June. 11 〜 June. 17 2007
” マノーロ・ブラーニックに救われた私のアクシデント ”
今週のアメリカで大きな話題になっていたのが、先週日曜に最終回を迎えた
アメリカの有料ケーブル・チャンネル、HBOのマフィア・ドラマ 「ザ・ソプラノズ」 のエンディングをめぐる賛否両論である。
8年間続いた同番組は 日本でも「ザ・ソプラノズ 哀愁のマフィア」というタイトルでDVDが発売されているけれど、
「ザ・ソプラノズ」は 同じHBOの人気番組「セックス・アンド・ザ・シティ」よりも高い視聴率を誇っており、
主演のジェームス・ギャンドルフィーニを一躍スターにしてしまった番組。
私にとって 同番組は何度観ようと試みても集中できない「ER」のような存在だったので、
私はストーリーの詳細は殆んど知らないし、番組を最初から最後まで見たことは8年間で数えるほどしかないけれど、
最終回に限っては 先週のこのコラムを書きながら 観ていたというより、耳で聞きながら時々画面を見ていたのだった。
そしてラスト・シーンが終わった途端の私のリアクションも、多くのアメリカ人同様、
「今のは一体何だったんだろう?」というもの。日本で同番組の最終回を楽しみにしている人のために
詳細はあえて書かないけれど、ケーブルが故障したか、ケーブル会社のサービスがストップしたと思った人々も多かったというから、
かなり中途半端なエンディングだったのである。
このエンディングについては、「ラスト・シーンを見る側のイマジネーションに委ねた」という解釈や、
「今後 ソプラノズの映画化を狙って、あえて終わりというイメージにしなかった」という解釈があったけれど、
8年同番組を見続けてきた人々にとっては「それは無いでしょう!!」と言いたくなるような ラスト・シーンであったのは事実なのである。
さて、その 「ザ・ソプラノズ」 のエンディングが物議をかもしていた月曜日、自宅に3大ネットワークの1つであるABCTVの
「アイ・ウィットネス・ニュース」から電話が掛かってきた。
何かと思って電話をピックアップすると、世論調査のランダム・ピックで私が選ばれたようで、
面倒な調査だったら時間がもったいないので 切ろうかと思いながら レコーディングされたアンケート内容を聞いていたところ、
「昨夜のザ・ソプラノズの最終エピソードを観ましたか?」という質問が始まったため、
面白いのでそのままアンケート調査に答えることにしたのだった。
このABCのニュース番組の電話調査では、「ラスト・シーンが終わったときのリアクションは?」、
「番組を見終わった時の満足度は?」、「ザ・ソプラノズが映画化されたら観ますか?」、
といった 「ザ・ソプラノズ」 に関する質問を6つくらい尋ねられ、答えはいずれも先方が提示する
4つのチョイスの中から選ぶという回答方法。
でも私がこのアンケート調査で興味深かったのは 「ザ・ソプラノズ」 についての質問が終わったと思ったら、
性別、年齢、人種を尋ねて来るのは調査である以上当然だとしても、それに加えて政治的な質問を幾つか尋ねられたこと。
例えば、「貴方の政治的ポジションは?」とか、「貴方はリベラル(自由主義)ですか、コンサバティブ(保守派)ですか?」といった質問があり、
それぞれ 「1−リパブリカン(共和党支持者)、2−デモクラット(民主党支持者)、3−インディペンデント (支持政党無しの中立)、4−分からない」、
「1−リべラル、2−コンサバティブ、3−分からない」といったチョイスの中から 答えを選ばせるようになっていたのだった。
でもふと考えると、アメリカではゲイの結婚を認めるか?、女性の中絶を合法に保つか?といった問題から始まり、
不法移民問題、環境問題、イラク戦争など、全てのアンケートが国民の政治的ポジションで分析されている訳である。
なので、たとえ 「ザ・ソプラノズ」 が政治とは無関係でも、アンケートの結果、リパブリカンが同番組のエンディングをポジティブに捉えている傾向が見られた場合、
それも立派な、そして興味深いデータになるのである。
実際、アメリカではTV番組の好みと、宗教や政治的ポジションとは密接な関わりがあると言われ、
コンサバティブなクリスチャンを狙ったファミリー・ドラマなどが意図的に製作されていたりもするのである。
さて、話は全く変わって5月末のメモリアル・デイ明けの火曜日のこと。
キッチンの天井の蛍光灯が切れてしまったので、近所のストアで新しい蛍光灯を購入して自宅に戻ってきたところ、
