June 15 〜 June 21 2009




” ハリウッド・ネゴシエーション ”


今日、6月21日は父の日であったけれど、今年の父の日のギフトに平均的なアメリカ人が使った金額と言われるのが 90ドル(約8600円)。この数字は母の日よりも27%少ない金額であるという。
父の日のギフトとしてアメリカで一般的なのは、ゴルフシャツやネクタイを始めとする衣類、スポーツの観戦チケット、 グルーミング・グッズやエレクトリック機器など。、今年は何時に無くデパートや小売店が父の日の ギフトを大きくプロモートしてセールを行っていたけれど、実際のところ何か名目をつけないとなかなか物が売れないのが 今のアメリカの実情。
それほどに小売店が大きく業績を悪化させており、今週にはアウトドア・アパレル&グッズのエディ・バウワーが倒産を申請したばかり。 また日本で人気のアバクロンビー・&フィッチも業績不振のために、新たにスタートした部門のクローズを 決定したことが報じられていたのだった。
そんな売上不振の状態なので、昨今ではデパートや大手のディスカウント・ストアまでもが商品の仕入れを激減させているとのことで、 J・C・ペニーを始めとするいくつかのチェーン店では、店内にコンピューターを設置して 店の在庫にないものをその場でオンラインで発注するシステムを スタートさせたことも伝えられている。
そうなってくると、どうして自宅のコンピューターで出来ることを わざわざ店に出向いてやる必要があるのか、 疑問に思えてしまうけれど、店からオンライン注文したものに関しては送料を無料にしてくれるケースもあるようである。

ではこんなご時世に人々が何にお金を使っているか?と言えば、ボストン・コンサルティング・グループの調べでは 以下がその トップ10 となっている。

  1. コンピューター、携帯端末機

  2. 新鮮な野菜や果物

  3. ベッドリネンなどベッド周りのもの


  4. ホーム・エンターテイメント

  5. 自家用車

  6. レストランでの外食

  7. キッチン用品

  8. 洗濯&乾燥機

  9. 魚介類


食料品関係が3つもランクインしているところは、いかに今のアメリカ人が 食費のような 極めてベーシックなものお金を使っているかを現しているけれど、 それと同時に外食やデリバリーを控えて自宅で食事をする傾向も指摘されているのだった。
自家用車が5位というのは、昨今の大手自動車会社倒産を受けて、車が買い時と言えるほど安価になっている状況を受けてのもの。
また、今年も”ステイケーション” という言葉が聞かれるだけあって、旅行がランクインしていない反面。 ベッドリネンを含むベッド周りのものがトップ3入りしているけれど、これは国民の3分の1が不眠症と言われる アメリカにおいて 心地好い睡眠環境 が求められている現れとも言える現象。
その一方で衣類がランクインしていない理由は、2002年〜2007年の間にアメリカ人は過剰に衣類を購入しているからだそうで、 衣類に関してはそれほど必要に迫られていないことが指摘されているのだった。


でもリセッションになったお陰で、唯一ありがたいと思える部分と言えば、今年はレントが安くなったこと。 安くなったとは言っても、最初に賃貸契約更新の書類が送られて来た時は、 レントの価格が据え置き状態だったのである。
もちろん 昨年、一昨年にはレントが 10%以上アップしていたことを思えば、これ自体が既に画期的な事であるけれど、 私がアメリカに来て学んだことの1つが、 「You never get what you want if you don't ask for it」 すなわち、 「頼まずして自分の欲しいものは得られない」ということ。 これは、人に何でも頼めば良いという意味ではなく、 じっと待っていても人は何も与えてくれないという意味。 なので、私は毎年賃貸契約更新の度に、必ずレンタル・オフィスに行って ディスカウントを交渉するようにしているのだった。
その結果、過去数年は 50ドルから75ドル程度、月々のレントを下げてもらうのに成功しているけれど、 これとて、1年分が貯まればマノーロ・ブラーニックやクリスチャン・ルブタン1足分に相当する金額。 しかも翌年のレントは、前の年のレントを元に計算される訳なので、毎年 レントを少しでも下げておくことは、次の年の レントを若干安くすることにも繋がるのである。

先述のように今年に関しては、「レント据え置き」 というだけで 既にかなりのグッド・ニュースではあったけれど、 それでも 世の中がリセッションであるだけに ”まだまだ交渉の余地がある” と判断した私は、 例年のごとく レンタル・オフィスを訪ねることにしたのだった。
私がこの手の交渉に選ぶのは、母の占いの教えに習って 四柱推命で不動産を意味する日に決めているけれど、 それに加えて大切なのが、晴れた日の金曜の午後2時〜3時に交渉するということ。 週末が休みの仕事をしている人ならば、晴れた日の金曜に 機嫌が悪いということは極めて少ない訳で、 加えて午後2時〜3時 は ランチが終わって一服して、ちょうど生産能力が低下してくると同時に、仕事の終わりが近付いているので アグレッシブに働こうと思わない時間帯。
これを狙ってレンタル・オフィスに出掛けた私は、担当者と約15分程度 話した結果、 前の年より 395ドル(約3万8000円)もレントを下げてもらい、さらに私が毎日のように通うビル内のヘルス・クラブのメンバーシップも 9ヶ月無料にしてもらうというディールを獲得。 この15分によって私が節約した総額は50万円以上にもなるのだった。
交渉に行くと 行かないとで こんなに差が出た年はかつて無かったけれど、 「You never get what you want if you don't ask for it」 の言葉通り、頼んでみなければ これも得られないものだったのである。

