日のヒラリー氏の勝利宣言は まるで本選挙に勝利したかのような盛り上がりになっていたのだった。

その一方で、私がこれを書いている6月12日、日曜日は朝から 同日深夜2時にフロリダ州オーランドのゲイクラブで発生した銃乱射事件の報道が 盛んに行われていたけれど、混雑したナイトクラブで 戦闘用の銃が使用された同事件の犠牲者は 日曜午前中の時点で50名の死者(翌日の発表で49名に訂正されています)、53名の負傷者が 確認されており、これが1人の容疑者による犯行とは思えない数。現場では救急車の数が足りず、 負傷者が警察のトラックで病院に搬送された様子が伝えられていたけれど、 日曜午後になってからは、容疑者がISISによってラディカライズされた可能性が報じられているのだった。

その6月12日夜には、ブロードウェイのオスカーであるトニー賞の授賞式が行われたけれど、 今回16部門という最多ノミネーションの記録を樹立したのが 昨年秋に公開されて以来、 メガヒットとなり、今年のグラミー賞も受賞したヒップホップ・ミュージカル「ハミルトン」。
同ミュージカルは1週間に1億円以上を稼ぎ出すというブロードウェイにおける史上最高の興行売上げも記録しており、 2016年内に行われるパフォーマンスは全て完売。 再販ルートでさえ 「ハミルトン」のチケットは 「紙のダイヤモンド」と言われる入手の困難さで、オンライン詐欺も多数発生しているのだった。 そのクリエーターであり主演のリン・マニュエル・ミランダ(写真上右)が7月9日のパフォーマンスを最後に、 別キャストと入れ替えになることが決定しているため、 7月9日までのチケットには高額プレミアムがついており、特に7月9日のチケットの平均価格は 5000ドルを超えることがレポートされているのだった。




今週、最も波紋を投げかけるニュースとなっていたのは、スタンフォード大学の水泳チームの一員、ブロック・ターナー(20歳、写真上)による レイプ事件の軽過ぎる判決を巡るバックラッシュについての報道。
事件が起こったのは2015年1月17日。妹と共に自宅近くのパーティーに出掛けた被害者女性(23歳)が、その場で出会ったのが、 ブロック・ターナー。その後、飲み過ぎて意識を失った彼女に対して 彼が寮の前のゴミ箱の陰(写真下左)で、 レイプに及んだというのがその事件。 これを目撃した男子学生2人が、逃げる彼を取り押さえて警察に通報し、逮捕の運びとなったけれど、 その時点ので被害者女性は ドレスが肩から引き裂かれ、胸から下が全裸で、両脚を開いたまま、顔は地面に押し付けられて、 身体や顔が泥にまみれていただけでなく、膣の中にも擦り傷、裂傷とともに泥の混入が見られたとのこと。 その状態は、犯人を取り押さえた目撃者の青年が「脳裏に焼き付いてトラウマになっている」と語るほど悲惨なもので、 被害者の父親は警察の被害レポートを読まないようにと警告されたような ソドマイズ行為の跡が見られていたのだった。
病院で意識を取り戻した被害者はレイプ被害者としての検査を受けることになったものの、 自分に何が起こり、いかに痛々しい状況で発見されたかを知ったのは翌日、事件を報じたニュースによってで、 世の中の人々が事件を知るのと同様に、自分に対する犯行を知らされることになったという。

結局、2016年1月の陪審員判決で、ブロック・ターナーは3つの重犯罪で有罪となり、通常ならば14年、 彼が初犯であることを考慮しても、その犯罪の悪質さと残忍さから 最低でも6年の禁固刑が言い渡される状況。 しかしながら、判事アーロン・パースキー(写真下右)は、「刑務所に長く拘留されることは、ブロック・ターナーにとって さらなるダメージをもたらすだけ」として、この類の犯罪としては極めて軽い6ヶ月の拘留を先週言い渡したことから、 全米からのバックラッシュを受けることになったのだった。






