June 13 〜 June 19 2005




Still In Paris, Still Love Paris



先週のこのコラムの最後に、私が旅行中であるためにコラムの執筆が 1日遅れるかもしれないことをお知らせしたけれど、 今週火曜日から私が訪れていたのがパリ。
本来ならば、日曜の午後5時のフライトで、午後8時過ぎにニューヨークのJFK空港到着の予定で、 帰宅後に直ぐにコラムを書くには疲れているかも・・・と思ったので、 先週のお知らせをさせて頂いた訳だけれど、今、私がこれを書いているのはパリのホテル。 すなわち、予定通り帰国することが出来なかった訳で、その原因となったのが、 土曜日にヴェルサイユ宮殿を訪れた際、同行者がパスポートと日本円、ユーロの所持金 全額をスラれてしまうという災難に見舞われてしまったからである。

確かにパリでは、地元の人でさえメトロ(地下鉄)にはスリが多いとボヤイているけれど、 私の同行者がパスポート入りの財布をスラれたのは、ヴェルサイユ宮殿内の ショップ・エリアで、肩から下げていたヴィトンのバッグがどうして 後ろに回って行ってしまうんだろう?」と不思議に思って引き寄せたら バッグの口が開いていて、 パスポートが入るくらいの大きな財布が無くなっていたために、 バッグの中身がスカスカで、「財布が無い!」と騒ぎ立てた時点では 後の祭りであったという訳でなのある。
この事件が起こったのが帰る前日というのもアンラッキーであったけれど、 さらに悪かったのは土曜日であったことで、パスポートに替わる渡航証明を 発行して貰おうにも日本大使館は週末でクローズしている上に、 同行者は言葉が通じないパリ・ヴァージン。 このため、私も一緒にパリに残って、手続きに立ち会うことにしたのである。

ヴェルサイユ宮殿で、財布が無くなっている事に気付いた後に、 係員に出向くように言われたのが、ヴェルサイユ内の盗難・紛失を扱う オフィスであったけれど、ここの人達によれば観光客を狙うスリのグループが 存在していることは、彼らは既に把握しているとのことで、 被害届けさえ出ていれば、「スリ用のサーチを行う」とは言ってくれたけれど、 あまり誠意は感じられないものだった。さらに「通常はお金だけ抜き出してパスポートや財布は戻ってくるはず」 と説明してくれたけれど、財布はシャネルのものであったし、 日本人のパスポートは中国人が偽造して使いたがるものなので、NY犯罪の スタンダードでは、「絶対に戻ってこない」と言い切れるものだっただけに、 先方には連絡先は残してきたものの、やはりそれきりになってしまった。
さて、この時にヴェルサイユの係員に言われたのが、警察に出掛けて 盗難届を出すこと。 そこで、ヴェルサイユから一番近い警察署を教えてもらって出掛けたけれど、 そこは英語が話せない署員が1人、コンピューターも 置いていないデスクの前に座っているだけの場所で、 全く埒が開かないのは分かりきっているような所だった。 でも幸い、そこに来ていたアメリカ人らしき男性旅行者が 親切にも通訳を名乗り出てくれて、彼を通じて訊いてみたところ、 盗難届は特に被害に遭った管轄下の警察署で出す必要は無いのだそうで、 結局私達は、パスポート番号の控えなどをホテルに取りに戻り、 ホテルから最寄の警察に行くことにしたのだった。
幸い、こちらの警察署は もっとずっときちんとしたところで、 ハンサムな男性署員が迅速かつ、紳士的に対応してくれて、 約20分程度で、盗難届を製作してくれたのには ただただ感激してしまった。 もしこれがNYだったら、2時間掛かっても文句は言えないような状況なのである。

その後私達は、その日中に手配することはし尽くしたので、 被害に遭った直後は行く気になれなかったディナーに出掛けることにしたけれど、 この日予約してあったのが、ホテル・ムーリス内のミシュラン2つ星レストラン、ル・ムーリス。 ここは知人のお薦めであった上に、インターネット上のレビューも上々だったため、 本来ならば今滞在最後のディナーとして選んだレストランであった。
私達がオーダーしたのは、170ユーロのテイスティング・メニュー(セット・メニュー)で、 見目美しく、美味で、しかも斬新さが感じられたコースは、 デザートを含めて9品ほど。 一皿の量も丁度良ければ、メニューの組み立ても絶妙な上に、 気持ちの良いサービスで、今回他に出掛けた3軒の3つ星レストランの何処よりも素晴らしかったし、 「スリのためにこのディナーを逃さないで良かった!」と心から思えるほど、 最悪の日の終わりに 最善の締めくくりをもたらしてくれるものだった。