では、この15分間に私がどうやって交渉をしていたかと言えば、それがアメリカに来て学んだもう1つのこと、 いわゆる 「ハリウッド・ネゴシエーション(ハリウッド式交渉)」である。
ハリウッドでは 俳優に出演交渉をする際や、新しい人脈と新しいプロジェクトのために手を結ぼうという時に、 ミーティングをセットするけれど、通常、お互いにそのミーティングの目的は理解していても 全く本題とは無関係の話をしただけで終わる例が非常に多いという。 例えば、映画「プリティ・ウーマン」の監督、ゲーリー・マーシャルが、 キャスティングに全く乗り気でなかった リチャード・ギアに出演を交渉した際、2人は同作品の製作配給元、ディズニーのエグゼクティブの紹介で ミーティングをしたというけれど、この時も映画の話は全くせずに ドストエフスキーについて 数時間語り合っただけだったという。
その結果、個人的に2人が親しくなり リチャード・ギアの意向をキャラクターに取り入れることを条件に 彼の出演が決まった訳だけれど、このように本題にあえて触れず、お互いのキャラクターをアピールしたり、 相手との接点を見つけて友好を深めるのは ハリウッドではありがちなネゴシエーションであるという。 すなわち 条件や状況よりも、個人同士の結びつきを優先させて、 それから友好的にディール(取引)を進めるというのが このハリウッド・ネゴシエーションなのである。

なので、私の場合もレンタル・オフィスで担当者と家賃について話したのは 15分滞在したうちの 3分程度。 そのうちの2分は既に賃貸契約書にサインをしていた時間で、それ以外はもっぱら 私と担当者が付けているジュエリーや時計の話をし続けていたのだった。

そもそも、どんなビルでもレンタル・オフィスの担当者は割り引ける家賃の枠というものを既に持っていて、 それ以上はどんなに頑張っても譲ってもらえないものだし、担当者にはそれ以上のディスカウントをする裁量は無いもの。 相手はレントの割引の枠内で、なるべく高い家賃を払わせようとするものだけれど、 ここで金額の交渉をしてしまったら、相手の競争心に火がついてしまうかも知れないリスクがある訳である。
なので、最も確実に最大のディスカウントをオファーしてもらおうと思ったら、アグレッシブに交渉をするよりも、 相手に自分を好きになってもらうのが一番なのである。
こんなリセッションだと担当者は、引っ越されるよりは 賃貸契約を延長したいと思っているのは当然のこと。 また、こちらも交渉に来るくらいなので 引っ越す意思など無いのは明らかな訳で、 余計なやり取りを省くためにも、先ず明らかにするべきなのが 自分が賃貸契約を更新するつもりでいるということ。
人によっては、先に手の内を明かすと 担当者に足元見られるのでは?と考えるようだけれど、 これを明らかにすることによって、彼女は私と戦う必要が無いこと、すなわち 彼女も私も契約更新を望むという同じ側に居ることを 悟るので、相手の出方がそれだけでかなり柔らかくなるのである。
次に 彼女を味方につける必要があるので、昨年もディスカウントをしてもらったことに感謝し、 さらに こんなご時世なので リセッションについて触れることも効果的なネゴシエーション。
これらの要素を極力シンプルに纏めて、 「このビルが好きだから、引っ越す意思はないんだけれど、もし交渉の余地があったらと思って来たんです。 去年も貴方が親切にも レントをディスカウントしてくれて、とても助かったんだけれど、 今年は特にリセッションだから・・・」といってニッコリ笑ったのが、この日の私の唯一の交渉らしい交渉。
これに対して先方が、どのくらいのディスカウントを考えているのかを尋ねようとしたので、 その前に相手の時計とジュエリーを褒めて、話題をそらしてしまったのだった。 大体レンタル・オフィスの担当者というのは、1日中レントの話ばかりしているので レントについて話し続けるのは あまり効果的とは言えないもの。 また私は商売柄、ジュエリーが好きそうな人というのは見分けが付くけれど、彼女はまさにそのタイプで、 時計とジュエリーの話をしたら、魚が餌に食いつくように乗って来たのである。
それからの10分以上は、ジュエリーの話に花が咲いてしまったけれど、 ひとしきり喋った という段階で、 彼女の方からオファーしてきたのが395ドルのディスカウントとヘルス・クラブの9ヶ月の無料メンバーシップ。 最初はあまりに額が大きくて、ピンと来なかったけれど この額なら もう十分以上だと思ったし、これ以上は引いてもらえないのは明らかだったので、その場で契約書にサインをしたのだった。