この刑期は今週中に、更に短い4ヶ月に軽減されており、 この軽すぎる判決を受けて、「パースキー判事は性犯罪の実態を理解していない」として、 同判事に対するリコール運動を起したのが同じスタンフォード大学の法学部教授、ミシェル・ドーバー。
ドーバー教授がオンライン署名サイト、 "change.org / チェンジ・ドット・オーグ"で 今週スタートした パースキー判事リコールは週末を待たずして100万人の署名が寄せられたけれど、 実は同判事も自らがスタンフォード大学のアスリートであり、その卒業生。 パースキー判事は 2011年のレイプ事件の裁判の際にも、被害者の女性に不利な印象を与えるフェイスブックの写真を、 事件とは無関係にもかかわらず被告側の証拠として採用することを許可するなど、アメリカの性犯罪における 被害者バッシングを 法廷で実践してきたと言われる存在。
彼のリコール署名は、女性団体からも80万件が寄せられており、これを受けて 週末にはカリフォルニア州の有力な政治関係者数名が、来年を目処に彼のリコールに動く意志を表明しているのだった。

パースキー判事に対しては 今週、裁判所に殺害予告や「お前の家族もレイプされてみたら、被害者の気持ちがわかる」といった批判が 多数寄せられただけでなく、彼が担当する別の裁判では陪審員が出廷を拒むという異例のボイコットが起こっているけれど、 司法関係者は、「判事がその下した判決に対する責任を取る必要はない」とパースキー判事をサポートする姿勢を見せているのだった。
とは言っても 今週のアメリカを震撼&激怒させたのは、この軽すぎる判決もさることながら、 判決後に公開された被害者の痛々しいまでの心の叫びを綴った手紙に加えて、 判決前に判事に提出され、判決に少なからず影響を与えたと思しき加害者、加害者の父親、 そして彼を知る人物のキャラクター・ウィットネスの証言となりうる手紙の数々。
被害者の7000ワードのレターは、今週オンライン上で 数百万回シェアされており、CNNの女性ニュース・キャスターは これを読みながら涙で声を詰まらせたほどの生々しさ。 私もその全文を読んだけれど、特に被害者に同情せずにはいられなかった部分は、レイプのニュース報道に加害者、ブロック・ターナーがいかに卓越した水泳選手であるかを物語るための 彼の記録した水泳のタイムが記載されていたというメディアの無神経さ。またブロック・ターナーが一切謝罪をせず、家族がすぐに敏腕弁護士と私立探偵を雇い、被害者とその家族の素行の粗探しをする一方で、彼を無罪に仕向けるシナリオを事件から1年後に突如でっち上げて、「合意によるセックスであった」 という説を展開し始めたこと。さらに法廷では彼の弁護士が何度も 被害者に意識がなかったことを陪審員に強調し、 被害者の証言が信頼に値せず、ブロック・ターナーの言い分のみを考慮すべきと主張したという点などで、 このレターには被害者がレイプによる心と身体の傷を負った状態で、それを立証して 裁くための司法システムによって 再びレイプ同様の屈辱や社会的制裁を受けるというアメリカ社会の”レイプ・カルチャー”がまざまざと描かれていたのだった。

このレターを書いた被害者をサポートするため、HBOが放映する「ガールズ」のキャストが性犯罪撲滅のビデオメッセージ(写真上右)を発信したほか、 ドメスティック・ヴァイオレンスの被害者救済に力を入れるジョー・バイデン副大統領も被害者に対するオープン・レターで 彼女をサポート。ブロック・ターナーはスタンフォード大学のキャンパスから生涯追放の処分となっているものの、 同大学の卒業式でも見られたのが判決に抗議する学生達のプロテスト。
また多くのメディア&教育関係者は 「このレターを全米の全ての親達とその青少年の子供、特に息子達が読むべき」 と呼びかけているのだった。