でも、そんな幸せな気分になったのも束の間、 翌朝の今日になって飛行機の便を変更しようとしたところ、 同行者の日本行きチケットは、 130ユーロのペナルティで変更が出来たのにも関わらず、 私のチケットは パリ〜NY間という最も人気の区間で、しかも6月という観光シーズン中の 突然の変更ということで 料金が跳ね上がっており、 往復で既に530ドル近く払っているエコノミー・クラスのチケットの変更に、何と725ユーロを支払うことに なってしまったのである。
通常NY〜パリ間は 6〜8月の観光シーズンを除けば、往復チケットが 300ドル代で無理なく手に入ることを考えると、 約1500ドル(約16万円)も支払って、しかもエコノミーで飛ばなければならないということは 本当に信じがたいことであったけれど、他のエアラインを使っても 新たにチケットを購入すれば、800ユーロ以上が掛かることが判明したので、 結局はこの725ユーロを支払って、変更せざるを得ない状況になってしまったのである。

という訳で、途中までは本当に順調だった旅行が、 スリのせいで一転してしまった訳であるけれど、 私にとって 被害の事後処理よりも大変な事だと思ったのは、 「あの時、ああしていれば・・・」、「こうしていたら・・・」という後悔の念を 払拭することだった。お金とパスポートを一緒に盗まれるというのは、 言わば旅行中の最悪のシナリオと言えるものであるけれど、同じスリに遭うにしても、 思い返せばここまで被害が大きくなるのを防ぐチャンスがいくらでもあった訳で、 その都度、大丈夫だと過信したり、面倒だと感じたり、あり得ないことを想定したりして、 判断の誤りを繰り返してきたことが、次から次へと後悔やフラストレーションとして 襲ってくるのは、スリという災難に見舞われたこと以上に精神的な負担となっていたのである。
こういう時は、「自分達は五体満足なのだから、お金だけの被害で済んで良かった」と 考えるしかないけれど、犯罪を働いた人間に対してよりも、 被害にあった側の方が、自分自身に対して情けなさや、後悔、自己嫌悪を感じなければならない という点で、スリという犯罪は、本当に過酷なものだと思ったし、 逆にスラれた本人が「あんな短時間で、肩から下げているバッグのファスナーを開けて 財布だけ盗んでいくなんて凄い」とまるで盗んだ人間を賞賛するような発言をしていたのも、 不思議に思えることだった。

では、私の今回のパリ旅行がこの事件で台無しになってしまったかと言えば、 決してそうでもなくて、いろいろな人に出会って、楽しい事は山ほどあったし、 何よりも人がとっても親切なのにはビックリしてしまった。 あいにく、ユーロが強くてアメリカとの価格差が無いせいで、ショッピングを しようという気にはなれなかったけれど、 「仕事が忙しくても、無理に来て良かった」と思えるほど、 満足の行く旅行だったというのが本音なのである。


ところで今回のパリ滞在中、やはり目についたのが、「Paris 2012」の オリンピック誘致のプロモーションで、エッフェル塔などの 観光名所を始めとする、ありとあらゆるところに カラフルなロゴが見られたけれど、2001年のテロ後に降って沸いたように オリンピック誘致案が出てきて、未だにスタジアム建設案をめぐって賛否両論が飛び交うニューヨークとは異なり、 パリは街中が一丸となってオリンピックを誘致しようというムードが漂っていて、 「やっぱり、オリンピックはパリで行うべき」ということも 同時に実感させられた滞在でもあったと言える。

最後に余談ではあるけれど、私の同行者に言わせれば、ヴェルサイユで財布を狙われていたのは 私だったようで、入館料を払うためにバッグから財布を出していた私の姿に向かって、意味ありげに仲間に目でサインを送っているアジア人男性を 同行者は目撃していたのだという。 確かに私も、かの有名な「鏡の回廊」等を夢中になってデジタル・カメラに収めていた訳だけれど、 この時、腕に掛けていたのは、ベッソ・バージョンのモーターサイクル・バッグで、 ファスナーについている長い紐をずっと手に巻きつけていたので、 いくらプロのスリでも 私に知られずバッグを開くというのは不可能な状態だったのである。
恐らくこのせいで、私の同行者にスリ被害の矛先が向いてしまったのかもしれないけれど、 いずれにしても、モーターサイクル・バッグを購入してくださった方は、 混んだ電車など、スリに遭いそうなオケージョンでは、ファスナーの紐を 手に巻きつけておくことをお薦めします。


Catch of the Week No.2 June : 6月 第1週


Catch of the Week No.1 June : 6月 第1週


Catch of the Week No.5 May : 5月 第5週


Catch of the Week No.4 May : 5月 第4週





執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。