これだけしてもらったら アメリカ人には 物凄く嬉しくて ハッピーであることをストレートに伝えるのが一番のお礼なので、 大喜びして帰ってきたけれど、彼女が帰り際に 「I'm Happy For You!」 と言って、満面の笑顔で送り出してくれたのも私にとっては大きな収穫。
交渉が上手く行くということは、お互いに得るものを得て、お互いに気分良く終わることな訳で、 この交渉は大成功だったと言えるのである。


私がアメリカで最初に 「You never get what you want if you don't ask for it」 を実感することになったのは、渡米数ヶ月後に TOEFLの試験を受けずして F.I.T(ファッション工科大学)に入学させてもらえるよう交渉した際。
当時私の周囲では英語の上達には全く役に立たないTOFULのスコアを上げるために、時間を無駄にしている外国人留学生が 何人も居て、私はどうしてもTOEFLの勉強をしたくなかったので、友人の薦めもあり 、外国人学生部門のトップに直接 掛け合いに行ったのだった。 今もこんな交渉が通用するのかは定かでは無いけれど、この時はミーティングが 2本の長い電話で中断されて、 電話が終わった途端に このトップが 彼の抱えている人事の問題を私に愚痴りだしたのだった。 それを聞きながら、うなずくこと約5分。 彼の愚痴が終わる頃には、ESL(English as Second Language)の クラスを2つ取ることを条件に、TOEFL無しで入学OKということになってしまったけれど、 ふと考えてみると、これも図らずして実践されたハリウッド・ネゴシエーションなのだった。

過去に 「You never get what you want if you don't ask for it」が、唯一当てはまらなかったのは 10年以上ビジネスをしたダイヤモンド・ディストリクトの業者。 この業者のところを訪ねる前に、別の業者から 「あそこでは絶対に値段の交渉をしちゃだめだ」 と忠告されたので、 毎回毎回、行く度にキャッシュで額面通りを払い続けていたのだった。
ところがそうするうちに、CUBE New Yorkが貰っている卸売値が 他の業者の値段よりも安いことに気付いたけれど、 業者のおばさん曰く、「いつもきちんと払ってくれるから」とのこと。 なので、ゴールドの価格がアップしても うちに対しては 特別に値引きをしてくれていたのだった。 すなわち、このケースでは 余計な交渉をしないことが ディスカウントを貰うポイントになった訳だけれど、 これも考えてみれば 本題には触れずに相手とディールをしていたという点では ハリウッド・ネゴシエーションと言えるものなのだった。

私は 以前にもこのコラムに何度か書いたことがあるけれど、ビジネスというのはお金と物だけが動くだけのものではなくて、 人と人との係わり合いが大切だと考えているので、 自分が好きで、信頼できる人としか取引をしない主義であるけれど、 その意味では、ハリウッド・ネゴシエーションというのは 私のその信条に合った交渉スタイルと言えるもの。
お互いに好感を抱くためのコミュニケーションを優先させて、それから本題に入った方が 全てが簡単に運ぶのである。 これはビジネスだけでなく、飛び入りで入ったレストランで、テーブルを確保してもらうためにメートルディーと掛け合う際などにも 役に立つ交渉スタイル。
逆にどんな場合にも良い結果をもたらさないのが、いわゆる”クレーマー”になって 相手の非ばかりを責めて、怒りや脅しで相手をねじ伏せようとするスタイル。 こういう状況を見て私が思い出すのが、イソップ物語の 「北風と太陽」 のストーリー。
この話の中では 北風と太陽が旅人の上着を脱がせる競争をするけれど、 北風が冷たい強風で上着を吹き飛ばそうとすればするほど、旅人はしっかり上着を着こんで 風に飛ばされまい としたのに対して、 太陽が燦々と照り付けると、暖かくなった旅人は あっさりジャケットを脱いでしまったという内容が語られているのだった。
イソップ物語というのは、こうした人生の象徴的ストーリーが多いけれど、 北風のように振舞う人生より、太陽のように振舞う人生の方が遥かに少ない労力で多くを手に入れられるのは紛れも無い事実なのである。







Catch of the Week No. 2 June : 6 月 第 2 週


Catch of the Week No. 1 June : 6 月 第 1 週


Catch of the Week No. 5 May : 5 月 第 5 週


Catch of the Week No. 4 May : 5 月 第 4 週







執筆者プロフィール

秋山曜子。 東京生まれ。 成蹊大学法学部卒業。
丸の内のOL、バイヤー、マーケティング会社勤務を経て、1989年渡米。以来、マンハッタン在住。
FIT在学後、マガジン・エディター、フリーランス・ライター&リサーチャーを務めた後、1996年にパートナーと共に ヴァーチャル・ショッピング・ネットワーク / CUBE New Yorkをスタート。
その後、2000年に独立し、CUBE New York Inc.を設立。以来、同社代表を務める。





© Cube New York Inc. 2009