これに対して、加害者の父親が判事に宛てたレターでは、当然のことながら盲目的に息子をサポートする姿勢が見られたものの、 人々のバッシングが集中したのは 「息子が長年のハードワークで築き上げてきた実績と将来が、たった20分のアクションで台無しになるなんて」と レイプが被害者やその家族、友人に与えるインパクトを全く顧みない傲慢さで、 あっという間にソーシャル・メディア上には "#20minutes (ハッシュタグ・トゥエンティ・ミニッツ)"が登場。 父親を批判する声が溢れる結果になったのだった。
その一方でブロック・ターナー自身は、彼がスタンフォード大学キャンパスのパーティー・カルチャーの犠牲者であり、 日ごろはパーティーや飲酒とは無縁の自分が、飲めないお酒を飲んだせいで一生を台無しにすることになったと、 自分が真面目な学生であり、レイプが一晩の過ちであるという主張を展開したのだった。
しかしながら、判決後にはメディアで 彼が携帯電話から強いマリファナを知人にリクエストしているメッセージや、 彼が実際にマリファナを吸っている写真(写真上左)が公開されただけでなく、 彼がレイプの最中に被害者の胸を携帯電話で撮影し、グループチャットの友人達に送付していたことが明らかになっているのだった。 また彼を取り押さえた2人の学生によれば、「ブロック・ターナーは走って逃亡を図り、現場での警察の取り調べに対しても普通に対応していたことから、 とても酔っていたとは思えない」とも証言しており、 彼が真面目な学生でもなければ、酔っ払っていたわけでもないものの、それらが判事の刑期確定の判断材料には あえて含まれていないことが指摘されているのだった。

また判事に手紙を書いたのは 本人と家族だけでなく、40人もの知人、友人がブロック・ターナーをサポートすると同時に 被害者をバッシングする内容のレターが寄せていたけれど、 これはもちろん事件の残虐性など殆ど把握せずに、彼の家族に頼まれた友人・知人が書いたもの。 通常、これらのレターがメディアで公開されるというケースは極めて稀であるものの、その判決に対する世論の反発があまりに大きかったことを受けて、 メディアがそれらを入手し、公開していたのが今週。
特に批判を浴びたのは、彼の幼馴染みで まだ無名のロックバンド、グッド・イングリッシュのドラマーであるレスリー・マスムセン(写真上右、中央)のレターで、 その被害者バッシングとブロック・ターナーに対するサポートを綴った内容は、多くの人々の怒りを買う結果になったのだった。 これを受けて、この夏ブルックリンの複数のヴェニューで行われるノースサイド・ミュージック・フェスティバルに参加予定であった グッド・イングリッシュは、ヴェニュー側からその出演をキャンセルされており、 「We do not support victim blaming or rape apologists of any kind./ レイプの被害者を責め、犯人の弁解をする行為はいかなる場合でもサポートできない」と 厳しい声明が寄せられていたのだった。

もちろんレスリー・マスムセンはこのバッシングに驚いて、自分が被害者の悲惨な状況について知らないままにレターを書いたとして、謝罪と 釈明をしており、彼女同様にブロック・ターナーをサポートするレターを書いた 友人、教師の数人も そのレターが事件の残虐性を知らないまま書かれたもので、彼のレイプ犯罪をサポートする意思や、被害者を傷つける意思がないと 釈明しているのだった。

いずれにしても、今週の同事件についての一連の報道が立証したのが、レイプという犯罪が いかに実態が把握されないまま、 偏見で裁かれているかという状況。 ブロック・ターナーの親がお金で買い取った 軽過ぎる判決が、逆に全米を巻き込んだバックラッシュを招く結果になったというのは 自業自得と言えるけれど、そのブロック・ターナーはアメリカ国内で暮らす限りは一生 ”レジスタード・セックス・オフェンダー”(性犯罪者登録をされた人物)として 生きることになり、就職や不動産購入の際のバックグラウンド・チェックで 必ずその犯罪記録が出てくることになる身。 アパートに入居する場合、家主には 近隣の人々に彼がレジスタード・セックス・オフェンダーであることを警告しなければならない義務があるのだった。
とは言っても、それで被害者やその家族が受けた様々なダメージが癒されることが無いのもまた事実なのだった。



執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。 丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、渡米。以来、マンハッタン在住。 FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。 その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。

Shopping

PAGE TOP