私はアパートのビルの前の階段で 箱に入っていないむき出しの蛍光灯を持ったまま転んでしまうというアクシデントに見舞われてしまったのである。
私が持っていたのは、48インチ(約120cm)の蛍光灯2本で、36インチまでは箱入りで販売されているのに、何故か
48インチはむき出しの状態でしか販売されていないのである。
なので、これを購入した私は 頭の中で「 こんなのを持ったまま、転んだり、人にぶつかったりしたら大災難・・・」 などと
考えていたけれど、あと10メートルで自宅ビルの入り口というところの階段で、
突然つまづいてしまい、バランスを取り戻すことが出来ずそのまま蛍光灯と共に、地面に転落してしまったのだった。
でも実際には、私よりも蛍光灯の方が地面に落ちるのが早かったため、多くの目撃者は、蛍光灯が割れる「ガシャ−ン」という音を聞いてから、
私が転んだ姿を見ており、それだけに私が抱えていた蛍光灯が爆発したのかと思った人も居たほどだった。
私が覚えているのは つまづいた瞬間の「しまった!」という気持ちと、その直後の 割れた蛍光灯の上に掌が落下した時の「グチャッ」と
いう薄いガラスが割れるノイズ。
そして転んだままの状態で、まず掌を見ると蛍光灯の中の白い粉のせいで掌が真っ白で、指からは血が流れていた。
手が血だらけになっているのを想像していた私は、少し安心したけれど、腕にも蛍光灯の破片が刺さったのが感じられるし、
転んだ打撲で足が痛くて 動けないなど、徐々に身体の傷を自覚してきたら、転んだショックとパニックがジワジワ襲ってきて、
貧血を起こしたように、視界がボヤけてしまったのだった。
すると、何処からとなく人が何人も集まってきて「大丈夫?」、「破片が目に入らなかった?」と訊いてくれたけれど、
訊かれていることは分かっていても 自分が大丈夫かどうかが自分で分からないので、全く答えることが出来ない状態。
それで、人が起こして階段に座らせてくれた途端に思い出したのが、手に持っていた財布が無いということで、
私の第一声というのが「My Purse!(私の財布!)」というものだった。
でも財布は私の傍に落ちていて、直ぐに誰かが拾って渡してくれたし、傍に居た人が 「皆 貴方の友達なんだから、
誰も盗んだり しないわよ」と、優しく さとしてくれたのだった。
この場合の「友達」というのは敵では無いという意味の表現であるけれど、
私が転んだ現場に集まってきたのは、まさに「地獄に天使」と いわんばかりの本当い良い人たちばかりで、
血をふき取るためのティッシュ・ペーパーをくれる人、私が手を傷を洗い流せるように、水を飲んで落ち着けるようにと、
2人の人がそれぞれに1本ずつドラッグ・ストアで水のペット・ボトルを購入してきてくれて、
ビルの中からセキュリティも呼んできてくれたし、
私が落ち着くまで 本当に至れりつくせり 面倒を見てくれたのだった。
これらの助けてくれた人の多くは、私の自宅ビルにある噴水の周りで、ランチタイムの休憩をしていた人たち。
その中にはビルの1階にあるレノックス・ヒル・ホスピタルの分院のスタッフや、
ビルの前で作業をしていたコン・エディソン(NYの電力会社)の職員も含まれていたのだった。
また、犬の散歩をしていた人なども ずっと付き添っていてくれて、
「ニューヨーカーは本当に親切だなぁ・・・」と 改めて感激しまったのだった。
結局 私の負傷は、蛍光灯のガラスによる切り傷、刺し傷、転んだ際のアザや擦りむきを含めると全部で37箇所。
顔も頬の横に5ミリほどのカットが見られたので、本当に目に破片が入らなかったのは不幸中の幸いと言えるものだった。
以下がその時の傷の一部。ガラスが刺さった傷は、切り傷のように深くないので、その日お風呂に入っても痛くない程度の
軽いものであったけれど、気が付くといろいろなところから血が出ているのには、自分でも本当にビックリしてしまったのだった。
割れた蛍光灯の破片は、直ぐにビルの清掃係がきれいに片付けてくれたけれど、
私自身が落ち着くまでは15〜20分ほど掛かっており、転んだ直後に ドアマンが 事情も分からないまま
蛍光灯が割れたノイズに驚いて救急車を呼んでしまったとのことだった。
アメリカでは救急車が来ると、それに乗って病院に行く必要はなくても 救急隊が出頭した理由や、
自分が病院に搬送される必要が無いことを救急隊員がレポートしなければならないことになっており、
暫くはその場で救急車を待っていたけれど、あまりに外が暑いのと、傷をシャワーで洗い流して消毒をしたかったので、
私はアパートに戻ることにしたのだった。
すると、ちょうど消毒が終わった頃に救急隊員が2人やって来たけれど、
すっかり落ち着いた私が元気に迎えたので、彼らは危機感の無い状況にすっかりリラックスしている。
しかもよく見ると、2人揃って背が高く、鍛えられた身体に加えて顔もハンサムで、
内心「こんなハンサムな人たちが救急隊員なんだ・・・」と驚いてしまったのだった。
彼らは自分達がルックスが良くて、女性に好かれることを熟知しているのか、
なかなかチャーミングに振舞っている。
救急車出動レポートを作成するための質問でも、年齢やら体重やら 女性が訊かれたくないことを次々と訊いてくるけれど、
答える度に「年齢より若く見える」とか、「もっと痩せて見えるから5パウンド減らして書いておこう」などと
愛嬌たっぷり。
加えて、「部屋をキレイにしている」とか、「あのイスの上の黄色のクッションのアクセントが良いね〜」などと、
上手い褒め言葉まで飛び出して来る。
そこで、「仕事中に女の子が引っ掛かることがあるの?」と訊いてみたところ、「時々はね!」と言いながら、
にっこり笑って ウィンクなどしてくるので、「なるほど・・・」と妙に納得してしまったのだった。
以前 私の友人が、キャンドルの不始末で、非常に小規模ながらも小火を出してしまった際、
やって来たファイヤー・ファイター(消防士)があまりにハンサムだったので、
その後 「何度も自宅に放火したくなった」などと言っていたけれど、
ルックスと、チャーミングさが備わった男性というのは、インベストメント・バンカーには沢山居なくても、
こういう職種にはゴロゴロして居るものなのかぁ・・・とも思ってしまったのだった。
さて、今回のアクシデントは、傷を多数負ったものの、大事には至らずに済んだけれど、
私にとっての損失と言えるのは、この時履いていたマノーロ・ブラーニックと着用していたジル・サンダーのドレス。
ドレスは、転んだ衝撃で2箇所も擦り切れてしまったし、マノーロはレザー製のビーチ・サンダルに4cmほどの低いヒールが付いたような
カジュアルなデザインだったけれど、これは鼻緒が切れてしまった。
このシューズは、歩き易い上に、靴の通と言える人が褒めてくれるもので、気に入って頻繁に履いていたものだった。
転んだ直後、助けに来てくれた女性の1人が、私のマノーロ・ブラーニックの鼻緒が切れていたのを見て、
靴のせいで私が転んだのかと思い込んで、「マノーロって、意外に安作りなのね」と言っていたけれど、
これは全くの誤解。
後で足を見たら、鼻緒を挟む足の親指と人差し指の間が真っ赤になっており、転ぼうとする私の身体を
マノーロ・ブラーニックの鼻緒が引っ張って、所謂「つなひき」をしていたの状態であったのは一目瞭然なのである。
そもそも私が足をつまづいたのは右足、鼻緒が切れたのは左足で、私の身体はマノーロ・ブラーニックが鼻緒が切れるまで引き止めておいてくれたので、
蛍光灯が先に落下して、私はその後に地上に落下したのである。
なので、先に蛍光灯が割れる音を聞いた人が私が転ぶ姿を目撃していた訳であるけれど、
この微妙なタイミングのズレのお陰で、私は蛍光灯を前に放り投げるように転んでおり、
あれだけのガラスの破片が散りながらも、私がこの程度の怪我で済んだのは、一重にそのお陰、
すなわちマノーロ・ブラーニックが私の身体の落下を遅らせてくれたお陰なのである。
鼻緒が切れたマノーロは今も捨てられずにいるけれど、
シューズというのは、瞬間的に体重の10倍もの重さが掛かっていると言われるもの。
なので 細く美しいヒールで、それを支えるマノーロ・ブラーニックやルブタンは私から見れば
科学と芸術の融合とも言えるものである。
もし、このアクシデントの時に12ドルのビーチ・サンダルなどを履いていたら、
私は確実に あのハンサムな救急隊員によって病院に搬送されていたと思うのである。

執筆者プロフィール
秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に
ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.設立。以来、同社代表を務める。
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